本編
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それは、ある放課後のこと。私は、図書委員の仕事で、学校の図書館の受付の仕事をしていた。本の貸出、返却を受け付ける以外は暇な仕事なので、その間は好きなだけ本を読んでいられる。乱数がクラスメイトの勧めで、委員会に入っていてくれてよかった。でなければ、絶対に私は委員会になんて入らせてくれなかっただろう。だって、彼は帰りに私に待たされることを、酷く嫌うから。
その日、読んでいたシリーズものの本が面白くて、夢中になって読破し、人がいないのを確認して、続きを借りに行った。しかし、その本は背伸びをしなければ、私の背では届かない位置にある。それでも読みたいのには変わらないので、全力で背伸びをして本を取ろうとした。しかし、私の指がその本の背表紙に触れる前に、誰かの手が軽々とそれを取り去っていく。思わず目を丸くして、振り向けば、そこには予想だにしない人物の顔があった。まっすぐなサラサラの黒髪に、黒縁眼鏡から覗く、優しげに細められた瞳。私が密かに淡い気持ちを抱いている、図書委員長の葛城先輩だった。
「飴村乱数、だと思った?」
彼が差し出した本を受け取る前に、そんなことを言われて驚いた。図星、だったからだ。こめかみに、嫌な汗が伝いそうになる。彼は、そんな私の考えさえ見抜いているかのように、「やっぱりそうなんだ」と確信めいた口調で言った。
「……湊川さんと飴村くんって、恋人同士なんだよね?僕は三年だけど、こっちにまで噂が流れてきたよ。よっぽど仲がいいんだね」
微笑みながらそう言われて、私はいたたまれない気持ちになった。憧れの先輩にまで知れ渡ってしまっただなんて。私は俯いたまま、「……はい」と答えることしかできない。しかし、先輩が次にかけた言葉は、私の想像していたものとは違うものだった。
「……でも、その反応を見ると、噂とは違うみたいだね」
「……え……?」
「君の顔を見れば分かるよ。きっと湊川さんは──飴村くんに、怯えているんだね」
私は彼の言葉が理解できず、絶句した。私が、乱数に怯えている……?確かに、怖いと思ったことはあったけど、それは一時的なものだし、一緒にいて楽しいこともあるし……だけど、最後に一緒にいて楽しいと思ったのは、いつだろうか。
「どうしてそう思うか、わかる?さっき湊川さんは、僕のことを飴村くんだと思ったんだろう。だけど湊川さんの顔に浮かんでいたのは、喜びというより恐怖だった。湊川さんは、感情が顔に出やすいからね」
そう言うと葛城先輩は目を伏せて、「ずっと、見てたから」と呟く。私がその言葉の意味を理解する前に、彼は真剣な顔をして口を開いた。
「僕は、君のことが好きだ」
言われた途端に、体の中心が一気に熱を持ってぶわっと燃え上がった。好きな人に告白された、という喜びよりも、なぜ私なんかにという困惑の方がはるかに勝っていて、何も言葉を発することができない。しかし、彼は続けてもう1つの重い現実を私につきつけた。
「それから──僕は今日づけで、別の学校に転入する」
内側で燃え上がっていた熱に、一気に冷や水を浴びせられたようだった。彼は、まるで泣きそうなのを我慢するように、悔しそうに唇を噛んでいた。そんな彼の仕草に、ああ、彼は本当に私のことを好きでいてくれたんだな、という実感がようやく沸いてきた。
「こんな、逃げるような形で告白してしまってごめん。だけど、もう時間がないんだ。だから……これだけ、言わせて欲しい」
彼は私の肩に手を置き、真正面から私のことをじっと見つめた。力の込められた掌が、彼の真剣さを真摯に物語っていた。
「飴村くんとの関係は、部外者の僕にはよく分からない。だけど、どんな関係であれ、言いたいことはきちんと言わなきゃ駄目だ。そして、もし湊川さんが彼によって支配され、自由を奪われているのなら──どんな卑怯な手段を使ってもいい、別れるべきだ。飴村くんじゃない、君は君の人生を生きなきゃ、後で後悔するよ」
彼の言葉、一つ一つが重く、私の心の奥深くに突き刺さった。強い意志の宿った彼の声に、乱数に対するぼんやりとした不満が、はっきりと形をなした感情に変わっていくのが分かった。
「……ありがとうございます、葛城先輩。私、乱数にちゃんと……言いたいこと、言おうと思います」
絞り出すような私の言葉に、先輩は安心したような、でも少し寂しそうな顔で笑った。
「……うん。幸せに、なってね。湊川さん」
まるで今にも泣きだしそうな彼の言葉に、私は耐えられなくなって、踵を返すそのブレザーの裾を掴んだ。眼鏡越しに目を丸くする彼の瞳をまっすぐに見て、絞り出すように、必死に言葉を紡いだ。
「私も、先輩のこと、好き、でした」
語尾がだんだん小さくなるのを感じながら、私は、ついに言ってしまったと顔を茹で蛸のように赤くした。そんな私に彼は優しく微笑んで、黙って私の頭をぽんぽんと撫でた後、くるりと背を向けて、図書室を後にしていった。ガラガラ、と図書室の扉が開いて、閉まる音が頭の中に反響する。私は、いつの間にか涙を流していた。嗚咽を殺しながら、壁をずり落ちるようにしてうずくまり、ただただこぼれ落ちる涙を拭っていた。頭の中に響くのは、彼が私にくれたさまざまな言葉。無駄にしてはいけない。乱数に言わなきゃ。私は私の人生を生きるって──こんな歪んだ関係、もうおしまいにしようって。
その日、読んでいたシリーズものの本が面白くて、夢中になって読破し、人がいないのを確認して、続きを借りに行った。しかし、その本は背伸びをしなければ、私の背では届かない位置にある。それでも読みたいのには変わらないので、全力で背伸びをして本を取ろうとした。しかし、私の指がその本の背表紙に触れる前に、誰かの手が軽々とそれを取り去っていく。思わず目を丸くして、振り向けば、そこには予想だにしない人物の顔があった。まっすぐなサラサラの黒髪に、黒縁眼鏡から覗く、優しげに細められた瞳。私が密かに淡い気持ちを抱いている、図書委員長の葛城先輩だった。
「飴村乱数、だと思った?」
彼が差し出した本を受け取る前に、そんなことを言われて驚いた。図星、だったからだ。こめかみに、嫌な汗が伝いそうになる。彼は、そんな私の考えさえ見抜いているかのように、「やっぱりそうなんだ」と確信めいた口調で言った。
「……湊川さんと飴村くんって、恋人同士なんだよね?僕は三年だけど、こっちにまで噂が流れてきたよ。よっぽど仲がいいんだね」
微笑みながらそう言われて、私はいたたまれない気持ちになった。憧れの先輩にまで知れ渡ってしまっただなんて。私は俯いたまま、「……はい」と答えることしかできない。しかし、先輩が次にかけた言葉は、私の想像していたものとは違うものだった。
「……でも、その反応を見ると、噂とは違うみたいだね」
「……え……?」
「君の顔を見れば分かるよ。きっと湊川さんは──飴村くんに、怯えているんだね」
私は彼の言葉が理解できず、絶句した。私が、乱数に怯えている……?確かに、怖いと思ったことはあったけど、それは一時的なものだし、一緒にいて楽しいこともあるし……だけど、最後に一緒にいて楽しいと思ったのは、いつだろうか。
「どうしてそう思うか、わかる?さっき湊川さんは、僕のことを飴村くんだと思ったんだろう。だけど湊川さんの顔に浮かんでいたのは、喜びというより恐怖だった。湊川さんは、感情が顔に出やすいからね」
そう言うと葛城先輩は目を伏せて、「ずっと、見てたから」と呟く。私がその言葉の意味を理解する前に、彼は真剣な顔をして口を開いた。
「僕は、君のことが好きだ」
言われた途端に、体の中心が一気に熱を持ってぶわっと燃え上がった。好きな人に告白された、という喜びよりも、なぜ私なんかにという困惑の方がはるかに勝っていて、何も言葉を発することができない。しかし、彼は続けてもう1つの重い現実を私につきつけた。
「それから──僕は今日づけで、別の学校に転入する」
内側で燃え上がっていた熱に、一気に冷や水を浴びせられたようだった。彼は、まるで泣きそうなのを我慢するように、悔しそうに唇を噛んでいた。そんな彼の仕草に、ああ、彼は本当に私のことを好きでいてくれたんだな、という実感がようやく沸いてきた。
「こんな、逃げるような形で告白してしまってごめん。だけど、もう時間がないんだ。だから……これだけ、言わせて欲しい」
彼は私の肩に手を置き、真正面から私のことをじっと見つめた。力の込められた掌が、彼の真剣さを真摯に物語っていた。
「飴村くんとの関係は、部外者の僕にはよく分からない。だけど、どんな関係であれ、言いたいことはきちんと言わなきゃ駄目だ。そして、もし湊川さんが彼によって支配され、自由を奪われているのなら──どんな卑怯な手段を使ってもいい、別れるべきだ。飴村くんじゃない、君は君の人生を生きなきゃ、後で後悔するよ」
彼の言葉、一つ一つが重く、私の心の奥深くに突き刺さった。強い意志の宿った彼の声に、乱数に対するぼんやりとした不満が、はっきりと形をなした感情に変わっていくのが分かった。
「……ありがとうございます、葛城先輩。私、乱数にちゃんと……言いたいこと、言おうと思います」
絞り出すような私の言葉に、先輩は安心したような、でも少し寂しそうな顔で笑った。
「……うん。幸せに、なってね。湊川さん」
まるで今にも泣きだしそうな彼の言葉に、私は耐えられなくなって、踵を返すそのブレザーの裾を掴んだ。眼鏡越しに目を丸くする彼の瞳をまっすぐに見て、絞り出すように、必死に言葉を紡いだ。
「私も、先輩のこと、好き、でした」
語尾がだんだん小さくなるのを感じながら、私は、ついに言ってしまったと顔を茹で蛸のように赤くした。そんな私に彼は優しく微笑んで、黙って私の頭をぽんぽんと撫でた後、くるりと背を向けて、図書室を後にしていった。ガラガラ、と図書室の扉が開いて、閉まる音が頭の中に反響する。私は、いつの間にか涙を流していた。嗚咽を殺しながら、壁をずり落ちるようにしてうずくまり、ただただこぼれ落ちる涙を拭っていた。頭の中に響くのは、彼が私にくれたさまざまな言葉。無駄にしてはいけない。乱数に言わなきゃ。私は私の人生を生きるって──こんな歪んだ関係、もうおしまいにしようって。