08.少女の失敗は成功に終わる
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――ピッ、ピッ、ピッ‥
いつどうやって移動したのか覚えていない。気がついた時には病院にいた。
『残念ですが‥お母様の方は運ばれて来た時にはもう‥』
覚えているのは消毒液の香りと心音を表す機械の音。
『お父様も‥‥時間の問題かと‥』
機械の音だけが生きている証。
父が目を開けていたのはほんの少しの間だった。
それでも、父は私に言った。
『ユウ‥ごめんな。父さん、母さんのこと守れなくて‥』
伸ばされた手は頬を包んで、私の涙を拭う。
『お前を‥独りにするなんて‥‥親失格だな‥』
『‥おと‥さ‥っ‥』
『けど‥‥お前が一緒にいなくて、よかったよ。無事でいてくれただけで‥』
頬を包むその手に両手を重ねて、私は首を振った。
『生きて‥‥ユウの、幸せになる姿が見たかったなぁ‥』
傷だらけの顔を歪めて笑う。
それは今まで何度も見ていた‥無くすことなどないと思っていた笑顔だった。
『お父さんっ‥お願い、死なないで‥‥っひとりにしないでぇ‥!!』
泣き叫ぶ。点る赤いランプ。大きく早くなった機械音。駆けつけた医師たちの声。
全てが重なる中‥お父さんは最期まで、私の名前を呼び続けた。
**
「―――っ、」
勢い良く目を開ける。
瞳から溢れる涙がうつ伏せに埋めていた枕に染み込んでいく。
久しぶりに見た鮮明な夢。
最近色々あって過去の記憶に触れることが多かったからだろうか‥‥もう、見ないと思ってたのに。
「っ‥‥ひっく‥」
ラックさんが起きちゃう‥
荒れる呼吸を飲み込もうとしてもしゃくり上げてしまう。
寝返りを打ってラックさんに背を向けて、シーツを握り締めた時。
「‥‥ユウ‥?」
「っ、」
手の甲で口元を覆ったまま、ぴくりと跳ねさせてしまった肩。
「どうしたんです、痛むんですか?」
首を振る。
溢れた感情はなかなか収まらず、涙が止まらない。
後ろから困惑した様子が伝わってくる。
私は詰まらせた息を吐き出して、夢を見た、とだけ呟いた。
「‥‥‥」
ギシ‥とベッドが軋んだ音。
後ろから包まれた感覚に、私は状況が分からずただ瞬きを繰り返した。
「‥もう大丈夫」
すぐ頭の上で声がする。
抱き寄せるように首に回された腕。頬に触れたシャツが濡れてしまうと腕を引いても、ラックさんは構わないと言った。
「‥両親が、死んだ時の夢」
ラックさんの袖を握る。
腕にうずめるように俯いて、私はそのまま続けた。
「‥‥雨の日の、自動車事故。スリップしたトラックが横転して‥下敷きになったんだって聞いた。‥私は熱を出してお留守番してて、」
ぽつりぽつりと話す私に、ラックさんは黙って話を聞いてくれる。
たまに落ち着かせるように私の髪を遊ぶ仕草が不安を拭った。
「お母さん、は、即死‥で。お父さんは、病院に運ばれたけど‥結局、だめだった」
‥自分からこの話を誰かにするのは初めてかもしれない。
何かがすっぽり抜け落ちてしまったように、埋まらない空間が私を支配して。
「“当たり前”は、もうないんだって、ただそれが辛かった。おはようも、お母さんの作るごはんも、お父さんの笑顔も、私を‥呼んでくれる声も」
もうないのだと‥現実は私に告げた。
短い沈黙。
さっきまで早鐘のようにうるさかった心音はだいぶ落ち着いた。
その原因がどちらもラックさんなのだと‥本人は気づいているのだろうか?
ドキドキさせるのも、私を安心させるのも‥
ラックさんなんだよ‥?
「‥でも、もう大丈夫だよ。これで‥最後な気がするの」
「最後‥ですか?」
「ん‥、お父さんが、笑ってたから」
今まで見た夢ではいつも、あの最後の笑顔が光を翳したように見えなくて。
なのに、今回は鮮明に見えた。
「‥ラックさん、起こしちゃってごめんなさい」
「いえ、私は構いませんよ。‥‥ひとりで泣かせるくらいなら、私が傍にいます」
一瞬強まった腕は、私の髪を撫でてゆっくり離れていく。
包まれていた温かさはなくなってしまったのに、それでも顔が燃えるように熱かった。
もぞもぞと寝返りを打ってうつ伏せに直る。
目の下まで隠しながら、私はおずおずと小さくラックさんに声をかけた。
「‥‥今日だけ、手繋いでてもいい‥?」
「‥‥どうぞ?」
左手を重ね合わせる。
大きな手。私はキュッと握って、ゆっくり目を閉じた。
「‥おやすみ、ユウ」
あの夢の後は決まって眠れなかったのに
私は不思議と落ち着いた気持ちで、もう一度深い眠りに落ちた
***
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