03.情報屋は少女の影に惑わされる
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***
「‥‥‥」
珍しく、夜中に目が覚めた。
体を起こして隣を見ても、まだラックさんの姿はない。
のどが渇いて寝室から出るとシャワーの音がして帰っていることを知った。
「(目覚めちゃったし、上がってくるまで待ってようかな‥)」
水を飲んで、ふとソファーを見ると背もたれにかけてある背広が目に入る。
なんとなく手に取れば首もとから肩にかけて破れていた。
‥まるでナイフで切られたみたいに。
慌てて下にあったシャツも見ると同じような跡。
だけど、血がついてない。
ということは、ラックさんは怪我してない‥?
いろんな疑問がぐるぐるしながらも、私は何故か、気づかないフリをしなくちゃいけないと思った。
‥なんとなく、そんな気がした。
シャワーが止まって、私は慌てて寝室に戻って布団を被る。
思えば、私ラックさんのこと何も知らない
ラックさんはいつも、私が聞くとあの笑顔でかわしてしまうから
もっと、もっと知りたいのに
悶々と考えていたら眠れなくなってしまった。
だけどラックさんが来ることはなくて、私はもう一度起き上がってそっとドアを開けてみる。
「‥寝てる」
ソファーの肘掛けに足を投げ出して、タオルを頭にかけたまま眠ってしまっている。
まだ髪濡れてるのに‥
疲れてるんだ‥ラックさん
寝室からタオルを持ってきて、起こさないようにそっとかけた。
「(あ‥眠ってる顔初めて見たかも‥)」
いつも私より遅く寝て先に起きてしまうから、ラックさんの寝顔なんてすごく貴重だ。
しばらく眺めていたらラックさんが身じろいだから、私は思わずその場にしゃがみ込む。
心音が外にまで聞こえてしまうんじゃないかって、余計にドキドキした
一緒にいればいるほど、私はラックさんに惹かれていく
‥家族としてじゃなくて、一人の男の人として
この想いに気づいたのはいつだったろう?
ふとした時に好きだと感じる
仕草や表情にドキドキする
それが幸せで、同時に辛かった
だって‥この恋は叶うはずがないと分かっていたから
「‥っ」
膝に埋めた顔を上げて、私は寝室に戻った。
結局眠りに落ちたのは明け方だったけど。
心配をかけてしまわないように、朝はラックさんに起こされて重い瞼を開けた。
***
朝目が覚めて、私は勢い良く体を起こした。
「! ‥これは、」
いつもと同じ静かな朝。膝に落ちたタオルを手に、背もたれにかけてある背広を見る。
ユウはいつ起きたんだろうか?
そっとドアを開けるとユウはいつものように寝息を立てている。
私としたことが‥背広を処理せずに眠ってしまった。これをユウが見たら疑問を抱くに違いない。
刺された跡が残っているのに‥血がついていないのだから。
ポットを火にかけ、背広を新聞に包みゴミ箱へ押し込む。
髪を掻き上げて、ふっと息をついた。
コーヒーを注ぎ一口喉へ流し込む。しばらく湯気を眺めていたが、私はカップを手に寝室に足を進めた。
「ユウ」
ベッドに腰掛けユウの髪を梳くと、小さく身じろいだユウの綺麗な黒目が私を捉える。
「‥‥おかえりなさい」
「ただいま」
ゆったりとした動作に笑いが漏れる。眠りが浅かったのか、まだ眠そうだ。
「これ、ありがとうございました。いつ起きたんです?」
「分かんない‥隣見たらラックさんいなかったから」
体を起こしながら、目をこするユウ。
寝る時は相変わらず私のシャツを着ている。よく分からないが落ち着くらしい。
だが‥その姿は実に無防備で、たまに目を逸らしたくなる。
良くも悪くも、ユウは私に対して警戒心が無さ過ぎだ。
「今日‥お休み?」
「ええ、昨日終わらせて来ましたから」
「私も、バイトお休みです」
「じゃあ今日はゆっくり過ごしましょうか」
「うんっ、」
嬉しそうに笑うユウ。
私は朝食を用意すべく立ち上がり、ドアの前で一度足を止めた。
「‥‥背広」
見ましたか?――聞こうとして、やはりやめた。
首を傾げるユウに、私は振り返り話を続ける。
「コーヒーと紅茶どっちがいいですか?」
「えっ?こ、紅茶!」
まだ寝ぼけているのか、慌てて答えるユウに笑ってドアを閉める。
私はそのままドアに寄りかかり、まだ湯気の上がるカップに口をつけた。
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