投げられた賽
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次の日、私は痛む頭を薬で誤魔化して、初めて二日酔いのまま仕事に行った。頭はぼーっとするし吐き気もするし、とても仕事ができる状態ではなかったが、今日は仕事が立て込んでいるから休む訳にもいかない。それに、失恋が理由で飲みすぎたから会社を休むだなんて、今まで仕事を生きがいにしてきた私のプライドが許さない。今の私に残っているのは、仕事だけなのだ。だから、せめて仕事たけは完璧にこなさなきゃ。大丈夫。今までこうやってなんとかやってきたじゃないか。大丈夫。やれる。やれる──。
「……花咲くん、」
「は、はいッなんでしょう」
自分にそう言い聞かせていたところを、社長の声がして我に返り、話を聞く体制に入る。すると、社長は珍しく神妙な表情で黙って私をじっと見つめていた。さすが女遊びの噂が耐えないイケメン。切れ長の瞳に見つめられると、否が応でもドキッとさせられてしまう。 普段はおちゃらけていることが多い社長がこんな顔をするなんて、何か重要な要件があるのだろうか、と思わず身構える。
「ねえねえ花咲くん……1つ、君に質問をしよう」
「はぁ……はいはい、なんですか」
「相変わらず呆れた〜めんどくさいな〜って顔をするねえ花咲くん!まあ君のそういうところが好きだから側に置いてるんだけどね!」
前言撤回。これはいつものウザ絡みだ。本当に面倒なこと極まりない。キャーキャー言ってる社員の女子たちは、こんなナルシストで頭のネジの外れた男のどこがいいのやら。
「それで……なんです質問って」
「君……自分の顔は何色だと思う?」
「はあ?そんなの肌色に決まってるじゃないですか。最近はペールオレンジとも言うみたいですね」
「残念だけど違うよ。答えはどこにあると思う?」
なんか今日の社長、いつにも増してめんどいな。とイラッとするものの、所詮私は雇われの身なのだから、上の人が言うことには従わなければいけない。社長が腕を広げているので、もしかしてこの部屋のどこかにあるのかと思い、仕方なく目線だけで辺りを見回してみると、ふと目についた鏡が太陽光を反射して光っているのが分かった。そこで、私は鏡に映る自分の姿に初めて気づく。
(あ……)
私の顔は、まるで死人のようだった。目の下には濃い隈が刻まれていて、口紅をつけているのに唇はお世辞にも血色がいいとは言えない。肌は、青く血管が透けているのかというほどに白い。
「……まさに、顔面蒼白って感じだよねえ」
君がそんな顔してるの珍しいから、驚いたよ、と社長が眉を下げて笑った。私は、社長に弱みを見せてしまったことが情けなくて、申し訳なくて、この場で泣いてしまいそうで、思わず頭を下げた。
「す……すみませんっ……こんな、お見苦しい姿で、私、」
「いいんだよ」
よっぽどのことがあったんだろう、と社長はまるで全てを悟っているかのように言った。私は思わず顔を上げる。
「もう今日は帰っていいよ。明日も休んでいいから」
「えっ……!?でも、今日は大事な○○様との案件が……!」
「大丈夫さ。これでも昔は自分の足ひとつで回っていたんだからね。秘書が一日二日休んだところでどうにもならないよ」
「しゃ、社長……」
長年共に仕事をしてきた私ならわかる。今日の案件を1人でこなすのは、いくら社長でも簡単なことじゃない。だけど、社長が私にここまで言ったのに、それを無下にするなんて逆に彼を侮辱することになる。社長ならきっとそう言うはずだ。私は涙を拭って、再び社長に頭を下げた。
「あ……りがとう……ございます……」
「いいのいいの。その代わり、土産話、期待しているからね♪」
「……は、はい……」
やっぱり私はこの人が好きになれない。とはいえ、大きな貸しを作った手前、終わったら洗いざらい話すしかなさそうだ。
***
「帝統……帝統!」
「……お、幻太郎」
「ちょっと貴方……こんな人通りの多いところで、どうして札束を手に持ってぼーっとしているのですか。危ないですよ」
いつの間にか、俺は人の行き交う渋谷の隅に座り込んでいたようだった。別に、何か目的があったわけではない。ただ、 紫のことを考えていたら無性に腹が立って、気持ちを落ち着けようと賭場で一勝負したら大勝ちして、それでもイライラは収まらずに気がついたらここに座っていたのだ。
「……貴方がそんな顔をしているだなんて、珍しいですね。何かあったんですか?」
幻太郎が目線を合わせるように屈んで、こちらを覗き込んでくる。
「……幻太郎、俺さ、前に賭けたんだ、ここで」
「何をですか?」
「これから、まだ紫に会い続けるかどうか」
俺はそう言いながら、自分の手を見下ろす。あの時使った賽子はあいつの家に置いてきてしまった。あれは、関係を断つというけじめだ。あれさえ置いていけば、こんなよく分からない感情も消えるものだと思っていた。でも、違った。会いたいという気持ちは無くなるどころか強まっていった。
「紫さん……この前帝統が連れて帰った女性のことですね。それで?どうなったんです?」
「凶だ」
「は?」
「凶だったんだ。なのに、会いに行ってまた抱いちまった。それがずっと続いていったんだ」
この俺が賽子の神に逆らうなんてな、笑うよな、と俺は自嘲気味に賽子を転がす真似をする。もちろん手の中に賽子はない。そんな俺を見て幻太郎は、意味ありげに黙った後口元に手を当てて言った。
「それは……恋ですねえ」
「はあ?こんな時に嘘言うなよ」
「いえ、これは本当ですよ。前から様子がおかしいとは思っていたんです。なるほど、こういうことだったんですねえ」
幻太郎は妙に納得した様子でうんうんと頷くと、珍しく真剣な声色で言った。
「帝統、彼女と何があったのか存じませんが、今すぐ彼女のところに行って謝りなさい」
「はぁっ!?いやいやいや、なんで俺が謝らなきゃいけねえんだよ!?」
「理由は関係ありません。今行かなければ、貴方は一生後悔します。それとも、もう彼女に会えなくなってもいいのですか」
「……それは……」
「そうと決まれば、さっさと行って仲直りしてきてください。お金はひとまず小生が預かっておきますから」
幻太郎は俺を無理やり立ち上がらせると、とんっと文字通りに背中を押した。けっこう強めに押されたので、つんのめってよろけながら振り返ると、幻太郎が少し呆れたように笑っていた。「ほら、早く」口を動かす幻太郎に、俺は迷った末にとうとう走り出した。「ありがとな!幻太郎!マジで!!」手を振りながらそう言い残すと、寸前に肩を竦める幻太郎の姿が目に入った。
「全く……手間をかけさせますねえ」
「……花咲くん、」
「は、はいッなんでしょう」
自分にそう言い聞かせていたところを、社長の声がして我に返り、話を聞く体制に入る。すると、社長は珍しく神妙な表情で黙って私をじっと見つめていた。さすが女遊びの噂が耐えないイケメン。切れ長の瞳に見つめられると、否が応でもドキッとさせられてしまう。 普段はおちゃらけていることが多い社長がこんな顔をするなんて、何か重要な要件があるのだろうか、と思わず身構える。
「ねえねえ花咲くん……1つ、君に質問をしよう」
「はぁ……はいはい、なんですか」
「相変わらず呆れた〜めんどくさいな〜って顔をするねえ花咲くん!まあ君のそういうところが好きだから側に置いてるんだけどね!」
前言撤回。これはいつものウザ絡みだ。本当に面倒なこと極まりない。キャーキャー言ってる社員の女子たちは、こんなナルシストで頭のネジの外れた男のどこがいいのやら。
「それで……なんです質問って」
「君……自分の顔は何色だと思う?」
「はあ?そんなの肌色に決まってるじゃないですか。最近はペールオレンジとも言うみたいですね」
「残念だけど違うよ。答えはどこにあると思う?」
なんか今日の社長、いつにも増してめんどいな。とイラッとするものの、所詮私は雇われの身なのだから、上の人が言うことには従わなければいけない。社長が腕を広げているので、もしかしてこの部屋のどこかにあるのかと思い、仕方なく目線だけで辺りを見回してみると、ふと目についた鏡が太陽光を反射して光っているのが分かった。そこで、私は鏡に映る自分の姿に初めて気づく。
(あ……)
私の顔は、まるで死人のようだった。目の下には濃い隈が刻まれていて、口紅をつけているのに唇はお世辞にも血色がいいとは言えない。肌は、青く血管が透けているのかというほどに白い。
「……まさに、顔面蒼白って感じだよねえ」
君がそんな顔してるの珍しいから、驚いたよ、と社長が眉を下げて笑った。私は、社長に弱みを見せてしまったことが情けなくて、申し訳なくて、この場で泣いてしまいそうで、思わず頭を下げた。
「す……すみませんっ……こんな、お見苦しい姿で、私、」
「いいんだよ」
よっぽどのことがあったんだろう、と社長はまるで全てを悟っているかのように言った。私は思わず顔を上げる。
「もう今日は帰っていいよ。明日も休んでいいから」
「えっ……!?でも、今日は大事な○○様との案件が……!」
「大丈夫さ。これでも昔は自分の足ひとつで回っていたんだからね。秘書が一日二日休んだところでどうにもならないよ」
「しゃ、社長……」
長年共に仕事をしてきた私ならわかる。今日の案件を1人でこなすのは、いくら社長でも簡単なことじゃない。だけど、社長が私にここまで言ったのに、それを無下にするなんて逆に彼を侮辱することになる。社長ならきっとそう言うはずだ。私は涙を拭って、再び社長に頭を下げた。
「あ……りがとう……ございます……」
「いいのいいの。その代わり、土産話、期待しているからね♪」
「……は、はい……」
やっぱり私はこの人が好きになれない。とはいえ、大きな貸しを作った手前、終わったら洗いざらい話すしかなさそうだ。
***
「帝統……帝統!」
「……お、幻太郎」
「ちょっと貴方……こんな人通りの多いところで、どうして札束を手に持ってぼーっとしているのですか。危ないですよ」
いつの間にか、俺は人の行き交う渋谷の隅に座り込んでいたようだった。別に、何か目的があったわけではない。ただ、 紫のことを考えていたら無性に腹が立って、気持ちを落ち着けようと賭場で一勝負したら大勝ちして、それでもイライラは収まらずに気がついたらここに座っていたのだ。
「……貴方がそんな顔をしているだなんて、珍しいですね。何かあったんですか?」
幻太郎が目線を合わせるように屈んで、こちらを覗き込んでくる。
「……幻太郎、俺さ、前に賭けたんだ、ここで」
「何をですか?」
「これから、まだ紫に会い続けるかどうか」
俺はそう言いながら、自分の手を見下ろす。あの時使った賽子はあいつの家に置いてきてしまった。あれは、関係を断つというけじめだ。あれさえ置いていけば、こんなよく分からない感情も消えるものだと思っていた。でも、違った。会いたいという気持ちは無くなるどころか強まっていった。
「紫さん……この前帝統が連れて帰った女性のことですね。それで?どうなったんです?」
「凶だ」
「は?」
「凶だったんだ。なのに、会いに行ってまた抱いちまった。それがずっと続いていったんだ」
この俺が賽子の神に逆らうなんてな、笑うよな、と俺は自嘲気味に賽子を転がす真似をする。もちろん手の中に賽子はない。そんな俺を見て幻太郎は、意味ありげに黙った後口元に手を当てて言った。
「それは……恋ですねえ」
「はあ?こんな時に嘘言うなよ」
「いえ、これは本当ですよ。前から様子がおかしいとは思っていたんです。なるほど、こういうことだったんですねえ」
幻太郎は妙に納得した様子でうんうんと頷くと、珍しく真剣な声色で言った。
「帝統、彼女と何があったのか存じませんが、今すぐ彼女のところに行って謝りなさい」
「はぁっ!?いやいやいや、なんで俺が謝らなきゃいけねえんだよ!?」
「理由は関係ありません。今行かなければ、貴方は一生後悔します。それとも、もう彼女に会えなくなってもいいのですか」
「……それは……」
「そうと決まれば、さっさと行って仲直りしてきてください。お金はひとまず小生が預かっておきますから」
幻太郎は俺を無理やり立ち上がらせると、とんっと文字通りに背中を押した。けっこう強めに押されたので、つんのめってよろけながら振り返ると、幻太郎が少し呆れたように笑っていた。「ほら、早く」口を動かす幻太郎に、俺は迷った末にとうとう走り出した。「ありがとな!幻太郎!マジで!!」手を振りながらそう言い残すと、寸前に肩を竦める幻太郎の姿が目に入った。
「全く……手間をかけさせますねえ」