05.少女は自分の生き方について決意する
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「ジャグジー、ありがとう‥」
ズキズキと痛む頭を押さえながら、私たちは食堂車の連結部にまでやってきた。
「ユウが戻って来ないからすごく心配したよ‥けどよかった、三人とも無事で」
助けに来てくれたジャグジーの表情は驚くほど落ち着いていた。
三人が何かを話し合っている間、私は壁に寄りかかってバレないように深いため息をつく。
列車に乗るときはこんなことになるなんて思ってもみなかった。
シェリルさんがこの列車に乗っていなくてよかったと心から思う。
「ユウはニースたちについて行って」
「ジャグジーは‥?」
「僕は奴を倒さなきゃ。大丈夫、終わったらユウに会いに行くよ」
大切な友達だもん――そう言って優しい笑みを浮かべたジャグジーは屋根へと上がり、私はニースに続いて食堂車を駆けた。
その中でヨウンさんとファンさんに会い、一瞬だけど言葉を交わすことができて。
「無事で良かった」「お二人も!」と簡単な言葉だったけど、今はそれでも十分だった。
「ドニー、俺らはこのままジャグジーを探しに行く」
「うあ、分かった」
「ユウさんはここでドニーと待っていてください。彼といれば安全ですから」
「ん‥二人とも気をつけてね」
貨物車輛まで来ると空になった一室にドニーさんがちょこんと座っていて、ニースたちを見送ったあと私も隣に座ってみた。
「‥‥、ドニーさん」
「むぁ、なんだ?」
「ヨウンさんとファンさんって、もしかして仲間なんですか?」
さっき連結部で話している時にそんな内容が聞こえて気になっていた。
「ぅが、そう、俺たちの仲間」
やっぱりそうだったんだ‥
聞けば、他にもたくさん仲間がいるのだとか。
「ジャグジーってすごいんですね」
「ムグぁ、ジャグジー、いい奴。だからたくさん、仲間集まってくる」
「うん‥分かる気がします。ジャグジーについて行きたくなる気持ち」
開けた窓から風が入り、大きな川の見える今の時間はとても穏やかなもので。
明るみを帯びた空が更に心を落ち着かせる。
‥そしてそんな時間を破ったのは、外から聞こえた声だった。
「おい、そこの大きいの!ちょっと手伝ってくれ!」
「う、うぁ。『線路の影をなぞる者』か?」
『線路の影をなぞる者』――そう聞いて私はひゅっと息を止める。
「いいからこれを持て!そんで、思い切り引き上げてくれ!頼む!」
そんな会話を聞いていたら、遠くから悲鳴のようなものが聞こえて来ることに気が付いた。
「ムグぁ、一大事」
ドニーさんの掴んだロープの先をじっと見れば、それは紛れもなく、アイザックさんとミリアさんで。
名前を呼ぼうと息を吸ったと同時にお腹に衝撃があって、ぐるりと視界が反転。
「お前こんなとこにいたのか。探したぞ」
「へっ‥!?」
ドニーさんが勢い良く縄を引いたモーションを最後に、部屋を出たため姿は見えなくなり。
その後すぐにアイザックさんたちらしき悲鳴と屋根から強い衝撃音が聞こえ、私はびくっと肩を上げてしまった。
アイザックさんたちは助かったのかな‥それも知りたいけど、今一番は。
「あの‥‥私を食べるんですか‥?」
相手は『線路の影をなぞる者』。
なぜか肩に担がれ、屋根に上ろうとしていた。
「いや?お前何か悪いことしたのか?」
おどけるような口調に、ぷかりと違和感が浮かぶ。
「‥‥人間、ですか?」
「まあそうだな。生物学上は」
肩に手を置いて、恐る恐る彼の顔を見てみる。
彼はそんな私を屋根に下ろすと、『な、人間だろ?』と楽しげに笑った。
「俺はこれからちょっと向こうを見てくるから、今度こそじっとしてろよ」
「え?」
「これ以上怪我されちゃ、ラックに顔向けできないからな」
‥‥今、彼は何て言ったのか。
ラック――確かに彼の口からそう聞いた。
「ラック、さん?」
「ん‥?向こうにいるガンマン知り合いだったな。あそこなら行ってきてもいいぞ」
「あ、はいっ‥‥じゃなくて!も、もしかしてクレアさん‥ですか?」
「ああ、そういえば自己紹介がまだだったな。俺はクレア・スタンフィールド。またの名を『ヴィーノ』、『線路の影をなぞる者』とも言う」
ぱちぱちと瞬く。
『線路の影をなぞる者』――もといクレアさんはじっと後部車輛を見つめてから、「とにかく」と言葉を続けた。
「迎えに来るから、次はいなくなるなよ」
「‥はい」
今度こそとか次はとか良く分からないのだけど、もしかして黒服に捕まる前屋根の上にいたというのが関係あるんだろうか。
あんなに気を失うほど恐怖した“怪物”は、登り始めた陽の下で見るとまるで違うものに見えた。
返り血で真っ赤に染まった人間。それが分かると、あの時の絶望するほどの恐怖は感じなかった。
「大丈夫かチェス!」
「しっかりして!」
聞こえた声にはっと振り返る。
二人の間にいる小さな影は、食堂車で一緒だったチェスくんだと知って。
「チェスくん!アイザックさんっ、ミリアさん!」
朝日が辺りをオレンジ色に染める。
「ユウ!見てくれよチェスの怪我が治ったんだ!やっぱり『線路の影をなぞる者』は悪い奴しか食べないんだな!」
「なまはげだね!」
「チェスくん‥」
赤い塊がチェスくんに吸収され元の形に戻っていくのが見えた。
チェスくんが不死者だって言うことには驚いたけど、それは私にとって些細なことでしかない。
前にしゃがんでそっと左手でその頬に触れる。
びくっと肩を上げた彼に微笑んで、私はその小さな体を抱き締めた。
「よかった‥‥チェスくんが生きていてくれて、よかった」
「ユウ、お姉ちゃ‥っ‥」
長い夜は明け、悪夢は終わった。
二人の明るい声が耳に心地よくて、抱き締めたチェスくんの体温が温かくて。
私はゆっくりと、目蓋を閉じた。
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