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短編&SS

暗くて寒くて冷たい。冬なんてそんなものだ、と思っていた。

雪がしんしんと降り積もる田舎の駅。
凍える寒さの中を、夢野幻太郎はあてもなくふらふらと歩く。とうにかじかんで感覚がない指先を、おもむろにポケットに突っ込んで空を見上げた。

今日は彼女と会う約束をしたのに、すっぽかしてこんなに遠いところまで来てしまった。以前旅行で通って、「すごーい!雪がいっぱい!!幻太郎の故郷って、こんな感じなのかな?」と無邪気に笑っていた横顔を思い出す。ストーブが入っていて暖かい、古びた電車の中での出来事。

こんなちっぽけな理由で行かなかったのだと伝えたら、彼女は笑うだろうか。軽蔑するだろうか。だけど、今日は安い嘘を並べて弁明する気も起きなかった。浮かぶのは彼女の顔ばかりで、愛しいという思いばかりで、酷く怖くなる。いつか失ってしまうのではないか。その時自分は、嘘つきな作家としての自分を保っていられるのだろうか、と。

「げーんーたーろっ!」

瞬間、ふわり、と背中に被さる重み。首元に微かに当たる暖かい息。腹に向かって回された両腕。マフラーから覗く赤くなった頬が、灰色の世界にほんのりと色をつける。

振り向いて見えたその顔に驚き、辿々しく彼女の名前を呼べば、ぱっと花が咲くように笑い、氷のように冷たい男の手に自らの手を重ねる。そのままその手は彼女のポケットに導かれ、二つの手が厚手のコートの中にすっぽりと包み込まれた。

「幻太郎、寒いでしょ。帰ろ?」

寒くなんてないですよ、という言葉が喉から出かかって、やめた。今声を出してしまったら、自分が泣きそうになっていることが、彼女にバレてしまうのではないかと思ったから。

にこにこと笑いながら、歩き出す彼女につられて、幻太郎も歩き出した。目を開けていられないのも、彼女と目を合わせられないのも、全てこの寒さのせいだと言い訳して。

「……ありがとう」

いつか、伝えられる日が来るといい、と幻太郎は雪空を見てしみじみと思った。
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