01.迷い込んだ少女は雨を嫌う
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***
苦しい‥
「‥っ‥あつ‥い‥」
身を捩って寝返りを打つと、
「――んひゃ、」
かけてあったらしいタオルを巻き込んでベッドから落ちた。
「‥痛い‥」
頭がぼうっとする。体が怠くて、意識が朦朧とした。
ここはどこだろう‥
見回すと、部屋はあっさりとした家具で揃えられている。
私が着ているものは大きな男物のシャツで、腕を伸ばすと余った部分がくたりと折れた。
ベッドに戻ろうと足を立てると、ずきりとした痛みに思わず再び座り込む。
足にはぐるぐると包帯が巻かれていて、触れると足の裏が酷く痛んだ。
コンコン、
びくりと体を揺らして振り返ると、ゆっくりと扉が開く。
「! ‥‥落ちたんですか?」
困惑の表情を浮かべながら、ベッドと私を交互に見る男の人。
――‥大丈夫ですか?
あの時の声と一緒だ‥
じゃあ、この人が助けてくれたの‥?
私がじっと見上げていると、その人は私の前まできてしゃがんで。
何をされるのかと身を固める私は、体が浮いたと思うとベッドに戻される。
「‥もう、大丈夫ですよ」
「―‥‥‥」
優しい人なんだ‥
たぶんこの人は、今まで私が出会ってきた中で一番‥
「んっ‥」
突然額に置かれたタオルの冷たさに驚く。だけどそれは、火照った顔にはひんやりと気持ちよくて。
ゆるゆると、意識が遠のいていく。
そんな私が最後に感じたのは、頭に置かれた大きな手の感覚だった。
***
次に目を覚ましたとき、窓から暖かな日差しが差し込んでいた。
体を起こしてしばらくぼうっとしていると、徐々に頭がはっきりしてくる。
理由は分からないけど、ここは日本ではないこと
もしかしたら時代さえも違うかもしれないこと
私は熱を出して、寝込んでいたということ
‥どうりで体がベタベタするはずだ。
サイドテーブルに視線を移すと、きれいに畳まれた替えのシャツとパンツ、上にメモが置いてあった。
メモには筆記体で文字が並べてある。
‥しゃべれるけど、読めないんだね
誰に言うでもなく、ぽつりと心の中で呟く。
単語を必死に追って頭を捻った結果、たぶんシャワーは好きに浴びていい、そして服についての謝罪が書いてあった。
他は分からなかったけど‥
とりあえず、前の教訓を生かしてそっと足を下ろしてみる。
やっぱりまだ痛い。シャワーが傷にしみそうで、想像したら鳥肌が立った。
意を決して入ったシャワーは、やっぱりすごく傷にしみて私は涙目。
それでもすっきりとした開放感には逆らえず、痛みを無視することにした。
「‥ぶかぶか」
自分の姿を見て、思わず呟く。
シャツは二回、パンツは三回折り曲げても床につき、足も手も指先がかろうじて見える程度だった。
あまりうろうろするのも良くないだろうと、私はまっすぐさっきの部屋に戻るとカーテンをひく。
ベッドによじ登って、ただそこに座って空を見上げていた。
あの時の厚い雲が嘘みたいに、今日は快晴だ。
偶然会った赤の他人なのに、あの人はどうしてこんなにもよくしてくれるんだろう
‥身内でさえ、こんなに優しくはなかったのに
出て行かなきゃ
これ以上迷惑になる前に
‥これ以上、私が心を許してしまう前に
「あの‥」
肩を叩かれて、私は驚いて振り返った。
そこには細身のスーツを着た綺麗な人がいて、目を丸くしている。
「ごめんなさい、驚かせてしまって‥」
申し訳なさそうな顔をするその人に、私は首を振った。
「私はエニスと言います。ラックさんのお隣に住まわせていただいてるんです」
「ラックさん‥?」
「このお部屋の方です」
ラックさん、頭の中で何度も名前を繰り返しながら、姿を思い浮かべる。
「私は‥ユウ、です」
「ユウさん」
小さく笑顔をくれるエニスさんに、私はほっと肩の力を抜いた。
「お身体はもう大丈夫ですか?シャワーは‥入ったんですね」
未だ肩に落ちる滴を見て、タオルで髪を掬う。
「すぐ来て下さって構わなかったんですよ?」
何のことか分からず首を傾げれば、メモ見ませんでしたか?と視線を移すエニスさん。
「あ‥ご、ごめんなさい、英語読めなくて‥」
「そうだったんですか‥立てますか?」
頷く私に、エニスさんは小さく微笑んだ。
「メモには、隣の家を訪ねるよう書いてあったんですよ」
用意してくれたスリッパをはいてついて行くと、招き入れてくれたエニスさんは私をソファーに座らせる。
しばらくして戻ってきたエニスさんは、私の前にトレイを置いた。
「リゾットです、どうぞ」
トロトロのクリームリゾットは、おいしそうな湯気を立てている。
エニスさんをちらりと見て一口食べると、口内に独特な香りが広がった。
「おいしい‥」
呟くと、エニスさんが嬉しそうな表情をする。
‥エニスさんって、可愛い
半分ほど食べ進めて、小さくなった胃はいっぱいになった。
「ごちそうさまでした‥おいしかった、です」
「よかったです」
残してしまったのが申し訳なくてリゾットを見つめていると、頭が撫でられて。
「いいんですよ、分かってますから」
‥無性に、泣きたくなった
きっとエニスさんはいい人だ
このままこの人に甘えてしまえたら、どんなにいいだろう
‥けど、
あんなことがあって、すぐにはできなかった
いつでも笑っていた私は、あの日、あの瞬間に、
どこかに失ってしまった――
「ユウさん?」
はっとして見上げれば、心配そうに覗き込むエニスさん。
私は首を振って、渡された水を両手で受け取った。
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