07.少女は様々な想いに混乱する
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***
ラックさんが出て行って。
体に付いた泡を流しながらさっきの言葉を思い出す。
――‥私が、貴女から他の男の匂いがするのに耐えられないんですよ
ぎゅうっと目を瞑る。
小さい声だったけど、私には確かにそう聞こえた。
分からないよ‥ラックさん、それはどういう意味‥?
お湯を止めて、タオルで体を拭いながら脱衣所に出る。
そういえば‥私がここから逃げ出した日もこうだった気がする
水の滴るラックさんはやけに色っぽくてかっこいいから‥すごくドキドキして
ラックさんに抱き締められるのも、頭を撫でられるのもすごく安心するのに
聞こえてしまうんじゃないかって思うくらい心臓はうるさいし、泣きたくなるほど胸が苦しい
それはたぶん‥私の気持ちがどんどん大きくなっているからだ
視線を落とせばいつの間にか着替えの服も置いてあって、水浸しだったはずの廊下も綺麗になっていた。
リビングに出るとソファーの前のテーブルには湯気の上がるカップが二つ並んでいて、立ち尽くす私に気付いたラックさんがいつものようにクスリと笑った。
「どうぞ?」
ラックさんは珈琲で、私は甘いホットミルク。
私はラックさんの隣に腰を下ろして、こくりとそれを飲んだ。
「ユウ、少し冷たいかもしれませんが‥」
頬にひんやりとした布があてがわれて反射的に目をつむる。
「、背中はどうですか?」
「触ると痛いけど‥‥でもね、大丈夫だよ?寝るときはうつ伏せで寝るし、普通に生活するには支障ないし、」
ラックさんが悪いわけじゃないのに‥すごく辛そうな目をしていたから。
慌ててラックさんの服を握れば、丸くした目を細めて私の頭を撫でた。
「‥‥あ!」
色々ありすぎて、そしてあまりにラックさんの動きがスマートで忘れていた大事な事。
「ラックさん、怪我は‥!?」
あの時確かに血が流れていて。だけど‥その後は?
不意にラックさんの左肩に視線を移す。それから腕や体に。
だけど、包帯も巻かれている様子はないし、思い返してみれば。
血の跡は、どこかにあった‥?
あんなにスーツは切り裂かれていたのに、すり傷ひとつないのはどうして‥?
「前と、一緒だ‥」
零れてしまった言葉にはっとして口を塞ぐ。
恐る恐る見上げたラックさんは、驚いたような切ないような表情をしていて。
私は何も言えず、ただ‥やっぱり言ってはいけなかったと後悔した。
「‥‥やはり、気付いてたんですね」
「あ‥の、」
「ユウ」
襟足を撫でたと思うと、ラックさんはまっすぐ私に視線を向ける。
「‥私は、不老不死なんです」
「、ふろ‥‥?」
“不老不死”
言葉としてだけなら知ってる。
物語とかに出て来る架空の力。
ラックさんはテーブルの上にあった果物ナイフを取って、指の腹にスライドさせる。
私がぴくりと体を跳ねさせると、ラックさんは謝りながらそれでも私に視線を逸らさせなかった。
ソファーに落ちたはずの血が逆流して、何事もなかったかのように傷を塞ぐ。
「痛みはあります。ですが‥私は老いることも死ぬこともありません。‥普通の人間ではないんです」
あまりに大きな衝撃に開いた口が塞がらない。
悪魔、錬金術、不老不死。
すごい、やっぱりここは異世界なんだ。時代と国を飛び越えたんじゃない、私がいた世界とは違う世界。
それより、痛みはあるっていうことは。あの服の状態からすれば何度も切りつけられたということで。
あの時ラックさんは、“もう死ぬのは御免だ”と言った。
それは‥死ぬだけの傷を何度も与えられた、っていうこと‥?
「‥‥っ」
ラックさんの瞳が見開かれる。
我慢したいのに、溢れ出す涙は止められない。
「‥‥すみません、ユウ」
どうして、謝るの
それは何に対しての謝罪?
「脳や心臓を潰されても死なない‥普通の人間から見れば化け物同然です」
背もたれに頭を付けるラックさんは、どこか遠くを見ていて。
降り続く雨音は相変わらず部屋を包み、嫌な湿気を含ませる。
いつからかけていたのかポットが蒸気でカタカタ鳴っている。
ラックさんが立ち上がったその背を見上げて、私は袖で涙を拭って追いかけた。
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