04.少女はラッド・ルッソの狂気に怯える
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「‥っ!」
背中を押され、私は貨物室の一室に倒れ込む。
確か貨物車輛は三つあって、一つ通ってきたからここは二つ目だ。
「またかよ」
「しょうがねぇだろ、ほっとく訳にいかねぇしよ」
背中で腕を縛られ、小さく咳き込みながら体を起こす。
そこには私だけじゃなく、既に四人が拘束されていた。
そのうち二人は白い服を着ていて、たぶんラッドさんの仲間だと思う。
そしてもう二人は顔を見合わせているところを見ると知り合いなのだろう。
その一人は‥‥この人食堂車にナイフ持って入って来たような気がする。
恐る恐る辺りを見回していると、前に黒服の一人がしゃがんで。
「コイツただの人質には惜しくねぇか?」
「終わったあとグースさんにバレねぇように持ち帰るか」
「バーカ。んなことやってねぇで見張りしろ見張り」
後ずさる私に笑って離れていく黒服を警戒して目で追ってから視線を伏せる。
沈黙が続く中、列車が線路をなぞる音だけが耳に残って。
しばらくして黒服が廊下に出て行ったと思うと、それっきり戻っては来なかった。
「なあ、嬢ちゃん」
びくっと肩を跳ねさせる。
ナイフを持って食堂車に入ってきた人が、縄から抜けようともがきながら話しかけてきた。
「あんた食堂車にいたろ?何で捕まったんだ?」
あんな一瞬だったのに覚えていたことにびっくりした。
私は説明のしようがなくて、しばらく思案したあと首を振った。
「そっか‥あいつら何考えてんのか分かんねぇからなー」
後ろ手に縛られているのが辛くてふっと短く息を吐く。
捻った手首に縄が食い込んで尚更痛みはひどさを増している。
俯いていると突然勢い良く扉が開いて、驚いて小さく声を上げてしまった。
「サンキューファッキュー曲者参上ッ!」
クルリと一回転しながら入ってきたのは、白服を赤く染めたラッドさんだった。
「あれあれあれ?見張り誰もいっネーじゃん!つまんねーの!それにしても無事でよかったなぁルーゥアァ―――」
「俺の心配は無しかよ」
女の人が小さい声でお礼を言ったのが聞こえた。
ラッドさんは私の前にしゃがむと「おいおいおい」と呟きながら紐を解いてくれて。
「何でお前まで捕まってんの?食堂車にいたんじゃねーの?それとこの手首!何だよこれやったの誰だよなあユウー」
ラッドさんは私を立たせると白服の二人の前に突き出して、にっと笑った。
「こいつ、気に入ったからよぉ仲間にすることにしたんだよ。ルーアと結構気合うと思うんだよなー」
「‥‥一般人だろ?」
「ユウは妹分兼婚約者の友人兼マスコットだ。問題ねぇ!」
驚いて振り返るとニィと笑ったラッドさんが、婚約者のルーアさんを紹介してくれた。
あの時言っていた「会わせたい女」はルーアさんだったらしい。
「‥よろしくね」
蚊の鳴くような声で言うルーアさんに、私は泣きそうになりながら頷くしかなく。
「お、おいおい、こっちの縄も解いてくれや」
私が慌てて向かおうとすると腕を掴まれて、ラッドさんが首を傾げた。
「ハぁ?なんで?なんか得あんの?」
挑発するような態度と言葉。私はどうしたらいいか分からなくて二人を見たけど、ルーアさんは目が合うとほんの少し口端を上げただけだった。
からかって満足したのか、背中を押されて入り口を出た途端。
中から聞こえた名前に反応して、ラッドさんが中に戻って行った。
「ジャックって名前なんだってぇ?こいつはこいつは面白ぇ!果たしてジャックって名前の奴は全員ボクシングが強いのかどうか、確かめる時がやってまいりました!カーンッ!」
同時に、ラッドさんの拳がジャックさんの顔面にめり込む。
「やっ‥」
思わず目を逸らしてしまった私は尚も続く音に恐る恐る視線を戻した。
それはどう見ても一方的で、ジャックさんの顔が変形していく。
――死んでしまう。あのままでは、ジャックさんが死んじゃう。
「やめ‥やめてくださいっ!」
抱き込むようにラッドさんの腕を掴んだ。こんなことをして彼の機嫌を損ねれば、私は殺されてしまう。
‥だけど。私には何の理由もなく殺されるのを、ただ見てなんていられない。
「お願いします、もうやめて‥!」
いくつか落ちた涙を腕で拭って、私はラッドさんの目をまっすぐ見た。
「全てのアリスが、不思議の国に行くわけじゃありません!」
食堂車で、ラッドさんは黒服を殴りながらジャックという名ばかりのボクサーを上げていた。
ただの思いつきの曲がった興味からの行動なら。
じっと私を見ていたラッドさんは、吹き出すようにしてケタケタと笑った。
「すげぇ!お前すげぇよやっぱ俺が見込んだだけあるぜ!」
服で手を拭いてから、ラッドさんは私の頭を掻き回した。
「良かったなぁ。ユウのおかげで命拾いしたぞジャック」
興味を失ったようにヒラヒラ手を振って出て行くラッドさんにルーアさんが続き、もう一人が私を待っている。
「‥死なないでください」
袖で涙を拭いながら、私はポケットから出したハンカチでジャックさんの血を拭ってそれを隣の人の膝に置く。
頷いたその人に小さく頭を下げてから、私は部屋を出た。
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