09.少女は自ら情報屋に足を踏み入れる
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見えないようにナイフを開き、小さくゆっくりと息を吐く。
「‥もしも‥私の存在が組織の足を引っ張ることになったら」
考える。多分、どうしようもないと、判断したその時は。
「私はその場で自ら命を絶ちます」
覚悟は‥‥今、した。
言うだけの覚悟ならいくらでも言える。こんな状況だからこそ出る答えもあって。
「‥でも、私を守ってくれるって言ったから」
まだ、その時じゃない。
髪にナイフを当てて思い切り引いた。男の人の手から切り離された髪がいくつか落ちる。
私が地面に倒れた瞬間、男の人の身体が大きく揺れ膝をついた。
「っ早く‥こっちに!」
右足一点に強い蹴りを入れたらしいラックさんが、息を荒らしたまま手を差し伸べる。
私は立ち上がりその手を掴むと素早く後ろに隠された。
男の人は足元に溜まる洗剤に足をとられたらしかった。
辛そうに腹部を抑え脂汗を浮かべたラックさんは、視線だけを私に向けて更に眉間のシワを濃くする。
「何故貴女がここにいるんですか‥っ」
それは問いかけではなかったようで、視線はすぐに男の人へと戻された。
「‥全く、恥知らずもここに極まれりですね。そんなだから、バルトロにも部下にも見捨てられるんですよ」
「この腐れ餓鬼が‥っ」
もの凄い勢いで近付いてきたその人はラックさんを殴りつけその隙に腕を伸ばし私を掴んだ。
「きゃあっ!」
凄まじい早さで景色が動く。私なんかただの人形みたいに片腕で振り回される。
そのまま吹き飛ばされるような感覚に、私は為す術もなく目を閉じた。
「ユウ!っく――!」
聞こえた音よりも少ない衝撃に目を開ければ、私を受け止めた体勢のまま倒れているラックさんがいて。
「ラックさんっ!!」
「っ‥大、丈夫です‥ユウに怪我は」
首を振る。ラックさんは咳き込みながら手をついて身体を起こすと、耐えるように数回ゆっくりと呼吸をした。
「武器を持っても無理だってのに、素手で俺に勝てるとでも思ってやがるのか?」
ラックさんまだ傷が塞がってない‥!
私の服にはラックさんの血がべっとりと付着し、今の衝撃も加わり痛みに呼吸も震えている。
ラックさんがほんの少し動かした視線を追えば座り込むイブちゃんの足が見えた。あれから男の人の意識は私とラックさんに向いていたから、イブちゃんは無傷のはずだ。
「私が引き付けますから、イブさんはその間に逃げてください。‥ユウは三階にいるクレアを――」
「イブちゃんっ!」
「小娘ぇ!」
声をかけようと視線を上げていけば、イブちゃんのその腕には大きな銃が抱えられていた。
表情を無くしたその瞳には今にも零れそうなほど涙が浮かび、引き金にはしっかり指がかけられている。
「ラックさん、ユウちゃん、ごめんなさい。本当にごめんなさい」
イブちゃんは涙を流しながら、許せないと言った。この男が許せない――と。
「イブちゃん‥だめだよ!」
止めたいのに、彼女の身体に触れることすらかなわない。
銃口がまっすぐ男の人に向けられている今、もし刺激を与えて発砲してしまったら。
イブちゃんが手を汚してはいけない。闇を背負ってはいけない。
「このクソ小娘がぁ!」
「イブちゃん!!」
爆発するような轟音に思わず身を竦める。
ボタボタと床に広がっていく赤い液体の中に落ちたそれに、私は目を逸らすことができなかった。
ラックさんの腕が、床に落ちている。私の頭を撫でてくれる、私の頬を包んでくれるあの手が。
右腕で銃身を押さえたまま、ラックさんのこめかみから汗が伝っていく。
「‥‥貴方の痛みは、受け取りました」
立ち上がったラックさんは左腕を拾い、靴を鳴らして踏み込んだ。
「馬鹿が!どういうつもりだぁ!」
振り上げられた拳とすれ違うラックさんの腕。
砕けた骨の先が男の人の喉に突き刺さり、ラックさんに噴き出した血が降りかかった。仰向けに倒れていくその巨体を見下ろすその瞳にはいつもの優しさは微塵もない。
「ユウへの仕打ちと‥この前掻っ切られた私の喉の分です」
酷く冷たい声だった。ラックさんは振り返ると左腕を傷口に押し付けながら二歩進み。
私たちの身を案じるような言葉と共に、意識を失いその場に倒れ伏した。
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