10.雨は少女に幸福を齎す
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「ユウお姉ちゃんのダーリンは?」
「‥‥‥へっ!?」
磨いていたカップをゴトリとカウンターに落とした。
低い位置だったおかげで割れることはなく、私は安緒して息をつく。
「ユウ姉ちゃんオトコいるのかっ?」
「チコこの間見たもーん」
誇らしげなチコちゃんの隣で声を張り上げたのは、チコちゃんがつれてきた“ダーリン”。
常連さんであるおじいさんについてきていたチコちゃんもすっかり常連さんだ。
そしてこの可愛いカップルは、突然悪魔と化したのだった。
「チコちゃんっ、ちょっと待っ‥」
「この前、手繋いで歩いてるユウお姉ちゃんに会ったんだよ!ねっ」
「ユウ姉ちゃんやるー!」
返事を求める笑顔は可愛いけど、小さなお店に響く内容が恥ずかしすぎる。
絶対みんな聞こえてるよ‥
「~っ、シェリルさぁん‥」
「こらこら、ユウちゃん困ってるでしょ?このお話はもうおしまい!」
「「えー」」
マスターとおじいさんが笑う。私が二人にごめんねと頭を撫でて、一息ついた時。
壊れそうなほど勢いよく扉が開いた。
「っ‥金を出せェ!殺すぞ!」
焦った様子でナイフを振りかざす。店内がざわめき始め、おじいさんが子供たちを抱き寄せた。
「強盗で奪った金で借金返却されても‥貴方の額は減りませんよ?」
「へぶっ!」
肘が側頭を打ち、盛大に柱へ頭をぶつけた男の人はそのまま力無く半身を店内へ投げ出した。
その肘はもちろん、後ろから追ってきたラックさんのもので。
「マスターすみません。皆さんにお怪我は?」
「ないよ、ありがとう」
店内にほっとした空気が流れる。それでも何人かはラックさんの正体を知っているようで、目を合わさない人もいた。
「あーっ!ユウお姉ちゃんのダーリン!」
「えっ?そうなのか!?すっげー!」
「‥‥はい?」
意味が分からないと言ったように片眉を下げて、チコちゃんの存在に気がついたらしいラックさんは苦笑した。
「シェリルさん、ユウは?」
「ふふ、ここに撃沈して丸くなってますよ」
「ユウ、少しいいですか?」
カウンターの下にうずくまっていた私は、紅い顔のままひょこひょこと駆け寄る。
男の人を引きずるラックさんに続いて私も外に出た。
「今日は予定より早く帰れそうなので、一緒に夕飯を食べましょう」
「本当っ?」
「ええ。‥それよりユウ、まだ頬が紅いですよ?」
ラックさんの触れた頬がほんのりと冷たさに包まれる。
「だって‥ちょうどラックさんの話してたところだったんだもん。お客さんみんなに聞こえちゃったよ‥」
「まあ‥それはそれで私にとって好都合ですけどね」
「好都合?」
窓から中を流し見るように視線をやってから、私の頭を撫でた。
「ユウを狙う輩から遠ざけられますから‥好都合でしょう?」
きゅうっと胸が締め付けられる。
きっと私はいつまで経っても、こうしてラックさんにドキドキさせられるんだろう。
「でも‥私にはラックさんしか見えてないよ?」
「‥‥‥」
あれ、照れてる。ラックさんは自分でしたり言ったりするのは平気なのに、受け身になると途端に照れる。
それに最近気がついて、つい可愛いなんて思ってしまって。
「、ラックさん」
服を引く。不思議そうに小さく腰を屈めたラックさんの頬に、隙ありとばかりにキスを落とした。
「えへへ、びっくりした?」
わくわくと固まっているラックさんを覗き込む。瞬きすらしないラックさんにひらひら手を振っていると、頭を鷲掴みにされた。
「にっ‥!?」
「帰ったら‥お仕置きですね」
「なんでっ?」
「自分の胸に手を当てて良く考えてください。では、またあとで」
涙目で頭をさする私の横で男の人を担ぐと、ポツリと落ちてきた雫。
「降ってきた‥もう入りなさい、濡れますよ」
「ん‥」
雨はやっぱり、好きになれない。
それでも、今は。
「大丈夫。迎えにきますから、待っていてくださいね」
「、うんっ」
ラックさんが大丈夫って言ってくれるなら、私は信じられる。
雨は好きにはなれないけど、嫌いじゃなくなった。
だって、雨の日はいつもラックさんが手を繋いでくれるから。
不安になる度に、大丈夫だと言ってくれるから――。
「ひゃ、にゃ、ラックさんっ‥!?」
「昼にお仕置きだと言いませんでしたか?ほら、逃げない」
「~っラックさん意地悪‥」
「おや、知りませんでしたか?」
「‥‥知ってた」
クスリと笑って、もう一度目元にキスが降る。
指、腕、額や頬。ラックさんのお仕置きは、甘い甘いキスの雨。
「‥嫌い?」
首を振る。紅く熱を持った頬に優しく触れて、重なった唇に私はゆっくり目を瞑った。
「ラックさん大好き‥」
膨らんでいく私の想いは届くだろうか?
じっと見つめていると、首を傾げるラックさんに。
私はすり寄って手を繋いだ。
これから長い長い月日の中で、握りしめたこの指先から少しずつ伝わっていくように‥と。
end