第一章
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「やはりこの辺りは少々冷えるな……」
小さく息を吐いてジルオはぶるりと身を震わせた。
力場からの光が殆ど届かない逆さ森は薄暗く、不規則に吹き荒ぶ風が体温をどんどん奪い去ってゆく。
凍てつくという程ではないが、冷えによる身体の強ばりは感じる。
だが、それもあともう少しの辛抱だ、とジルオは顔を上げた。
キラリと反射する光が微かに見える。それはとても巨大な望遠鏡のレンズが見せた合図であり、目印だった。
「ふむ……ルトは元気にしているだろうか」
ふと過ぎったのは、自身にとても懐いてくれている少女の姿。確か、今年で九歳だったか。
今頃はあの望遠鏡を覗いているのであろう。
逆さ森の枝から枝を渡ってゆけば、やがて丸太で組まれた吊り橋状の通路が現れた。
吹く風もいくばくか大人しくなっている。ここまで来れば目指すシーカーキャンプはもう目前だ。
軋む木の通路は足を踏み出す度にギッギッと鳴き、揺れた。だが、常に道なき道をゆく探窟家としては道があるという事自体がありがたい。
そうして歩みをどんどん進めれば、遠くからガコン!と音が響いてゴンドラがスルスルと下に降り始めた。
「随分と仕事が早いな」
まだこちらはそこに辿り着いていないというのに、待っていましたと言わんばかりに降ろされてゆくゴンドラ。
どうやら、先方は自分の到着を随分と待ちわびているらしい。
ならば。なるべく彼女を待たせぬように、こちらも早急にシーカーキャンプへ向かうとしよう。ジルオは微かに口元を弛ませて足を早めた。
二層の上昇負荷はだいぶ慣れたものとはいえ、やはり気持ちの良いものではない。
ゴンドラで一気に上へと引き上げられて味わう『呪い』という名の上昇負荷。
頭をぐいぐいと締め付けるような重い鈍痛、そして、急激に冷やされた胃をぐちゃぐちゃにかき混ぜられるような強い嘔吐感に襲われて、ジルオは思わず眉間に皺を寄せた。
それらを何とか堪えて胃液混じりの唾を飲み下せばガコン、と音を立ててゴンドラが止まる。
ふぅ、と息を吐きつつゴンドラから出れば「ジルオさん、」と控えめに名を呼ばれた。
声のした方向に顔を向ければ、短い金の髪に緑の瞳をした少女の姿が目に映る。
「お久しぶりです……!」
「あぁ、久しぶりだな。ルト」
少女の名前をジルオが呼べば、小さな身体がすぐさま駆け寄り、ぽふんと飛びつくようにして抱きついてきた。
「……ほんっとーに久しぶりですよ、ジルオさん。私の事なんか忘れちゃったのかと思いました」
ぷすーっと頬を膨らませてじとーっと見上げてくるルトの新緑の眼には、不平や不満の色がありありと浮かんでいて。
ジルオは思わず苦笑いを零した。
「確かに久しぶりではあるが……俺が君の事を忘れるわけなんてなかろう?」
拗ねてむくれるルトを宥めるかのように、ジルオは優しく声をかける。
ぎゅむぅ、と抱きついたまま離れないルトの頭上にぽすっと手を置いてわしわしと撫でてやれば、ルトのしがみつく力が更に強まった。
親愛のこもった抱擁。その行動にジルオも和んでいたのだが、ルトはジルオのヘソの辺りにグリグリと頭を押し付け顔を埋めると、今度は子犬のようにスンスンと匂いを嗅ぎだした。
「んん、凄くジルオさんのにおいがする……」
ルトの発言に思わずジルオの顔が強ばった。
二層、前線基地へ辿り着くまでに結構な時間を要している。様々な汚れも染み付いているし、汗もたっぷりかいている。
……………正直、清潔だとは言い難い。
これは、もしかしなくても『匂う』というよりは『臭う』なのではないだろうか。
「ルト……抱きつくのはいいんだが、流石に嗅ぐのは勘弁してくれないか?!」
「えぇー。なんでですか?」
「なんでもなにも!臭うだろう?!」
「におう……におう、というか、うーん。具体的にいうならば……土と、埃と、ジルオさんの汗のにおいが入り混じった……こう、かぐわしい、というか、こうばしいにおい、といいますか……」
「言わんでいい!冷静に分析するな!」
「でも……落ち着くにおい、ですよ?」
「落ち着く、って……!んなわけあるか!こら!待て!ルト、吸うな!深呼吸するな!」
スンスンと匂いを嗅ぐに飽き足らず、スーハースーハーと深呼吸までしだしたルトをジルオは必死の思いで引きはがそうとしたのだが。
よほど離れたくないのかルトは「ふぐむゅうぅぅ……!」と唸ったままガッチリしがみついて離れない。
そうして、暫しの間二人が格闘すれば……ヌゥッと現れた、一つの巨大な影。
「ルト……随分と騒がしいようだが。もしかしてあの子が来たのかい?」
現れたその姿に、響いたその声に、ルトの顔が一気にスンッと真顔になった。
ジルオの表情も、心なしか引きつっている。
「お、お師さま……えと。見ての通りです……ジルオさん、来ました」
「……ご……ご無沙汰しております、不動卿」
現れたのは、ルトの師匠であり、ここシーカーキャンプの主……探窟家最高峰の笛〝 白笛〟を持つ女性、動かざるオーゼンだった。
『不動卿』の二つ名に相応しい、二メートル近くあるその巨躯からは圧倒的な威圧感が放たれている。
「……ルト。来訪があったならすぐさま知らせろと、私は前にも口煩く言ったろう?」
「……………はい」
「ましてや、今回のあの子の来訪はおまえだけではなく私だって待ちわびて楽しみにしていた。……それも前に言ったと思うんだがね?」
「はい………………スミマセンデシタ、お師さま」
オーゼンにガッ!!と首根っこを引っ掴まれてぷらーんと持ち上げられたルトは、固まった表情のまま素直に謝罪を述べた。述べたのだが。
ジルオにはもうわかっていた。この後、ルトが一体『何』をされるのか。
「全く物わかりの悪い弟子で困ったもんだよ……ルト、わかっているね?罰として『裸吊り』だ」
オース伝統のお仕置きである『裸吊り』
文字通り、悪さをしでかした子どもを素っ裸にひんむいて縄で縛って吊り下げるお仕置き方法である。
ジルオが勤めているベルチェロ孤児院でもよく見られる光景だ。
「ぷぉ?!んぶぇえええ……やですお師さま!あれ、お股いたくなる!!」
確かに、股へと食いこむ縄は痛い。痛いのだが。
「嫌がるべきはそこなのか?」
どちらかといえば……あれは羞恥による辱めの方が主な筈では、とジルオの口から自然とツッコミの言葉が漏れた。
そんなジルオへと、オーゼンはニタリと笑いかける。
「なんなら、君もルトと共に吊るそうか?」
「!!なんでそうなるんですか?!それに、俺は流石にもうそのような辱めを受ける年齢では……!!」
「冗談さ。まぁ、でも……君が覗きたいと言うのであればいくらでもルトの裸を覗くといい。あの馬鹿弟子へのお仕置きとしてはその方が最適かろ?」
言いながらオーゼンはルトをぶら下げたまま扉を開け、シーカーキャンプの奥にあるお仕置き部屋へと向かって行った。
「お、俺はルトの裸姿を覗いたりなんかしませんよ?!」というジルオの言葉は二人にはきっと届いていないだろう。
小さく息を吐いてジルオはぶるりと身を震わせた。
力場からの光が殆ど届かない逆さ森は薄暗く、不規則に吹き荒ぶ風が体温をどんどん奪い去ってゆく。
凍てつくという程ではないが、冷えによる身体の強ばりは感じる。
だが、それもあともう少しの辛抱だ、とジルオは顔を上げた。
キラリと反射する光が微かに見える。それはとても巨大な望遠鏡のレンズが見せた合図であり、目印だった。
「ふむ……ルトは元気にしているだろうか」
ふと過ぎったのは、自身にとても懐いてくれている少女の姿。確か、今年で九歳だったか。
今頃はあの望遠鏡を覗いているのであろう。
逆さ森の枝から枝を渡ってゆけば、やがて丸太で組まれた吊り橋状の通路が現れた。
吹く風もいくばくか大人しくなっている。ここまで来れば目指すシーカーキャンプはもう目前だ。
軋む木の通路は足を踏み出す度にギッギッと鳴き、揺れた。だが、常に道なき道をゆく探窟家としては道があるという事自体がありがたい。
そうして歩みをどんどん進めれば、遠くからガコン!と音が響いてゴンドラがスルスルと下に降り始めた。
「随分と仕事が早いな」
まだこちらはそこに辿り着いていないというのに、待っていましたと言わんばかりに降ろされてゆくゴンドラ。
どうやら、先方は自分の到着を随分と待ちわびているらしい。
ならば。なるべく彼女を待たせぬように、こちらも早急にシーカーキャンプへ向かうとしよう。ジルオは微かに口元を弛ませて足を早めた。
二層の上昇負荷はだいぶ慣れたものとはいえ、やはり気持ちの良いものではない。
ゴンドラで一気に上へと引き上げられて味わう『呪い』という名の上昇負荷。
頭をぐいぐいと締め付けるような重い鈍痛、そして、急激に冷やされた胃をぐちゃぐちゃにかき混ぜられるような強い嘔吐感に襲われて、ジルオは思わず眉間に皺を寄せた。
それらを何とか堪えて胃液混じりの唾を飲み下せばガコン、と音を立ててゴンドラが止まる。
ふぅ、と息を吐きつつゴンドラから出れば「ジルオさん、」と控えめに名を呼ばれた。
声のした方向に顔を向ければ、短い金の髪に緑の瞳をした少女の姿が目に映る。
「お久しぶりです……!」
「あぁ、久しぶりだな。ルト」
少女の名前をジルオが呼べば、小さな身体がすぐさま駆け寄り、ぽふんと飛びつくようにして抱きついてきた。
「……ほんっとーに久しぶりですよ、ジルオさん。私の事なんか忘れちゃったのかと思いました」
ぷすーっと頬を膨らませてじとーっと見上げてくるルトの新緑の眼には、不平や不満の色がありありと浮かんでいて。
ジルオは思わず苦笑いを零した。
「確かに久しぶりではあるが……俺が君の事を忘れるわけなんてなかろう?」
拗ねてむくれるルトを宥めるかのように、ジルオは優しく声をかける。
ぎゅむぅ、と抱きついたまま離れないルトの頭上にぽすっと手を置いてわしわしと撫でてやれば、ルトのしがみつく力が更に強まった。
親愛のこもった抱擁。その行動にジルオも和んでいたのだが、ルトはジルオのヘソの辺りにグリグリと頭を押し付け顔を埋めると、今度は子犬のようにスンスンと匂いを嗅ぎだした。
「んん、凄くジルオさんのにおいがする……」
ルトの発言に思わずジルオの顔が強ばった。
二層、前線基地へ辿り着くまでに結構な時間を要している。様々な汚れも染み付いているし、汗もたっぷりかいている。
……………正直、清潔だとは言い難い。
これは、もしかしなくても『匂う』というよりは『臭う』なのではないだろうか。
「ルト……抱きつくのはいいんだが、流石に嗅ぐのは勘弁してくれないか?!」
「えぇー。なんでですか?」
「なんでもなにも!臭うだろう?!」
「におう……におう、というか、うーん。具体的にいうならば……土と、埃と、ジルオさんの汗のにおいが入り混じった……こう、かぐわしい、というか、こうばしいにおい、といいますか……」
「言わんでいい!冷静に分析するな!」
「でも……落ち着くにおい、ですよ?」
「落ち着く、って……!んなわけあるか!こら!待て!ルト、吸うな!深呼吸するな!」
スンスンと匂いを嗅ぐに飽き足らず、スーハースーハーと深呼吸までしだしたルトをジルオは必死の思いで引きはがそうとしたのだが。
よほど離れたくないのかルトは「ふぐむゅうぅぅ……!」と唸ったままガッチリしがみついて離れない。
そうして、暫しの間二人が格闘すれば……ヌゥッと現れた、一つの巨大な影。
「ルト……随分と騒がしいようだが。もしかしてあの子が来たのかい?」
現れたその姿に、響いたその声に、ルトの顔が一気にスンッと真顔になった。
ジルオの表情も、心なしか引きつっている。
「お、お師さま……えと。見ての通りです……ジルオさん、来ました」
「……ご……ご無沙汰しております、不動卿」
現れたのは、ルトの師匠であり、ここシーカーキャンプの主……探窟家最高峰の笛〝 白笛〟を持つ女性、動かざるオーゼンだった。
『不動卿』の二つ名に相応しい、二メートル近くあるその巨躯からは圧倒的な威圧感が放たれている。
「……ルト。来訪があったならすぐさま知らせろと、私は前にも口煩く言ったろう?」
「……………はい」
「ましてや、今回のあの子の来訪はおまえだけではなく私だって待ちわびて楽しみにしていた。……それも前に言ったと思うんだがね?」
「はい………………スミマセンデシタ、お師さま」
オーゼンにガッ!!と首根っこを引っ掴まれてぷらーんと持ち上げられたルトは、固まった表情のまま素直に謝罪を述べた。述べたのだが。
ジルオにはもうわかっていた。この後、ルトが一体『何』をされるのか。
「全く物わかりの悪い弟子で困ったもんだよ……ルト、わかっているね?罰として『裸吊り』だ」
オース伝統のお仕置きである『裸吊り』
文字通り、悪さをしでかした子どもを素っ裸にひんむいて縄で縛って吊り下げるお仕置き方法である。
ジルオが勤めているベルチェロ孤児院でもよく見られる光景だ。
「ぷぉ?!んぶぇえええ……やですお師さま!あれ、お股いたくなる!!」
確かに、股へと食いこむ縄は痛い。痛いのだが。
「嫌がるべきはそこなのか?」
どちらかといえば……あれは羞恥による辱めの方が主な筈では、とジルオの口から自然とツッコミの言葉が漏れた。
そんなジルオへと、オーゼンはニタリと笑いかける。
「なんなら、君もルトと共に吊るそうか?」
「!!なんでそうなるんですか?!それに、俺は流石にもうそのような辱めを受ける年齢では……!!」
「冗談さ。まぁ、でも……君が覗きたいと言うのであればいくらでもルトの裸を覗くといい。あの馬鹿弟子へのお仕置きとしてはその方が最適かろ?」
言いながらオーゼンはルトをぶら下げたまま扉を開け、シーカーキャンプの奥にあるお仕置き部屋へと向かって行った。
「お、俺はルトの裸姿を覗いたりなんかしませんよ?!」というジルオの言葉は二人にはきっと届いていないだろう。