05.歯車は少女をまき込み加速する
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「チックさん、あとは頼みます」
最近私たちのシマででかい顔をしている奴がいると報告を受け、別口で残っていた私は制圧に向かった兄たちを追う支度をしていた。
あの二人が行った時点で、話し合いは成立しないと分かっていたけど。
色々と後始末があるからな‥と浮かんだ景色に内心ため息をついた。
ジリリリ‥
鳴った電話に、立ち上がろうとしたチックさんに片手を上げる。
上着を羽織りながら電話を取ると、暫くしても返答がなく私は眉を寄せた。
「どちら様で?」
『‥‥‥ククッ‥』
返ってきたのは笑い声。私は瞬時に気を引き締め、声に集中した。
「もう一度聞きます‥貴方は何者です」
『‥白い肌‥黒い髪‥‥お前の趣味は褒めてやるぜ?ラック・ガンドール』
「‥?」
『女は預かった‥‥そう言えば分かるか?』
やけに反響するその言葉に、私はぐっと拳に力を入れる。
「生憎と私にはそんな関係の女性はいませんが」
『隠す必要はねぇ、調べはついてる。名前は確か‥‥ユウ』
「‥‥‥」
『信じられねぇなら裏口に回って見ろ、置き土産だ。1時間後女は犯して殺す』
沸々と怒りが湧き上がる。
私を煽っていると分かってはいる。それでも‥この抑えきれない怒りでどうにかなりそうだ。
『それまでにシマの権利書を持ってひとりでここから一番近い廃工場に来い』
「‥こちらが黙っていれば随分勝手な事を言いますね」
『1時間後だ』
ブツ、と一方的に切られた電話を見つめたまま、私はゆっくり受話器を戻した。
「ラックさん、怖い顔してどうかしたんですかー?」
「‥‥ええ、いや、すみませんチックさん」
自分でもよく分からない言葉を返していると思いながら、鞄を手に事務所を出る。
裏口には見覚えのあるユウの靴。
私はそれを手にユウの働く喫茶店へ向かった。
「ラックさん!」
店内に入ると、駆け寄ってきたシェリルさんが私の服を掴む。
「ラックさんっ‥‥ユウちゃんが!」
「‥すみません、あなた方を巻き込んでしまった。これからユウを迎えに行ってきます」
「迎えにって‥一人でかい?」
心配そうに眉を下げるマスターに苦笑を返して、ユウの靴をシェリルさんに渡した。
「状況を‥教えていただけますか?」
聞いた情報を頭の中で整理する。
‥‥おかしい。
さらわれたのは確かだが、車の音を聞いた後ジルさんが男たちの声を聞いている。
さらったのなら留まる必要はないと思うが‥
「‥マスター、負債はすべてうちで持ちます。シェリルさんも‥本当にすみませんでした」
口端が切れているのは殴られたからだろう‥きっと彼女はユウを守ろうとしてくれたのだ。
「あんた‥何でそんなに落ち着いてられるんだよ。よく分かんないけど、ユウちゃんがさらわれたのあんたのせいなんだろ!?」
ジルさんの隣にいた青年――あのユウに好意を寄せている彼が私の腕を掴む。
私はふっと笑みを作って、その手をそっと振り払った。
「‥落ち着いている?そんなことはありませんよ。今すぐにでも殺してやりたいぐらいです」
「っ‥!」
「ああ、すみませんつい。では、失礼します」
帽子を深くかぶり直し、マスターたちの声を背に店を出る。
何なのだろうこの感情は
冷静?そんなわけがない、そう見せているだけだ
そうでもしないと‥感情がコントロールできなくなりそうで
***
「ったくよォ、遅ェんだよラック!終わっちまっただろ‥‥あ゙?」
制圧を終わらせ事務所の扉を勢いよく開け放つ。
しかしラックの姿はなく、二人は疑問に顔を見合わせた。
「あ、おかえりなさーい」
「チック、ラックはどうした?」
「え、ラックさんなら30分くらい前に出て行きましたよー?」
「すれ違いか?」
上着に手をかけると鳴り響いた電話に、キースがこくりと頷く。
電話に向かう兄に任せ、ベルガはそのまま上着を椅子の背もたれにかけた。
「なんだか電話に出たあとすごい怖い顔してたので僕びっくりしちゃいましたー」
「電話?」
「はいー、切ったあとは僕の言葉なんて頭に入ってないみたいでした」
珍しいですよねー。
シャキン、と磨いた鋏を見るチック。
確かに珍しい、とベルガが思ったときだった。
「‥ユウが」
キースがぽつりと発した言葉に、二人はキースに視線を向ける。
何せ電話中を除いて彼の言葉を聞くのは2日ぶりだ。
「ルノラータの下っ端に誘拐された。」
長い沈黙のあと、部屋にはベルガの声と椅子の破壊する音が響いた。
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