09.少女は自ら情報屋に足を踏み入れる
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「は?」
『便利屋』として現れたフェリックス・ウォーケン――クレアは眼鏡と付け髭を外し、いつものように飄々とその場の空気を凍てつかせてみせる。
私たちに向き直ると先ほど逃がした男女の方向を一度見やり、彼らはケイト義姉さんの客らしいと言ったクレアに私は思わず聞き返した。
「守ってやった方がいいと思うんだが。あ、家にいたユウは置いてきたぞ?」
「っ‥おい!契約違反だろうが!」
「いや?あんたらの依頼は“ガンドールの事務所にいるユウを”だったろ?正しい情報を収集できなかったあんたらの落ち度だろ」
間違ったことは言っていない。何やらグスターヴォが睨んできているが今の私にとってそんなことはどうでもいい。
クレアはユウの目の前で彼らを拐って来たのだ。ユウの性格を考えると‥
部屋を出て二人の姿を探しながら、私は浮かんだ考えを打ち消そうと舌打ちをした。
「‥じっとしていてくださいよ、ユウ」
**
「っくしゅ!」
タクシーを降りて新聞社が見えて来ると、扉の前には見張りのように立つ男の人がいた。
関わらないように遠巻きに歩く通行人に紛れて新聞社の前を通れば、出たくしゃみに慌てて口を塞ぐ。
裏口に回ってみるとそこにも一人見張りがいて、表口の破壊されたドアからして何かが起きているのは間違いなかった。
「どうしよう‥」
どの部屋もカーテンがしめきられ中の様子は見えない。
何かいい方法はないかと、裏口の見張りの死角から辺りを見回す。
中に入る方法を考えてなかった‥
見張りの人が簡単に入れてくれるとも思えない。だけどもしかしたら、連れて来ようとしてたんだし私が誰か分かれば入れてもらえるかも‥?でもそれでもしラックさんたちの足手まといになったら‥
悶々と考えながらもう一度建物を見上げると、二階の一つの窓から手が出てきた。
思わず目を丸くしていると、その腕はこいこいと手招きをして。
辺りを見回してみたけれど裏路地には他に人はおらず、恐る恐る近付くと中から梯子が降ろされた。
再び手招きされ、迷いながらも周りと見張りを確認してから梯子を上る。
結構高くて怖かったけれど、見張りに見つかったらと気持ちが急いてあっという間に上ることができた。
「お手をどうぞ」
「あ‥もしかして、社長さん‥ですか?」
手を取って窓から中に入ると、聞き覚えのある声に少し安心した。
中はカーテンがしめられて電気も消えているために薄暗くて、明るさの変化に目が慣れずすぐ傍にいるのに社長の顔すら見えない。
「最近は私もこの窓から出入りしているんだ。いやあ、ドアから入ると資料が邪魔で机にたどり着けなくてね」
‥確かに以前来た時資料で姿どころか机もほとんど見えなかった覚がある。
「あの、どうして‥」
「ああ、困っているようだったからね。入りたかったんだろう?」
こくりと頷く。でも、こんなこと親切心でやってくれるんだろうか?ここは情報屋なのに。
「別に下心があったわけじゃないんだけど‥本当は私としても女性が巻き込まれるのは望まない。でも君は、知りたいのだろう?事の行く末が」
「‥はい」
社長の指が私の後ろを指す。振り返ればそこには目が慣れてうっすらと見える資料の束と束の間に隙間があって。
「君なら通れるだろう。想い人とお友達は一階にいるよ」
もうイブちゃんたちとのことを知っているのかと目を丸くすれば、私の考えを読んだように「情報屋だからね」と付け加えた。
お礼と共に深く頭を下げる。私が足を進めようとすると、後ろから声がかけられた。
「うちで働く気はないかな?」
「‥へ?」
自分の抜けた返事に恥じながらも、私は苦笑を浮かべ首を振る。情報屋で働くのにこんなに不似合いな立場の人間もそういないだろう。
「ごめんなさい」
「君の探求心といい度胸といい、情報屋には向いていると思ったんだけど‥」
社長はクスリと笑うと、気を付けてと優しい声で背中を押してくれた。
私も自分にこんなにも度胸があるとは思わなかった。
‥違う。向こうにいるときは畏縮してばかりの臆病な人間だったんだ。
「私‥変われたのかな」
ずっと嫌だった。はっきり意見が言えない弱虫な自分が。
部屋を出ると廊下は明るく、どうなっているのか人の気配がまるでない。
大きな深呼吸をひとつ。そうすると自然と心が落ち着いて、私はぱちんと頬を叩いて階段を降りた。
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