09.物語は少女を終末へと誘う
名前の設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
***
真っ白の何もない空間に私一人がぽっかりと浮かぶように存在している。
私はその場に座ったまま、ぺたりと自分の頬に触れた。
「私‥死んだの‥?」
急激に湧き上がる不安。
『お前は生きている』
「っ――!?」
返って来るはずのないと思っていた声に、私は息をのんだ。
辺りを見回す。それでも姿は見えず、私はキュッと服を握った。
「どこ‥?お兄ちゃんっ‥!」
今の声は聞き間違えるはずのない、お兄ちゃんの声。
少しすると現れた大きな影が私のそばに膝をついた。
「お兄ちゃん‥?」
『ああ』
「ここ、どこ?私どうなったの?どうしてお兄ちゃん影なの?」
安心したからか次々と浮かぶ疑問をお兄ちゃんにぶつける。
お兄ちゃんは私を宥めるように頭を一撫でしてから、ここは狭間だと教えてくれた。
『元の世界に戻りかけているお前を俺の力でここに留めている』
「戻りかけて‥?」
『お前が元の世界を視るようになったのは兆しだ。そしてあの瞬間、お前は戻った』
その瞬間を捕らえここに留めさせている‥お兄ちゃんの言葉に、私は唖然とした。
『お前は、どちらに帰りたい』
「え‥?」
どちらに帰りたい――その言葉が頭の中で反響する。
『このまま元の世界へ帰るか、俺の力であの世界へ送り帰すこともできる。その場合‥条件があるがな』
“元の世界に帰る”
考えないようにしていた。私はずっとあの世界で暮らすのだと、勝手にそう思っていた。
元の世界には、両親が眠っている。
お墓参りをして、私は大丈夫だよって笑いかける。それができなくなるだけ。
『その時間が、お前の幸せだったのだろう?』
そう。あんなことがあった、こんなことがあった。それを両親に伝える時間が、私には幸せだった。
『その幸せを捨ててでも、あの危険な世界で生きていくのか?』
ナイフを突きつけられ、銃で脅され。今までとは正反対の生活。
『今回、世界を渡れば次はないだろう。お前は‥どちらの世界を選ぶ』
お兄ちゃんは私の思考を先回りするみたいに言葉を紡ぐ。
私はぽつりぽつりと纏まっていない考えを口にした。
「私は、あの時間が何よりも大事だったの」
今だって、それは変わらない。
気がついたら心の中で呼びかけてしまうのは、両親が亡くなってからは癖だった。
「でもね、あの世界でラックさんやお兄ちゃんたちに会って‥‥幸せだって、思った」
どうしようもなく、心が温かくて。
お墓の前で嘘をついたこともあった。泣きながら元気だよ、なんて。
でも今は。心から幸せだと、笑って言えるから。
『‥もう戻れなくなる、それでいいんだな?』
「‥うん」
『‥まあいい。お前の真意は分かった』
ふっと雰囲気を和らげて、お兄ちゃんは私の頭を撫でてくれる。
「ラックさん、迷惑かな‥?」
『奴がそう言ったのか?』
「ううん、なんか、逆に怒らせちゃったかも‥」
あの朝のことが脳裏に浮かぶ。お兄ちゃんは小さく笑って、なら考える必要もないと否定した。
『そんなに奴が好きか?』
「ふえっ?」
『フッ‥まあいい』
思わず頬を染める。私は居心地が悪くなって、必死に話題を探した。
「あっ‥さっき言ってた条件ってなに?怖い?痛い?」
『お前は本当に観察のし甲斐がある。それは本来初めに聞くべき事ではないのか?』
「むぅ‥‥だって‥」
いつしか不安や恐怖はなく、それどころか安心している。
ぼんやりと声が遠くなっていくのを感じながら、私はふっと息を吐いた。
やっぱり、寂しさは感じるけれど。
お父さんもお母さんもきっと、今の私を見たら笑ってくれると思うから。
私の意識は暖かさにつつまれながら、ゆっくりと暗闇に溶けていった。
***
.