06.少女は彼の微笑みに身を強ばらせる
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「‥‥‥」
長い沈黙が部屋を支配する。
本当はこんな事を言いたかったわけじゃない。
ラックさんの存在は私の支えで、帰ったらいっぱい甘えたいって、笑いたいって、そう思ってたのに。
涙を我慢するように体に力を入れると、小刻みに震えてしまう。
目には涙も浮かんで、きっと今私はすごくみっともないだろう。
「ユウ」
そっと頬に手が添えられて、恐る恐る視線を上げる。
「‥私はユウに普通に生きて欲しかった。こちら側に引き込む覚悟がなかったんです。純白で淀みのない貴女を、私たちの闇で汚したくはなかった」
親指が優しく頬を撫でていく。
目尻に触れると、溜まっていた涙が頬に落ちた。
「それは私の我が儘で、貴女に押し付けるべきではなかった」
充分に分かっていた。私のためだって、危険に巻き込まないようにって。‥でも。
「私は、一緒に進みたいよ‥」
「‥はい。すみませんでした、ユウ」
腕を引かれて、ラックさんの膝に収まりながらぎゅっと抱き付く。
じわりと濁った視界は、優しく背中を叩かれる感覚に堰を切って溢れ出した涙であっという間に背景を崩壊させた。
「私よりもよっぽど覚悟が出来ていたようですね」
クスリと笑う気配に更に力を強める。
髪を梳くように頭を撫でて、心が満たされていくのを感じた。
「‥大事な事です。肝に銘じてください」
ラックさんが前置きをするのは珍しい。こくりと頷くと、髪の間をゆっくりと指が通っていった。
「私たちには曲げられない独自のルールが沢山あります。それも殆どが、命を代償としたものです」
ラックさんたちが死ぬことはないけれど、今はそういうことを言っているんじゃない。
「例えば‥そうですね。ユウはもう構成員たちとは顔馴染みだと思いますが、その中の一人が何らかの理由で我々を裏切ったとしたら‥‥私たちは組織のルールとして始末しなければならない」
始末‥それが殺しを意味していることは、私にだって分かる。
「それが当然とされるのが、我々の世界なんです」
「‥うん‥」
もちろん常に仲間を疑っているわけではないと、ラックさんの声に優しさが含まれる。
「ですが‥私たちの常識を無理に理解する必要はありません」
「え‥」
「貴女は貴女の考えを持っていい。‥これは私の願いなのですが、やはりユウには染まらないでほしいんです」
そっと体を離して見上げれば、ラックさんは困ったような笑みを浮かべた。
「決して貴女が“ボスの恋人”の枠を出ないように‥私が貴女を守りますから。大人しく、守られてくださいね」
無理はするなと、釘を刺された。
こくりと頷くと目尻に唇が落ちて、それからゆっくりと唇に触れる。
髪を梳いていた手が顎にかかり、深く唇が重なって。
頬に熱が上がっていくのを感じていれば、ラックさんの瞳が楽しげに細められた。
「いつになったら慣れるんでしょうね」
「だ、だって‥んっ‥」
深い口付けに少しでも口を開けば、空気を取り込む間もなく舌が侵入してくる。
無意識に引っ込めていた舌が絡め取られて、恥ずかしさにぎゅっとラックさんのスーツを握った。
慣れるはずがない。
ラックさんのキスは、息が出来なくてこんなに苦しいのに、気持ちいいなんて思ってしまって。
歯列をなぞるラックさんの舌に恐る恐る舌を絡めれば、腰を支えていたラックさんの右手がすっと背中を撫でた。
「んっ‥!」
ピクリと身体が跳ねる。
いつもなら何でもないのに、なぜか今は変な感じがして‥ラックさんのキスはいつだって私をおかしくしてしまう。
「っ‥はぁっ‥ふ‥」
唇が離れると顎から伝う唾液をラックさんの指が拭った。
生理的に浮かんだ涙を取るように唇が触れて、こめかみを伝い耳に触れ。
「ユウ‥」
低く艶やかな声がゾクゾクして背中がくすぐったい。
変な感覚にどうしたらいいか分からずもぞもぞと身体を動かした。
「どうしました?」
「な、何でもない‥」
「‥本当に?」
腰に添えられた手の存在をありありと感じて意識してしまう。
いつもと違うラックさんは意地悪で戸惑わずにはいられない。
「ラックさ‥っ」
「キスで感じたんですか?」
「そんなんじゃな‥‥っ‥!」
手が少し動いただけなのに反応してしまって。
ラックさんはそんな私の様子を楽しむようにクスリと笑った。
「嘘はいけません」
「ひあっ‥」
耳を甘噛みされ、舌が縁を這う。
そのまま首筋を降りていくと止める間もなく服のボタンが外され、鎖骨の下辺りにチクリと痛みを感じた。
「っ‥あ、やっ‥ラックさ‥ラックさんっ‥!」
知らない感覚に怖くなって引っ張るようにシャツを握れば、ラックさんがぴたりと動きを止める。
呼びかけに応じてくれたのは嬉しいけれど、全く動かなくなったラックさんに私はそっと覗き込んだ。
「‥‥ラックさん?」
無言。ボタンが二つ開いた状態ではだけた胸元を押さえながら、もう一度声をかけようとすれば。
「‥殴ってください」
「へっ!?」
「これで、思いっきり」
分厚い本を渡されて益々首を傾げる。
ラックさんは頭を抱えたままひどく落ち込んでいるようで、とりあえず言われるままにごすっと頭に当ててみた。
「あの‥?」
「‥危なかった」
ぽつりと零れたのは独り言らしい。
「‥コーヒーでも入れて来ます。そうしたら旅行の話を聞かせてください」
にこっと笑うラックさんに、私はぱちりと瞬きを返した。
‥へっ?どういうこと?
「えっと、‥うん?」
ひょいと膝から椅子に下ろされ、雰囲気の差について行けないままに部屋を出て行くラックさんを見送る。
ゴンッ!バサッ
「ひえっ‥‥?」
ボタンを直していると何かがぶつかった音と共に壁際にあった本が落ちた。
けどその後何ら変化はなく、戻って来たラックさんはいつも通りで。
「ラックさん、さっき廊下で何かあった?」
「いいえ?」
「でも何か音‥」
「気のせいでは?」
「‥‥音が」
「気のせいですよ」
「‥‥うん、そうかも」
にっこり笑うラックさんに視線を逸らす。
カップに口を付けながら、笑顔を崩さないラックさんに再び首を傾げるのだった。
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