06.少女は彼の微笑みに身を強ばらせる
名前の設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「それでね、こんな大きいお魚釣ったの!すごい力で引っ張られてびっくりした‥」
「よかったですね」
「釣りは初めてだったのー?」
「お前見るからに力弱そうだよな」
いつの間にか戻ってきたクレアさんとチックさんが加わり、普通のクレアさんにやっと少し慣れてきた。
マフィアのボスと殺し屋と拷問師。
肩書きや仕事中の彼らは恐ろしいけれど、普段はそんなことない。‥多分。
「‥弱くないです」
「俺ならこの小指でお前の全力を止められる」
肘をテーブルに置いて構えたクレアさんに、私も肘をついて恐る恐る小指を握る。
チックさんのかけ声で腕相撲が始まったものの、本当にぴくりとも動かなくて。
「それが全力か?」
余裕そうなクレアさんにむっとして左手も添えて力を入れる。
それでも結局先に力尽きたのは私の方で、唸りながら机に伏せるとラックさんが慰めるように頭を撫でてくれた。
「予想外に弱かったな」
「うぅ‥」
「クレアさん、追い討ちかけるのやめてください」
「俺はもうクレアじゃない」
「ユウちゃん鋏貸してあげようか?こうしてると楽しくなるよー」
シャキシャキと両手に持つ鋏を動かすチックさんに首を振る。
チックさんは歳が近いせいかすぐに慣れたけど‥こんな風にニコニコしたまま拷問するのかとと思うとすごく怖い。
拷問がどんなことをするのかは一切考えないようにしてる。
たまに鋏で料理をしていて、恐る恐るその鋏はと尋ねればこれは料理専用だと返事が返ってきて安心した。
「そういえば‥」
むくりと体を起こしながら、耳を済ますように視線を巡らせる。
「どうして皆いないの?」
いつも誰かしらはいるはずの事務所に一人も構成員がいなかったのは初めてだ。
ラックさんは少し考えるような素振りを見せてから、これが指示なのだと言った。
「今回の相手は手荒な事を好むようなので‥下手に的にされないよう待機を命じてあるんです」
心配ありませんと微笑むラックさんに、ほっと胸をなで下ろす。
「数日中には終わります。ただその間家には帰れないので、明日からユウはケイト義姉さんと過ごしてください。ケイト義姉さんも一人ですし」
「ん。でも、今日は?」
「今日はこのままここに泊まってください。明日送って行きますから」
頷くと不意にネックレスが目に入って、列車でのことを思い出した。
「クレアさん、」
「『ヴィーノ』か『線路の影をなぞる者』で頼む」
「‥ヴィーノさん」
「なんだ?」
‥‥面倒くさいと思ってしまったのは内緒だ。
ちらりとラックさんを見ると、分かったのか肩を竦めて見せる。
「ネックレス、ありがとうございました」
あの時は言えなかったから。戻ってきて本当によかった。
「ああ。それラックがやったのか?」
「はい。どうかしたんですか?」
「落としちゃったの。探したんだけどなかなか見つけられなくて‥よかった」
ほっと息をつけば、髪に差し込むようにして頬を撫でられた。
頬が緩むままにじっとしていれば、頬杖をついたままじっとク‥ヴィーノさんに見られていることに気がついて。
「‥‥何ですか?」
少しずつラックさんの方に体を寄せながら、ちららと視線を向ける。
「プレゼントって、女は嬉しいのか?」
「えっ‥嬉しいです。好きな人からなら何でも」
「好きな‥‥好きなのか殺そうとしてるのか分からない奴はどうなんだ?」
「わ、私に聞かないでくださいっ」
「‥クレアさん、本当にそんな人と結婚するつもりなんですか?」
「ラック、クレアはいないぞ」
「へぇ、結婚するんですかー?おめでとうございますー」
向こうの世界には、こんなに個性豊かな人たちはいなかった。
まだまだ驚くことは多いけれど、私も大分慣れたんじゃないかなぁ‥としみじみラックさんを見れば。
ごちゃごちゃな会話にラックさんがげんなりした顔をしていて、私はそんな様子に苦笑しながらお茶と一緒に出されたクッキーに手を伸ばした。
.