01.迷い込んだ少女は雨を嫌う
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降り続く雨。私は雨が嫌いだ。この重い空が、全てを隠してしまいそうで。
帰路を歩いていた時、不意にクラクションがなった。
視線を移せば、転びそうになりながら走る少女とそれを追う三人の男。
「‥またルノラータですか」
放っておいてもよかったが、これ以上私たちのシマを荒らされても困る。
私はため息をつき、その後を追った。
(この辺りだと思ったが‥)
見回すと、遠くに影が見える。
それを目指し方向を変えると、少し水気のある何かを叩く音がした。
「テメェ‥俺を馬鹿にしてんのか!?」
彼女は答えなかった。ただ、壁に体を預けたまま何も。
近付いて、私は驚いた。
なんて‥なんて冷たい目をしているのか‥と。
感情を捨てたような、絶望感を背負ったような‥‥様々な修羅場を見てきた私でさえ、たじろいてしまうような目を。
「っ‥そんな目で、俺をみるんじゃねぇ!」
彼が右手を振り上げた瞬間、彼女は痛みを覚悟するように服を握った。
「‥大丈夫ですか?」
去っていく彼らを見送り、屈んで声をかける。他人に干渉するなど、普段はすることはないが‥
不思議と私は、彼女を見捨てる気にはなれなかった。
「‥‥‥」
彼女は焦点の合わない目で私を見上げ、私のコートを掴んだ。
一瞬‥とても人間らしい表情をして。
すぐに気を失ってしまい、それを長く見ることはできなかったが。
私は雨に体温を奪われた彼女の体にコートを巻きつけ、腕に抱き上げその場を後にした。
「夜分にすみません、フィーロ、いますか?」
小さなアパートメント、私はそこに部屋を借りていた。
隣は幼なじみでマルティージョファミリー最年少幹部のフィーロと、エニスさんの部屋だ。
ノックをしてすぐ、返事と共にドアが開く。
「おー、どうした‥ってラック!?
ずぶ濡れじゃないか! エニス、タオルタオル!」
「いえ、私は‥」
苦笑を漏らすが、フィーロは私の頭にタオルを乗せた。
「とにかく入れよ。今コーヒー入れたとこなんだ」
「フィーロ、すみません。実はお願いがあってあなたを訪ねたんです」
不思議そうに首を捻るフィーロの視線は、私の腕に抱えられたそれに向いている。
「エニスさんをお貸しいただけないかと‥」
「? 私‥ですか?」
私がコートを捲ると、二人の目が大きく見開かれる。
「事情は私の部屋でお話します。‥と言っても、私が知っていることはほとんどないのですが‥」
彼女の体温がかなり下がっている。私は二人を部屋に招き入れ、シャワールームに彼女を運んだ。
「エニスさん、お願いします。服は‥これで」
「はい」
ドアを閉めるとシャワーの音がする。私も雨に濡れた服を着替え、髪を拭きながらソファーに腰を下ろした。
「で?何なんだよあの子」
エニスさんが戻ってきてから‥と思っていたが、フィーロは待ちきれないようだ。
エニスには俺から話すから、と急かすフィーロに、私は苦笑しながらタオルを動かす。
「ルノラータの者に暴行を受けてまし‥」
「暴行!?」
ガタン!と音を立てて、フィーロの足に押されたソファーが後ろに下がる。
「話は最後まで聞いてください、フィーロ。暴行というのは、殴られた、という意味です」
それも最低だが、フィーロはひとまず落ち着いたのかソファーに腰を下ろした。
「彼女がそのまま気を失ってしまったので、こうして連れてきたんですよ」
「ふーん‥でも、ラックがそんなことするとは思わなかったよ」
「‥私もそう思います。‥彼女は裸足でしたし、もしかしたら私たちにとって迷惑な存在になるかもしれない」
もし彼女が、別のシマの返済金の“代わり身”だとして、そこから逃げてきたのだとしたら。
もし彼女が、他のファミリーにとって重要な人物だったとしたら。
私は彼女を匿い、彼らを敵に回したことになる。
「ですが‥‥」
そうは思えなかった
あの表情は、とても‥
沈黙が部屋を包む。フィーロはそんな私に小さく笑い、ソファーを立ち上がった。
「ラックがそう感じるなら、きっとそうなんだろ」
勝手にコーヒーを出してお湯を沸かしているフィーロ。
私はそんな彼に面食らって、小さく笑った。
「‥そうですね」
***
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