06.少女は彼の微笑みに身を強ばらせる
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「さて‥それではシェリルさんとの楽しい旅行の話は後に回して、まず列車で何があったかを聞きましょうか」
こうなったらもう、逃げる術を私は知らない。
私が寝かされていた部屋。ベッドに座らされた私に向かい合うように椅子を置いたラックさんは、腰掛けながら口元に笑みを浮かべた。
「で、でも‥内緒なの」
「何故?」
「警察の人が‥」
「警察」
すっと瞳が細められて慌てて口を噤む。
「それは‥例えば賠償金が支払われたりする内容ですか?」
確か、そんなことを言っていたような気がする。
頷くとラックさんは明らかに嫌そうな顔をして、深いため息をついた。
「ですがまあ‥私は貴女の恋人として話を聞くのですから構わないでしょう」
「‥いいの?」
「そういうものは、賠償金を出す側が世間に知られたくないから漏れないようにする対策です。私は他に話をするつもりはありませんし、元々裏の人間ですから」
関係ないと首を振るラックさんは、私が納得したのを見ると続きを促す。
私は指先を遊ばせながら視線を逸らしたけれど、重い沈黙に耐えきれずうなだれた。
「‥列車がジャックされたの。それも、複数の組織に同時に」
私が見た出来事を大まかに話す。
死体や血の海を思い出して気分が悪くなったけれど、ネックレスを握って一度空気を吸い込んだ。
「この腕は‥乗客の中に移民をすごく軽蔑してる人がいて、それで‥」
全てを話し終えたあと、腕について説明すればラックさんはすっと私の手を取って。
手首に巻かれた包帯を親指でなぞりながらまっすぐ私を見据えた。
「‥主犯の一人に気に入られた」
「えっ‥うん」
「ユウ‥下手をすれば殺されていたかもしれない相手ですよ?」
「でも‥私には優しかったよ」
「そういう問題じゃありません」
強い口調にぴくりと肩を上げる。
「そういう、問題だよ」
「‥貴女には危機感がなさすぎます」
呆れたようなため息に、むくりと嫌な気持ちが湧き上がった。
「‥そんなことないもん」
「あります。そういう人間には関わらない方がいいに決まっている」
‥どうして、そんなこと言うの。
浮かんだ言葉を飲み込んで唇を噛み締める。
「自ら危険に足を踏み入れるのはやめなさい」
違う。ラックさん、そうじゃないよ。
私はただ、ただ皆のそばにいたくて、そうするには。
「貴女は、一般人なんですよ」
「っ――違う!!」
バクバクと心臓が鳴る。
ラックさんがどんな表情をしているかは分からないけど、こんなに大きな声を出したのは多分初めてだ。
皺になるほど服を握り、視界が涙で滲んでいく。
「私は一般人じゃない。もう一般人に戻るつもりはないっ」
「何を‥」
「私にはそういう問題なの。だって、私はカモッラ幹部の義妹でマフィアボスの恋人だから」
見上げたラックさんは困惑したような表情で、だけど私は上がった息を飲み込んで続けた。
「私はっ‥私はラックさんが人を殺していても、ラックさんは優しい人だって思ってる!」
お兄ちゃんだって、キースさんたちだって、私の大切な人は皆。
「それは私の中で変わらなくて、絶対で‥っ、だから、だからもう、私は一般人じゃない‥!」
それを認めてしまった私は、もう普通とは呼べない。世間の呼ぶ“一般人”ではない。
だけど、それは私の覚悟だから。
「否定しないで‥っ」
遠ざけないで。ラックさんが私を闇に引きずり込まないようにしているのは分かってるけど。
「私は、理解したいと思う。向き合いたいと思う。必要な分だけでいいから」
仕事内容を知りたいわけじゃない。全てを教えて欲しいわけじゃない。
ただ、もう逃げないと決めたから。
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