04.それでも少女は嬉しそうに笑う
名前の設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「ユウちゃん、3番テーブルのお客さんにおかわり注いできてもらえるかな?」
今手が離せないんだ、と肩を竦めるジルさんから珈琲を受け取る。
「、おかわりはいかがですか?」
「ありがとう」
お客さんはジルさんと同い年くらいの若い男の人。
ずっと本を読んでいて、お店の雰囲気もあってその人の周りには落ち着いた空気が流れていた。
熱い珈琲をカップに注いでいると、ふと視界に入ったそれに私は困惑した。
「‥‥あの、」
「えっ‥な、何かな?」
「本、反対ですよ?」
はっとしたように視線を落としたその人は、たちまち耳まで真っ赤にして襟足を撫でる。
「うわ‥かっこわりー‥」
「え?」
「君に‥どう話しかけようかずっと迷ってて。ジルに頼んだんだけど、緊張してこの様だよ」
照れたように笑うその人の言葉に、私は思わず頬を染める。
ジルさんを見ると片手を上げて申し訳なさそうに眉を下げた。
「俺はライト。ライト・クライズ。名前だけでも覚えてくれると嬉しいな、ユウちゃん」
たぶん、この人はジルさんから私が人見知りなことを聞いてる。
私がこくりと頷くとライトさんははすごく嬉しそうに笑って、小さくガッツポーズをした。
私が思わず笑うと恥ずかしそうに頬を掻いたライトさん。
ジルさんに後から聞いた話によれば、ライトさんはここの常連さんで始めは作業に慣れず危なっかしい私のことを気にしてくれていたらしい。
その内ジルさんに私のことを尋ねてくるようになって、話しかける手助けをしたのだとか。
「あら、ユウちゃんモテモテね」
「シェリルさんっ」
「ライトがライバルが多いって嘆いてたよ」
小さくなった私に二人が笑う。
マスターに助けを求めると、笑いながら宥めてくれた。
「ありがとうございました」
夕方。お客さんがいなくなって、私はカップをカウンターに下げる。
まだ外は夕焼けで明るく、お店の前を買い物帰りの親子が通り過ぎていった。
「ユウちゃん、今日はもう閉めるから先に上がっていいよ」
「あとこれ、今日の余り物なんだけどよかったら」
「え‥いいんですか?」
「ああ、今日もお疲れ様」
「ありがとうございますっ」
身支度を終えて、三人に挨拶をしてからお店を出た。
マスターがくれた野菜とハムの入った袋を抱えて晩ご飯のメニューを考える。
「ん?」
ふと視線を感じた気がして振り返ったけど誰もおらず、私の横を家族連れが通り過ぎた。
「家族‥‥」
一瞬幼い頃の自分が重なる。
両親に手を引かれて、ああして歩いた記憶。
ぼうっと見つめていたら、突然腕から荷物が抜き取られた。
「え、あれ?」
それを伝って見上げれば横に立っていたのは呆れたように笑うラックさんで。
「こんな道の真ん中で‥危ないですよ」
「ラックさん!」
「私が言うのもなんですが、今日は早かったですね?」
「うん。今日はお客さんも途切れたし、マスター用事があるんだって」
歩き出したラックさんを追いかけて隣に並ぶ。
「これは?」
「余ったからって貰ったんです。野菜いっぱいあるから、今日の夕飯はキッシュにしようかな」
「楽しみにしてます」
向こうの世界に帰っても両親はいないけど、今はみんながいてくれる。
そっと後ろを振り返ると、まだ私には家族連れが眩しく見えたけど。
「ユウ、帰りますよ?」
私には帰る場所がある。
ラックさんはまるで私の考えてることを見透かすみたいにほしい言葉をくれるから。
「うん!」
私はまたこうやって笑っていられるんだ。
***
.