01.迷い込んだ少女は雨を嫌う
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キキィッ――
最後に聞いたのは、通行人の悲鳴とタイヤの擦れる音。
次の瞬間にはスローモーションのように体が宙に浮いて、景色が揺れた。
何メートル飛ばされたのだろう‥私は背中と頭をブロック塀に打ちつけて、視界が真っ暗になった。
意識が遠退く。そう思ったのも束の間それまでの雑音が消える。
代わりに、雨がトタンを叩く音と潮風が鼻をついた。
「――‥?」
うっすらと目を開ければ、目の前に広がるのは灰色の重い空。
寄りかかっていた後ろを振り返ると、そこは古びた倉庫みたいだった。
もう一度前を見て、私は目をこする。
「なに、ここ‥」
倉庫のおかげで雨はしのげている。まじまじと目を凝らして見ても‥ここはどう見ても日本の外観じゃなかった。
私は恐る恐る腰を上げて、ふらりと足を進める。
車に跳ねられたはずなのに、体に痛みはなかった。ただ、この現実を受け入れられないというように心臓がドクドクと脈打つ。
雨が頬に当たる。それから髪を濡らして、服を濡らして。
片方の靴を履いていないことに気が付いたのは、全身がずぶ濡れになった頃だった。
カランカラン‥
どこともなく響く缶を蹴るような音に私はびくりと体を竦める。
雨の日は嫌い
あの日を思い出してしまうから
全てを、怖いと感じてしまうから‥
「‥っ‥」
スカートの裾をきつく握りしめて、私は走り出した。
右も左も――ここが何なのかも分からないまま、私は走り続ける。
ヒールのある靴は、走りづらくて脱いだ。
走って走って、やっとついた大通りで私を待っていたのは。
裸足でずぶ濡れになった姿を蔑む目と不思議なものを見るような好奇の目。
‥ここは日本じゃない
それに‥
服装が‥服装がまるで昔の――
「おい」
びっくりして振り返れば、ガラの悪い男の人が三人。
言葉が分かる――思っていると、突然腕を掴まれて。
「こいつ、変な格好してるが‥見ればなかなかいい面してんじゃねぇか」
「ヒャハハハ!」
ニヤリと口角を上げるその人に、ぞくりと鳥肌が立つ。
私は震える体に鞭打って、その腕を振り払うと同時に走り出した。
「っテメェ!まちやがれ!」
人を掻き分けながら、逃げて、逃げて。だけど、そんな私を助けてくれる人は一人もいない。
足が痛い
さっきから小石を踏んで、足の裏が切れてる
雨が目に入って、浮かぶ涙と視界を遮るのを手伝った。
「っ‥!?」
すれ違う瞬間肩がぶつかって、盛大に転ぶ私を冷めた目で見る通行人たち。
「待てェ!」
――誰モ ワタシヲ タスケテクレナイ
その冷たい視線が怖くなって、私は人の少ない路地裏に入った。
どうして、
どうして私がこんな目に‥!
しばらくした所で、髪を掴まれて引きずられるように壁に追い詰められる。
「いっ‥」
へたり込んだ私の前にしゃがんで、その人は私の顎を強引に掴んだ。
「へへ‥、こいつ突然大人しくなったな」
「はっ、まあ、その方がこっちとしても助かるしな」
‥ココロが痛い
もう傷つくのはいやだと、ココロが悲鳴を上げている
どうして、どうして、
考えても答えなんて見つからない
何が起きてるのかも分からない
‥絶望って、こういうのを言うのかもしれない
そう思った。
「‥おい」
パァン!
左頬がじんわりと熱を持って、口の中に血の味が広がっていく。
‥痛い、
「テメェ‥俺を馬鹿にしてんのか!?」
馬鹿にしてる?
私が、この人を?
会ったばかりの私が、何を馬鹿にすると言うんだろう‥
私には、この人が言ってることを理解できなかった。
私が何をしたの‥?
私があなたに、何を求めたの?
「っ‥そんな目で、俺をみるんじゃねぇ!」
その人がもう一度腕を引く。
――殴られる‥っ
私が服を握ると同時に、声がそれを遮った。
「‥女性に手を上げるのは、よろしくありませんね」
「っ‥! ガンドール‥!」
苦虫を噛み潰したような顔をして、声の方を睨む男の人。
私も視線を向けたけど、全身黒ずくめのその人は暗闇に溶けて見えなかった。
「私たちのシマで何をしているのです?ルノラータの皆さん」
「チッ‥なんでもねえよ」
目配せをして、その人たちが去っていく。
私はただ、力なく壁にもたれてそれを見送った。
「‥大丈夫ですか?」
‥助けてくれた
低くてゆっくりとした声は、私の意識を早急に奪っていく。
「‥‥、‥‥―」
その声を聞きながら、私はゆっくりと意識を手放した。
***
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