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短編

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ジルオを恋い慕う少女
ジルオの兄貴分

「ジルオさんって、リコに凄く怖がられてるみたいですね」

シーカーキャンプ内、キッチン。
洗い物をしているルトからいきなり振られた話題に皿を拭く手伝いをしていたジルオは思わず「は?」と声を漏らしてその手を止め、ルトへと視線を向けた。
ルトは手を止める事無く、ジャバジャバと冷たい水で皿を洗い流しながら更に言葉を続ける。

「以前、リコから貰った手紙にそう書いてあったんですよ。リコ、ジルオさんから怒られてばかりいるって」

「……………………。」

ルトの言葉にリコがそれまでにやらかしてきた所業が一気に蘇ってゆき、ジルオは思わずハァ、と盛大なため息を吐いた。

「君に言うような事では無いが……リコは俺を怒らせるような悪戯ばかりする常習犯だからな……」

リコは探窟に置いては誰よりも熱意があり、好奇心旺盛で活発な少女ではあるのだが……やる事と言えば悪戯は勿論の事、何度注意しても止める事の無い拾い食い。更には孤児院では御法度である遺物のちょろまかし等々エトセトラエトセトラ。
どんなにゲンコツを食らわせようが、反省文や猛省文を書かせようが、裸吊りに処させれようが、めげない懲りない諦めない。――それがルトの片割れであるリコという少女の姿であり、ルトと同じくライザから託された『たからもの』のひとつだ。

(リコは……その場では一応反省はするのだがな……喉元過ぎれば熱さを忘れて何度叱り飛ばそうが結局のところ焼け石に水というのは本当に頭が痛い……)

ルトと同じくしてリコもまた大切な存在ではあるが……ジルオがまだ赤笛だった頃から手を焼き、振り回され……そして今も尚、頭痛の種の要因のひとつであるのがリコである。
リコに関するあれやそれを思い返してしまったジルオが無言で眉間の皺を深くすれば、ルトはそれを見てくすくすと笑った。

「私も……ちょっとくらいはリコみたいにジルオさんに怒られてみたいですね」

予想だにしなかったルトの発言にジルオは目を丸くして戸惑いながら「……怒られたい?」と呟く。
思わぬ言葉に深く刻まれていた筈の眉間の皺まで瞬時に消え去ってしまった。

「君は随分と変わった事を言うな……。そもそも、ルトは俺を怒らせるような悪戯などしないだろう?」

ルトはリコに比べたらずっとずっと大人しい。
どうにもルトに悪戯をされるといったイメージが湧かず、ジルオがきょとんとした面持ちででルトの顔をじっと見つめればルトは珍しくほんの僅かにムッとした顔をする。

「…………私にだって、ジルオさんに悪戯くらいできますよ?」

そう言うとルトは「ジルオさん、ちょっとしゃがんでください」とやや強い口調で言い放ち、ジルオの手を引っ張って半ば強引にジルオの事をしゃがみこませた。

「??」

突拍子も無いルトの行動に俺はルトに何をされるのやら、とジルオは微かに苦笑いを零す。
すると、冷水で濡れそぼったままの小さな手のひらでヒタリと塞がれてしまった両の眼。

(……冷えた手で俺を驚かそうとしたのか?)

ルトの冷えきった手は、逆に少し心地良ささえ覚えるような感触で。
いや、これは悪戯の範疇になど入らんだろう、とジルオが油断しきったその次の瞬間だった。


「えいっ!」

「!!」


威勢の良い掛け声と共に、唇の端に押し当てられた柔らかく温かな何か。
ふにゅん、としたその感触は一瞬で離れてゆき、それがルトの唇だった、と理解するのにジルオは数秒を要した。
塞がれていた目から手を離されれば視界いっぱいにライザにも似たルトの笑顔が飛び込んできて。

「…………どうですか?私だって意外といたずらっ子なんですよ!」

ふふん!と得意気に言い放つルトにジルオは呆気に取られた様子で「んな…………!」と情けない声を上げた。
確かに、これはれっきとした悪戯ではあるが……あるのだが……まさかこのようなませた悪戯をされるとは。
頬が熱く火照ってゆくのを感じながらジルオは深く深く息を吐いてがっくりと項垂れる。

ルト…………その悪戯は……逆に怒る気も失せる、というやつだな……」

ルトのしでかした悪戯にジルオは怒りこそ覚えなかったが、とてつもない脱力感は味わった。
そして「えー……?」と残念そうな声を上げるルトに対して、このような悪戯を誰彼構わず迂闊にされては困るな……?と気づいたジルオは顔を上げると同時にわざと眉間に皺を寄せてルトの事をキツく睨みつける。

「……だが。君が望むなら説教くらいはさせて貰おうか。……その悪戯は誰に対してでも軽率にするモノではない!」

「ぺみゅっ!」

低音で響くお叱りの言葉と共にルトの額に放たれたのは手加減無しのジルオのデコピン。
しかし、叱られた当の本人は「へへ、怒られちゃいましたね……!」と何処か嬉しそうな様子で。

(…………叱られても懲りない辺り……リコとルトはやはり双子と言うべきか……それとも、ライザさん譲りの性格と言うべきか……)

ジルオが呆れたように眉根を寄せて嘆息を漏らせばルトは尚もふふー、と笑う。


「ジルオさん。心配しなくても、私……この悪戯はジルオさんにしかしたくないですよ?」

「………………。」


ルトの言葉にジルオは、いや……そういう事ではないのだがな……??と思いはしたものの……何故かそれは言葉にならないままだった。
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