04.少女はラッド・ルッソの狂気に怯える
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『作業着の女』
「(ユウさんがいるなんて‥)」
ユウはレイチェルに気づいていなかったが、レイチェルはユウに気づいていた。
個人的にレイチェルはユウを気に入っている。
話したのはほんの数分だったものの、機会があればまた話してみたいとさえ思っていた。
‥が、ここで見つかるのはあまりよろしくない。
「(‥それにしても)」
「ま、こうしてわしが余裕を持った生活が出来るのも、会社と人々に対して誠実な仕事を行って来たのが報われているという事だがね!ヴァハハハハ」
――何が「ヴァハハ」だ。呪われろ。
唾を飛ばしながら自慢話をする、太ったちょび髭の男。
父親の働いていた会社の幹部であり、レイチェルの父を陥れた男だ。
レイチェルは悶々とした気持ちを持ちながらも、そのまま食堂車で様子を見ることにした。
いざという時の事を考え、レイチェルは窓を静かに開けておく。
‥そして、その時は訪れたのだった。
銃声と悲鳴の上がる食堂車の窓、そこから身体を外に滑り出させる。
乗客たちや黒服の意識が銃撃戦に向けられる中、レイチェルが消える瞬間を目にしたのは隣に座っていた男ただ一人だった。
『ジャグジー・スプロット』
「なに‥‥これ‥‥」
列車の最後尾、車掌室。
血に塗れたその小さなスペースにぽつりと涙声が響いた。
血に塗れた二つの死体を前に、震える事すら出来ずに立ちすくむジャグジー。
そのうち一人の死に様は異常なもので、首は通常では有り得ない方向を向き、その顔面と右腕が無くなっていた。
「来たんだ、」
それは何かで砕かれたのかそれとも何かに噛み千切られたのか。
「遅かったんだ、もう追いついちゃったんだ‥‥」
ジャグジーは一つの答えを導き出した。
来てしまった、やはり本当だったんだ。もう怪物は放たれてしまった。
怪物――『線路の影をなぞる者』が。
『夫人と黒服』
「それじゃあチェス君、メリーをお願いしますね」
ユウが連れて行かれてから数分が経ち、乗客たちも皆大分落ち着きを取り戻したようだった。
メリーをチェスに託し、ヨウンたちと共にアイザックとミリアを見送ったベリアム夫人は現れた黒服の集団に囲まれていた。
「私の名はグースと申します。貴女の御主人に協力して戴きたい事がございましてね。御一緒していただけますな?」
娘が白服に連れて行かれたと嘆く夫人にもグースは白服という単語に強い嫌悪を浮かべただけだった。
グースは銃を構える部下達と共に食堂車を出る夫人を見てから、部下に命令を下す。
「二人ずつ交代でこいつらを見張っていろ」
勝手に動かれては面倒になる。
グースは食堂車を出ようとし、その異変に気がついた。
「おい、その窓を開けたのは誰だ」
怯えた男はどもりながら“作業着の女が”と口にした。
作業着の女。グースには心当たりがあった。乗車前に貨物車輛の所で見かけたあの女。
脳内の警戒リストに『作業着の女』の項を加え、グースは無言のまま食堂車を去った。
『泥棒カップル』
「よし、行って来る!」
「出発だね!」
チェスとメリーが食堂車を後にしてすぐ、アイザックとミリアが高椅子から立ち上がった。
「行くって、何処へヨー?」
「何処って、ジャグジーを探しに」
「ニースも探しに!」
「そしてユウを助けに!」
「ヒーロー参上、だよ!」
「危ないヨー?」
ファンが止めるも二人の行動を止められるはずがなく、アイザックとミリアは話しながら食堂車を出た。
二等車輛の通路は明かりがついているものの、それは心もとなく薄暗い。
通路に二人の声が響くだけで、他に人がいないのではないかと思えるほどの静寂だった。
「それにしてもユウはどこに連れて行かれたんだろう?」
「うーん、黒服のところ?」
「その黒服ってのは何処にいるんだろうなぁ」
「一等車輛じゃない?」
「でもユウは後部車輛の方に連れて行かれなかったか?」
「そっかぁ‥」
最初に出て行ったジャグジーとニース、そして白服達、子供たち、連れて行かれたユウ。
考えてみればこの全員が後部車輛にいるのだ。
このまま進んで行けば会える!
そう確信した二人は再び会話に華を咲かせ、そして銃声を聞いた。
「なんだ?三等客室からかな?」
「ううん、もっと遠いね!貨物室あたりみたいだよ?」
『白服』
「で、ラッドよぉ。あの楽団、いったい何なんだよ?」
仲間の問いにラッドは恍惚とした表情で『ご馳走』と答えた。
「すげぇべ?一人あたり2、3人は殺せるんだぜ!しかも、完全に自分が優位だって思ってるような緩い奴らをだ!」
歓声が上がり、ラッドの言葉で白服の集団が散っていく。
殺しを楽しむ集団。その中心であるラッドは婚約者を探すべくライフルを一丁手に部屋を出る。
この時はまだ、黒服も白服も気がついていなかった。
この列車に乗る、更に異質な存在に。
『クレア』
クレアは自分の名前が嫌いだった。
改名するつもりは無いものの、やはり男である自分が女性名で呼ばれる事には抵抗がある。
『クレアさん、確か30日シカゴ発のフライングプッシーフットで来るんですよね?』
家族同然である幼なじみから電話がきたのは二日前。
肯定で返すと、ラックは珍しく言いづらそうに言葉を濁した。
『実は‥‥彼女が乗るんです』
だからその彼女が誰を指すのかを説明してほしいんだが。
クレアはよく分からず聞き返せば、深いため息が聞こえた。
『‥私の彼女ですよ。付き合っている彼女が旅行から帰っ‥』
ラックが何か言っていたが、クレアは構わず質問を投げかけた。
最後には『とにかく、彼女には問い詰めないでください!』とか怒っていたがあれは照れ隠しだとクレアは笑う。
あのラックに恋人。ラックに教えられた名前は乗客名簿に確かにあった。
トニーに呼ばれて案内した彼女がユウで間違いはなく、一人で乗ることになったと言ったユウはしゅんと俯いて。
――ラックのじゃなかったらプロポーズしたな俺。
とにかく出発も近いし自己紹介と積もる話は後だ、と思ったのがいけなかったのか。
「困ったな。これで挨拶したら顔分かんないんじゃないか?」
不意に浮かんだ問題に数秒悩み、「まあなんとかなる」と頷いた彼は。
全身を血に染め貨物車輛の横に片手でしがみつき、小脇には首の折れた黒服の体を抱えていた。
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