投げられた賽
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
仕事から解放されると、一気に体が重くなった。まるで堰を切ったようにどっと疲れが襲ってきて、引きずるようにして電車に乗り、やっと最寄り駅まで着いたと思ったら体がだるくてなかなか足が前へ進まない。失恋のショックだけで、ここまで具合が悪くなってしまうとは。情けない。そんなことを思いながら、少しずつ歩いて進むと、ようやくマンションが見えてきた。やった、もうすぐだ、と喜ぶ気持ちと、帝統がいなきゃ意味ないのに、という複雑な気持ちが同居している。それだけ好きだったってことなんだろうな、といつの間にか帝統の顔を思い浮かべながら思う。彼の屈託のない笑顔が好きだ。お金を返さないところはクズだけど、仲良くなった人はとことん大事にするその姿勢が好きだ。自分の気持ちに正直で、何事にも縛られずに自由に生きている姿が好きだ。普段は恥ずかしくて覆い隠してしまう、本当の自分の気持ちに気づくことができるから。
(迎えに来てくれたらいいのに)
そんなことを考えて、不意に溢れてきてしまった涙を拭う。やっぱり全然諦めることなんてできない。初めて会った時みたいに、そこで倒れてたりしないかな、なんて。
「お〜〜〜い!!!紫!!!紫!!!」
曲がり角の向こうから声が聞こえて、私は我に返る。なんだか今の声は恋焦がれたあいつに似ていたような。ついに幻覚まで見るようになったか。お医者さんに行った方がいいかしら。
「おいっおいっ!!無視すんなって……ってお前!!顔真っ青だぞ!?どこ行ってたんだよ!?」
「え……仕事だけど」
「お前そんな顔で仕事行くとか馬鹿かよ!?」
幻覚の帝統に信じられないという顔をされた。何こいつ、幻覚のくせに生意気だな、と少しイラッとしているとその幻覚が私に近づく。すると、急に体を浮遊感が襲って思わず「ひぃっ!?」と情けない声を上げる。煙草の匂い、ほんのり香る汗の匂いに、この帝統が幻覚でなく本物だと気づいて、驚きと恥ずかしさで顔が真っ赤に染まる。
「帝統……?ほんとに、帝統なの……?」
「はぁ?何言ってんだよお前。とにかくビョーインだビョーイン!!待ってろ、すぐ連れてってやるから!!」
「は……?……いやぁっ!?ちょっと待って!!帝統!!お願いだから止まって!!お願いだからあぁぁ!!」
私の懇願も虚しく、帝統は私を横抱きにしたまましばらく走り続け、突き刺さる視線にもういっそ死にたいと思った昼下がりだった。
私の決死の説得により、この恥ずかしい格好で病院に突撃することは免れたが、帝統が「そんな真っ青な顔で歩かせられるかよ!!」と言って聞かないので、マンションまではこの状態で歩く羽目になった。少しでも人がいるところでは恥ずかしくて死にそうだったけれど、何だかんだで人は慣れてくるもので、しかも好きな人の匂いに包まれているとなれば心地よくなるのは当然といえば当然で。だんだん瞼が降りてきて、ウトウトと船を漕いでしまう。
「……寝ていいぞ。ベッドまで運んどくから」
頭を撫でる掌の心地良さに、私はすっかり安心してしまって、目を閉じずにはいられなかった。帝統の体温が温かくて、この時間がずっと続けばいいのにと思っていたら、いつの間にか意識が遠ざかっていた。
「……ん……」
目が覚めると外は暗くて、私は自分のベッドの上で寝ていた。体を起こすと、寝室の外で何やら物音が聞こえる。布団から出て寝室の扉を開けると、うっすらといい匂いが漂ってくる。うそ、この匂い、まさか帝統が……?半信半疑で台所に行くと、帝統がなれない手つきでぐつぐつ煮える鍋とにらめっこをしている。その中身はおかゆだった。
「おー、紫起きたか。待ってろ、俺だってお粥のひとつやふたつくらい……」
そう言いながら、レシピを見ていると思われるスマホの画面を睨んでいる帝統に、嬉しさよりも先に驚きが勝ってしてしまう。
「……だいす……何で私のために料理なんか……」
「ん?だってお前病人だからメシ作れねえだろ」
「……そ、そうじゃなくて……なんで、私なんかのために……」
「は?……あー、そういうことか」
帝統はばつの悪そうに言うと、ガシガシと頭を掻いてからちょっとだけ口ごもる。
「急に賽子置いていなくなったのは……なんつーか、このまま自分が自分じゃなくなってくのが怖かったんだ。情けねえ話だけどよ」
「え……」
「あんまり、まともな恋愛したことねえからさ。一夜の関係の女がどんな男関係を持ってたってどうでもいいし、俺だって他の女を抱いたりしてた。でも、今は駄目なんだ。紫以外の女じゃ勃たねえし、紫が他の男に抱かれてたらと思うと死ぬほどむかつくんだ。お前が乱数と幻太郎と一緒に飲んでるところを見て、それが分かった」
目を逸らし、少しだけ頬を赤らめて言う帝統に、私は目を見開く。
「こんな風に思ったの、初めてなんだ。だから……これが、たぶん……好きってことなんだろうと思うんだけどよ……」
お前は、どうだ?と頬を真っ赤にした帝統に不安そうな目でちらりと見やられる。私は、信じられないという気持ちと喜びと感激が、全身を駆け巡るのを感じた。夢みたいだと思った。何度も想像して、実現するわけがないと諦めていた夢だった。
私は、込み上げてくる涙を隠すように、がばっと帝統の胸に抱きついて顔を埋める。温かい。安心する。大好きだ。いくらクズでも、ギャンブラーでも、私はこの人を好きでいることをやめられないのだろう。これから先もずっと。
「馬鹿……っ、帝統の馬鹿っ、アホっ……借金魔……っ」
「いやお前、告白した後にそれはなくね!?」
「私なんて……ずっと前から好きだったよ……ずーっと前から……!!」
ぎゅううと抱きつくと、帝統は少し歯切れの悪い感じで「お、おー、そうか」と私の背中に手を回した。それから一瞬の間の後に、へへっと帝統が嬉しそうな笑い声を上げて、腕の力を強めながら私の頭に頬擦りをする。
「……そうかー、お前も俺のこと好きだったんだな」
「そうよ……ずっと……不安だったんだから……」
「悪ぃな、これからは、お前だけの俺でいてやるよ」
だから、お前も浮気とかすんなよ?と帝統が嬉しそうに私の髪の毛を掻き撫ぜる。頭の上や耳、うなじや頬、首筋などあらゆる場所にキスをして、最後に唇にキスを落とされる。食むようなキスから始まって、だんだん深くなっていって、口内を味わわれるように長くその口付けは続いた。
「ん……っ、ふ、ぅん……」
「っはー、マジ、エロすぎだろ、お前……したくなってきちまったじゃねえか……」
「ふふ、いーよ、帝統」
「……お前、後で後悔しても知らねえからな」
珍しく素直になっていた私は、案の定目をギラつかせた彼の毒牙にかかり、翌朝腰が立たなくなっていたのであった。
お粥は、もちろん焦げた。
(迎えに来てくれたらいいのに)
そんなことを考えて、不意に溢れてきてしまった涙を拭う。やっぱり全然諦めることなんてできない。初めて会った時みたいに、そこで倒れてたりしないかな、なんて。
「お〜〜〜い!!!紫!!!紫!!!」
曲がり角の向こうから声が聞こえて、私は我に返る。なんだか今の声は恋焦がれたあいつに似ていたような。ついに幻覚まで見るようになったか。お医者さんに行った方がいいかしら。
「おいっおいっ!!無視すんなって……ってお前!!顔真っ青だぞ!?どこ行ってたんだよ!?」
「え……仕事だけど」
「お前そんな顔で仕事行くとか馬鹿かよ!?」
幻覚の帝統に信じられないという顔をされた。何こいつ、幻覚のくせに生意気だな、と少しイラッとしているとその幻覚が私に近づく。すると、急に体を浮遊感が襲って思わず「ひぃっ!?」と情けない声を上げる。煙草の匂い、ほんのり香る汗の匂いに、この帝統が幻覚でなく本物だと気づいて、驚きと恥ずかしさで顔が真っ赤に染まる。
「帝統……?ほんとに、帝統なの……?」
「はぁ?何言ってんだよお前。とにかくビョーインだビョーイン!!待ってろ、すぐ連れてってやるから!!」
「は……?……いやぁっ!?ちょっと待って!!帝統!!お願いだから止まって!!お願いだからあぁぁ!!」
私の懇願も虚しく、帝統は私を横抱きにしたまましばらく走り続け、突き刺さる視線にもういっそ死にたいと思った昼下がりだった。
私の決死の説得により、この恥ずかしい格好で病院に突撃することは免れたが、帝統が「そんな真っ青な顔で歩かせられるかよ!!」と言って聞かないので、マンションまではこの状態で歩く羽目になった。少しでも人がいるところでは恥ずかしくて死にそうだったけれど、何だかんだで人は慣れてくるもので、しかも好きな人の匂いに包まれているとなれば心地よくなるのは当然といえば当然で。だんだん瞼が降りてきて、ウトウトと船を漕いでしまう。
「……寝ていいぞ。ベッドまで運んどくから」
頭を撫でる掌の心地良さに、私はすっかり安心してしまって、目を閉じずにはいられなかった。帝統の体温が温かくて、この時間がずっと続けばいいのにと思っていたら、いつの間にか意識が遠ざかっていた。
「……ん……」
目が覚めると外は暗くて、私は自分のベッドの上で寝ていた。体を起こすと、寝室の外で何やら物音が聞こえる。布団から出て寝室の扉を開けると、うっすらといい匂いが漂ってくる。うそ、この匂い、まさか帝統が……?半信半疑で台所に行くと、帝統がなれない手つきでぐつぐつ煮える鍋とにらめっこをしている。その中身はおかゆだった。
「おー、紫起きたか。待ってろ、俺だってお粥のひとつやふたつくらい……」
そう言いながら、レシピを見ていると思われるスマホの画面を睨んでいる帝統に、嬉しさよりも先に驚きが勝ってしてしまう。
「……だいす……何で私のために料理なんか……」
「ん?だってお前病人だからメシ作れねえだろ」
「……そ、そうじゃなくて……なんで、私なんかのために……」
「は?……あー、そういうことか」
帝統はばつの悪そうに言うと、ガシガシと頭を掻いてからちょっとだけ口ごもる。
「急に賽子置いていなくなったのは……なんつーか、このまま自分が自分じゃなくなってくのが怖かったんだ。情けねえ話だけどよ」
「え……」
「あんまり、まともな恋愛したことねえからさ。一夜の関係の女がどんな男関係を持ってたってどうでもいいし、俺だって他の女を抱いたりしてた。でも、今は駄目なんだ。紫以外の女じゃ勃たねえし、紫が他の男に抱かれてたらと思うと死ぬほどむかつくんだ。お前が乱数と幻太郎と一緒に飲んでるところを見て、それが分かった」
目を逸らし、少しだけ頬を赤らめて言う帝統に、私は目を見開く。
「こんな風に思ったの、初めてなんだ。だから……これが、たぶん……好きってことなんだろうと思うんだけどよ……」
お前は、どうだ?と頬を真っ赤にした帝統に不安そうな目でちらりと見やられる。私は、信じられないという気持ちと喜びと感激が、全身を駆け巡るのを感じた。夢みたいだと思った。何度も想像して、実現するわけがないと諦めていた夢だった。
私は、込み上げてくる涙を隠すように、がばっと帝統の胸に抱きついて顔を埋める。温かい。安心する。大好きだ。いくらクズでも、ギャンブラーでも、私はこの人を好きでいることをやめられないのだろう。これから先もずっと。
「馬鹿……っ、帝統の馬鹿っ、アホっ……借金魔……っ」
「いやお前、告白した後にそれはなくね!?」
「私なんて……ずっと前から好きだったよ……ずーっと前から……!!」
ぎゅううと抱きつくと、帝統は少し歯切れの悪い感じで「お、おー、そうか」と私の背中に手を回した。それから一瞬の間の後に、へへっと帝統が嬉しそうな笑い声を上げて、腕の力を強めながら私の頭に頬擦りをする。
「……そうかー、お前も俺のこと好きだったんだな」
「そうよ……ずっと……不安だったんだから……」
「悪ぃな、これからは、お前だけの俺でいてやるよ」
だから、お前も浮気とかすんなよ?と帝統が嬉しそうに私の髪の毛を掻き撫ぜる。頭の上や耳、うなじや頬、首筋などあらゆる場所にキスをして、最後に唇にキスを落とされる。食むようなキスから始まって、だんだん深くなっていって、口内を味わわれるように長くその口付けは続いた。
「ん……っ、ふ、ぅん……」
「っはー、マジ、エロすぎだろ、お前……したくなってきちまったじゃねえか……」
「ふふ、いーよ、帝統」
「……お前、後で後悔しても知らねえからな」
珍しく素直になっていた私は、案の定目をギラつかせた彼の毒牙にかかり、翌朝腰が立たなくなっていたのであった。
お粥は、もちろん焦げた。