09.少女は自ら情報屋に足を踏み入れる
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「誰もいない‥」
おかしい。前に新聞社に来たときはあんなにもたくさんの人が行き来してたのに。
あれからいくつか部屋を覗いてみたけれど、社長以外には誰一人として出会うことはなかった。
またひとつ部屋に入るとそこは給湯室のようで、ふと途中になった洗い物の横に洗剤が置いてあるのが目に入った。
「‥‥何もないよりは、いいかな?」
ステンレスのポットに水を入れて倍の洗剤を溶かす。
‥洗剤は目に入ると痛い。本当に痛い。我慢しても目は閉じてしまう、人間の弱点でもあると思う。
そんな恐ろしい液体の入ったポットを手に、使わなくて済みますようにと願いながら廊下を進んだ。
「―――て下さい」
聞き覚えのある声にはっと顔を上げる。
角を曲がると扉のない部屋からイブちゃんの声がして、私が走ろうとすると。
「――て、せめて法によって裁かれる権利を下さい。お願いです、お願いです!」
「‥?」
足を止める。ゆっくりと近づけば、開いている扉が不自然なことに気が付いて。
まるで根こそぎ持っていかれたように金具がねじ曲がり、床には破片がいくつか落ちている。
「我々の世界のことなど貴方には理解できないでしょうから、私の感情についてだけ言わせていただきます」
ラックさんの声――私は扉の横、壁に背をつけるようにしてその内容に息を飲む。
淡々と紡がれる言葉は冷たく、怖いくらい冷静なのに。
「もう死んだ仲間は帰ってこないんです」
それなのに、ラックさんの声は。
「私の痛みは、消えないんですよ」
無理矢理感情を抑え込んでいるような、今にも爆発してしまいそうなほどの怒りと悲しみを含んでいるようで。
「――‥っ」
旅行の前ラックさんの様子がおかしくて話を聞いた時、仲間を殺されたのだと話したラックさんの目に浮かんでいた憎悪を私は忘れられない。
聞こえる話からすれば、イブちゃんのお兄さんがその張本人で。
ラックさんはいつも冷静に見せていて、それでも誰よりも熱い部分を持っている人だ。何よりも、“ファミリー”に対して。
仲間を殺されたラックさんの気持ちも、兄を返してほしいと懇願するイブちゃんの気持ちも、私はどちらも知っている。
なのに、だからこそ私は二人に何も言えない。大切にしたいのに、力になりたいのに、私は二人の答えを待つことしかできない。
服を強く握り締める。お兄ちゃんはただ話を聞いて傍にいてやればいいとそう言ったけど、傍にいてその人を知るほど、力になりたいと思ってしまう。
でもその度に自分の無力さを思い知らされて、どうしようもなくもどかしい。
「グぁっ‥!」
「(ひあっ‥な、何‥?)」
壁を伝って振動が背に響きびくりと肩を上げる。恐る恐る部屋を覗くと、苦しそうに呻くラックさんが見えて。
「舐めやがって‥‥どいつもこいつも、この俺を舐めやがってぇぇぇぇ!」
頭から血を流した大男がラックさんを睨み付け、笑い始めたかと思うと狂ったように汚い言葉を繰り返す。
偽りのない憎悪を纏った言葉に震える身体を抱き締める。確実な、殺意を持った言葉。
「穏便に済ませるのは、もう無理みたいですね」
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