03.走り出した列車で少女は怪物と出会う
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「むぐぐがが」
聞こえた呻き声に私はびくっと肩を跳ねさせた。
同時にジャグジーの肘が私の腕を突き、ぱちゃんとミルクティーがカウンターに零れる。
「ああッ!お兄ちゃん、また‥‥ごめんなさい!」
続いて耳に入ったのは慌てたような可愛い男の子の声。
喉に詰まって咳き込みながらジャグジーが振り返った。
「大丈夫かい?」
「ヨウンさん、ごめんなさい」
タオルを手渡してくれて頭を下げる。ヨウンさんは君が謝ることじゃないと苦笑して新しく紅茶をついでくれた。
「あのう、うちの娘が失礼したようで。どうも申し訳ございませんでした」
ヨウンさんとそんなやりとりをしている間にも話は進み、カウンターの席が埋まった。
「ボクの名前はチェスワフ・メイエル」
チェスって呼んで下さい、とはにかむ男の子に続いて女の人がふわりと笑う。
「私はナタリー・ベリアム、この子は娘で‥‥ほら、メリー」
「メリー・ベリアムです」
おずおずとジャグジーとニースを見て、それから私を見るメリーちゃんに微笑んでみせる。
チェスくんの服を摘むように背に隠れていたメリーちゃんは、小さく笑い返してくれた。
‥二人とも可愛いっ!
ぐりぐりしたくなる気持ちをぐっと抑えて、皆に続き自己紹介を済ませ。
不意にチェスくんを見て違和感を覚えたものの、視線に気付いたのか顔を上げたチェスくんに笑いかけられて笑い返した。
「『線路の影をなぞる者』?」
私が首を傾げると、隣でジャグジーが目に涙を溜めてあたふたし始める。
アイザックさんは言葉を巧みに操りアクションを交えては『線路の影をなぞる者』について話してくれた。
ドクドクと早鐘のような心音を治めるように言い聞かせていると、ミリアさんがあげた悲鳴に私は息を止めて反射的に隣にいたジャグジーの服を掴んだ。
「ユウさんもしかして‥」
「怖いノ?」
「そっ、そんなこと‥」
「食っちまうぞぉ!」
「丸飲みだねっ!」
「ひゃああっ!」
隣からの追い討ちに耳を塞ぐ。
泣きそうになりながら恐る恐る顔を上げると、ヨウンさんたち含めベリアムさんまで笑っていた。
私は昔から、この手の話が大の苦手なのだ。怪談話はもちろん七不思議や人を食い散らかす怪物モノも。
「安心しなよ、ユウ、ジャグジー。この『線路の影をなぞる者』が来ないようにする方法が一つだけあるのさ!」
「オンリーワンだね!」
ジャグジーと顔を見合わせて急かすように身を乗り出せば、自慢気に胸を張った。
「助かる為には‥‥どうするんだっけ、ミリア」
「さあ、知らないよ?私も初めて聞いたんだもん、そのお話!」
「‥‥‥」
思わずぽかんとしてしまった。
だって、当然知ってると思ってた。知らないのにあの反応はなかなかできるものじゃない。
このカップル、すごい強者だ。
「そそそ、そんなあ!たたたた大変だ、ははは、早く思い出さないと、でないと死んじゃう消えちゃうよ!」
「ふあっ、ジャグジ、待って、酔うっ‥」
ガクガクと肩を揺さぶられて目を回す私に、ニースが慌ててジャグジーを押さえる。
ヨウンさんが若い車掌から聞いたと言ったことでジャグジーは勢いよく立ち上がると、拳に力を入れた。
「だ、大丈夫ですよアイザックさん!ユウも安心して!僕がすぐに聞いてきますから!」
「じゃあ、私も一緒に‥」
「ユウはここで待ってて。か、必ず聞いてくるから、ぼ、僕に任せて!」
涙目なのに、どうしてこんなに説得力があるんだろう。
私が頷く前にテーブルの間を縫って後部車両に走っていったジャグジー。
ニースはジャグジーを庇うような言葉を残して、その背中を追って行った。
「なあミリア。ジャグジーってさ、凄くいい奴だな」
「物凄く、だね!」
本当に、ジャグジーはいい人だ。
「後でさ、あいつにも勝たせてやらなきゃな!」
「そうだね!」
「? 何の話ですか?」
「ああ、ユウはまだいなかったよな!さっきあいつに謝られて俺たちが勝ったんだ!」
「勝った?」
「大勝利だよ!」
「だから、後であいつに思いっきり謝ってやる!二回ぐらい!」
「じゃあ、私も一回謝るね!」
「そうか!じゃあジャグジーの三勝だな!」
「チャンピオンだね!」
楽しそうに笑う二人に、私は黙るしかなかった。
「‥‥全然意味が分からないです」
「オレたちもだヨー」
「気にしたら負けだ」
首を振るファンさんとグラスを磨くヨウンさんに、私はこくりと頷いた。
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