本編
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side湊川麻子
自分の身に起きている異変に気がついたのは、中学3年の12月のある日。母は数ヶ月ほど前に、どこかの男の家からほとんど帰ってこなくなり、暴言も啜り泣きの声も聞こえなくなった静かな玄関の前。私はいつものように、学校へ行くため靴を履いて立ち上がろうとして、それができないことに気がついた。いくら脚に動けと命じても、言うことを聞いてくれない。まるで、脚だけ自分のものではない、人形に成り果てたかのようだった。どうしよう。このままだと、乱数がここに迎えに来てしまう。乱数は私に過保護だから、脚が動かないなんて言ったら心配して面倒なことになりかねない。立たなきゃ。立たなきゃ。とりあえず、立たなきゃ。しかし、いくら自分を叱咤しても脚は動かず、代わりに何故か涙が出てきて止まらなくなった。別に悲しいことなんてないのに、どうして涙なんか出てくるんだろう。私は、今何を感じてるんだろう。やっぱり、私はおかしくなってしまったのかな。いつから?乱数に処女を奪われたときから?出会ったときから?生まれたときから?
その時、私はそれが所謂病的な状態だということに気がついていなかった。しかし、とりあえず、このざまを乱数に見られるのだけは避けたいと思ったから、逃げようと思った。逃げよう。逃げなきゃ。乱数から。そう思うと、少しだけこみ上げる嗚咽が減って、ゆっくりと脚が動き出すのを感じた。私はふらふらと立ち上がって、持っているお金を全てかき集めて、ずっと使っていなかった裏口から家を出て、最寄り駅へと必死で歩いた。乱数と一緒に街へ出かけたときの記憶を頼りに、電車に揺られて、終点の駅で降りると、そこには知らない人、人、人だらけで、目眩がしそうになる。だけど、ここで倒れては迷惑になる、と必死でこらえて、とにかく人のいないところを探して、ひたすらに歩き回った。だけど、この街で人のいないところはなかなか見つからず、路地裏まで歩いてきたところで、ついに私は力尽きて倒れた。薄れゆく意識の中で、私は一年前の、葛城先輩の言葉を思い出していた。
『君は、君の人生を生きなきゃ、後で後悔するよ』
私の人生。私の人生って何だったんだろう。もう、何も分からない。今日、ここで死ぬのかもしれない。それでいいや。もう疲れてしまった。死んで、この苦しいだけの世界から解放されたい。目を閉じて、暗闇の中に身を任せる。そのまま意識を手放した私は、近づいてくる誰かの足音に気がつくはずもなかった。
私が降りた駅の名前は、『シンジュク』。これが後に、私の人生に大きく刻まれる名前だなんて、この頃の私には、知る由もない。
side飴村乱数
麻子がいなくなってから一週間。未だ、彼女は行方知れずのままだ。12月のあの日、なかなか彼女が家から出てこないと思って玄関まで行ってみたら、玄関の鍵が開いていて、その中はもぬけの殻だった。僕は持っていた通学鞄をかなぐり捨てて、学校の始まる時間など構わずに、夢中になって彼女を探した。しかし、家にも、公園にも、隣町にも、彼女の姿は見当たらなかった。そもそも、彼女が学校周辺といつもの公園以外のどこかに、自らの意思で行くことは考えにくい。僕を置いて一人で学校へ行こうとしたというのも考えにくい。彼女は早起きが苦手だし、一度僕を出し抜いて学校へ行ってからは、今まで一人で学校に行ったことはないから。だとしたら、やはり──。僕は一番最悪のシナリオを想像して、背筋が凍るようだった。すぐさま、一番近くにある交番の方角へ走る。110番通報をするのも一つの手だったが、彼女の家庭環境は複雑だから、直接説明するのが手取り早い。麻子を汚い奴らに奪い取られると思うと、胸が張り裂けそうで、僕は血が出そうなほど己の拳を握りしめた。
「麻子……っ!!無事でいてくれ……っ!!」
自分の身に起きている異変に気がついたのは、中学3年の12月のある日。母は数ヶ月ほど前に、どこかの男の家からほとんど帰ってこなくなり、暴言も啜り泣きの声も聞こえなくなった静かな玄関の前。私はいつものように、学校へ行くため靴を履いて立ち上がろうとして、それができないことに気がついた。いくら脚に動けと命じても、言うことを聞いてくれない。まるで、脚だけ自分のものではない、人形に成り果てたかのようだった。どうしよう。このままだと、乱数がここに迎えに来てしまう。乱数は私に過保護だから、脚が動かないなんて言ったら心配して面倒なことになりかねない。立たなきゃ。立たなきゃ。とりあえず、立たなきゃ。しかし、いくら自分を叱咤しても脚は動かず、代わりに何故か涙が出てきて止まらなくなった。別に悲しいことなんてないのに、どうして涙なんか出てくるんだろう。私は、今何を感じてるんだろう。やっぱり、私はおかしくなってしまったのかな。いつから?乱数に処女を奪われたときから?出会ったときから?生まれたときから?
その時、私はそれが所謂病的な状態だということに気がついていなかった。しかし、とりあえず、このざまを乱数に見られるのだけは避けたいと思ったから、逃げようと思った。逃げよう。逃げなきゃ。乱数から。そう思うと、少しだけこみ上げる嗚咽が減って、ゆっくりと脚が動き出すのを感じた。私はふらふらと立ち上がって、持っているお金を全てかき集めて、ずっと使っていなかった裏口から家を出て、最寄り駅へと必死で歩いた。乱数と一緒に街へ出かけたときの記憶を頼りに、電車に揺られて、終点の駅で降りると、そこには知らない人、人、人だらけで、目眩がしそうになる。だけど、ここで倒れては迷惑になる、と必死でこらえて、とにかく人のいないところを探して、ひたすらに歩き回った。だけど、この街で人のいないところはなかなか見つからず、路地裏まで歩いてきたところで、ついに私は力尽きて倒れた。薄れゆく意識の中で、私は一年前の、葛城先輩の言葉を思い出していた。
『君は、君の人生を生きなきゃ、後で後悔するよ』
私の人生。私の人生って何だったんだろう。もう、何も分からない。今日、ここで死ぬのかもしれない。それでいいや。もう疲れてしまった。死んで、この苦しいだけの世界から解放されたい。目を閉じて、暗闇の中に身を任せる。そのまま意識を手放した私は、近づいてくる誰かの足音に気がつくはずもなかった。
私が降りた駅の名前は、『シンジュク』。これが後に、私の人生に大きく刻まれる名前だなんて、この頃の私には、知る由もない。
side飴村乱数
麻子がいなくなってから一週間。未だ、彼女は行方知れずのままだ。12月のあの日、なかなか彼女が家から出てこないと思って玄関まで行ってみたら、玄関の鍵が開いていて、その中はもぬけの殻だった。僕は持っていた通学鞄をかなぐり捨てて、学校の始まる時間など構わずに、夢中になって彼女を探した。しかし、家にも、公園にも、隣町にも、彼女の姿は見当たらなかった。そもそも、彼女が学校周辺といつもの公園以外のどこかに、自らの意思で行くことは考えにくい。僕を置いて一人で学校へ行こうとしたというのも考えにくい。彼女は早起きが苦手だし、一度僕を出し抜いて学校へ行ってからは、今まで一人で学校に行ったことはないから。だとしたら、やはり──。僕は一番最悪のシナリオを想像して、背筋が凍るようだった。すぐさま、一番近くにある交番の方角へ走る。110番通報をするのも一つの手だったが、彼女の家庭環境は複雑だから、直接説明するのが手取り早い。麻子を汚い奴らに奪い取られると思うと、胸が張り裂けそうで、僕は血が出そうなほど己の拳を握りしめた。
「麻子……っ!!無事でいてくれ……っ!!」