10.雨は少女に幸福を齎す
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「‥ユウ?」
仕事が長引き時計の針は2時を回っているというのに、私の部屋の窓からは明かりが漏れていた。
鍵を締めて中へ進めば、ソファーに丸くなって眠っているユウ。
いくら彼女が大丈夫だと否定しようと病み上がりであることには変わらないのに‥
ため息をひとつ零し、それでもこうして待っていてくれているユウに愛しさが込み上げる。
‥今更ながら、自分のシャツを着ている彼女の姿は目に毒だと思った。
上着とネクタイを外し、そっと彼女を抱き上げる。
もぞもぞと動いたユウは擦り寄るように頬を付け、ゆっくりと目を開いた。
「起こしてしまいましたか?」
寝室のベッドに腰を下ろし、ユウを膝の上に乗せる。
目を擦りながら瞬きを繰り返した彼女は、まだ眠たげな瞳でじっと私を見て。
「おかえりなさい」
呂律の回っていない言葉と共にへにゃりと笑ったと思えば。
ぎゅっと抱き付いて来るのは、これは寝ぼけて‥いるのだろうか‥?
「‥ただいま」
髪にキスを落とす。しばらくそのままじっとしていた彼女は、突然パッと私を見上げた。
「‥‥‥‥‥はれっ?!」
盛大に仰け反ったせいで落ちそうになったユウの肩を抱くと、自分の状況と失態に気づいたらしいユウは狼狽し耳まで真っ赤だ。
「お、おかえり?ラックさんいつ帰って‥それよりなんで抱っこされてるの‥!?わ、私てっきり夢だと思って、」
「ユウ、落ち着いてください」
あちこちに視線を巡らせるユウの頭を宥めるように撫でる。
怖ず怖ずと見上げたユウは、目が合うとはにかむように笑った。
「でも、あのっ、重いから降ろして‥?」
「嫌だ‥と言ったら?」
焦ったように狼狽える姿が可愛くて、つい苛めたくなってしまう。
唸っているユウに笑うと、ふてくされたように唇を尖らせた。
「あっ」
何かを思い出したように胸ポケットから何かを取り出すユウに首を傾げれば。
「写真‥?」
「これね、悪魔さんがくれたみたいなの。ラックさんにちゃんと紹介しておきたくて‥」
幸せそうな笑顔で写っている家族写真。ユウは懐かしむように、写真を指で撫でた。
「これね、私が7歳の誕生日に撮った写真なの。お父さん写真苦手で、笑って一緒に写ってるのこれしかないんだよ」
「‥よく似てますね」
写真に写っているユウは笑顔が父親に良く似ているが、今のユウは母親そっくりだ。
「明日‥写真立てを買いに行きましょうか」
「え‥?」
「ご両親がいつでも、ユウの笑顔が見られるように」
それと昨日撮った写真も。そう付け加えればユウは嬉しそうに笑った。
「それにしても‥その悪魔は何なのでしょう」
「へっ?」
「悪魔という存在そのものに会ったことがないので何とも言えませんが‥‥ユウに対して優しい気が」
条件を付けて願いを叶える。それは言い伝えられる悪魔と変わりはないが。
家族写真まで持ってくるというのは‥
「き、気まぐれじゃないかな?」
「まあ‥そうとしか言いようがありませんよね」
もう一度写真に視線を落とす。
私と彼女の未来は、永遠と言っても嘘にはならない。
不死者となり、あてどない未来を私たちは生き続ける。
「‥‥あのね、このままもう一回、ぎゅうってしてもいい?」
突然の願いに目を瞬いてから、返事の変わりにその小さな体を抱きしめる。
「前に‥ネクタイの結び方教えてもらったでしょ?」
「ああ‥はい」
「私ね、前から結べるようにいっぱい練習したんだよ」
私の腕に収まったまま顔を上げたユウは、照れたようにはにかんだ。
「好きな人に結んであげるの夢だったの!今度‥結ばせてくれる?」
可愛い申し出に思わず頬が弛む。
「貴女って人は‥」
本当に、私を喜ばせるのが上手い。
「もちろん、喜んで」
耳元でそう呟けば体を竦めた彼女。
頬を染めながらもそっと目を閉じた彼女の唇に、私は優しくキスを落とした。
***
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