short stories
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「ずっと、姫神のことが好きだったんだ。」
ムードも何も無い、練習後の体育館の隅っこで、また何でもないことのようにさらりとそう告げられたのは、高校3年の…つまり高校生活最後の、東京合宿の最終日だった。
最後の試合、梟谷VS烏野は、28対30という接戦の末、烏野が勝利して幕を閉じた。昨年から主戦力の変わらない烏野が、今では5校の中で最強となっていた。私が所属する音駒も、この合宿で1回しか勝つことができなかった。チームの底上げが必要だ、と私はスコアボードを書きながら、合宿後の練習メニューを思案した。
選手たちが監督やコーチの話を聞いて回っているうちに、マネージャーたちは自校の荷物をまとめ、体育館の片付けに取り掛かった。そうして、コートを片付け始めたところで選手たちは話を終え、BBQの準備だー!、と言って外へ飛び出していった。森然高校のキャプテンが、コートの片付けはあとでいいから、と言ったので、マネージャーたちも体育館から出ていってしまった。
(…1人になっちゃった)
コートの真ん中に転がっていたボールを拾い上げて、体育館を見渡す。得点盤や審判台が片付けられているだけで、コート自体はそのまま残っていた。テンテン、とボールを突く。誰もいない体育館の中で、その音はよく響いた。
「…何してるの?」
「あ……、赤葦」
「月島だと思った?」
不意に声をかけられ、ビックリしてボールを落とした。ボールは、入口に立っていた声の主、赤葦の足元まで転がっていった。ボールを拾い上げた彼は、少しだけ口角を上げてこちらを見ていた。
「俺でよければ、パスでもする?」
放物線を描くボールを追いかけて、落下地点に潜り込む。指先に軽い衝撃を感じながら、真っすぐに腕を伸ばせば、ボールはふわりとまた放物線を描く。ボールの向かう先にいる赤葦と視線が交わる。赤葦の口が、いくよ、と型どった。
「つ…疲れた」
ラリーは途切れることなく続き、最終的には私の体力が音をあげて終わった。ボールの片付けを赤葦に任せて、体育館の隅っこに座り込んだ。汗が顎を伝ってポタリと垂れた。
「おつかれ」
少しして戻ってきた赤葦に、頭の上にバサッと何かを被せられた。白いタオルだった。使ってないやつだから、と赤葦が言った。ありがたく使わせてもらっていると、赤葦が拳2つ分くらいの間をあけて隣に腰を下ろした。
「まさか、アレを取るとは思わなかったよ」
「あ!あれは、ひどいよ赤葦!腕痛かったんだから!」
コートに目を向けたまま小さな声で言った赤葦に、私は赤くなった腕を擦りながら文句を言う。
いくよ、と赤葦が言ったあの時、ボールは直線を描いて私のやや左に突っ込んできたのだ。突然のことに驚いたものの、身体は自然とボールの真正面に動き、腕はボールの勢いを殺すように絶妙な加減で引いていた。ボールはふわりと赤葦の頭上へと返っていった。
それからは、時折ストレートを交えながらラリーが続いて、私の腕はすっかり赤くなってしまったのだ。
「ごめん、姫神とバレーするのが楽しくて、つい」
もっとやりたかったな、と言う彼の横顔は少し寂しげで、ああ、そうか、最後の合宿だった、と私も寂しい気分になった。そうして、場面は冒頭に戻るのだ。
「ずっと、姫神のことが好きだったんだ。」
「え…っと、赤葦…今、何て…」
「姫神に彼氏がいなかったらよかったのに」
突然の告白に狼狽える私を尻目に、赤葦はコートを見つめたままぽつりぽつりと言葉を紡いでいく。
1年の時、初めて会ったときからずっと想ってた。
たまにするLINEが楽しかった。
年に数回、会えるのがいつも楽しみだった。
もっと近くで、…同じ学校で、出会えたらよかったのに。
「…幸せになってよ」
「あ、赤葦…」
「もし、いつか会ったときに、姫神がフリーだったら狙うから」
タオル越しに、赤葦の手が頭にポンッと乗せられた。顔を上げようとすると、ぐっと押さえられて、赤葦の方を見ることはできなかった。
「今は、月島と幸せになって」
「今は?」
「…これからも」
遠くから、ゆったりとしたテンポでこちらに向かってくる足音が聞こえてくる。いつまで経っても姿を見せない自分に、心配して見に来たのかもしれない。赤葦もその足音に気づいたのか、私の頭を押さえていた手をそっと引っ込めた。ようやく見ることができた彼の顔は、いつもと変わらない無表情だった。俺、先に行ってるから、と背を向けた彼に何だか惜しい気持ちになって、
「その時まで、赤葦がそう思ってくれてたらね」
と声を掛けた。赤葦は前に進めていた足をピタリと止め、振り返った。
「1年に数回会うだけでこれだったから、きっと続いてるよ」
夏の蜃気楼
(ちょっと祈李さん、いつまでここにいるつも……なんて顔してるんですか)
(なっ何でもない!ほら、早く行くよ、蛍!)
(はあ?祈李さんが来ないから呼びに来たんですけど…)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
赤葦は振られてもイケメンだと思います。
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