短編
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「なーなージルオー。明日シーカーキャンプ一緒に行かねぇ??」
「は?」
ベルチェロ孤児院内教員室。
ちょっとそこまで、みたいな軽いノリで声を掛けてきたノラにジルオは思わず訝しげな声を漏らした。
「また随分と急な話だな」
ジルオが目を向けていた書類から顔を上げノラを見やれば「ちょっと休憩しようぜ?」と手渡されたマグカップ。
「あぁ、すまんな」とジルオがそれを受け取って湯気を立てるコーヒーに口を付ければいつもと違うその味に気がついた。
「……美味いな、これ」
それは明らかに普段飲んでいるコーヒーよりも上質な味がした。
香ばしく芳醇な香りに柔らかな苦味。
するりと喉を通った後には舌の上に滑らかな味わいが余韻として仄かに残る。
再度マグカップに口を付け「む……やはりいつものより美味い……」と真顔で舌を唸らせるジルオの姿にノラは「だろぉ?」と得意満面な顔を見せた。
「昨日ちょーっと良い豆が手に入ってさ。オーゼンさんって確かコーヒー好きだったろ?」
「あぁ、そういえばライザさんがそう言っていたっけか」
「だからさ、俺と一緒にシーカーキャンプまで行ってコーヒー豆お裾分けしに行こうぜ?それに、おまえルトちゃんに暫く会ってないだろ?俺だけで行くとルトちゃん『またジルオさんがいない……』ってすっげぇしょんぼりするんだよねー」
「…………。」
ジルオとノラは共に孤児院の子供らに教鞭を振るう月笛ではあるが、受け持つクラスが違う。
ノラは主に蒼笛クラスを受け持つリーダーだ。
蒼笛は二層までの探窟が認められている故に、ノラは引率としてシーカーキャンプへと訪れる機会が多く有るが、一層までの探窟しか認められない赤笛クラスを主に受け持つジルオはシーカーキャンプへ訪れる機会はノラに比べればそう多くはない。
(言われてみれば……最後にルトに会ったのはいつだっただろうか……)
ふと思い出すのは『ジルオさん、』と控えめな声で、それでもどこか嬉しさを隠しきれない声音で名を呼んでくる幼い少女の姿。
けして、彼女の事を忘れた事などはない。彼女は師匠であるライザから託された、大切な『宝物』の一つだ。
「ふむ……そうだな、俺も久しぶりにルトの顔を見たくなってきた。だが…………、」
コーヒーを啜りながらジルオは自身の机の隣に有るノラの机を一瞥する。
そこには溢れんばかりの書類の山、山、山。
堆く積まれたその層は、今にもばさばさと崩れ落ちそうになっている。
「…………おまえ、あれを今日中に片付けられるのか?」
「えぇーっと………………」
目の前の現実を突きつけられて強ばるノラの顔。
更にはじとーっとした目でジルオに睨みつけられて、気分はまるで蛇に睨まれた蛙だ。
「んんー……………………」
尚も険しい顔を見せるジルオへとノラは敢えてヘラっと笑いかけた。
「テヘッ♡…………ジルオきゅん、お・ね・が・い♡美味しいコーヒー淹れてあげたお礼に……あれ、手伝って?」
小首を傾げながら手を合わせて軽率に頼み込むノラの姿にヒクッと引き攣るジルオの口元。
ジルオは空になったマグカップをダンッ!と勢い良く机に叩きつけて思いっきり叫んだ。
「断固としてお断りだ!!!!!」
「んぁー……流石に徹夜明けでの逆さ森はキツいなぁー……」
「……自業自得だろうが。というか、何だかんだで手伝ってやった俺にもっと感謝しろこの馬鹿たれ」
翌日。夜を徹しての作業になってしまったが、どうにかこうにかジルオの手を借りて書類仕事を片付けた#ノラは#くはぁと欠伸を噛み殺しながら吊り橋状の通路をのそのそと歩いた。
ジルオは途中で「俺はもう先に寝るぞ」とノラを見放し、しっかり睡眠をとったお陰かシャキシャキとした足取りでノラの前を往く。
「……ほら、シーカーキャンプに着いたぞ。これで少しは休めるだろ」
「んんー……でもその前にさぁ。アレが結構な難関よねー……」
既に降ろされていたゴンドラを前にノラは深々と息を吐いた。
これから否が応でも味合わねばならない上昇負荷に気が重くなっている様子だ。
それでも、これに乗らねばシーカーキャンプ内に入る事はできない。ノラは渋々と、ジルオは平然とそれに乗り込んだ。
「んげぇー……まるで散々悪い酒飲まされて二日酔いにでもなった気分ー……」
「おい……今ここで吐いても俺はおまえを介抱したりなんかしないぞ?」
「うーわ。ジルオそれ冷たくねぇー?」
ノラが青い顔でウプ……っ!と嘔吐くのを眺めながらジルオが盛大なため息を吐けば音を立てて止まるゴンドラ。
ノラが吐き気を堪えてハァ、と息を整えればとたとたと軽やかな足音が近づいてくる。
次いで、扉がパタンと開いて「ジルオさん!ジルオさんだ!」と小さな少女が飛び出してジルオの身体に勢い良く飛びついてきた。
「久しぶりだな。元気にしてたか?ルト」
「はい!元気にしてました!」
ぎゅむぎゅむとジルオへと抱きつくルトの姿はとても微笑ましい。
心底嬉しそうな笑顔を浮かべるルトを眺めてノラは「おー、熱烈なお出迎えだねぇ?」と口元を弛ませた。
「ていうか、ルトちゃん。俺には?」
ノラがルトへとハグを求めてバッ!と両手を拡げてみせるも、ルトはジルオから離れる気配を見せず。
それでも、ルトはノラの方へと顔を向け挨拶だけは返した。
「あ、ノラさん。えーっと……二週間ぶりくらいですかね、こんにちは」
ルトから真顔で挨拶はされたものの、拡げられたノラの両腕は完璧に知らんぷりされてしまって。
「うっわルトちゃん素っ気なさすぎじゃない?!てーか!俺もハグ!ルトちゃんにハグして欲しい!!」
ノラが尚も「ほら!ほら!!俺にも!!!」と両手を拡げたまま迫ればルトは困惑したようにジルオの背中へと回り込んだ。
「むぐゅう……今はジルオさんとぎゅーするので忙しいので。ノラさんにハグするとしても後回しです」
それでもノラは「やだー!俺も今ルトちゃんのお出迎えのハグ欲しいー!」と駄々をこねる。
ハァ……、とジルオが盛大にため息を吐いてもノラがそれに気づく様子は一切無く。
「ルトが困っているだろう。……いい加減にしろこの阿呆」
「い、いっでえぇぇぇえ!!!!!?」
そうして。――ジルオの手刀がノラの頭上へズビシィッ!と見事に落とされた。
「え?今日オーゼンさんいないの?」
「えぇ。昨日から探窟と調査でシムレドさんと四層へ出向いていまして。イェルメさんは地上に買い付けに出てますし……今日はザポ爺と私だけでお留守番です」
二人を応接室へと通しながら「お師さまが帰ってくるのは一週間後くらいかと思いますよ」とルトは告げる。
「そっかぁー、残念。久しぶりにお会いしたかったなぁー」と言いながらノラは一先ず荷物を降ろした。ジルオもどっかりと重たいリュックを床に降ろす。
そんな二人を見やりルトは「それじゃ私、お茶いれて来ますね」とキッチンへ向かおうとしたのだが、「あ、待ってルトちゃん」とゴソゴソとリュックを探っていたノラに待ったをかけられた。
「今日はさ、お土産があるから。俺らにちょっと用意させて?」
そう言うとノラは「え、俺もか?」と目を丸くさせるジルオを引っ張って「キッチン借りるねー」とキッチンへ足を向ける。
ルトはそんな二人の後ろを慌てて追いかけた。
「あっ、待ってください!私もお手伝いします!!」
「んー、そしたらルトちゃんはお湯を沸かしてくれる?」
ノラの言葉にルトは「まかしといてください!」と返事をしていそいそとポットに水を汲み、コンロに火を着ける。
「ジルオは豆挽いといてよ」
「わかった。二人分でいいな?」
「いんや。二人半分」
予想外のノラの言葉に「な?!」とジルオは目を見開いた。
「おまえ……ルトにもコーヒーを飲ませるつもりか?!」
「だって。俺らだけで飲むのかわいそーじゃん?」
「ルトはまだ子どもだぞ!?コーヒーではなく紅茶か何かを別に用意するべきだ!」
ジルオが盛大に反論すればノラは「だーいじょうぶだって」とにんまりとした笑みを浮かべる。
「ちゃぁーんと俺に考えが有るからさ。いいから、言った通りの分豆挽いといてよ」
ノラは「じゃ、お願いねー」と言い残すとジルオに背を向けて「ルトちゃーん、お湯沸いたー?」とルトの方へと行ってしまった。
手伝いを終え、先に客間へと戻ったジルオとルトが他愛もない雑談を交わせばガチャリと扉が開いて「お待たせー」と淹れたてのコーヒーを手にノラが姿を現した。
ノラは「はい、ルトちゃんにもどーぞ」とマグカップをコトンとテーブルに置き、熱々のコーヒーを注ぎ入れる。
ルトは目の前のマグカップに半量程注がれた黒い液体を注視し、そしてきょとんとノラの顔を見上げた。
「…………これ、コーヒー……ですか?」
「そ。ルトちゃん飲んだ事ある?」
自身の分とジルオの分のコーヒーを注ぎながら問いかけてきたノラの言葉にルトはフルフルと首を横に振る。
「お師さまやシムレドさん、イェルメさんが飲んでいるのは見た事はありますが……お師さまが『子どもが飲むようなモノじゃない』って……」
「……だろうな。俺も不動卿が正しいと思う」とジルオはオーゼンの意見に同意を示すも、ルトは初めてのコーヒーに興味津々のようで。
マグカップを手に持ち、すんすんと匂いを嗅いでぱちぱちと瞬きを繰り返す。
「そっかそっかぁ。それじゃぁルトちゃんにとってはこれが〝大人の味〟の〝初体験〟だねぇ?」
「大人の、味…………」
何かが違う意味合いが含まれていそうなノラの言いぶり。
ジルオは子どもの前で言う事か!と言わんばかりにニヤつくノラの脇腹へドスッと強烈な肘鉄を食らわせた。
「…………いい匂い、ですね」
「でしょ?まぁルトちゃん、試しにひとくち飲んでみなよ」
平然とそれを勧めるノラにルトは「じゃぁ、いただきます」とそれをくぴりと口にした。
ジルオは「ルト、待て!!!!」と焦りを含んだ声を上げた……のだが。――止めるのが一歩遅かった。
「~~っ、~~~?!!」
口内に一気に拡がってゆく苦味にルトは目を白黒させて悶絶する。
「だ、大丈夫か?!!ルト!!!」
「む、むぎゅにゅぅう……!に、苦いぃ……!」
涙目で「泥水みたいな味がするぅ……!」と噎せ返るルトの背中を摩りながらジルオは「ノラ!!!!だから俺はルトにコーヒーはまだ早いと言っただろう!!!!」と声を荒らげた。
ノラは「まぁまぁ、待てって、」とジルオを宥めつつ、ルトにヘラリと笑いかける。
「これが美味しいと思えるようになったら大人になれるんだよ、ルトちゃん」
冗談めかしてそう告げてきたノラの言葉を真に受けてルトの顔が青ざめた。
「え……これを美味しいと思えるようにならなければ、私……大人にはなれないんですか……?」
「ルト、そんなことはないからな?!!」
震える声で呟くルトへとジルオは必死でフォローを入れる。
ノラはルトの素直さとジルオの必死さに思わずフフッと笑い声を零しつつ、トレイに乗せたままだった小さなポットを手に取った。
「――でもね、ルトちゃん。このコーヒーにこれを注ぎいれると……君にも飲める美味しいコーヒーに変身するんだ」
「……????」
トポトポと注がれてゆくのは白い液体。
混じりあって茶色に染まるそれをルトはじっと見つめた。
「さ、どーぞ。今度はちゃんとお砂糖も入っていて甘いから。安心して飲んでみて?」
にっこりと笑って勧めてくるノラにルトは恐る恐るマグカップへと口を付ける。
「……!!あ、まい……!ノラさん、これ……美味しい、です……!!」
「でしょぉ?これ、カフェオレって言うんだけどね。これならルトちゃんもオーゼンさんたちと一緒にコーヒー、楽しめるっしょ?」
「本当は牛乳を使うんだけどね、ちょっとここに持ってくるのは難しかったから。粉乳で代用してみたんだ」と笑みを浮かべるノラにジルオは漸く「そういう事か……」とノラの意図を読み取った。
「しかしなぁノラ……!カフェオレを作るつもりなら最初っからそうすれば良かっただろう……!」
「はは、ごめんごめん。……ブラックコーヒー飲んだルトちゃんがどんな反応するのか見てみたくってさ」
ちょっとかわいくなかった?と茶化すノラにジルオは「可愛いというよりも可哀想だっただろうが!」とノラの鳩尾に渾身の一撃をぶち込んだ。
「は?」
ベルチェロ孤児院内教員室。
ちょっとそこまで、みたいな軽いノリで声を掛けてきたノラにジルオは思わず訝しげな声を漏らした。
「また随分と急な話だな」
ジルオが目を向けていた書類から顔を上げノラを見やれば「ちょっと休憩しようぜ?」と手渡されたマグカップ。
「あぁ、すまんな」とジルオがそれを受け取って湯気を立てるコーヒーに口を付ければいつもと違うその味に気がついた。
「……美味いな、これ」
それは明らかに普段飲んでいるコーヒーよりも上質な味がした。
香ばしく芳醇な香りに柔らかな苦味。
するりと喉を通った後には舌の上に滑らかな味わいが余韻として仄かに残る。
再度マグカップに口を付け「む……やはりいつものより美味い……」と真顔で舌を唸らせるジルオの姿にノラは「だろぉ?」と得意満面な顔を見せた。
「昨日ちょーっと良い豆が手に入ってさ。オーゼンさんって確かコーヒー好きだったろ?」
「あぁ、そういえばライザさんがそう言っていたっけか」
「だからさ、俺と一緒にシーカーキャンプまで行ってコーヒー豆お裾分けしに行こうぜ?それに、おまえルトちゃんに暫く会ってないだろ?俺だけで行くとルトちゃん『またジルオさんがいない……』ってすっげぇしょんぼりするんだよねー」
「…………。」
ジルオとノラは共に孤児院の子供らに教鞭を振るう月笛ではあるが、受け持つクラスが違う。
ノラは主に蒼笛クラスを受け持つリーダーだ。
蒼笛は二層までの探窟が認められている故に、ノラは引率としてシーカーキャンプへと訪れる機会が多く有るが、一層までの探窟しか認められない赤笛クラスを主に受け持つジルオはシーカーキャンプへ訪れる機会はノラに比べればそう多くはない。
(言われてみれば……最後にルトに会ったのはいつだっただろうか……)
ふと思い出すのは『ジルオさん、』と控えめな声で、それでもどこか嬉しさを隠しきれない声音で名を呼んでくる幼い少女の姿。
けして、彼女の事を忘れた事などはない。彼女は師匠であるライザから託された、大切な『宝物』の一つだ。
「ふむ……そうだな、俺も久しぶりにルトの顔を見たくなってきた。だが…………、」
コーヒーを啜りながらジルオは自身の机の隣に有るノラの机を一瞥する。
そこには溢れんばかりの書類の山、山、山。
堆く積まれたその層は、今にもばさばさと崩れ落ちそうになっている。
「…………おまえ、あれを今日中に片付けられるのか?」
「えぇーっと………………」
目の前の現実を突きつけられて強ばるノラの顔。
更にはじとーっとした目でジルオに睨みつけられて、気分はまるで蛇に睨まれた蛙だ。
「んんー……………………」
尚も険しい顔を見せるジルオへとノラは敢えてヘラっと笑いかけた。
「テヘッ♡…………ジルオきゅん、お・ね・が・い♡美味しいコーヒー淹れてあげたお礼に……あれ、手伝って?」
小首を傾げながら手を合わせて軽率に頼み込むノラの姿にヒクッと引き攣るジルオの口元。
ジルオは空になったマグカップをダンッ!と勢い良く机に叩きつけて思いっきり叫んだ。
「断固としてお断りだ!!!!!」
「んぁー……流石に徹夜明けでの逆さ森はキツいなぁー……」
「……自業自得だろうが。というか、何だかんだで手伝ってやった俺にもっと感謝しろこの馬鹿たれ」
翌日。夜を徹しての作業になってしまったが、どうにかこうにかジルオの手を借りて書類仕事を片付けた#ノラは#くはぁと欠伸を噛み殺しながら吊り橋状の通路をのそのそと歩いた。
ジルオは途中で「俺はもう先に寝るぞ」とノラを見放し、しっかり睡眠をとったお陰かシャキシャキとした足取りでノラの前を往く。
「……ほら、シーカーキャンプに着いたぞ。これで少しは休めるだろ」
「んんー……でもその前にさぁ。アレが結構な難関よねー……」
既に降ろされていたゴンドラを前にノラは深々と息を吐いた。
これから否が応でも味合わねばならない上昇負荷に気が重くなっている様子だ。
それでも、これに乗らねばシーカーキャンプ内に入る事はできない。ノラは渋々と、ジルオは平然とそれに乗り込んだ。
「んげぇー……まるで散々悪い酒飲まされて二日酔いにでもなった気分ー……」
「おい……今ここで吐いても俺はおまえを介抱したりなんかしないぞ?」
「うーわ。ジルオそれ冷たくねぇー?」
ノラが青い顔でウプ……っ!と嘔吐くのを眺めながらジルオが盛大なため息を吐けば音を立てて止まるゴンドラ。
ノラが吐き気を堪えてハァ、と息を整えればとたとたと軽やかな足音が近づいてくる。
次いで、扉がパタンと開いて「ジルオさん!ジルオさんだ!」と小さな少女が飛び出してジルオの身体に勢い良く飛びついてきた。
「久しぶりだな。元気にしてたか?ルト」
「はい!元気にしてました!」
ぎゅむぎゅむとジルオへと抱きつくルトの姿はとても微笑ましい。
心底嬉しそうな笑顔を浮かべるルトを眺めてノラは「おー、熱烈なお出迎えだねぇ?」と口元を弛ませた。
「ていうか、ルトちゃん。俺には?」
ノラがルトへとハグを求めてバッ!と両手を拡げてみせるも、ルトはジルオから離れる気配を見せず。
それでも、ルトはノラの方へと顔を向け挨拶だけは返した。
「あ、ノラさん。えーっと……二週間ぶりくらいですかね、こんにちは」
ルトから真顔で挨拶はされたものの、拡げられたノラの両腕は完璧に知らんぷりされてしまって。
「うっわルトちゃん素っ気なさすぎじゃない?!てーか!俺もハグ!ルトちゃんにハグして欲しい!!」
ノラが尚も「ほら!ほら!!俺にも!!!」と両手を拡げたまま迫ればルトは困惑したようにジルオの背中へと回り込んだ。
「むぐゅう……今はジルオさんとぎゅーするので忙しいので。ノラさんにハグするとしても後回しです」
それでもノラは「やだー!俺も今ルトちゃんのお出迎えのハグ欲しいー!」と駄々をこねる。
ハァ……、とジルオが盛大にため息を吐いてもノラがそれに気づく様子は一切無く。
「ルトが困っているだろう。……いい加減にしろこの阿呆」
「い、いっでえぇぇぇえ!!!!!?」
そうして。――ジルオの手刀がノラの頭上へズビシィッ!と見事に落とされた。
「え?今日オーゼンさんいないの?」
「えぇ。昨日から探窟と調査でシムレドさんと四層へ出向いていまして。イェルメさんは地上に買い付けに出てますし……今日はザポ爺と私だけでお留守番です」
二人を応接室へと通しながら「お師さまが帰ってくるのは一週間後くらいかと思いますよ」とルトは告げる。
「そっかぁー、残念。久しぶりにお会いしたかったなぁー」と言いながらノラは一先ず荷物を降ろした。ジルオもどっかりと重たいリュックを床に降ろす。
そんな二人を見やりルトは「それじゃ私、お茶いれて来ますね」とキッチンへ向かおうとしたのだが、「あ、待ってルトちゃん」とゴソゴソとリュックを探っていたノラに待ったをかけられた。
「今日はさ、お土産があるから。俺らにちょっと用意させて?」
そう言うとノラは「え、俺もか?」と目を丸くさせるジルオを引っ張って「キッチン借りるねー」とキッチンへ足を向ける。
ルトはそんな二人の後ろを慌てて追いかけた。
「あっ、待ってください!私もお手伝いします!!」
「んー、そしたらルトちゃんはお湯を沸かしてくれる?」
ノラの言葉にルトは「まかしといてください!」と返事をしていそいそとポットに水を汲み、コンロに火を着ける。
「ジルオは豆挽いといてよ」
「わかった。二人分でいいな?」
「いんや。二人半分」
予想外のノラの言葉に「な?!」とジルオは目を見開いた。
「おまえ……ルトにもコーヒーを飲ませるつもりか?!」
「だって。俺らだけで飲むのかわいそーじゃん?」
「ルトはまだ子どもだぞ!?コーヒーではなく紅茶か何かを別に用意するべきだ!」
ジルオが盛大に反論すればノラは「だーいじょうぶだって」とにんまりとした笑みを浮かべる。
「ちゃぁーんと俺に考えが有るからさ。いいから、言った通りの分豆挽いといてよ」
ノラは「じゃ、お願いねー」と言い残すとジルオに背を向けて「ルトちゃーん、お湯沸いたー?」とルトの方へと行ってしまった。
手伝いを終え、先に客間へと戻ったジルオとルトが他愛もない雑談を交わせばガチャリと扉が開いて「お待たせー」と淹れたてのコーヒーを手にノラが姿を現した。
ノラは「はい、ルトちゃんにもどーぞ」とマグカップをコトンとテーブルに置き、熱々のコーヒーを注ぎ入れる。
ルトは目の前のマグカップに半量程注がれた黒い液体を注視し、そしてきょとんとノラの顔を見上げた。
「…………これ、コーヒー……ですか?」
「そ。ルトちゃん飲んだ事ある?」
自身の分とジルオの分のコーヒーを注ぎながら問いかけてきたノラの言葉にルトはフルフルと首を横に振る。
「お師さまやシムレドさん、イェルメさんが飲んでいるのは見た事はありますが……お師さまが『子どもが飲むようなモノじゃない』って……」
「……だろうな。俺も不動卿が正しいと思う」とジルオはオーゼンの意見に同意を示すも、ルトは初めてのコーヒーに興味津々のようで。
マグカップを手に持ち、すんすんと匂いを嗅いでぱちぱちと瞬きを繰り返す。
「そっかそっかぁ。それじゃぁルトちゃんにとってはこれが〝大人の味〟の〝初体験〟だねぇ?」
「大人の、味…………」
何かが違う意味合いが含まれていそうなノラの言いぶり。
ジルオは子どもの前で言う事か!と言わんばかりにニヤつくノラの脇腹へドスッと強烈な肘鉄を食らわせた。
「…………いい匂い、ですね」
「でしょ?まぁルトちゃん、試しにひとくち飲んでみなよ」
平然とそれを勧めるノラにルトは「じゃぁ、いただきます」とそれをくぴりと口にした。
ジルオは「ルト、待て!!!!」と焦りを含んだ声を上げた……のだが。――止めるのが一歩遅かった。
「~~っ、~~~?!!」
口内に一気に拡がってゆく苦味にルトは目を白黒させて悶絶する。
「だ、大丈夫か?!!ルト!!!」
「む、むぎゅにゅぅう……!に、苦いぃ……!」
涙目で「泥水みたいな味がするぅ……!」と噎せ返るルトの背中を摩りながらジルオは「ノラ!!!!だから俺はルトにコーヒーはまだ早いと言っただろう!!!!」と声を荒らげた。
ノラは「まぁまぁ、待てって、」とジルオを宥めつつ、ルトにヘラリと笑いかける。
「これが美味しいと思えるようになったら大人になれるんだよ、ルトちゃん」
冗談めかしてそう告げてきたノラの言葉を真に受けてルトの顔が青ざめた。
「え……これを美味しいと思えるようにならなければ、私……大人にはなれないんですか……?」
「ルト、そんなことはないからな?!!」
震える声で呟くルトへとジルオは必死でフォローを入れる。
ノラはルトの素直さとジルオの必死さに思わずフフッと笑い声を零しつつ、トレイに乗せたままだった小さなポットを手に取った。
「――でもね、ルトちゃん。このコーヒーにこれを注ぎいれると……君にも飲める美味しいコーヒーに変身するんだ」
「……????」
トポトポと注がれてゆくのは白い液体。
混じりあって茶色に染まるそれをルトはじっと見つめた。
「さ、どーぞ。今度はちゃんとお砂糖も入っていて甘いから。安心して飲んでみて?」
にっこりと笑って勧めてくるノラにルトは恐る恐るマグカップへと口を付ける。
「……!!あ、まい……!ノラさん、これ……美味しい、です……!!」
「でしょぉ?これ、カフェオレって言うんだけどね。これならルトちゃんもオーゼンさんたちと一緒にコーヒー、楽しめるっしょ?」
「本当は牛乳を使うんだけどね、ちょっとここに持ってくるのは難しかったから。粉乳で代用してみたんだ」と笑みを浮かべるノラにジルオは漸く「そういう事か……」とノラの意図を読み取った。
「しかしなぁノラ……!カフェオレを作るつもりなら最初っからそうすれば良かっただろう……!」
「はは、ごめんごめん。……ブラックコーヒー飲んだルトちゃんがどんな反応するのか見てみたくってさ」
ちょっとかわいくなかった?と茶化すノラにジルオは「可愛いというよりも可哀想だっただろうが!」とノラの鳩尾に渾身の一撃をぶち込んだ。