第一章
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あれから日々は足早に過ぎてゆき。
ジルオが二層に留まる最後の夜。ルトは中々寝付く事が出来ずにいた。
もっと、ずっと、傍にいたいのに。眠ってしまえば、朝になれば、サヨナラが待っている。それがわかっていて目を綴じるのは嫌だった。
「むゅ…………、」
意味を成さない声を漏らしつつ、ゴロゴロと寝返りばかりを繰り返し、一体どれだけの時間を費やしたのか――転がっているうちにルトは恋人同士は一緒に寝るものなのだとイェルメから教えられた事を思い出した。
恋愛関係にある探窟家がシーカーキャンプを利用する際、同室での宿泊希望者がかなりの人数を占めており、それを不思議に思ったルトがイェルメに質問を投げかけ、返ってきた答えがそうだった。
(私とジルオさんは恋人同士じゃないけど……)
たとえ〝好き〟が片側にしかないとしても、添い寝というモノは悪くないかもしれないとルトは思った。
寝ている間も一緒にいられるという事はきっと幸せで素敵な事だ。
(……ジルオさんと一緒に寝たら、いい思い出になるかな)
思えば思う程にそれはとても良いアイデアに思え。
ルトはベッドからむくりと起き上がるとそぅっと部屋を抜け出した。
「…………。」
極力足音を立てぬよう静かに静かに廊下を歩めば何だか少々悪い事をしている気分になるが……添い寝自体は悪い事ではない筈、とルトは自身に言い聞かせる。
それでも、誰かに見つかっては言い訳が面倒くさいからとルトは気配を読みつつ慎重にジルオの部屋を目指していった。
そうして、ルトはジルオが眠る部屋の前に立つとゆっくりドアノブに手をかけた。金属特有の冷たさが手にじんわりと伝わって、言い知れぬ緊張感が心臓をひりつかせる。
心を落ち着かせるべく息を大きく吸って吐いてからドアノブを回せば侵入者を報せるが如くキィ、と鳴いた蝶番。その音に少々居た堪れなくなったルトは極々小さな声で「……失礼します」と一言添えてから室内に足を踏み入れた。
シン、とした部屋の中はジルオの寝息だけがスゥスゥと響き渡り。ルトはそろりとジルオの枕元へと忍び寄る。近づけば闇の中にありながらも淡く鈍く光る銀糸が目に映って。ルトは自分がそうされるようにジルオの前髪を優しく指で梳いてみた。
「ぷぉ……、」
きっと、手入れなどろくにされてないのであろうその髪は見た目とは裏腹に少々ごわついた感触で。然れど、その手触りはルトにとっては魅力的でいつまでも触っていたいものであった。そうして一通り髪の毛の触り心地を堪能したあと、ルトはするりと白磁の頬も撫でてみた。一見、滑らかそうに見える皮膚も乾燥しているのか少々カサついた触り心地だ。精悍な顔立ちだというのに頬は思いのほか柔らかく、それが最も意外であった。
「んン……、」
「っ!!」
もぞり。少々触りすぎたのか、ジルオの身体が身じろいで、ルトは慌ててジルオの頬から手を離した。……自分はジルオの眠りの邪魔をする為に此処に来た訳ではない。
本来の目的を思い出したルトはジルオを起こさぬよう慎重にベッドへと潜り込む。使い込まれてすっかりへたってしまった安普請の布団であるが、ジルオの温もりが染み入ったそこはとても心地よくルトの身体を包み込んだ。
(ジルオさん……あったかい……)
落ち着く匂いと体温に満ち満ちた空間はルトに安らぎと多幸感を与え、微かに伝わる心音が子守唄の如く意識をトロトロと蕩かせてゆく。
このまま眠りに落ちるのは勿体ないのでは……と微睡みの中でルトは葛藤するも瞼はゆるゆると落ちてゆき………………気づけば全ては温かな闇の中にあった。
暗がりの中で陽だまりを託される夢を見た。
何もかもが柔らかい命は日向の匂いがした。
「う、ん…………?」
目覚めれば、薄ぼんやりと温かい光が見えた。
寝ぼけて焦点の定まらぬ瞳ではそれが何だかわからず、ジルオはウトウトと再び眠りに落ちようとしたのだが…………胸元の辺りで「じるお、しゃん……」とふにゃふにゃした声で名を呼ばれ……意識は半ば強引に引き上げられてしまった。
「!?………………ルト?!」
思いもよらぬその存在に目を剥いたジルオはガバッと勢い良く半身を起こした。
何故……何故、ここにルトが。自分の寝床にどうしてルトがいるのかジルオには皆目見当がつかず……混乱しきりの寝起きの頭で必死に原因と理由を探るもさっぱり訳が分からない。
(便所にでも行った後に……寝ぼけて部屋を間違えたのか?)
それにしてはルトの居室と自分の寝ていたこの部屋は離れているように思うが……それが一番自然な理由だろうか。
「お、おい……!ルト、ルト……!」
大人と子供とはいえ男女は男女。
床を共にするべきではないだろうと思ったジルオはルトを起こそうと必死に声を掛けるも、ルトはすっかり熟睡しきっているようで呑気にくぅくぅと寝息をたてたまま。
ジルオは尚もルトを起こそうとルトの身体を揺すり「ルト!こら!起きろ!」と若干語気を強めて声を掛けたのだが……むにゃぁと弛んだルトの口から返されたのは「じるお、ひゃん……だぃ、しゅき……でひゅ……」という寝言で……。
「…………。」
あんまりにも愛らしい寝言の所為で身体は一気に脱力し。彼女を起こす気持ちも消え失せた。
耳がカッと熱くなるのを感じながらジルオは大きく息を吐き、諦めと共に再び身体を横たえる。
「…………全く、君は本当に甘えん坊だな」
独りごちてジルオはふと気がついた。
そういえば、己はまだ果たすべき約束をまだきちんと果たしてはいない。
(本当なら……起きている君を甘やかすべきなんだろうが、な)
ぎゅぅ、と小さな身体を腕の中へと閉じ込めて。
瞳を閉じれば瞼の裏に浮かび上がる昔の事――
――まだルトが孤児院の地下で暮らしていた頃。空に憧れを抱いていた幼い彼女から『じるおさんのおめめって、お空のいろなんですよね!』と言われた事があった。
言われてみればそうなのか、とぼんやり思えばルトはグイグイと己の瞳を覗き込んできて。
『だから、わたし……ほんもののお空が見れなくても、じるおさんがいればいつでもお空が見られるってことなんです!』と木漏れ日のように瞳を輝かせてルトは笑い、そんな彼女から遠く離れてしまった事がジルオはずっと気がかりであった。
しかし――少女は自分の見ぬ間に成長し、今はしっかりと此処、シーカーキャンプに根ざした暮らしを送っており。
そんな彼女の初探窟に随伴し、探窟家として生きる道を一歩踏み出す手助けが出来た事は己にとっても大きな喜びであったな、とジルオは振り返る。
(アビスには――君の知らない美しいモノが、まだまだ沢山あるんだ、ルト)
空を見せる事は叶わずとも、いずれアビスの美しい風景をもっと見せてやれたなら、とジルオは願う。出来れば、その手を引くのは己自身でありたい。
翌朝。
――起床早々、ジルオはルトに正座をするように命じた。
このような寝ぼけ癖がルトにあるのは非常に不味いと思っての判断だった。自分相手なら兎も角として……他の探窟家相手にそんな寝ぼけ方をされたらと思うと肝が冷える所の話じゃない。
「ルト。いくら何でも部屋を間違えるのは寝ぼけすぎだろう。リコでも間違えたりしないぞ」
「むぐゅ……ごめんなさい」
謝罪を述べるルトの眉は申し訳なさからか完全に下がりきり、ジルオは苦笑とともに深く深く嘆息を吐く。
「女の子が男の布団に勝手に入るモノではない。次は容赦なく廊下に放り出すからな」
「……はぁい」
淡々と諭すジルオから落とされたのは拳骨ではなく優しい手のひらで。
心地よく髪の毛を混ぜられながらルトはジルオの表情をそっと伺った。
晴天の眼差しは温かくこちらを捕らえており、それが嬉しくも少しだけ切ない。
(お母さんに適わなくたって、私は……)
あの眼差しをもっと得られたら。いつか彼の傍に寄り添えたなら、あの温もりと共に在れたなら。
地上で生きられぬ身では難しい事はわかっている。それでも――諦めばかりを抱いて生きてきた中でこの想いだけは諦めたくはなかった。
今はまだ蕾は固く。然れどいつかは咲く想い。胸に秘められた花はどのような姿形をしているのか――それは本人さえもまだわからない。
第一章 完
ジルオが二層に留まる最後の夜。ルトは中々寝付く事が出来ずにいた。
もっと、ずっと、傍にいたいのに。眠ってしまえば、朝になれば、サヨナラが待っている。それがわかっていて目を綴じるのは嫌だった。
「むゅ…………、」
意味を成さない声を漏らしつつ、ゴロゴロと寝返りばかりを繰り返し、一体どれだけの時間を費やしたのか――転がっているうちにルトは恋人同士は一緒に寝るものなのだとイェルメから教えられた事を思い出した。
恋愛関係にある探窟家がシーカーキャンプを利用する際、同室での宿泊希望者がかなりの人数を占めており、それを不思議に思ったルトがイェルメに質問を投げかけ、返ってきた答えがそうだった。
(私とジルオさんは恋人同士じゃないけど……)
たとえ〝好き〟が片側にしかないとしても、添い寝というモノは悪くないかもしれないとルトは思った。
寝ている間も一緒にいられるという事はきっと幸せで素敵な事だ。
(……ジルオさんと一緒に寝たら、いい思い出になるかな)
思えば思う程にそれはとても良いアイデアに思え。
ルトはベッドからむくりと起き上がるとそぅっと部屋を抜け出した。
「…………。」
極力足音を立てぬよう静かに静かに廊下を歩めば何だか少々悪い事をしている気分になるが……添い寝自体は悪い事ではない筈、とルトは自身に言い聞かせる。
それでも、誰かに見つかっては言い訳が面倒くさいからとルトは気配を読みつつ慎重にジルオの部屋を目指していった。
そうして、ルトはジルオが眠る部屋の前に立つとゆっくりドアノブに手をかけた。金属特有の冷たさが手にじんわりと伝わって、言い知れぬ緊張感が心臓をひりつかせる。
心を落ち着かせるべく息を大きく吸って吐いてからドアノブを回せば侵入者を報せるが如くキィ、と鳴いた蝶番。その音に少々居た堪れなくなったルトは極々小さな声で「……失礼します」と一言添えてから室内に足を踏み入れた。
シン、とした部屋の中はジルオの寝息だけがスゥスゥと響き渡り。ルトはそろりとジルオの枕元へと忍び寄る。近づけば闇の中にありながらも淡く鈍く光る銀糸が目に映って。ルトは自分がそうされるようにジルオの前髪を優しく指で梳いてみた。
「ぷぉ……、」
きっと、手入れなどろくにされてないのであろうその髪は見た目とは裏腹に少々ごわついた感触で。然れど、その手触りはルトにとっては魅力的でいつまでも触っていたいものであった。そうして一通り髪の毛の触り心地を堪能したあと、ルトはするりと白磁の頬も撫でてみた。一見、滑らかそうに見える皮膚も乾燥しているのか少々カサついた触り心地だ。精悍な顔立ちだというのに頬は思いのほか柔らかく、それが最も意外であった。
「んン……、」
「っ!!」
もぞり。少々触りすぎたのか、ジルオの身体が身じろいで、ルトは慌ててジルオの頬から手を離した。……自分はジルオの眠りの邪魔をする為に此処に来た訳ではない。
本来の目的を思い出したルトはジルオを起こさぬよう慎重にベッドへと潜り込む。使い込まれてすっかりへたってしまった安普請の布団であるが、ジルオの温もりが染み入ったそこはとても心地よくルトの身体を包み込んだ。
(ジルオさん……あったかい……)
落ち着く匂いと体温に満ち満ちた空間はルトに安らぎと多幸感を与え、微かに伝わる心音が子守唄の如く意識をトロトロと蕩かせてゆく。
このまま眠りに落ちるのは勿体ないのでは……と微睡みの中でルトは葛藤するも瞼はゆるゆると落ちてゆき………………気づけば全ては温かな闇の中にあった。
暗がりの中で陽だまりを託される夢を見た。
何もかもが柔らかい命は日向の匂いがした。
「う、ん…………?」
目覚めれば、薄ぼんやりと温かい光が見えた。
寝ぼけて焦点の定まらぬ瞳ではそれが何だかわからず、ジルオはウトウトと再び眠りに落ちようとしたのだが…………胸元の辺りで「じるお、しゃん……」とふにゃふにゃした声で名を呼ばれ……意識は半ば強引に引き上げられてしまった。
「!?………………ルト?!」
思いもよらぬその存在に目を剥いたジルオはガバッと勢い良く半身を起こした。
何故……何故、ここにルトが。自分の寝床にどうしてルトがいるのかジルオには皆目見当がつかず……混乱しきりの寝起きの頭で必死に原因と理由を探るもさっぱり訳が分からない。
(便所にでも行った後に……寝ぼけて部屋を間違えたのか?)
それにしてはルトの居室と自分の寝ていたこの部屋は離れているように思うが……それが一番自然な理由だろうか。
「お、おい……!ルト、ルト……!」
大人と子供とはいえ男女は男女。
床を共にするべきではないだろうと思ったジルオはルトを起こそうと必死に声を掛けるも、ルトはすっかり熟睡しきっているようで呑気にくぅくぅと寝息をたてたまま。
ジルオは尚もルトを起こそうとルトの身体を揺すり「ルト!こら!起きろ!」と若干語気を強めて声を掛けたのだが……むにゃぁと弛んだルトの口から返されたのは「じるお、ひゃん……だぃ、しゅき……でひゅ……」という寝言で……。
「…………。」
あんまりにも愛らしい寝言の所為で身体は一気に脱力し。彼女を起こす気持ちも消え失せた。
耳がカッと熱くなるのを感じながらジルオは大きく息を吐き、諦めと共に再び身体を横たえる。
「…………全く、君は本当に甘えん坊だな」
独りごちてジルオはふと気がついた。
そういえば、己はまだ果たすべき約束をまだきちんと果たしてはいない。
(本当なら……起きている君を甘やかすべきなんだろうが、な)
ぎゅぅ、と小さな身体を腕の中へと閉じ込めて。
瞳を閉じれば瞼の裏に浮かび上がる昔の事――
――まだルトが孤児院の地下で暮らしていた頃。空に憧れを抱いていた幼い彼女から『じるおさんのおめめって、お空のいろなんですよね!』と言われた事があった。
言われてみればそうなのか、とぼんやり思えばルトはグイグイと己の瞳を覗き込んできて。
『だから、わたし……ほんもののお空が見れなくても、じるおさんがいればいつでもお空が見られるってことなんです!』と木漏れ日のように瞳を輝かせてルトは笑い、そんな彼女から遠く離れてしまった事がジルオはずっと気がかりであった。
しかし――少女は自分の見ぬ間に成長し、今はしっかりと此処、シーカーキャンプに根ざした暮らしを送っており。
そんな彼女の初探窟に随伴し、探窟家として生きる道を一歩踏み出す手助けが出来た事は己にとっても大きな喜びであったな、とジルオは振り返る。
(アビスには――君の知らない美しいモノが、まだまだ沢山あるんだ、ルト)
空を見せる事は叶わずとも、いずれアビスの美しい風景をもっと見せてやれたなら、とジルオは願う。出来れば、その手を引くのは己自身でありたい。
翌朝。
――起床早々、ジルオはルトに正座をするように命じた。
このような寝ぼけ癖がルトにあるのは非常に不味いと思っての判断だった。自分相手なら兎も角として……他の探窟家相手にそんな寝ぼけ方をされたらと思うと肝が冷える所の話じゃない。
「ルト。いくら何でも部屋を間違えるのは寝ぼけすぎだろう。リコでも間違えたりしないぞ」
「むぐゅ……ごめんなさい」
謝罪を述べるルトの眉は申し訳なさからか完全に下がりきり、ジルオは苦笑とともに深く深く嘆息を吐く。
「女の子が男の布団に勝手に入るモノではない。次は容赦なく廊下に放り出すからな」
「……はぁい」
淡々と諭すジルオから落とされたのは拳骨ではなく優しい手のひらで。
心地よく髪の毛を混ぜられながらルトはジルオの表情をそっと伺った。
晴天の眼差しは温かくこちらを捕らえており、それが嬉しくも少しだけ切ない。
(お母さんに適わなくたって、私は……)
あの眼差しをもっと得られたら。いつか彼の傍に寄り添えたなら、あの温もりと共に在れたなら。
地上で生きられぬ身では難しい事はわかっている。それでも――諦めばかりを抱いて生きてきた中でこの想いだけは諦めたくはなかった。
今はまだ蕾は固く。然れどいつかは咲く想い。胸に秘められた花はどのような姿形をしているのか――それは本人さえもまだわからない。
第一章 完