10.雨は少女に幸福を齎す
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目が覚めて、昨日の出来事を思い出す。
頬を染めてしまってからはたと気付いた見えない姿に、もしかしたら本当に夢だったのではと不安になった。
つい力が入って勢い良く開けた扉に、驚いたように振り返ったラックさん。
「おはようございます。どうかしましたか?」
「‥なんでも、ない」
ふるふると首を振る。跳ねてしまっている髪を撫でるように梳いていれば、その役目を大きな手に取られてしまった。
「もしかして‥まだ夢だとか思ってるんですか?」
「‥へっ?」
クスリと笑って、持ち上げられた髪に唇が触れる。
「図星?」
「‥‥うん‥」
ぽすっとラックさんの胸に埋もれる。優しく抱きしめてくれるその腕に、私は自覚した。
叶うことのないと思っていた想いが通じたのだと。
「もう‥消えたりしませんよね」
顔を上げれば真っ直ぐに降ってくる視線。
‥そうだ、私は話さなきゃいけないことがある。
「‥消えないよ、もう一生」
これを言ったら、ラックさんは怒るだろうか?
もしかしたら、悲しむのかもしれない
それでも‥これがこの世界に私がいられるたったひとつの条件だから
私は何一つ、後悔なんてしていない
「あのね。私、20歳になったら不死者になるんだって」
「っ‥‥ユウ、何を言って、」
「この世界に残ることの条件。向こうの世界に帰りかけてた私をここに戻す代わりに‥不老不死になれって」
困惑から悲壮に歪められる表情。
ラックさんは不死者でいる苦しみを知ってる。だから多分、私に同じ思いをさせたくないんだと思う。
「‥条件って、そんなもの誰から」
「‥‥えっと‥悪魔さん?」
まさかお兄ちゃんとは言えない。
最もな質問に疑問符で返せば眉を寄せられてしまった。
「私は‥この世界で、みんなと生きていきたかった」
みんなのいるこの世界で、
「‥ラックさんのいる、この世界で。だから、私はこの世界にいられるならきっとどんな条件でも受け入れたよ」
私には不死者の苦しみはまだ分からないけれど
あの時お兄ちゃんにその条件を出された時『そんなことでいいのか』と思った
それがこの世界で生きられる代償なら、私は喜んで受け入れる
額を覆い深いため息をついたラックさんは暫くその体勢で動かず。
どうしようかと困惑しながら見上げていれば、隙間から覗いた瞳と目が合った。
「‥‥すごい殺し文句ですね」
「え?‥あ、えと、今のは、」
自分の言った言葉を思い出してあたふたする私に、ラックさんが吹き出すように笑って。
「貴女のことは、私が守ります。ですからあと2年‥決して不死に溺れないでください」
“まだ”私は不死ではない。不死者という言葉のイメージを自分に当てはめるなと、ラックさんは言いたいのだろう。
そのイメージが自分に適用されるのはまだ先で、隙にならないようにと。
「約束、できますか」
視線を逸らさず真っ直ぐ見据えたまま頷く。約束します、そう返せばラックさんはふっと表情を和らげた。
「その悪魔についてもっと知りたいところですが‥ユウも良く分からなそうなので考えないようにします」
「う‥ごめんなさい」
「不死については‥‥どうしますか?」
結局、私が異世界の人間だと知っているメンバーにだけ話すことに決め。
その後ラックさんは慌ただしくと準備を済ませ、いつもの時間に家を出て行った。
ぱたりとソファーに寝転がり静かになった部屋を見回す。
心がどこか弾んでいるのに気がついて、バタバタと脚を動かした。
「ふあー、浮かれてる‥」
恥ずかしい、絶対顔弛んでる‥
ふにふにと頬を押しながら、不意に触れたネックレスに。
「‥幸せだなあ」
指先でつつきながら、私は窓から見える空を見上げた。
「‥私、幸せだよ。お父さん、お母さん、二人は世界を捨てた私を‥許してくれる?」
どこまでも続く青空。カタン!と大きな音に視線を移せば、昨日貰ったプレゼントの山からお兄ちゃんの箱が転げていて。
「‥‥‥嘘、何で、これっ」
開いてしまった箱を戻そうと手に取れば、中に入っていた家族写真。
まだ幼い私の両側で笑っている両親。私はそれをギュッと抱きしめて、泣きそうになるのをぐっと耐えた。
「お兄ちゃん、ありがとう‥!」
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