投げられた賽
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
夢野幻太郎には、最近少し気になっていることがあった。それは、同じMCグループに所属する、変人ギャンブラーの動向についてだ。
奴は定期的にギャンブルで散財し、自分に金を貸りに、もしくは飯をたかりに来るのだが、最近はその頻度が少なく、妙に機嫌がいいことが多い。ギャンブルで大勝ちが続いてるとか、そういう理由では片付けられないほどの頻度なので、気になった幻太郎は飯を奢ると言って帝統を呼び出し、単刀直入に自分の考えをぶつけてみた。
「貴方もしかして……いい金づるでも見つけたんですか?」
「ちげーし!!お前マジで俺のこと何だと思ってんだよ!?」
ファミレスの向かいの席で、食い気味に否定するのが、変人ギャンブラーの有栖川帝統である。奴のことなので、かなり真実に近いのではと思って放った質問なのだが、この反応を見るとどうやら違うらしい。となると、もう一つの予想が当たっている可能性が高いということになるが。だとすればかなり意外だ。一体どんなきっかけがあったのやら。
「じゃあ……まさかとは思いますが、いい関係の女性がいるとか?」
さっきまでガツガツと大盛りのご飯を食べていた帝統が、ピシッ、と分かりやすく動きを止める。この反応は、もしかして図星か。今まで金づるでしかない関係しか持ったことのなかった帝統が、女に夢中になるとは。これは、とても興味深い話だ。幻太郎はさらに話を聞き出そうと、身を乗り出してさらに帝統を問い詰めていく。
「ほほう……その反応は、図星のようですねえ……今までの金づるとは、何か違うんですか?あのギャンブルにしか興味のない帝統を夢中にさせるとは、一体どんな方なんでしょうねえ……」
「バッ……!?ちげえし!!別に、そういうわけじゃ……」
「しかしまあ、こんな男に目をつけられては、その女性は報われませんねえ……ギャンブルでは生計を立てていけないですから、経済的にはあまり明るくないでしょうに」
「……っせえな!あんまり舐めたこと言ってっと、いくら幻太郎でもぶっ潰すぞ!!」
すると帝統は珍しく怒った様子で、机をダンと叩いて立ち上がり、食べかけの肉を置き去りにして店を出ていってしまった。幻太郎は、まさか帝統がここまで怒るとは思わず、目をぱちくりとさせた。残ったステーキとついてきたライス、そして机に置かれた勘定のレシートに目を落としながら、幻太郎はそっと呟く。
「……あの帝統が、本気で怒るほど心を傾ける女性……なるほど、興味しか沸きませんねえ」
***
最悪だ。
ほんっとうに最悪だ。今日は。
私は人目も憚らずにぐずぐずと泣きながら、知らない街を独りでふらふらと歩いていた。泣きすぎてメイクは落ちているだろうし、目は腫れているだろうし、悪い意味で人の注目も集めているだろうし、本当に最悪としか言いようがない。
それは、遡ること数時間前。今日は会社の飲み会があって、いつもは私の酒癖がアレなためお断りしているのだが、今日は社長にしつこく誘われてしまい、行かざるを得なくなってしまったのだ。それだけでも最悪なのに、ノンアルコールのものを頼もうとしたら社員の男共に「せっかくなんだから飲みましょうよ〜」としつこく絡まれ、勝手にお酒を頼まされ、何とかノンアルコールを注文したと思ったら、なんとそれは酔っ払った社員たちによってすり替えられたアルコール飲料で、私はたちまち酒が回り、社員全員の前で赤っ恥を晒すことになってしまったのだ。
泣きじゃくる私をある者は引き気味に眺め、ある者は珍しいと笑いこけ、調子に乗った社長によってどんどん飲まされ、ようやく抜け出した頃にはこのザマである。髪の毛も顔もぐしゃぐしゃだし、涙は溢れてくるし、道は分からなくなるしでもう最悪。もういっそ、ここで蹲って子供みたいに泣き叫んでしまおうか。そんな考えが過ぎったあとに、頭に浮かんでくるのはあの無邪気に笑うギャンブラーの顔。あんな奴が、都合よくこんなところに現れるわけないのに。だけど、こんな時に会いたくなるのはやっぱり、他でもないあいつただ1人で。迎えに来てよ、と我儘を言おうにも、私はあいつの連絡先を知らないし、知っていたとしてもこんな状態であいつに連絡する勇気なんてない。
ヒールを履いた足が痛くなってきて、ベンチも見つからず、私はついにその場にへたり込む。このまま、私は一生この街を彷徨うんじゃないだろうか。最後にあいつの顔を見ることも、あいつに自分の気持ちを伝えることもできずに。そんなことを考えてまた溢れる涙を拭っていると、「あれ〜?オネーサン、こんなところでどうしたの?」と頭上から聞こえる明るい声。
顔を上げてみれば、街頭に照らされて輝くピンク色の派手な髪の毛と、きゅるんと光を放つ青い瞳が目に入った。私は、思わず目を見開く。だってその人は、国民ではもう知らない者はほとんどいない、元The Dirty dawgの有名なMCだったからだ。その人は後ろで腕を組んで私を見下ろしながら、座り込む私に棒付きキャンディーを差し出し、にっこりと可愛らしく笑った。
「はい、これどーぞ!甘いキャンディー食べたら元気出るよっ!」
私はその砂糖菓子みたいな男の人の顔を見ながら、呆然とその棒付きキャンディーを受け取るしかなかった。
***
「ほらオネーサン、こっちこっち!ここ、僕の行きつけのバーなんだー♪僕が奢るからさ、ちょっとだけ付き合ってよ」
そう言われて案内されたのは、彼──元The Dirty dawgのeasy R、飴村乱数くんのイメージによく合った、小洒落た雰囲気の飲み屋だった。彼は、酔っ払って泣きじゃくる三十路手前の女にもものともせず、「僕、泣いてるオネーサンのこと、放っておけないなー?僕でよかったら、お話聞かせてよっ」と笑顔で言い、このお店に連れてきてくれたのだった。
さすがはあの最強と謳われたグループのラッパー。ヤバい精神力……と回らない頭で考えながら、私はもうどうにでもなれ!という気持ちで、お酒を飲みながら今日あったことを洗いざらい彼にぶちまけていた。
「もうっ!!あんな会社っ!!やめてやるんだがらっっ……!!ひっく、明日にでも、やめてやるんだがらっっ!!!」
「そっかそっかー。そうだ!辞めるんなら、うちの会社に来なよー!オネーサン、すっごく仕事できそうだし、ちょうど使える秘書とか欲しいと思ってたところなんだよねー♪」
そんな会話を繰り広げていると、ふいに彼が立ち上がり、「あっ、来た来た!もー!遅いよげんたろー!!」と入口に向かって呼びかける。何だろうと思ってそちらを見てみれば、昔の書生のような服を着た端正な顔立ちの男性が、顔をしかめながらこちらに向かってきていた。
「乱数……急に呼び出したかと思ったら、驚きましたよ。何ですか、その女性は。酷く酔っているようですけど」
「あー、このオネーサン、さっきそこ歩いてたら道端で蹲って泣いてたんだよー。泣いてるオネーサンを、この僕が放っておけるわけないじゃん?だから、ついでに誘ったの!」
「ついでにって……家に帰した方がいいんじゃないですか?はあ全く……同伴するこちらの身にもなっていただきたいものですが……」
「ず、ずみばぜっ……いまずぐ帰りまっ……」
迷惑そうな顔でこちらを見るその幻太郎さんという男性に、私は我に返って席を立とうとするが、ふらつく私を見かねてか、呆れたように溜め息をつかれて制されてしまう。
「……いやいや、貴女その状態では帰れないでしょう。タクシーを呼んで差し上げますから、それで帰ってください」
「えー?せっかくいいところだったのにー!どうせなら一緒に飲もうよ!ねえ、オネーサンも一緒に飲みたいよねー?」
「ぐすっ、本当に、ずびばぜ……帰るんで、手、離してくださ、ちょっ……」
「……はあ、全く。本当に乱数は、どこまでも節操がありませんねえ」
綺麗な顔をした飴村くんに腕を組まれてぎゅうぎゅうとくっつかれ、思わずドギマギとしてしまう。どうやら思ったよりもずっと、私は彼に気に入られてしまったようだ。
こんなきったない女のどこを……なんて卑屈なことを悶々と考えながら、仲がいいらしい2人の会話をぼーっと聞いていると、カラン、と音がして、誰かがまた入店してきたらしいということを告げる。誰だろうと思ってそちらを向くと、見慣れた群青色の髪の毛と綺麗な顔が目に入り、思わずぎょっとして目を見開く。なぜ。なぜ彼がここに。私はバクバクと心臓が高鳴るのを感じながら、急いで隠れようと身を縮める。別に何も悪いことをしているわけでもないが、なぜだか彼にここにいるのを見られたらまずいと思ったのだ。しかし、無慈悲にも彼は人よりも目がよく、私の姿を一瞬で見つけ、ぴたりと目があった。ヤバい、と思ったのもつかの間、飴村くんが彼の姿に気づいて、笑顔で放った言葉にさらに衝撃が走った。
「あーっ!帝統!幻太郎よりも遅いよーっ!!もうっ、僕、激おこプンプン丸だかんねーっ!!」
え?帝統?私はしばらく状況を理解できず、きょとんとした顔で帝統を見た。帝統も呆気に取られた様子で、目を見開いてこちらを見ていた。私たちが数秒見つめ合ったあと、飴村くんがようやく現状を理解し始めたようで、「あれれー?2人、知り合いだったのー?」と私と帝統の顔を交互に見た。夢野先生は、なぜか「ほう……」と神妙な顔をして、口元に手を当てて、私たちを舐めるように見回していた。
すると、なぜか分からないがあまり機嫌が良くない様子の帝統が、ずんずんとこちらへ向かってきて、心臓が跳ねる。え?なんで?なんでそんなに怒ってるの??真顔がなおさら怖いよ帝統くん??と困惑する私を気にすることもなく、帝統は荒々しく私の二の腕を掴み、カウンターの中に座って隠れていた私の体を引き上げた。「うわっ」と若干の悲鳴をあげる私には見向きもせず、帝統はむすっとした顔のまま、飴村くんと夢野先生に目を移し、こう言い放った。
「こいつ、俺が連れて帰るから。今日は2人で飲んでてくれ」
そう言って踵を返す帝統に、半ば無理やり店の外まで引きずられる。「ちょっ!?なな、帝統、ちょっ、速いっ!!」と抗議をすると、帝統は突然くるりとこちらを向いて、がぶり、と私の唇に噛み付いてきた。いきなりなんなの、という言葉は帝統の口の中に飲み込まれ、じゅるじゅると音を立てて舌を吸われ、あっという間に思考が蕩ける。
獣のような口付けがしばらく続いたあと、ようやく口が離されたと思ったら、帝統は再びそっぽを向き、私の手を引いて店の前の道路の方へと歩き始めた。きっと、タクシーに乗るつもりなのだろう。しかしながら、イケメンの真顔は怖いので、無表情で手を引っ張るのはやめてほしい。帝統がタクシーを呼び止め、中に乗り込むと、私の方をちらりと見やり、また目線を離してからぼそりとぶっきらぼうに言った。
「……ちょっと話すぞ、紫。お前も聞きたいことあんだろ、色々と」
奴は定期的にギャンブルで散財し、自分に金を貸りに、もしくは飯をたかりに来るのだが、最近はその頻度が少なく、妙に機嫌がいいことが多い。ギャンブルで大勝ちが続いてるとか、そういう理由では片付けられないほどの頻度なので、気になった幻太郎は飯を奢ると言って帝統を呼び出し、単刀直入に自分の考えをぶつけてみた。
「貴方もしかして……いい金づるでも見つけたんですか?」
「ちげーし!!お前マジで俺のこと何だと思ってんだよ!?」
ファミレスの向かいの席で、食い気味に否定するのが、変人ギャンブラーの有栖川帝統である。奴のことなので、かなり真実に近いのではと思って放った質問なのだが、この反応を見るとどうやら違うらしい。となると、もう一つの予想が当たっている可能性が高いということになるが。だとすればかなり意外だ。一体どんなきっかけがあったのやら。
「じゃあ……まさかとは思いますが、いい関係の女性がいるとか?」
さっきまでガツガツと大盛りのご飯を食べていた帝統が、ピシッ、と分かりやすく動きを止める。この反応は、もしかして図星か。今まで金づるでしかない関係しか持ったことのなかった帝統が、女に夢中になるとは。これは、とても興味深い話だ。幻太郎はさらに話を聞き出そうと、身を乗り出してさらに帝統を問い詰めていく。
「ほほう……その反応は、図星のようですねえ……今までの金づるとは、何か違うんですか?あのギャンブルにしか興味のない帝統を夢中にさせるとは、一体どんな方なんでしょうねえ……」
「バッ……!?ちげえし!!別に、そういうわけじゃ……」
「しかしまあ、こんな男に目をつけられては、その女性は報われませんねえ……ギャンブルでは生計を立てていけないですから、経済的にはあまり明るくないでしょうに」
「……っせえな!あんまり舐めたこと言ってっと、いくら幻太郎でもぶっ潰すぞ!!」
すると帝統は珍しく怒った様子で、机をダンと叩いて立ち上がり、食べかけの肉を置き去りにして店を出ていってしまった。幻太郎は、まさか帝統がここまで怒るとは思わず、目をぱちくりとさせた。残ったステーキとついてきたライス、そして机に置かれた勘定のレシートに目を落としながら、幻太郎はそっと呟く。
「……あの帝統が、本気で怒るほど心を傾ける女性……なるほど、興味しか沸きませんねえ」
***
最悪だ。
ほんっとうに最悪だ。今日は。
私は人目も憚らずにぐずぐずと泣きながら、知らない街を独りでふらふらと歩いていた。泣きすぎてメイクは落ちているだろうし、目は腫れているだろうし、悪い意味で人の注目も集めているだろうし、本当に最悪としか言いようがない。
それは、遡ること数時間前。今日は会社の飲み会があって、いつもは私の酒癖がアレなためお断りしているのだが、今日は社長にしつこく誘われてしまい、行かざるを得なくなってしまったのだ。それだけでも最悪なのに、ノンアルコールのものを頼もうとしたら社員の男共に「せっかくなんだから飲みましょうよ〜」としつこく絡まれ、勝手にお酒を頼まされ、何とかノンアルコールを注文したと思ったら、なんとそれは酔っ払った社員たちによってすり替えられたアルコール飲料で、私はたちまち酒が回り、社員全員の前で赤っ恥を晒すことになってしまったのだ。
泣きじゃくる私をある者は引き気味に眺め、ある者は珍しいと笑いこけ、調子に乗った社長によってどんどん飲まされ、ようやく抜け出した頃にはこのザマである。髪の毛も顔もぐしゃぐしゃだし、涙は溢れてくるし、道は分からなくなるしでもう最悪。もういっそ、ここで蹲って子供みたいに泣き叫んでしまおうか。そんな考えが過ぎったあとに、頭に浮かんでくるのはあの無邪気に笑うギャンブラーの顔。あんな奴が、都合よくこんなところに現れるわけないのに。だけど、こんな時に会いたくなるのはやっぱり、他でもないあいつただ1人で。迎えに来てよ、と我儘を言おうにも、私はあいつの連絡先を知らないし、知っていたとしてもこんな状態であいつに連絡する勇気なんてない。
ヒールを履いた足が痛くなってきて、ベンチも見つからず、私はついにその場にへたり込む。このまま、私は一生この街を彷徨うんじゃないだろうか。最後にあいつの顔を見ることも、あいつに自分の気持ちを伝えることもできずに。そんなことを考えてまた溢れる涙を拭っていると、「あれ〜?オネーサン、こんなところでどうしたの?」と頭上から聞こえる明るい声。
顔を上げてみれば、街頭に照らされて輝くピンク色の派手な髪の毛と、きゅるんと光を放つ青い瞳が目に入った。私は、思わず目を見開く。だってその人は、国民ではもう知らない者はほとんどいない、元The Dirty dawgの有名なMCだったからだ。その人は後ろで腕を組んで私を見下ろしながら、座り込む私に棒付きキャンディーを差し出し、にっこりと可愛らしく笑った。
「はい、これどーぞ!甘いキャンディー食べたら元気出るよっ!」
私はその砂糖菓子みたいな男の人の顔を見ながら、呆然とその棒付きキャンディーを受け取るしかなかった。
***
「ほらオネーサン、こっちこっち!ここ、僕の行きつけのバーなんだー♪僕が奢るからさ、ちょっとだけ付き合ってよ」
そう言われて案内されたのは、彼──元The Dirty dawgのeasy R、飴村乱数くんのイメージによく合った、小洒落た雰囲気の飲み屋だった。彼は、酔っ払って泣きじゃくる三十路手前の女にもものともせず、「僕、泣いてるオネーサンのこと、放っておけないなー?僕でよかったら、お話聞かせてよっ」と笑顔で言い、このお店に連れてきてくれたのだった。
さすがはあの最強と謳われたグループのラッパー。ヤバい精神力……と回らない頭で考えながら、私はもうどうにでもなれ!という気持ちで、お酒を飲みながら今日あったことを洗いざらい彼にぶちまけていた。
「もうっ!!あんな会社っ!!やめてやるんだがらっっ……!!ひっく、明日にでも、やめてやるんだがらっっ!!!」
「そっかそっかー。そうだ!辞めるんなら、うちの会社に来なよー!オネーサン、すっごく仕事できそうだし、ちょうど使える秘書とか欲しいと思ってたところなんだよねー♪」
そんな会話を繰り広げていると、ふいに彼が立ち上がり、「あっ、来た来た!もー!遅いよげんたろー!!」と入口に向かって呼びかける。何だろうと思ってそちらを見てみれば、昔の書生のような服を着た端正な顔立ちの男性が、顔をしかめながらこちらに向かってきていた。
「乱数……急に呼び出したかと思ったら、驚きましたよ。何ですか、その女性は。酷く酔っているようですけど」
「あー、このオネーサン、さっきそこ歩いてたら道端で蹲って泣いてたんだよー。泣いてるオネーサンを、この僕が放っておけるわけないじゃん?だから、ついでに誘ったの!」
「ついでにって……家に帰した方がいいんじゃないですか?はあ全く……同伴するこちらの身にもなっていただきたいものですが……」
「ず、ずみばぜっ……いまずぐ帰りまっ……」
迷惑そうな顔でこちらを見るその幻太郎さんという男性に、私は我に返って席を立とうとするが、ふらつく私を見かねてか、呆れたように溜め息をつかれて制されてしまう。
「……いやいや、貴女その状態では帰れないでしょう。タクシーを呼んで差し上げますから、それで帰ってください」
「えー?せっかくいいところだったのにー!どうせなら一緒に飲もうよ!ねえ、オネーサンも一緒に飲みたいよねー?」
「ぐすっ、本当に、ずびばぜ……帰るんで、手、離してくださ、ちょっ……」
「……はあ、全く。本当に乱数は、どこまでも節操がありませんねえ」
綺麗な顔をした飴村くんに腕を組まれてぎゅうぎゅうとくっつかれ、思わずドギマギとしてしまう。どうやら思ったよりもずっと、私は彼に気に入られてしまったようだ。
こんなきったない女のどこを……なんて卑屈なことを悶々と考えながら、仲がいいらしい2人の会話をぼーっと聞いていると、カラン、と音がして、誰かがまた入店してきたらしいということを告げる。誰だろうと思ってそちらを向くと、見慣れた群青色の髪の毛と綺麗な顔が目に入り、思わずぎょっとして目を見開く。なぜ。なぜ彼がここに。私はバクバクと心臓が高鳴るのを感じながら、急いで隠れようと身を縮める。別に何も悪いことをしているわけでもないが、なぜだか彼にここにいるのを見られたらまずいと思ったのだ。しかし、無慈悲にも彼は人よりも目がよく、私の姿を一瞬で見つけ、ぴたりと目があった。ヤバい、と思ったのもつかの間、飴村くんが彼の姿に気づいて、笑顔で放った言葉にさらに衝撃が走った。
「あーっ!帝統!幻太郎よりも遅いよーっ!!もうっ、僕、激おこプンプン丸だかんねーっ!!」
え?帝統?私はしばらく状況を理解できず、きょとんとした顔で帝統を見た。帝統も呆気に取られた様子で、目を見開いてこちらを見ていた。私たちが数秒見つめ合ったあと、飴村くんがようやく現状を理解し始めたようで、「あれれー?2人、知り合いだったのー?」と私と帝統の顔を交互に見た。夢野先生は、なぜか「ほう……」と神妙な顔をして、口元に手を当てて、私たちを舐めるように見回していた。
すると、なぜか分からないがあまり機嫌が良くない様子の帝統が、ずんずんとこちらへ向かってきて、心臓が跳ねる。え?なんで?なんでそんなに怒ってるの??真顔がなおさら怖いよ帝統くん??と困惑する私を気にすることもなく、帝統は荒々しく私の二の腕を掴み、カウンターの中に座って隠れていた私の体を引き上げた。「うわっ」と若干の悲鳴をあげる私には見向きもせず、帝統はむすっとした顔のまま、飴村くんと夢野先生に目を移し、こう言い放った。
「こいつ、俺が連れて帰るから。今日は2人で飲んでてくれ」
そう言って踵を返す帝統に、半ば無理やり店の外まで引きずられる。「ちょっ!?なな、帝統、ちょっ、速いっ!!」と抗議をすると、帝統は突然くるりとこちらを向いて、がぶり、と私の唇に噛み付いてきた。いきなりなんなの、という言葉は帝統の口の中に飲み込まれ、じゅるじゅると音を立てて舌を吸われ、あっという間に思考が蕩ける。
獣のような口付けがしばらく続いたあと、ようやく口が離されたと思ったら、帝統は再びそっぽを向き、私の手を引いて店の前の道路の方へと歩き始めた。きっと、タクシーに乗るつもりなのだろう。しかしながら、イケメンの真顔は怖いので、無表情で手を引っ張るのはやめてほしい。帝統がタクシーを呼び止め、中に乗り込むと、私の方をちらりと見やり、また目線を離してからぼそりとぶっきらぼうに言った。
「……ちょっと話すぞ、紫。お前も聞きたいことあんだろ、色々と」