投げられた賽
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そして、シャワーを浴びた後私は帝統とともに外へ繰り出した。帝統が腹が減ったとうるさいので、近くのスーパーで買い出しを済ませると、彼に荷物持ちをさせてさっさと家に帰る。私もなんだかんだでお腹が空いていたのか、思ったよりたくさん買ってしまったな、と大きく膨らんだレジ袋を見ていると、帝統が何やら後ろの方でそわそわしていることに気がついた。なぜだか分からないが、特に意味もなくキッチンの入口付近を行ったり来たりしている。何か企んでいるのだろうかと訝しみ、くるっと体を素早く半回転させて帝統の方を見てみると、わざとらしくそっぽを向いて口笛を吹き始めた。なんだこの明らかに怪しい反応は。
「どうしたの、帝統。何か気になるの?」
「いや……お前、マジで料理とか作れんの……?」
「いや何その顔。作れるわよこれでも。私、手料理にうるさい男と2年付き合ってたことあるんだから」
「ふーん……うわっ、なんだこれ、しみるっ」
私が玉ねぎを洗って細く切り始めたところ、彼が両目に手を当てて叫び声を上げた。正直私はもう慣れてしまったので、思わず小さく笑い声を漏らしてしまう。それに気づいた彼が、「わ、笑うんじゃねえし!」と言いながらもこちらに近づこうとしないので、なんだか微笑ましい。
「帝統、玉ねぎ切ったことないの?目にしみるって知らない?」
「うっせーな!!玉ねぎ切ってるとこ見る機会なんてねえだろ!!」
彼はキッチンからそこそこ距離の離れたテーブルに腰掛け、私のからかいに大げさに反応した。ぷいっと顔を背けて頬杖をつく彼に、威嚇する猫の姿が重なってしまうようで、全く迫力がない。さすがに可哀想なので、彼には言わないけど。
私はこっそり笑いを堪えながら、トントンと音を立てて玉ねぎを細く切っていく。
「でも、帝統くらいの顔してたら、普通に料理作ってくれるお姉さんなんていっぱいいると思うけどね。作ってくれたことないの?」
すると彼は途端に威嚇をやめ、少し気だるげにあー、と間延びした声で答える。
「あるにはあるけどよ、そういう奴に限って、面倒臭え女が多いんだよな」
「……ふーん?私が面倒臭い女だっていうことを今更ほじくりかえして、どうしたいわけ?」
「いや、お前も確かにめんどいけど、そういう意味での面倒じゃなくってな!?」
私の腹の底から出た怒りの声に若干慄いたものの、否定はしないのが何とも帝統らしい。後でシメてやろう。
「なんかこう……重いんだよな。頼んでもいねえのに、勝手に色々と尽くして、俺を縛り付けた気になってるっていうかよ。ほんと、ああいうのにはうんざりだわ」
「……あーなるほど、察した」
私は玉ねぎを全て切り終えたところで、彼の発言に色々と納得する。やはり彼のその顔と愛嬌があれば、ご飯を奢ってくれるくらいの女は引く手あまたらしい。でも彼のギャンブル好きっぷりに付き合うのは骨が折れるから、余程本気でないと、手料理なんて作る女はいないのだろう。そして、こいつみたいなのに本気になる女は……大抵ろくな女がいない。まあ、そういう私も彼に手料理作っちゃってるわけなんですけどね。私がろくな女ではないというのは、一応否定しない。他に手料理を振舞ったらしい女の子とは、方向性が違うけれど。
「それに比べるとなー、正直、紫は意外中の意外だったわ」
「意外中の意外って何……?」
「お前には、そういう面倒くささは1ミリもねえの。なんつーか……話してて、めっちゃ楽」
「へー、」
まさか、彼も私と同じことを考えていたとは。ちょっとだけ嬉しく思いながら、生の鶏肉の下処理を始める。まあ確かに、私はその女の子のように彼を縛るつもりはないし──というか、たぶんこの男にそれは無理だと分かっているし。
「なのに料理まで作ってくれるとか、マジで神か……?って思ったんだけど、もしかして全部嘘なんじゃないかと思ってな」
「……帝統、この鶏肉、全部ベランダから投げ捨てていい?」
「いや違う今のが嘘だ。お前はマジで俺の女神だ!!最初言った通り!!」
「分かったらよろしい。……ていうかそれ、私が都合のいい飯炊き女だと思われてるってことじゃない??」
冗談を言い合いながら、フライパンに調味料を入れて煮立たせると、だんだんといい匂いが漂ってくる。
「んなことねーよ、だってお前、カラダの相性もよかったじゃねえか」
「なっ……なっ──!?」
突然発せられたまさかの下ネタに、私は危うく持っていたおたまを取り落としそうになった。慌てて持ち直し、気をそらすため再びフライパンに向き合うと、帝統は何を考えたのかこちらの方に方にやってきて、背後からこちらを覗き込んできた。
「なんだよその処女みてえな反応は。今更恥ずかしがる間柄でもないだろー?」
「うっ、うっさい!!いきなりそんなこと言うからびっくりしただけ!!」
「……とか言って、今めっちゃ顔赤いけど?お前」
耳元でそう言われ、上からこちらを覗き込まれると、意図せずさらに顔が赤くなっていってしまう。何こいつ、絶対面白がってるし、近いし、憎たらしいくらい顔がいいし──なんてことを思ってしまって固まっていると、なぜか真顔の帝統が私の腰に手を回し、するりと神妙な手つきで撫でた。思わず体を跳ねさせてしまう私に、帝統は小さく笑って私の服の中に手を滑り込ませてくる。
「はっ!?ちょ、ばか、料理中に何して……っ」
「……なあ、もう一回、したいんだけど」
「ひっ、ちょ、あぶな、待っ……」
私の制止を聞かず、帝統はTシャツの中の素肌を指でつつっとなぞり、下着越しに胸をやわやわと揉んだ。やばい。このままだと、確実にまた一発やることになってしまう。そうなったとしたらどうだ。今フライパンの下には火がついている。下手をすれば火事、火事にならなくともせっかくの料理は真っ黒焦げになる……と、一気に思考したところで、私はようやく我に返り、帝統の鳩尾に肘鉄を食らわせた。彼は不意の重い一撃に短く呻き声を上げ、すぐさまノックアウト。うずくまりながら腹を押さえて動かない彼の眼前で、フライパンを片手に仁王立ちする。
「いってぇ……おいいきなり何すっ……いや!!待て!!早まるな!!そのフライパンを置け!!」
「……遺言はある?スケベ野郎の有栖川帝統くん」
「いやっ!!ちょっ!!マジで悪かったから!!命だけは……命だけはーーっ!!!」
──帝統によると、その時の私の顔は今まで見た人間の中で、三本指に入るくらい恐ろしかったそうだ。それから彼は、私が料理中に誘おうとするのは金輪際やめようと思ったらしい。本当は最初からやめてほしいものだが。まあ最終的に、今度勝ったら高い酒を買ってくるとの約束を取り付けたことだし、料理も焦げなかったので許したのだけれど。
「……まあ、ちゃっかり奢ってくれるから、やっぱり紫は優しいよなー!なんだこれ美味い!!」
というわけで、先程の全力の土下座はどこへ行ったのか、帝統はそれはそれは嬉しそうな笑顔で私の作った親子丼を食べていた。まるで子供みたいに頬を膨らませてガツガツと食べる様子に、さっきまでの怒りもどこかへ消し飛んでいってしまう。やっぱり私は帝統に甘いなあ、とひっそりと自嘲の笑みを浮かべながら、自分も親子丼を口に運ぶ。美味しい。さすが私の好物兼得意料理。
「うめえ……うめえよ、久しぶりの出来たての飯……!!」
「全く。これで懲りたら火の元にはちゃんと気をつけるようにしなさいね」
「ほんっとマジでそうするわ……うめえ……ありがてえ……飯……」
そう言いながら、あっという間にご飯をかき込んでいく帝統の満ち足りた顔を見て、何だかそれだけでこの男を家に上げた意味があったような気がした。たとえ一夜限りの関係だとしても。心揺れてしまった男が、ギャンブルで散財したくそ野郎だったとしても。
「……明日仕事がんばろ」
「ん?はんはひっはか?」
「飲み込んでから喋りなさいよ。ほら、口にご飯粒ついてる〜」
「んんっ、なんかお前、俺のことガキみたいに思ってね?……まあいいか、飯美味いし!」
現金なのはどっちなんだか。そんなことを思いながら、昨日までは考えもしなかったようなゆったりとした午後を過ごしたのだった。
それから帝統は何杯か親子丼をおかわりし、テレビなんかを見ながらだらだらと過ごした後、日が落ちるとギャンブルをしたいからと言って夜の街に消えていった。
「お前にはほんとに世話になったなー!この礼は必ずするから、夜は家にいろよ!」
そう言ってひらひらと手を振りながら帰っていく彼に向かって、小さく手を振り返す。礼は必ずする。それは次がある、ということを期待してもいいのだろうか、と思う自分と、本能で生きている彼がそんな約束守るわけなんてない、と思う自分が同居している。とはいえ、彼と過ごした記憶は私の中にずっと残り続けるのだから、昨日と今日のことは長い夢だったと思って忘れよう。そして、寂しくなったら思い出して、酒の肴にでもしよう。そう心に決めて、私は眼下に広がるシブヤの街に向かってうーんと伸びをしたのだった。
「どうしたの、帝統。何か気になるの?」
「いや……お前、マジで料理とか作れんの……?」
「いや何その顔。作れるわよこれでも。私、手料理にうるさい男と2年付き合ってたことあるんだから」
「ふーん……うわっ、なんだこれ、しみるっ」
私が玉ねぎを洗って細く切り始めたところ、彼が両目に手を当てて叫び声を上げた。正直私はもう慣れてしまったので、思わず小さく笑い声を漏らしてしまう。それに気づいた彼が、「わ、笑うんじゃねえし!」と言いながらもこちらに近づこうとしないので、なんだか微笑ましい。
「帝統、玉ねぎ切ったことないの?目にしみるって知らない?」
「うっせーな!!玉ねぎ切ってるとこ見る機会なんてねえだろ!!」
彼はキッチンからそこそこ距離の離れたテーブルに腰掛け、私のからかいに大げさに反応した。ぷいっと顔を背けて頬杖をつく彼に、威嚇する猫の姿が重なってしまうようで、全く迫力がない。さすがに可哀想なので、彼には言わないけど。
私はこっそり笑いを堪えながら、トントンと音を立てて玉ねぎを細く切っていく。
「でも、帝統くらいの顔してたら、普通に料理作ってくれるお姉さんなんていっぱいいると思うけどね。作ってくれたことないの?」
すると彼は途端に威嚇をやめ、少し気だるげにあー、と間延びした声で答える。
「あるにはあるけどよ、そういう奴に限って、面倒臭え女が多いんだよな」
「……ふーん?私が面倒臭い女だっていうことを今更ほじくりかえして、どうしたいわけ?」
「いや、お前も確かにめんどいけど、そういう意味での面倒じゃなくってな!?」
私の腹の底から出た怒りの声に若干慄いたものの、否定はしないのが何とも帝統らしい。後でシメてやろう。
「なんかこう……重いんだよな。頼んでもいねえのに、勝手に色々と尽くして、俺を縛り付けた気になってるっていうかよ。ほんと、ああいうのにはうんざりだわ」
「……あーなるほど、察した」
私は玉ねぎを全て切り終えたところで、彼の発言に色々と納得する。やはり彼のその顔と愛嬌があれば、ご飯を奢ってくれるくらいの女は引く手あまたらしい。でも彼のギャンブル好きっぷりに付き合うのは骨が折れるから、余程本気でないと、手料理なんて作る女はいないのだろう。そして、こいつみたいなのに本気になる女は……大抵ろくな女がいない。まあ、そういう私も彼に手料理作っちゃってるわけなんですけどね。私がろくな女ではないというのは、一応否定しない。他に手料理を振舞ったらしい女の子とは、方向性が違うけれど。
「それに比べるとなー、正直、紫は意外中の意外だったわ」
「意外中の意外って何……?」
「お前には、そういう面倒くささは1ミリもねえの。なんつーか……話してて、めっちゃ楽」
「へー、」
まさか、彼も私と同じことを考えていたとは。ちょっとだけ嬉しく思いながら、生の鶏肉の下処理を始める。まあ確かに、私はその女の子のように彼を縛るつもりはないし──というか、たぶんこの男にそれは無理だと分かっているし。
「なのに料理まで作ってくれるとか、マジで神か……?って思ったんだけど、もしかして全部嘘なんじゃないかと思ってな」
「……帝統、この鶏肉、全部ベランダから投げ捨てていい?」
「いや違う今のが嘘だ。お前はマジで俺の女神だ!!最初言った通り!!」
「分かったらよろしい。……ていうかそれ、私が都合のいい飯炊き女だと思われてるってことじゃない??」
冗談を言い合いながら、フライパンに調味料を入れて煮立たせると、だんだんといい匂いが漂ってくる。
「んなことねーよ、だってお前、カラダの相性もよかったじゃねえか」
「なっ……なっ──!?」
突然発せられたまさかの下ネタに、私は危うく持っていたおたまを取り落としそうになった。慌てて持ち直し、気をそらすため再びフライパンに向き合うと、帝統は何を考えたのかこちらの方に方にやってきて、背後からこちらを覗き込んできた。
「なんだよその処女みてえな反応は。今更恥ずかしがる間柄でもないだろー?」
「うっ、うっさい!!いきなりそんなこと言うからびっくりしただけ!!」
「……とか言って、今めっちゃ顔赤いけど?お前」
耳元でそう言われ、上からこちらを覗き込まれると、意図せずさらに顔が赤くなっていってしまう。何こいつ、絶対面白がってるし、近いし、憎たらしいくらい顔がいいし──なんてことを思ってしまって固まっていると、なぜか真顔の帝統が私の腰に手を回し、するりと神妙な手つきで撫でた。思わず体を跳ねさせてしまう私に、帝統は小さく笑って私の服の中に手を滑り込ませてくる。
「はっ!?ちょ、ばか、料理中に何して……っ」
「……なあ、もう一回、したいんだけど」
「ひっ、ちょ、あぶな、待っ……」
私の制止を聞かず、帝統はTシャツの中の素肌を指でつつっとなぞり、下着越しに胸をやわやわと揉んだ。やばい。このままだと、確実にまた一発やることになってしまう。そうなったとしたらどうだ。今フライパンの下には火がついている。下手をすれば火事、火事にならなくともせっかくの料理は真っ黒焦げになる……と、一気に思考したところで、私はようやく我に返り、帝統の鳩尾に肘鉄を食らわせた。彼は不意の重い一撃に短く呻き声を上げ、すぐさまノックアウト。うずくまりながら腹を押さえて動かない彼の眼前で、フライパンを片手に仁王立ちする。
「いってぇ……おいいきなり何すっ……いや!!待て!!早まるな!!そのフライパンを置け!!」
「……遺言はある?スケベ野郎の有栖川帝統くん」
「いやっ!!ちょっ!!マジで悪かったから!!命だけは……命だけはーーっ!!!」
──帝統によると、その時の私の顔は今まで見た人間の中で、三本指に入るくらい恐ろしかったそうだ。それから彼は、私が料理中に誘おうとするのは金輪際やめようと思ったらしい。本当は最初からやめてほしいものだが。まあ最終的に、今度勝ったら高い酒を買ってくるとの約束を取り付けたことだし、料理も焦げなかったので許したのだけれど。
「……まあ、ちゃっかり奢ってくれるから、やっぱり紫は優しいよなー!なんだこれ美味い!!」
というわけで、先程の全力の土下座はどこへ行ったのか、帝統はそれはそれは嬉しそうな笑顔で私の作った親子丼を食べていた。まるで子供みたいに頬を膨らませてガツガツと食べる様子に、さっきまでの怒りもどこかへ消し飛んでいってしまう。やっぱり私は帝統に甘いなあ、とひっそりと自嘲の笑みを浮かべながら、自分も親子丼を口に運ぶ。美味しい。さすが私の好物兼得意料理。
「うめえ……うめえよ、久しぶりの出来たての飯……!!」
「全く。これで懲りたら火の元にはちゃんと気をつけるようにしなさいね」
「ほんっとマジでそうするわ……うめえ……ありがてえ……飯……」
そう言いながら、あっという間にご飯をかき込んでいく帝統の満ち足りた顔を見て、何だかそれだけでこの男を家に上げた意味があったような気がした。たとえ一夜限りの関係だとしても。心揺れてしまった男が、ギャンブルで散財したくそ野郎だったとしても。
「……明日仕事がんばろ」
「ん?はんはひっはか?」
「飲み込んでから喋りなさいよ。ほら、口にご飯粒ついてる〜」
「んんっ、なんかお前、俺のことガキみたいに思ってね?……まあいいか、飯美味いし!」
現金なのはどっちなんだか。そんなことを思いながら、昨日までは考えもしなかったようなゆったりとした午後を過ごしたのだった。
それから帝統は何杯か親子丼をおかわりし、テレビなんかを見ながらだらだらと過ごした後、日が落ちるとギャンブルをしたいからと言って夜の街に消えていった。
「お前にはほんとに世話になったなー!この礼は必ずするから、夜は家にいろよ!」
そう言ってひらひらと手を振りながら帰っていく彼に向かって、小さく手を振り返す。礼は必ずする。それは次がある、ということを期待してもいいのだろうか、と思う自分と、本能で生きている彼がそんな約束守るわけなんてない、と思う自分が同居している。とはいえ、彼と過ごした記憶は私の中にずっと残り続けるのだから、昨日と今日のことは長い夢だったと思って忘れよう。そして、寂しくなったら思い出して、酒の肴にでもしよう。そう心に決めて、私は眼下に広がるシブヤの街に向かってうーんと伸びをしたのだった。