第一章
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フツフツと湯が沸く音が耳に届いて、ルトは湯を沸かす為のコンロの熱源を落とす。
ティーポットに沸いた湯を注げば、白い湯気と共に果実香がほの混じる茶葉の豊かな香りがふわりと鼻腔を擽った。
「えっと、あとはお茶菓子……、」
ルトが裸吊りから救出された後にジルオから土産として手渡されたのは綺麗にラッピングされた菓子箱。中身は甘い焼き菓子だと言っていた。
深界二層、シーカーキャンプ。――地上から遠く離れ、限られた食料しか手に入らない此処では誰かが手土産という形で持参しない限り、甘い菓子というモノは中々手に入らない。
開けるのがもったいないくらいきれい、と思いながらもルトは結ばれていたリボンを解き、トコシエコウの柄が描かれた包装紙を丁寧に外してゆく。……これらは、大事にとっておいて後で自室の『宝箱』に保管しておこう。
箱を開け、ふかふかした見た目に反してずっしりと重いスポンジケーキのような焼き菓子をルトはナイフで丁寧に切り分ける。……とはいえ、多少大きさに差違は出てしまった。
「一番大きいのは……やっぱりジルオさんに、かな」
ふふ、とルトは小さく笑う。
久しぶりに食べる、大好きな甘いお菓子。
それでも……大好きな人が「美味しい」と喜んでくれるなら。喜ぶ顔が見れるなら。私は小さい方を選ぼう、ルトはそう考えながらお皿をお盆に載せた。
「ふぅん、二ヶ月も此処にねぇ。珍しく随分と長居するじゃないか」
「えぇ。俺は十五で蒼笛を取得した後すぐに月笛を取得しましたが……業務内容が殆ど孤児院での子どもたちに対する指導だった故に、月笛としての探窟経験が少なかったので。今回、三層での探窟経験を積ませて頂きたくて院長に申し出たんです」
ジルオが今回のシーカーキャンプへの来訪理由をオーゼンへと語れば、ルトが「お師さま、ジルオさん。お茶が入りました」とお茶を運んでやって来た。
「ありがとう、ルト……って、君は何故さも当然のように俺の膝に座るんだ?」
「だって。ジルオさんは滅多に此処に来てくれませんし。……たまにはいいじゃないですか」
平然とジルオの膝へと座ったルトにジルオは苦笑いを零しつつ、幼い彼女の金の髪を優しく撫でた。柔らかな感触が指に伝わり、とても心地よい。
ジルオの温かくもゴツゴツとした男らしい指先の感触にルトは目を細めながら、ティーカップを並べ、紅茶を注ぎ、お茶菓子を並べてゆく。
「君は俺が思っているよりも随分と甘えん坊なのだな。――リコとは大違いだ」
「リコは常にジルオさんと一緒にいるじゃないですか。そもそも一緒に過ごす時間の量が違います」
「まぁ……それはそうなんだが」
言いながらジルオが紅茶を一口啜れば、ルトがそっと体重を預けて寄りかかってきた。……ルトは本当に甘えたがりなのだな、とジルオはカチャリと小さな音を立ててティーカップをソーサーに置く。
ルトにはリコという名の双子の姉がいる。ジルオが勤務するベルチェロ孤児院にて預けられている快活な少女だ。
何となくリコの事を思い出すと同時に、ルトとリコは髪も目も同じ色だというのに髪の触り心地というのは違うものなのだな、とジルオはふと気がついた。リコの髪質はさらりとした直毛だ。
ルトの髪は、短さも相まってかほんのりくせっ毛混じりで柔らかい。
どちらかと言えば……ルトのふわりとした髪の方が触れていて好ましいな、と思いながらジルオが再びルトの毛先を弄べば、オーゼンが茶を啜りながら口を開いた。
「なんだ、もう一人の方の生きる死体もまだくたばっちゃいなかったのか」
その言葉にジルオは思わず身を硬くし、眉間に皺を寄せる。
「不動卿、あまりそのような言い方は……、」
「今更、別に何の問題もなかろうよ。ルトはもう既に知っている事実だ」
「しかし……、」
ジルオは渋い顔をしながら四年前――ルトをシーカーキャンプへと送り届けた時の事を思い返す。
ルトは極端に日光に弱く、力場を通さぬ陽光を浴びると皮膚が焼け爛れてしまう体質を負った子どもだった。
一度はオースのベルチェロ孤児院へと預け入れられたルトだったが、そんな体質の彼女が地上でまともに生きられる訳がなく。五歳になる少し前まで、ルトは止む無くベルチェロ孤児院の地下室で幽閉に近い形で育てられていた。
それは、ルトの母であるライザも望ましいとは思ってはおらず『頼む、私はあの子の人生を、あの狭っ苦しい地下室で終えさせたくはない。同じ暗がりなら、アビスの中の暗がりで生かしてやりたい』と自身が絶界行へ臨む前にルトをシーカーキャンプで育てて欲しいとオーゼンへと頼みこんでいた。
実際に組合の許可が降りるまで時間を要してしまったが……ルトが五歳になって少し経った頃にジルオは兄貴分であるノラ、面識の深い黒笛のハボック、そしてオーゼンの探窟隊である地臥せりの面々と共にルトをシーカーキャンプへと送り届けた。
その時にオーゼンが言い放った言葉にルト以外の、ジルオを含めた皆が戦慄し、騒然としたのをジルオははっきりと覚えている。
『約束、とは言え……本当に生きた死体を私が育てる羽目になるとはねぇ』
それは、周囲の空気を凍てつかせるには充分すぎる一言だった。
あの時のルトは、今よりずっと幼かった所為もあってオーゼンの言葉を完全には理解していなかったように思える。
何せ、ルトは当時は五歳の子どもだったのだ。周りの人間がオーゼンを咎める物言いをする中、ジルオがルトへと視線を移せばルトはただただきょとんとした顔をしていて。
……あの時のルトの表情を、ジルオは未だ忘れられずにいる。
「……不動卿。あの当時、ルトはまだ五歳でした。当時は分からずとも今のルトには、」
険しい顔をしながらジルオが反論しようとすれば「ジルオさん、」とルトにそれを遮られた。
ジルオが僅かに眉を下げて「しかし、ルト……、」と困惑しながら目線をルトに向ければ、ルトは真っ直ぐにジルオの目を射抜いて口を開く。
「……あの時の私は確かにお師さまの言葉の意味はよくわかってなかったですけど。お師さまは、子ども騙しが嫌いなんです。だから、子どもの私にも容赦ないですし、本当の事をきちんと教えてくれます。……だから、私、もう全部知っています」
ルトの言葉にジルオは完全に口を噤む。
そんなジルオへとルトは更に言葉を続けた。
「私、気にしてませんよ。……一度死んでいたとしたって、今の私は生きているんです。だから、別にいいじゃないですか」
フフ、と微かにはにかむルトの姿にジルオは目を丸くして感嘆する。
ルトは、まだ九歳の少女なのだ。それなのに、こんなにも衝撃的な事実を理解し、受け入れ、納得しているとは。
ジルオは称賛の意を込めて、再びルトの頭を撫でる。手に伝わる体温は、確かに今、彼女が生きている事を告げていると、ジルオは強くそう感じた。
「ルト、君は存外強い心を持っているのだな」
ジルオの言葉にルトはくす、と小さな笑い声を零す。
「だって、ジルオさん。私……度し難すぎるほどに度し難い、あのお師さまの弟子ですよ?」
ルトが得意気に言い放てばオーゼンは「……ルト。そりゃどういう意味だい?」とムッとした顔を見せたのだが。
ルトは全く意に介せずしれーっと「そのままの意味ですよ、お師さま」と少し冷めた紅茶を啜った。
「……それにしても、この菓子は随分と甘ったるいねぇ。喉が焼けそうだ」
「焼き菓子に糖蜜をたっぷりと染み込ませて熟成させたモノだと聞いたのですが……オースで流行りの菓子だそうで。不動卿のお口には合いませんでしたか?」
がぶり、と一口で焼き菓子を口に放り込んだオーゼンは顔を顰めると同時に紅茶を呷り、一気にそれを喉へと流し込む。
それを見たジルオは、女性の多くは甘味を好むものだと思っていたのだが……人に寄るのだな、と少し学んだ。
「まぁ、この馬鹿弟子には丁度良いのかもしれんがね」
そう言ってオーゼンがチラリとルトを見やればルトはむぐむぐと夢中で焼き菓子を頬張っていて。
……どうやら、この菓子の味はオーゼンの舌には合わずとも、ルトの舌の好みには合っていたらしい。
美味しそうに焼き菓子を口に運ぶルトの姿を見て、ジルオの心もほんのり温かくなる。
「これ、甘くて凄く美味しいじゃないですか。ていうか……やたら塩っ辛いのや苦いのばっかり好むお師さまの舌が変なんですよ」
「そういうのは『珍味』って言うのさ。あの美味しさがわからないうちはオマエはまだまだ子どもさね」
「大人になっても、アレが美味しいと思える自信はないですよ、私。ジルオさんは、どう思いますか?甘い方が美味しいですよね?」
同意を求めて見上げてくるルトの顔を見て、ジルオはルトの顔に付いたそれに気がついた。
「俺か?そうだな……正直に言えば俺も甘い物はそこまで得意ではないというか……、」
そう言いながら、ジルオはルトの唇の横に付いていた焼き菓子の欠片をそっと摘み取り、口の中へと放り込む。
「……あぁ、これは確かに美味いが……頗る甘いな。俺にはこの菓子の欠片だけで充分満足だ」
ジルオはフ、と柔らかな笑みを見せ、もう殆ど自分の分の菓子を食べ終えようとしているルトに「俺の分も食べるか?」と持ちかけた。
「え?!え!?いいんですかジルオさん?!こんなに美味しいお菓子なのに……!」
「あぁ、いいぞ」
「やった!ありがとうございます、ジルオさん!」
ルトの弾んだ声音を聞きながらジルオはすっかり冷めてしまった紅茶を飲み干した。
それでも。胸がじんわりと温かいままなのは、膝にちょこんと座った少女がとても喜んでくれているからだろう。
ティーポットに沸いた湯を注げば、白い湯気と共に果実香がほの混じる茶葉の豊かな香りがふわりと鼻腔を擽った。
「えっと、あとはお茶菓子……、」
ルトが裸吊りから救出された後にジルオから土産として手渡されたのは綺麗にラッピングされた菓子箱。中身は甘い焼き菓子だと言っていた。
深界二層、シーカーキャンプ。――地上から遠く離れ、限られた食料しか手に入らない此処では誰かが手土産という形で持参しない限り、甘い菓子というモノは中々手に入らない。
開けるのがもったいないくらいきれい、と思いながらもルトは結ばれていたリボンを解き、トコシエコウの柄が描かれた包装紙を丁寧に外してゆく。……これらは、大事にとっておいて後で自室の『宝箱』に保管しておこう。
箱を開け、ふかふかした見た目に反してずっしりと重いスポンジケーキのような焼き菓子をルトはナイフで丁寧に切り分ける。……とはいえ、多少大きさに差違は出てしまった。
「一番大きいのは……やっぱりジルオさんに、かな」
ふふ、とルトは小さく笑う。
久しぶりに食べる、大好きな甘いお菓子。
それでも……大好きな人が「美味しい」と喜んでくれるなら。喜ぶ顔が見れるなら。私は小さい方を選ぼう、ルトはそう考えながらお皿をお盆に載せた。
「ふぅん、二ヶ月も此処にねぇ。珍しく随分と長居するじゃないか」
「えぇ。俺は十五で蒼笛を取得した後すぐに月笛を取得しましたが……業務内容が殆ど孤児院での子どもたちに対する指導だった故に、月笛としての探窟経験が少なかったので。今回、三層での探窟経験を積ませて頂きたくて院長に申し出たんです」
ジルオが今回のシーカーキャンプへの来訪理由をオーゼンへと語れば、ルトが「お師さま、ジルオさん。お茶が入りました」とお茶を運んでやって来た。
「ありがとう、ルト……って、君は何故さも当然のように俺の膝に座るんだ?」
「だって。ジルオさんは滅多に此処に来てくれませんし。……たまにはいいじゃないですか」
平然とジルオの膝へと座ったルトにジルオは苦笑いを零しつつ、幼い彼女の金の髪を優しく撫でた。柔らかな感触が指に伝わり、とても心地よい。
ジルオの温かくもゴツゴツとした男らしい指先の感触にルトは目を細めながら、ティーカップを並べ、紅茶を注ぎ、お茶菓子を並べてゆく。
「君は俺が思っているよりも随分と甘えん坊なのだな。――リコとは大違いだ」
「リコは常にジルオさんと一緒にいるじゃないですか。そもそも一緒に過ごす時間の量が違います」
「まぁ……それはそうなんだが」
言いながらジルオが紅茶を一口啜れば、ルトがそっと体重を預けて寄りかかってきた。……ルトは本当に甘えたがりなのだな、とジルオはカチャリと小さな音を立ててティーカップをソーサーに置く。
ルトにはリコという名の双子の姉がいる。ジルオが勤務するベルチェロ孤児院にて預けられている快活な少女だ。
何となくリコの事を思い出すと同時に、ルトとリコは髪も目も同じ色だというのに髪の触り心地というのは違うものなのだな、とジルオはふと気がついた。リコの髪質はさらりとした直毛だ。
ルトの髪は、短さも相まってかほんのりくせっ毛混じりで柔らかい。
どちらかと言えば……ルトのふわりとした髪の方が触れていて好ましいな、と思いながらジルオが再びルトの毛先を弄べば、オーゼンが茶を啜りながら口を開いた。
「なんだ、もう一人の方の生きる死体もまだくたばっちゃいなかったのか」
その言葉にジルオは思わず身を硬くし、眉間に皺を寄せる。
「不動卿、あまりそのような言い方は……、」
「今更、別に何の問題もなかろうよ。ルトはもう既に知っている事実だ」
「しかし……、」
ジルオは渋い顔をしながら四年前――ルトをシーカーキャンプへと送り届けた時の事を思い返す。
ルトは極端に日光に弱く、力場を通さぬ陽光を浴びると皮膚が焼け爛れてしまう体質を負った子どもだった。
一度はオースのベルチェロ孤児院へと預け入れられたルトだったが、そんな体質の彼女が地上でまともに生きられる訳がなく。五歳になる少し前まで、ルトは止む無くベルチェロ孤児院の地下室で幽閉に近い形で育てられていた。
それは、ルトの母であるライザも望ましいとは思ってはおらず『頼む、私はあの子の人生を、あの狭っ苦しい地下室で終えさせたくはない。同じ暗がりなら、アビスの中の暗がりで生かしてやりたい』と自身が絶界行へ臨む前にルトをシーカーキャンプで育てて欲しいとオーゼンへと頼みこんでいた。
実際に組合の許可が降りるまで時間を要してしまったが……ルトが五歳になって少し経った頃にジルオは兄貴分であるノラ、面識の深い黒笛のハボック、そしてオーゼンの探窟隊である地臥せりの面々と共にルトをシーカーキャンプへと送り届けた。
その時にオーゼンが言い放った言葉にルト以外の、ジルオを含めた皆が戦慄し、騒然としたのをジルオははっきりと覚えている。
『約束、とは言え……本当に生きた死体を私が育てる羽目になるとはねぇ』
それは、周囲の空気を凍てつかせるには充分すぎる一言だった。
あの時のルトは、今よりずっと幼かった所為もあってオーゼンの言葉を完全には理解していなかったように思える。
何せ、ルトは当時は五歳の子どもだったのだ。周りの人間がオーゼンを咎める物言いをする中、ジルオがルトへと視線を移せばルトはただただきょとんとした顔をしていて。
……あの時のルトの表情を、ジルオは未だ忘れられずにいる。
「……不動卿。あの当時、ルトはまだ五歳でした。当時は分からずとも今のルトには、」
険しい顔をしながらジルオが反論しようとすれば「ジルオさん、」とルトにそれを遮られた。
ジルオが僅かに眉を下げて「しかし、ルト……、」と困惑しながら目線をルトに向ければ、ルトは真っ直ぐにジルオの目を射抜いて口を開く。
「……あの時の私は確かにお師さまの言葉の意味はよくわかってなかったですけど。お師さまは、子ども騙しが嫌いなんです。だから、子どもの私にも容赦ないですし、本当の事をきちんと教えてくれます。……だから、私、もう全部知っています」
ルトの言葉にジルオは完全に口を噤む。
そんなジルオへとルトは更に言葉を続けた。
「私、気にしてませんよ。……一度死んでいたとしたって、今の私は生きているんです。だから、別にいいじゃないですか」
フフ、と微かにはにかむルトの姿にジルオは目を丸くして感嘆する。
ルトは、まだ九歳の少女なのだ。それなのに、こんなにも衝撃的な事実を理解し、受け入れ、納得しているとは。
ジルオは称賛の意を込めて、再びルトの頭を撫でる。手に伝わる体温は、確かに今、彼女が生きている事を告げていると、ジルオは強くそう感じた。
「ルト、君は存外強い心を持っているのだな」
ジルオの言葉にルトはくす、と小さな笑い声を零す。
「だって、ジルオさん。私……度し難すぎるほどに度し難い、あのお師さまの弟子ですよ?」
ルトが得意気に言い放てばオーゼンは「……ルト。そりゃどういう意味だい?」とムッとした顔を見せたのだが。
ルトは全く意に介せずしれーっと「そのままの意味ですよ、お師さま」と少し冷めた紅茶を啜った。
「……それにしても、この菓子は随分と甘ったるいねぇ。喉が焼けそうだ」
「焼き菓子に糖蜜をたっぷりと染み込ませて熟成させたモノだと聞いたのですが……オースで流行りの菓子だそうで。不動卿のお口には合いませんでしたか?」
がぶり、と一口で焼き菓子を口に放り込んだオーゼンは顔を顰めると同時に紅茶を呷り、一気にそれを喉へと流し込む。
それを見たジルオは、女性の多くは甘味を好むものだと思っていたのだが……人に寄るのだな、と少し学んだ。
「まぁ、この馬鹿弟子には丁度良いのかもしれんがね」
そう言ってオーゼンがチラリとルトを見やればルトはむぐむぐと夢中で焼き菓子を頬張っていて。
……どうやら、この菓子の味はオーゼンの舌には合わずとも、ルトの舌の好みには合っていたらしい。
美味しそうに焼き菓子を口に運ぶルトの姿を見て、ジルオの心もほんのり温かくなる。
「これ、甘くて凄く美味しいじゃないですか。ていうか……やたら塩っ辛いのや苦いのばっかり好むお師さまの舌が変なんですよ」
「そういうのは『珍味』って言うのさ。あの美味しさがわからないうちはオマエはまだまだ子どもさね」
「大人になっても、アレが美味しいと思える自信はないですよ、私。ジルオさんは、どう思いますか?甘い方が美味しいですよね?」
同意を求めて見上げてくるルトの顔を見て、ジルオはルトの顔に付いたそれに気がついた。
「俺か?そうだな……正直に言えば俺も甘い物はそこまで得意ではないというか……、」
そう言いながら、ジルオはルトの唇の横に付いていた焼き菓子の欠片をそっと摘み取り、口の中へと放り込む。
「……あぁ、これは確かに美味いが……頗る甘いな。俺にはこの菓子の欠片だけで充分満足だ」
ジルオはフ、と柔らかな笑みを見せ、もう殆ど自分の分の菓子を食べ終えようとしているルトに「俺の分も食べるか?」と持ちかけた。
「え?!え!?いいんですかジルオさん?!こんなに美味しいお菓子なのに……!」
「あぁ、いいぞ」
「やった!ありがとうございます、ジルオさん!」
ルトの弾んだ声音を聞きながらジルオはすっかり冷めてしまった紅茶を飲み干した。
それでも。胸がじんわりと温かいままなのは、膝にちょこんと座った少女がとても喜んでくれているからだろう。