04.少女はラッド・ルッソの狂気に怯える
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「‥‥どういうこと‥‥」
部屋を出ると聞こえた銃声に、楽しそうに顔を歪ませたラッドさん。
私たちが拘束されていた貨物車輛の一つ前、最前の部屋。
ルーアさんの呟きもラッドさんの明るい声も、意識のどこかを通り過ぎて行くだけだった。
部屋の中は赤に染まり。その中心にあったモノが視界に入って、それが元は何であったかを理解する前に背を向けた。
鼻をつく血の臭いが脳を揺らし、そのまま膝が抜ける。
口元を押さえて上がってくる嘔吐感に耐えながら、既に焼き付いてしまったその場景を必死に振り払った。
――あれは、人だ。
下半身が無くなっていて、あまりに現実離れした姿だったけど。
ルーアさんに支えられて開けた窓から外の空気を吸い、ほんの少しだけ血の臭いが抜ける。
この人たちは“死体”を見慣れているのだろう
私はラッドさんが何者かは知らないけど、ラッドさんを見ていると思う
彼は殺すのが楽しくて楽しくて仕方ない――殺人狂なのだと
「いたぞ!あいつらだ!」
聞こえた声に通路へ視線をやると、さっきハンカチを渡した人と一緒にジャグジーたちがいた。
私が彼の名を口にしようと体を向けると後ろから肩を抱き寄せられて。
「いよう!ジャック君はお前の連れだったのかい?」
ジャグジーはラッドさんのファミリーネームを聞くと顔を強ばらせ、忌々しげに名を繰り返した。
ルッソって‥もしかして何か有名な名前だったのかな‥?
「ユウを返せ」
「はぁ?何でよ?つーかお前ら知り合いだったのか。まあ知り合いでも何でも関係ねぇけど!俺はコイツが気に入ったから連れて帰る。それとも‥俺から取り返すか?」
ニヤリと口端を上げてみせる。
私は二人を順に見やって、ジャグジーに首を振った。
これは私の問題で、ジャグジーたちを巻き込む訳にはいかないから。
私には帰る場所があってラッドさんについて行くことはできない‥それを伝えるのは私の義務だ。
「ユウさん、でも‥」
ニースの言いかけた言葉が、ピチャリと響いた水音に噤まれる。
ラッドさんの足元から発せられたそれを見て、ジャグジーたちが息をのんだのが分かった。
広がる血だまりが部屋から流れてきている。
「今は貴方達の相手をしている場合じゃない。でも、後で絶対に償わせるし、ユウも取り返す」
‥ジャグジーが食堂車を出て行ってから今まで。
この短い間に何があったのか私は知らないけど、目の前にいるのはさっきまでのジャグジーとは違う。
おどおどして泣き虫なジャグジーは今、見る影もない。
私に危害を加える気がないと判断したのか、ジャグジーは私に「もう少し待ってて」と微笑んだ。
「ほお、強気じゃねぇか泣き虫坊や。さっきまでとは様子が違うな、車掌室で車掌になんか冷たい事でも言われたかい?」
「車掌は二人とも死んでた。確認しておくけど、貴方がやったんじゃないんだな?」
「‥‥死、んでた?」
私の掠れた声はラッドさんの問いにかき消される。
“死んでいた”“車掌”
『――私たちの幼なじみが車掌として乗り込むらしいんです』
浮かんだ単語と言葉が頭の中で繋がっていく。
嘘だ――ラックさんたちの幼なじみが、死んだ?
「‥‥いくぞ、車掌室だ」
さっきとは打って変わり静かな物言いと共に腕を引かれルーアさんに押し付けられる。
ジャグジーたちはすれ違う間際、私の目から視線を外すことはなくて。
“絶対助けるから”‥そう言われているようで、私は唇を噛んで何度も後ろを振り返った。
アイザックさんもミリアさんも、ジャグジーもニースも、どうしてこんなに強いんだろう。
何かを守ることはすごく大変なことで、勇気のいることなのに。
会ったばかりの私を、彼らは危険に命を晒して助けようとしてくれている。
なら‥私も進まなければ。
“私のために”そう思ってくれた人たちに、正面からありがとうと言えるように。
ラックさんはきっと、私の決意を良しとしないだろうけど。
私はこの出会いと、繋がった絆を手放したくはないから。
この現実から逃げ出したくなる衝動はズキズキと痛む手首が留めてくれている。
首元で揺れるネックレスを握り、私はルーアさんに引かれる手に視線を落とした。
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