04.少女はラッド・ルッソの狂気に怯える
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ドクドクと鳴る心音が異様に耳につく。さっきまでチェスくんと話していたのに、今のこの状況はどうして。
「ど‥‥どうしろと‥‥?」
突然響いた3つの声。1つは床に伏せろと言い、もう1つは手を上げろと言い、そしてもう1つ動くなと言った。
賑やかだった食堂車は一瞬にして静まり返り、状況に狼狽する。
咄嗟にチェスくんを抱きしめていた私は、ミリアさんに服を引かれてその場にしゃがみ込んだ。
「お姉ちゃん‥?」
思わずびくっと肩を上げてしまってから、チェスくんをカウンターと挟むようにして優しく背中を撫でる。
「えーと‥‥お騒がせしました」
一人がドアを閉めて走り去る音が遠ざかっていくと、同時に耳をつんざくような音が続けざまになった。
「きゃあっ!?」
そして次には、ドサリと何かが倒れ伏す音。
そう遠くないその気配に恐る恐る目を開けると、広がる血だまりに倒れた人。
「やっ‥」
髪をくしゃりと掴むようにして、私は目を逸らした。
人が死んだ。目の前で、たった今。
ガチャリと再び開いた扉を見上げそうになりながらも、私は顔を伏せたまま通り過ぎて行く足を追った。
目を合わせてはいけない。“目立たない”それが今は一番重要だと、どこかで警告がなった。
「貴様‥‥いや、貴様らは何者だ?」
「いやいや、怪しい者ですが敵ではありませんよぉー?」
俯いている分、聴覚が敏感に会話を聞き取る。
震える体を抱きしめるようにして押さえながら、私はきつく目を瞑った。
「だからぁ、私はあんたらの敵じゃないですって!」
「なっ‥」
再び響いた悲鳴と銃声、そして楽しげに言葉と共に何度も嫌な音がした。
働かない頭を駆使して、私は何とか今の状況を理解した。
乗る時に見た白服と黒服は、ただの乗客ではなかったのだと。
「なんだろうなぁ、ジャックって名前はボクサーにとって縁起でもいいのか?なあ」
そして。この声の人は“普通”ではないのだと。
「あー、やっとナイフ落としてくれたか。いやー、怖くて怖くて、つい殴りすぎちまったよ」
何て愉しそうに、人を殺すのか。何て、快楽に従順なのか。
私は怖かった。いつその標的が自分に向けられるのか。そんなものは彼らの気分で変わるのだ。
その人は新たに入ってきた味方の集団にも気付かず殴り続けていた。
楽しそうな声で言葉を紡ぎ、苛立ちを表現するように。
‥見ていなくても、あれだけ叩きつける音がすれば分かる。
「ラッドよぉー、こりゃ一体どうなってんだぁ?」
近付いてくる気配がする。
ベリアムさんに声をかけているのを聞きながら、私は右手でネックレスを包み込んだ。
「‥なあ、お前」
だから気付かなかった。それがまさか、私にかけられている言葉だなんて。
「あれ、無視されると俺も傷付くんだけどなぁ」
腕を引かれて人に映ったのは、白服を返り血に染めた男の人。
声の主がこの人だったのだと頭が理解すると同時に、ゾワりと鳥肌が立った。
「お前、俺がここに入って来た時から今まで一度も顔を上げなかっただろ」
私の前にしゃがんでいるその人は、血塗れた手で私の顎を持ち上げた。
「俺お前みたいな賢いヤツ好きなんだよなー。だってよぉ、乗客は俺らがやり合ってれば自分は死なねぇんじゃねぇかとかこっちに意識がこねぇかとか気にして俺らを見てたのに、こんだけ騒いでてもこんな震えながら俯いてたのってあれだろ?」
ひゅっと息が漏れる。青い瞳が私を捉えたまま、楽しげに細められた。
「死ぬのが怖くて怖くて怖くて怖くて‥堪らねぇからだよな?」
私は思わず顔を歪める。我慢していた涙が頬に落ちて、それでも私がその瞳から目を逸らすことはできなかった。
私は死ぬのが怖い。それは誰だって同じで当たり前だと思うけど、私はラックさんと約束したから。
もう‥ラックさんの前からいなくならないって。
だから私は死にたくない。だけど私は元々気が小さい人間だから、いくら虚勢を張ったところで根本を抜ききることはできない。
“死ぬかもしれない”
その恐怖が、私にそうさせたのだ。見てはいけない、顔を上げてはいけない――と。
「そのくせよぉ、お前あれだろ?俺がそのガキ殺ろうとしたら庇うだろ?」
顎から頬に移動した手が涙を拭って、私はチェスくんを見てから唇を結んで男の人を見返した。
「それってそれってぇ、死ぬのが怖いくせに死にたがりってことじゃん。俺そんなやつ殺せねぇよ!いや最終的には俺が殺してやるけどさぁその前に殺さなきゃならねぇ奴が腐るほどいんだよこの世界にはよぉ!」
ケラケラと笑ったその人は立ち上がると親指で自分をさしながら言った。
「ラッド・ルッソだ。お前名前は?」
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