第二章
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地上――オースのベルチェロ孤児院にて。ジルオは今日も今日とて日々の業務に追われていた。
三層での研修を終えて早くも半年が過ぎ去っていた。あの研修以降、シーカーキャンプに訪れる機会は無く……だがそれも仕方ない事か、とジルオは忙しなくテストの採点を進めていく。
自身は〝探窟家〟であるが、それと同時にここ、ベルチェロ孤児院の教員でもある。
アビスに潜る機会はあるにはあるのだが――それは赤笛たちの引率としてである事が多く、その場合一層より先へ潜る事はない。二層まで潜る事のできる蒼笛たちの教員ともなればまた別なのだが……。
「…………ふぅ、」
大量に有ったテストの採点を終え、ジルオは大きく息を吐く。
次の作業に取り掛かる前に珈琲でも淹れて一息つくか……とジルオが凝り固まった背を伸ばせばカラリと教員室のドアが開き「おーい、ジルオー」とヘラヘラした声が耳に届いた。
「なんだ、ノラ」
む、と顔を顰めつつジルオは長い付き合いである兄貴分――蒼笛クラスリーダーのノラにチラリと視線を送る。
ノラはそんなジルオの手元を覗き込むようにしながら「よいせ、」と椅子を引いてどっしりと席に着いた。
「何?テストの採点?」
「あぁ。丁度今終わったところだ」
「ふーん。……あ、そういや俺も採点やんなきゃだったな」
「…………手伝わんぞ?」
ジルオが眉間の皺を更に深くして牽制すればノラは「あー、そっちはだいじょーぶ」と言いながら「えーっと……」と机上に連なる書類の山を漁り始めた。
「そっちは」というノラの口振りから察するに、もしや何か他の面倒事を押し付けられるのかと思うとジルオの気が重くなる。この兄貴分……探窟家としての腕は立つが、書類仕事においては役立たずもいい所であり、ジルオは何度彼の尻拭いをさせられたかわからない。
「んんーーーーーー……、」
あれでもない、これでもない、と眉を寄せながら何かを探す兄貴分を尻目にジルオはガタンと席を立つとマグカップを二つ手に取った。――彼の分も珈琲を淹れてやろうと思ったのは単なる気まぐれである。
「うぇーーー……ダメだ……」
そうして、暫しの間を置きジルオが珈琲を手に席に戻れば書類の上にぐでーと突っ伏す兄貴分の姿が。
「…………今日締切の探窟報告書が絶界行した」
ジルオはその言葉にすっかり呆れながら「馬鹿者。書類が勝手に絶界行するか」と熱々のマグカップでゴンとノラの後頭部を小突く。
「ぅあっぢぃ?!ちょ、ジルオ!優しさが嫌がらせ!!」
小突かれた衝撃で珈琲の飛沫が飛び、ノラはぎゃぁぎゃぁと喚くも、ジルオはたった一言「自業自得だ」とシレーっと受け流して珈琲に口を付けた。
「……というか、ノラ。俺に何か用事があったんじゃないのか」
「ん?あぁ、そうそう。俺、明日から蒼笛たちの二層引率じゃん」
「あぁ、それがどうかしたか」
「いや、だから俺がシーカーキャンプ行く訳じゃん?」
ノラは「うわ、今の俺めっちゃ珈琲くせぇ」とボヤくとジルオへと向き直り、ニンマリとした笑みを口元に浮かべる。
「あのさ、ルトちゃんに何かお土産的なの、ない?」
「……ルトに土産?」
「そ。お前、ここ暫くシーカーキャンプ行ってないじゃん?俺がシーカーキャンプ行くと『またジルオさんじゃない……』ってルトちゃん拗ねるのよねー」
「そんな事を急に言われてもだな…………」
む、と顔を顰めながらジルオがマグカップを机にコトリと置けば、ノラは「まぁまぁ、引き出しん中に何か入ってたりしないの~?例えば飴ちゃんとかさぁ~?」と勝手にジルオの机の引き出しを開け、中をガサゴソと物色しはじめた。
ジルオが「おい!馬鹿!やめろ!」と止めようとお構いなしだ。
「お、探窟報告書の予備みっけ!……これは俺が頂くとして、」
「お前が欲しいものを見つけてどうする!そもそも俺の書類を勝手にちょろまかすんじゃない!」
「んー………………ジルオの引き出しつまんねぇなー……ここはすけべなブロマイドの一枚くらい出てきて欲しいとこなんだけどぉ、」
「そんなものを入れておくのはお前くらいなものだろうが!というよりお前はルトに何を贈る気だ!」
「いやぁ?まーさかジルオの大事な特級遺物をルトちゃんにあげようとは思わないけどさぁ…………すけべブロマイドがあったとしたら土産話としてジルオの好みをルトちゃんに教えるのはアリかなー、って」
「俺はそのようなふしだらなモノに興味はないっ!!」
「えぇ~?それって男としてどうなのよって…………んん?何コレ姫乳房?ジルオお前ブロマイドより姫乳房派かぁ~。このサイズ感だと……お前、巨乳ってよりは美乳派?」
「~~~~ッ、いいかげんにせんか!この、阿呆!!」
「づぁっ?!いっっっっっっでぇ!!」
からかい半分にヘラヘラ笑うノラの頭へと勢い良く落とされたのは手加減抜きのジルオの拳骨。
ジルオは机にめり込む勢いで突っ伏したノラへと冷淡且つ侮蔑たっぷりな視線を送り「それはルトが初めて探窟した記念にと俺に贈ってくれた物であって、断じてそういった目的で持っていた訳ではない。……とっとと返せ」と強引にノラの手から姫乳房を奪い取った。
そして……ふと思い出す。ノラは以前、ルトに対して『姫乳房はとても良いおかずになる』などと吹き込んでおり、それを知ったジルオはまだ幼いルトに余計な事を口走った兄貴分に必ずや拳骨を食らわせると誓っていた。
「……………………。」
思い起こせば殊更にまた腹が立ち。先程の一発では足らんな、とジルオが思うと同時に拳は固く握られて。
「………………もう一発、食らっとけ」
漸く痛みから立ち直りつつあったノラの脳天にズガァン!と落とされたジルオの握り拳。
「ぐあっっっっ?!なんっっっっっで!!」とノラは机に沈み込み、「何でも何も。口は災いの元と言うだろう」とジルオは返すもノラは何故再度拳骨を食らったのか解らぬようだった。
ノラは拳骨を食らった頭を擦りながら「ったく……二発もぶん殴るこたなくない?」と涙目で唇を尖らせる。
「……二発でも足りんくらいだ」
「なんだよぉ~……俺、お前を怒らせるような何かを言った記憶ねぇんだけどぉ~……。てーかジルオの今の一撃で俺の魂、底に還りかけたし……」
「まぁ、半年以上前の出来事だしな。お前の軽率な口を躾けるには少々時間が経ちすぎた」
「それってもう時効じゃぁん……俺、殴られ損じゃね?」
「お前を殴らん事には俺の溜飲が下がらなかった」
「八つ当たりじゃねーかよ、それ」
「正当な罰だと思うが?……それよりもお前、まだ俺の机を漁る気か」
ジルオがジトリと半ば呆れ気味にノラへと視線を送れば、ノラは先程とはまた別の引き出しを漁りだし。
「いやだって、まだ本来の目的を果たしてないわけですしぃ~?探窟家たるもの、目当ての遺物を掘り当ててなんぼでしょ!」
「……………………。」
目を輝かせて引き出しの中を掘り返す兄貴分の姿にジルオの口からは最早溜め息しか出てこない。
これではキリがないな……、とジルオは僅かながらに眉を寄せて思案する。ルトに贈る品をどうにかしない限り、この兄貴分は己の机の中全てをひっくり返してぐちゃぐちゃにしてしまいそうだ。
あまり乗り気ではないが、これ以上こいつに引き出しの中を勝手に漁られるくらいなら、とジルオは「おい、退け。俺が探す」とノラの身体を押し退けて引き出しの中へと手を伸ばす。
「え~?俺、ジルオのどすけべブロマイド見たかったんだけどぉ」
「そのようなモノなど持っておらんと言っておろうが!」
口角泡を飛ばしジルオがノラへと言い返せば、カサ、と指先に何かが触れた。
「ん?」と思い、徐にそれを取り出してみれば……それはトコシエコウが描かれた、何とも愛らしい便箋で。
「…………どしたの、これ」
「あ、あぁ……これは確か………………以前、買い物をした時に福引か何かで貰ったモノだったか」
今、こうして手に取るまですっかり忘却の彼方へと追いやっていたモノだった。何せ、このような可愛らしい品は全くもって趣味ではない。だが、これは……ルトならば喜ぶのではないだろうか。ルトは筆まめで、自身やリコはルトからの手紙を頻繁に貰っている。きっと、彼女は手紙を書く事が好きなのだろう。
「ルトへの土産はこれでよかろう」
ちょうどよかったと思いつつ、ジルオはぶっきらぼうに「ほら、」とノラへ便箋を差し出した。
これで、これ以上引き出しの中を掻き回されずに済む。
「ふぅん、便箋かぁ」
「……まだ何か不満か?」
「いやぁ?そういや、俺が二層行く度にさぁ、ルトちゃんからの手紙をお前に渡してんじゃん」
「あぁ。密かな楽しみのひとつだな」
「お前さ、ルトちゃんにちゃんと返事、書いてる?」
「……………………。」
唐突に痛い所を突かれた。
…………自身は、どちらかといえば筆不精だと自覚している。公的な文書ならさておいて、このような私的な書簡というモノは……どうにも文面が思い浮かばず、申し訳ないと思いながらもなおざりにしがちであるのが現状だった。
「その反応は……どう見ても書いてねぇな?つか、俺もお前からのルトちゃんへの手紙って受け取った記憶が殆どねぇし」
「……………………今から書く」
ノラからせっつかれてジルオは万年筆を手に取った。とはいえ、何を書いたらいいものか。
「おっまえ……書類はさっさと片付ける癖に」
「書類と手紙では勝手が違うだろう」
「手紙のがラクじゃね?思ったまんまの事を書きゃいいんだし」
「ふむ……………………思った事、か」
ノラの言葉をきっかけに、ジルオの筆が走り出す。
整った文字で綴られた言葉は『君からの手紙をいつも楽しみにしている。また送ってくれ』という非常にシンプルなモノだった。
「うっわ、簡素!」
「…………思った事を書いたまでだ」
ジルオは書き上げた手紙を丁寧に封筒に入れるとそれをノラへと手渡した。
(君は…………元気にしているだろうか)
…………本音を言うならば、ルトと直接会って近況を語り合いたいものだが……その願いは中々叶いそうにはない。
三層での研修を終えて早くも半年が過ぎ去っていた。あの研修以降、シーカーキャンプに訪れる機会は無く……だがそれも仕方ない事か、とジルオは忙しなくテストの採点を進めていく。
自身は〝探窟家〟であるが、それと同時にここ、ベルチェロ孤児院の教員でもある。
アビスに潜る機会はあるにはあるのだが――それは赤笛たちの引率としてである事が多く、その場合一層より先へ潜る事はない。二層まで潜る事のできる蒼笛たちの教員ともなればまた別なのだが……。
「…………ふぅ、」
大量に有ったテストの採点を終え、ジルオは大きく息を吐く。
次の作業に取り掛かる前に珈琲でも淹れて一息つくか……とジルオが凝り固まった背を伸ばせばカラリと教員室のドアが開き「おーい、ジルオー」とヘラヘラした声が耳に届いた。
「なんだ、ノラ」
む、と顔を顰めつつジルオは長い付き合いである兄貴分――蒼笛クラスリーダーのノラにチラリと視線を送る。
ノラはそんなジルオの手元を覗き込むようにしながら「よいせ、」と椅子を引いてどっしりと席に着いた。
「何?テストの採点?」
「あぁ。丁度今終わったところだ」
「ふーん。……あ、そういや俺も採点やんなきゃだったな」
「…………手伝わんぞ?」
ジルオが眉間の皺を更に深くして牽制すればノラは「あー、そっちはだいじょーぶ」と言いながら「えーっと……」と机上に連なる書類の山を漁り始めた。
「そっちは」というノラの口振りから察するに、もしや何か他の面倒事を押し付けられるのかと思うとジルオの気が重くなる。この兄貴分……探窟家としての腕は立つが、書類仕事においては役立たずもいい所であり、ジルオは何度彼の尻拭いをさせられたかわからない。
「んんーーーーーー……、」
あれでもない、これでもない、と眉を寄せながら何かを探す兄貴分を尻目にジルオはガタンと席を立つとマグカップを二つ手に取った。――彼の分も珈琲を淹れてやろうと思ったのは単なる気まぐれである。
「うぇーーー……ダメだ……」
そうして、暫しの間を置きジルオが珈琲を手に席に戻れば書類の上にぐでーと突っ伏す兄貴分の姿が。
「…………今日締切の探窟報告書が絶界行した」
ジルオはその言葉にすっかり呆れながら「馬鹿者。書類が勝手に絶界行するか」と熱々のマグカップでゴンとノラの後頭部を小突く。
「ぅあっぢぃ?!ちょ、ジルオ!優しさが嫌がらせ!!」
小突かれた衝撃で珈琲の飛沫が飛び、ノラはぎゃぁぎゃぁと喚くも、ジルオはたった一言「自業自得だ」とシレーっと受け流して珈琲に口を付けた。
「……というか、ノラ。俺に何か用事があったんじゃないのか」
「ん?あぁ、そうそう。俺、明日から蒼笛たちの二層引率じゃん」
「あぁ、それがどうかしたか」
「いや、だから俺がシーカーキャンプ行く訳じゃん?」
ノラは「うわ、今の俺めっちゃ珈琲くせぇ」とボヤくとジルオへと向き直り、ニンマリとした笑みを口元に浮かべる。
「あのさ、ルトちゃんに何かお土産的なの、ない?」
「……ルトに土産?」
「そ。お前、ここ暫くシーカーキャンプ行ってないじゃん?俺がシーカーキャンプ行くと『またジルオさんじゃない……』ってルトちゃん拗ねるのよねー」
「そんな事を急に言われてもだな…………」
む、と顔を顰めながらジルオがマグカップを机にコトリと置けば、ノラは「まぁまぁ、引き出しん中に何か入ってたりしないの~?例えば飴ちゃんとかさぁ~?」と勝手にジルオの机の引き出しを開け、中をガサゴソと物色しはじめた。
ジルオが「おい!馬鹿!やめろ!」と止めようとお構いなしだ。
「お、探窟報告書の予備みっけ!……これは俺が頂くとして、」
「お前が欲しいものを見つけてどうする!そもそも俺の書類を勝手にちょろまかすんじゃない!」
「んー………………ジルオの引き出しつまんねぇなー……ここはすけべなブロマイドの一枚くらい出てきて欲しいとこなんだけどぉ、」
「そんなものを入れておくのはお前くらいなものだろうが!というよりお前はルトに何を贈る気だ!」
「いやぁ?まーさかジルオの大事な特級遺物をルトちゃんにあげようとは思わないけどさぁ…………すけべブロマイドがあったとしたら土産話としてジルオの好みをルトちゃんに教えるのはアリかなー、って」
「俺はそのようなふしだらなモノに興味はないっ!!」
「えぇ~?それって男としてどうなのよって…………んん?何コレ姫乳房?ジルオお前ブロマイドより姫乳房派かぁ~。このサイズ感だと……お前、巨乳ってよりは美乳派?」
「~~~~ッ、いいかげんにせんか!この、阿呆!!」
「づぁっ?!いっっっっっっでぇ!!」
からかい半分にヘラヘラ笑うノラの頭へと勢い良く落とされたのは手加減抜きのジルオの拳骨。
ジルオは机にめり込む勢いで突っ伏したノラへと冷淡且つ侮蔑たっぷりな視線を送り「それはルトが初めて探窟した記念にと俺に贈ってくれた物であって、断じてそういった目的で持っていた訳ではない。……とっとと返せ」と強引にノラの手から姫乳房を奪い取った。
そして……ふと思い出す。ノラは以前、ルトに対して『姫乳房はとても良いおかずになる』などと吹き込んでおり、それを知ったジルオはまだ幼いルトに余計な事を口走った兄貴分に必ずや拳骨を食らわせると誓っていた。
「……………………。」
思い起こせば殊更にまた腹が立ち。先程の一発では足らんな、とジルオが思うと同時に拳は固く握られて。
「………………もう一発、食らっとけ」
漸く痛みから立ち直りつつあったノラの脳天にズガァン!と落とされたジルオの握り拳。
「ぐあっっっっ?!なんっっっっっで!!」とノラは机に沈み込み、「何でも何も。口は災いの元と言うだろう」とジルオは返すもノラは何故再度拳骨を食らったのか解らぬようだった。
ノラは拳骨を食らった頭を擦りながら「ったく……二発もぶん殴るこたなくない?」と涙目で唇を尖らせる。
「……二発でも足りんくらいだ」
「なんだよぉ~……俺、お前を怒らせるような何かを言った記憶ねぇんだけどぉ~……。てーかジルオの今の一撃で俺の魂、底に還りかけたし……」
「まぁ、半年以上前の出来事だしな。お前の軽率な口を躾けるには少々時間が経ちすぎた」
「それってもう時効じゃぁん……俺、殴られ損じゃね?」
「お前を殴らん事には俺の溜飲が下がらなかった」
「八つ当たりじゃねーかよ、それ」
「正当な罰だと思うが?……それよりもお前、まだ俺の机を漁る気か」
ジルオがジトリと半ば呆れ気味にノラへと視線を送れば、ノラは先程とはまた別の引き出しを漁りだし。
「いやだって、まだ本来の目的を果たしてないわけですしぃ~?探窟家たるもの、目当ての遺物を掘り当ててなんぼでしょ!」
「……………………。」
目を輝かせて引き出しの中を掘り返す兄貴分の姿にジルオの口からは最早溜め息しか出てこない。
これではキリがないな……、とジルオは僅かながらに眉を寄せて思案する。ルトに贈る品をどうにかしない限り、この兄貴分は己の机の中全てをひっくり返してぐちゃぐちゃにしてしまいそうだ。
あまり乗り気ではないが、これ以上こいつに引き出しの中を勝手に漁られるくらいなら、とジルオは「おい、退け。俺が探す」とノラの身体を押し退けて引き出しの中へと手を伸ばす。
「え~?俺、ジルオのどすけべブロマイド見たかったんだけどぉ」
「そのようなモノなど持っておらんと言っておろうが!」
口角泡を飛ばしジルオがノラへと言い返せば、カサ、と指先に何かが触れた。
「ん?」と思い、徐にそれを取り出してみれば……それはトコシエコウが描かれた、何とも愛らしい便箋で。
「…………どしたの、これ」
「あ、あぁ……これは確か………………以前、買い物をした時に福引か何かで貰ったモノだったか」
今、こうして手に取るまですっかり忘却の彼方へと追いやっていたモノだった。何せ、このような可愛らしい品は全くもって趣味ではない。だが、これは……ルトならば喜ぶのではないだろうか。ルトは筆まめで、自身やリコはルトからの手紙を頻繁に貰っている。きっと、彼女は手紙を書く事が好きなのだろう。
「ルトへの土産はこれでよかろう」
ちょうどよかったと思いつつ、ジルオはぶっきらぼうに「ほら、」とノラへ便箋を差し出した。
これで、これ以上引き出しの中を掻き回されずに済む。
「ふぅん、便箋かぁ」
「……まだ何か不満か?」
「いやぁ?そういや、俺が二層行く度にさぁ、ルトちゃんからの手紙をお前に渡してんじゃん」
「あぁ。密かな楽しみのひとつだな」
「お前さ、ルトちゃんにちゃんと返事、書いてる?」
「……………………。」
唐突に痛い所を突かれた。
…………自身は、どちらかといえば筆不精だと自覚している。公的な文書ならさておいて、このような私的な書簡というモノは……どうにも文面が思い浮かばず、申し訳ないと思いながらもなおざりにしがちであるのが現状だった。
「その反応は……どう見ても書いてねぇな?つか、俺もお前からのルトちゃんへの手紙って受け取った記憶が殆どねぇし」
「……………………今から書く」
ノラからせっつかれてジルオは万年筆を手に取った。とはいえ、何を書いたらいいものか。
「おっまえ……書類はさっさと片付ける癖に」
「書類と手紙では勝手が違うだろう」
「手紙のがラクじゃね?思ったまんまの事を書きゃいいんだし」
「ふむ……………………思った事、か」
ノラの言葉をきっかけに、ジルオの筆が走り出す。
整った文字で綴られた言葉は『君からの手紙をいつも楽しみにしている。また送ってくれ』という非常にシンプルなモノだった。
「うっわ、簡素!」
「…………思った事を書いたまでだ」
ジルオは書き上げた手紙を丁寧に封筒に入れるとそれをノラへと手渡した。
(君は…………元気にしているだろうか)
…………本音を言うならば、ルトと直接会って近況を語り合いたいものだが……その願いは中々叶いそうにはない。
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