02.少女は無意識に人を魅了する
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***
「ラックさんー、今日は終わりですかー?」
「ええ」
最後の資料を片付けた私は、事務所を出てフィーロのいるアルヴェアーレへ向かった。
軽い私用だが、ついでに昼食を済ませてしまおうと。
「フィーロ」
「あ!ラック、聞いてくれよ!さっきペッチョさんが‥」
「言うなよぉ、フィーロ!」
カウンターに並んでいた面々が、楽しげに笑っている。
つくづく仲の良い構成員たちだ、と平和に思う。
ここにいるのは全員マフィアなのだから、平和というのも可笑しな話だが。
「まあ座れよ!」
それから食事を済ませしばらく談笑していたが、時計を見て席を立った。
「もう行くのか?」
「はい、このあと約束を‥」
お代をカウンターに置き言った言葉は、勢いよく開いたドアの音にかき消される。
「よう、ラック!」
入ってきたのは兄たちで、次兄のその肩には何かが担がれている。
「ベル兄、扉が壊れるよ」
いつものことだが、ベル兄は力が強すぎる。壊れたら弁償させられるのは私なのに。
「あぁ!? そんなことよりラック、お前いつから猫なんて飼い始めたんだ?」
「‥は?」
我ながら間抜けな声を出してしまったと思う。
ベル兄が身を屈め肩から下ろしたのは
「ユウ!?」
‥紛れもなく、私の家にいたはずの彼女で。
ユウは一目散に私の元へ来ると勢いそのままに抱きついてきた。
‥ああ、怖かったのか‥
ベル兄はあんなだし、キー兄は一言もしゃべらない。たしかにあれでは怖いはずだ。
「ベル兄‥」
私は額に手を当て、盛大にため息をついた。
「なんだぁ?その子」
「ヒューヒュー!」
周りがわざとらしく騒ぎ立てているが、今はユウだ。
よっぽど怖かったらしく、しがみついたまま離れない。
「ユウ、驚かせてしまったようですがあの二人は私の兄です」
「ぐすっ‥お兄、さん‥?」
‥泣いてたんですか‥
ベル兄、一体どんな入り方を‥
そこまで考えて、私は首を振る。担がれてきたことを考えれば、なんとなく想像はできた。
「ええ。こっちが長男のキース、こっちが次男のベルガです」
ユウは私の背に隠れ、警戒するように二人を見上げている。
「で、なんなんだこいつ」
「ああ‥話せば長くなるから」
ベル兄の質問に返していると、じっとユウを見ていたキー兄がカウンターの方へ向かっていく。
私はそれをなんとなく目で追いながら話を続けた。
「その話はまた今度」
戻ってきたキー兄は私の横で立ち止まり、ユウにマグカップを差し出す。
「‥‥‥‥」
「‥?」
ユウは私の服を握ったまま、キー兄とカップを何度も見比べている。
そのうち私から離れると、おずおずとキー兄に近づきマグカップを受け取った。
「おおっ!」
「やったー!」
それを息をのんで見守っていたらしいフィーロたちは、歓声を上げ喜んでいる。
まるで野良猫に初めて餌付けが成功したかのようなはしゃぎようだ。
それに驚いて目を丸くしているユウを見る限り、あながち間違ってもいない気もするが。
「あのっ、‥これ、ありがとうございます」
「‥‥‥」
小さく頷いたキー兄は、くしゃくしゃとユウの頭を撫でる。
大人しく撫でられているユウに小さく笑ってふと視線を移せば、皆一様に手をうずうずと動かしていた。
「なんつーかよぉ、」
「ぐしゃぐしゃっとしてぇ!」
「あれは愛でたくなりますね‥」
「ははっ!マイザーさんまで!」
最早ユウは猫という位置付けで決定したらしい。
「‥ベル兄も手、動いてるよ」
「! うるせぇ!」
ユウがここに来るのは想定外だったが、こうして沢山の人に受け入れられるのはユウにとっていいことだ。
ユウには自分が必要な存在だと、気づいてほしい。
「ラック、よかったな」
フィーロが私の肩に手を置いて、いつものように笑った。
「ええ」
最初の時ほど、警戒しなくなったユウを見て安心する。
同時に靄のかかったようなものが胸を通り過ぎたことに、私は気付かないふりをした。
***
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