08.少女の失敗は成功に終わる
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「‥‥お兄ちゃん」
最近‥何かおかしい。
何がと言われれば分からないけれど、この湧き上がるような不安は。
「どうした?」
「あの、なんか‥ね、変なの」
「‥‥‥?」
キャビネットに向いているお兄ちゃんの背広をぎゅうっと握って俯く。
お兄ちゃんは私に向き直って、視線で続きを促した。
「、最近‥あっちの世界のことばっかり思い出して」
「お前が気にしてるだけじゃないのか?」
「そうかもしれないけど、でもっ‥‥なんか、すごく不安‥で」
「‥‥‥」
「たまに、目眩と一緒に景色が見えるの‥うまく、説明できないけど‥」
何の確証もないけど、それなのに。
こんなに胸がざわつくのはどうして‥?
「‥まあいい。それでお前は俺に何をしてほしいんだ?」
「っ‥不安で、ただ、話を聞いてほしかっただけ‥忙しいのにごめんなさい‥」
「‥他の奴には?」
首を振る。最近、何だかラックさんの様子もおかしい。
明確には言えないけど、眉を寄せていたり突然黙り込んだり。
フィーロさんは何だか空々しいし、アルヴェアーレの皆もどこか変だし。
こう弱気になっている時は敏感に感じ取ってしまうせいか、すべてが不安を煽って仕方ない。
お兄ちゃんに抱き付くと、小さくため息をつきながら安心させるように優しく頭を撫でてくれた。
**
お店が定休日の今日は、午前にお兄ちゃんのところに顔を出した後シェリルさんと待ち合わせ。
ご飯食べに行かない?と誘われて、私は気分を入れ替えて食事を楽しんだ。
「さて、ユウちゃん」
デザートを目の前に、頬杖をついて私を見つめるシェリルさんに首を傾げる。
「恋の悩み事、シェリルお姉さんに話してみない?」
「へっ?」
「何か、悩んでるでしょ?」
シェリルさんは本当に周りをよく見てる。美人で、明るくて、面倒見がよくて‥お姉ちゃんができたみたいで嬉しい。
「‥‥その。実らない想いを持ち続けるのは、辛いなあっ‥て」
「フラれたの?!」
反射的に首を振る。なんだぁ‥と息を吐くシェリルさんに、私は手元に視線を下ろした。
「‥ラックさんにだって、自由はあります。いつまでも甘えちゃいけないって分かってるんです‥」
ラックさんは私が望むならずっと傍にいると言った
だけど‥そんなのだめに決まってる
私を初めて助けてくれただけで、ラックさんの自由を奪う訳にはいかない
“今”が許されるのは、“今”だけなんだ――
「‥だから、私は今を崩したくないんです。想いを伝えたら、もうきっと戻れないっ‥」
弱虫だと、自分でも思う。
だけどそれでも、想いを殺してでも私は今の生活を壊したくないから。
「‥そっか‥ユウちゃんはさ、変に大人なのよ」
「おとな‥?」
「そう。多くを望むことが悪いことだと思ってる。ワガママも言わないで、相手のことを優先に考えてる」
私が不思議そうな表情をしていたからかシェリルさんは小さく微笑んで、ストローで氷を遊んだ。
「傍にいたいと思うのがいけないこと?誰だって‥関係を崩したくないと思うのは一緒。私もね」
「、シェリルさんも?」
「もちろん。私あのカフェが大好きだし、ああして軽口叩きながらジルと働くのすごく幸せ。でも‥もし想いを告げてだめだったら‥私も今と同じように働いてはいられない」
シェリルさんの間に合わせるように頷く。
「それでも、ね?今のままでいるのは苦しいから‥いっぱいアピールして、私の気持ちに気付いてもらおうと思ったの」
視線を落としたシェリルさんは、睫毛が下を向いて大人の女性の雰囲気を醸し出している。
「これは私の想いで、選ぶのは彼。我慢したりする必要なんてない、向こうが私を好きになるまで待てばいいのよ」
「‥待つ?」
「そ!ただ待つんじゃなくて、そこは押したり引いたりの駆け引きでね?」
ふふっと笑ってみせたシェリルさんは、フォークを手に取って首を傾げた。
「ねぇユウちゃん。本当に叶えたい望みはね、自分が動かないと叶わないのよ?」
その言葉は何度も私の頭を巡った。
まるで魔法みたいに、私を縛り付けていた見えない糸が解かれていくようで。
「‥‥私、やっぱり、ラックさんが好きです」
「‥うん。私はユウちゃんの恋、応援してるわ」
泣きそうになる私の頭を撫でて、シェリルさんは優しく笑った。
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