本編
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──精神に干渉するマイク、ヒプノシスマイク。
──人を殺せるマイク。
「……お久しぶりです、寂雷先生。あの、初っ端からあれなんですけど、見ました?あの政府放送……本当、大変なことになりましたね……」
『……そのようですね。私も見ましたよ。日本ではかなり騒ぎになっているようですが、麻子くんは大丈夫ですか?』
私はその夜、自宅から戦地にいる寂雷先生の元へと電話をかけた。本当は政府放送が終わったその日にかけたかったのだが、ちょうど先生の仕事が立て込んでいてそれは叶わず、かけることができたのは数日ほど経ってからだった。先生も、遠く離れた戦地とはいえ、あの放送を受け取っていたらしく、ある程度日本の情報も耳に入っているようだ。
「……はい、私はたまたま、中王区で一人暮らしを始めたばかりだったので大丈夫だったんですけど……中王区外の人は大変みたいです。女性も男性も」
あのマイクが登場してから、世界はどんどん塗り変わっていった。男性は中王区から次々と追い出され、女性は治安の悪化からほとんどの人が中王区へ引っ越すことを余儀なくされ、中王区は女性だけが住む唯一の区域になり、結果的にはこの世で一番住みやすい街になった。
治安はみるみるうちに良くなり、福利厚生もかなり整えられてきたので喜ぶ女性も多かったが、何だか私は違和感を覚えて仕方がなかった。
今建設途中の壁によって、これから世界は完全に分断され、私たちはまるで籠の中の鳥のように、大切に守られながら檻の中で生涯を終えることになる。男性たちを当たり前のように迫害し、踏みつけながら。そんな社会が実現するだなんて、正直言って恐ろしい。手段と方法が変わっただけで、暴力と恐怖が人を支配する、今までの社会と何も変わっていない。
「本当……不気味です。こんな社会が本当に実現するのかと思うと」
『そうですね……ですが、実際に世界の紛争の数が激減していることは事実です。やり方に問題はあれど、彼女らのしたことは、あながち間違ってはいなかったのかもしれませんね』
「そうなのかもしれないですけど……私は嫌です……こんな社会は」
『私もそう思います。一方を迫害しなければ成り立たない社会など、この世にあってはいけないし、いつか必ず不満が爆発する日が来る。……とはいえ、今は混乱している時期ですから、無茶な行動は控えてくださいね。中王区内が一番安全ですから、くれぐれも壁の外には出ないように』
「分かってます。本当、壁の外は混沌としてるみたいですし……」
私は、ちらりと窓の外に目をやる。街の灯りに紛れて見えるのは、どんなビルよりも高い重厚な壁。これでも建設中というのだから、完成すれば、外側から許可無しに入るのは間違いなく不可能になるだろう。そして壁を乗り越えた向こう側は、マイクを使って争いを繰り広げる男性たちによって、無法地帯と化しているらしい。SNSやテレビのニュースを見ていれば、外がどれだけ危険な場所になっているのか、手に取るようにわかる。いくら男性たちに罪悪感を覚えようとも、やはり壁の外に出るような勇気は私にはない。私には、ただ指をくわえて事の顛末を眺めることしかできないのだ。
「……何だか、悔しいです。あれだけ多くの人が傷ついているのに……私は何もできないだなんて……」
『……それは私も同感です。ですが、麻子くん。人間には、できることとできないことがあります。今は、麻子くんが出るべき時ではない。麻子くんがやれることを一生懸命やることが、きっとこの先、彼らの役に立つことに繋がると思いますよ』
優しい、それでいて芯の通ったその言葉に、私の迷いがだんだんと晴れていくのを感じる。先生はいつも優しくて、私だけじゃない、出会った人全てをあるべき方向へと導いてくれて、まるで神様や仏様のようだ。5年という長年の付き合いで、先生の人間らしい部分もたくさん知っている私でさえ、そう思うくらいなのだから、本当にすごい人なのだなあと改めて感じさせられる。
それから、私は暫く先生に近況報告などをして、久しぶりに楽しい時間を過ごした。けっこうな長電話をした後、先生の方で急な怪我人が出てしまったらしく、「すみませんね、今日はこれで終わりにしましょうか」との一言で、名残惜しくも電話は終了になった。
スマホの通話の画面を閉じて、また寂しくなるな、と思いながら虚空を見つめる。香織さんと連絡を取ってみようかと思いつつも、実は香織さんも、中王区への引越しでバタバタしているらしく、なかなか話せる機会は持てそうにないし、引っ越してきたばかりでこの辺りに友達はいない。それならば他の友達は、と思ったが、私の友達は全員中王区外に住んでいる女子だから、きっと引越し作業に追われているのは同じだろう。うーんと頭を捻っていると、ピンポーン、という軽快な音ともに、思考が現実に引き戻される。
「はーい!」
急いでインターフォンのモニター画面のあるところまで行くと、『宅急便でーす!』という高い女の人の声がした。何か頼んでたかな、とよく使う通販サイトの画面を思い出しながら「はい!今行きまーす」と言って扉の前まで駆けて行く。カチャリ、と鍵を開けて扉を開けると、有名な郵便局の制服を纏った私より少し身長の低い女の人が、段ボール箱を持って立っていた。深く被った帽子の隙間から、派手なピンクとパープルの髪の毛が少しはみ出ている。
規則とかにひっかからないのかな、と少し考えつつも、まあ最近はそういうのも自由になってきてるのかな、と特に気にせずに荷物を受け取ろうとすると──不意に強い力で腕を掴まれ、扉の中に引き入れられる。バタン!と扉が閉められ、鍵がかけられたかと思うと、抵抗する暇もなく両手を掴まれ、玄関の壁に強い力で押し付けられた。
戸惑いと恐怖に脳が侵食されていく中で、私は目の前にいる人の髪の色について考えていた──そのピンクとパープルは、乱数がいつかこの色に染めたい、と言っていた色じゃなかろうか。それに、この身長差、なんだかとっても慣れ親しんだもののような──。信じたくない真相に辿り着くと同時に、身が竦んで動けなくなってしまう私の前で、その人は帽子を脱いで床に投げ捨て、顔を上げてこちらを見た。ふわりと広がる、ピンクとパープルの鮮やかな色の髪の毛。私の目を射抜いて離さない、宝石のような青い瞳。
その人は、私の目をじっと見つめたかと思うと、感極まったように青い瞳にうっすらと涙を溜め、勢いよく私の体にぎゅうと抱きついてきた。苦しくなるほどの強い力で、まるでもう一生離さない、とでも言いたげに。密着した体からはうっすらと汗の匂いがして、合わさった胸からは、ドクン、ドクン、と早く脈打つ心臓の鼓動が聞こえてきた。
「麻子……っ……会いたかった……麻子……」
──人を殺せるマイク。
「……お久しぶりです、寂雷先生。あの、初っ端からあれなんですけど、見ました?あの政府放送……本当、大変なことになりましたね……」
『……そのようですね。私も見ましたよ。日本ではかなり騒ぎになっているようですが、麻子くんは大丈夫ですか?』
私はその夜、自宅から戦地にいる寂雷先生の元へと電話をかけた。本当は政府放送が終わったその日にかけたかったのだが、ちょうど先生の仕事が立て込んでいてそれは叶わず、かけることができたのは数日ほど経ってからだった。先生も、遠く離れた戦地とはいえ、あの放送を受け取っていたらしく、ある程度日本の情報も耳に入っているようだ。
「……はい、私はたまたま、中王区で一人暮らしを始めたばかりだったので大丈夫だったんですけど……中王区外の人は大変みたいです。女性も男性も」
あのマイクが登場してから、世界はどんどん塗り変わっていった。男性は中王区から次々と追い出され、女性は治安の悪化からほとんどの人が中王区へ引っ越すことを余儀なくされ、中王区は女性だけが住む唯一の区域になり、結果的にはこの世で一番住みやすい街になった。
治安はみるみるうちに良くなり、福利厚生もかなり整えられてきたので喜ぶ女性も多かったが、何だか私は違和感を覚えて仕方がなかった。
今建設途中の壁によって、これから世界は完全に分断され、私たちはまるで籠の中の鳥のように、大切に守られながら檻の中で生涯を終えることになる。男性たちを当たり前のように迫害し、踏みつけながら。そんな社会が実現するだなんて、正直言って恐ろしい。手段と方法が変わっただけで、暴力と恐怖が人を支配する、今までの社会と何も変わっていない。
「本当……不気味です。こんな社会が本当に実現するのかと思うと」
『そうですね……ですが、実際に世界の紛争の数が激減していることは事実です。やり方に問題はあれど、彼女らのしたことは、あながち間違ってはいなかったのかもしれませんね』
「そうなのかもしれないですけど……私は嫌です……こんな社会は」
『私もそう思います。一方を迫害しなければ成り立たない社会など、この世にあってはいけないし、いつか必ず不満が爆発する日が来る。……とはいえ、今は混乱している時期ですから、無茶な行動は控えてくださいね。中王区内が一番安全ですから、くれぐれも壁の外には出ないように』
「分かってます。本当、壁の外は混沌としてるみたいですし……」
私は、ちらりと窓の外に目をやる。街の灯りに紛れて見えるのは、どんなビルよりも高い重厚な壁。これでも建設中というのだから、完成すれば、外側から許可無しに入るのは間違いなく不可能になるだろう。そして壁を乗り越えた向こう側は、マイクを使って争いを繰り広げる男性たちによって、無法地帯と化しているらしい。SNSやテレビのニュースを見ていれば、外がどれだけ危険な場所になっているのか、手に取るようにわかる。いくら男性たちに罪悪感を覚えようとも、やはり壁の外に出るような勇気は私にはない。私には、ただ指をくわえて事の顛末を眺めることしかできないのだ。
「……何だか、悔しいです。あれだけ多くの人が傷ついているのに……私は何もできないだなんて……」
『……それは私も同感です。ですが、麻子くん。人間には、できることとできないことがあります。今は、麻子くんが出るべき時ではない。麻子くんがやれることを一生懸命やることが、きっとこの先、彼らの役に立つことに繋がると思いますよ』
優しい、それでいて芯の通ったその言葉に、私の迷いがだんだんと晴れていくのを感じる。先生はいつも優しくて、私だけじゃない、出会った人全てをあるべき方向へと導いてくれて、まるで神様や仏様のようだ。5年という長年の付き合いで、先生の人間らしい部分もたくさん知っている私でさえ、そう思うくらいなのだから、本当にすごい人なのだなあと改めて感じさせられる。
それから、私は暫く先生に近況報告などをして、久しぶりに楽しい時間を過ごした。けっこうな長電話をした後、先生の方で急な怪我人が出てしまったらしく、「すみませんね、今日はこれで終わりにしましょうか」との一言で、名残惜しくも電話は終了になった。
スマホの通話の画面を閉じて、また寂しくなるな、と思いながら虚空を見つめる。香織さんと連絡を取ってみようかと思いつつも、実は香織さんも、中王区への引越しでバタバタしているらしく、なかなか話せる機会は持てそうにないし、引っ越してきたばかりでこの辺りに友達はいない。それならば他の友達は、と思ったが、私の友達は全員中王区外に住んでいる女子だから、きっと引越し作業に追われているのは同じだろう。うーんと頭を捻っていると、ピンポーン、という軽快な音ともに、思考が現実に引き戻される。
「はーい!」
急いでインターフォンのモニター画面のあるところまで行くと、『宅急便でーす!』という高い女の人の声がした。何か頼んでたかな、とよく使う通販サイトの画面を思い出しながら「はい!今行きまーす」と言って扉の前まで駆けて行く。カチャリ、と鍵を開けて扉を開けると、有名な郵便局の制服を纏った私より少し身長の低い女の人が、段ボール箱を持って立っていた。深く被った帽子の隙間から、派手なピンクとパープルの髪の毛が少しはみ出ている。
規則とかにひっかからないのかな、と少し考えつつも、まあ最近はそういうのも自由になってきてるのかな、と特に気にせずに荷物を受け取ろうとすると──不意に強い力で腕を掴まれ、扉の中に引き入れられる。バタン!と扉が閉められ、鍵がかけられたかと思うと、抵抗する暇もなく両手を掴まれ、玄関の壁に強い力で押し付けられた。
戸惑いと恐怖に脳が侵食されていく中で、私は目の前にいる人の髪の色について考えていた──そのピンクとパープルは、乱数がいつかこの色に染めたい、と言っていた色じゃなかろうか。それに、この身長差、なんだかとっても慣れ親しんだもののような──。信じたくない真相に辿り着くと同時に、身が竦んで動けなくなってしまう私の前で、その人は帽子を脱いで床に投げ捨て、顔を上げてこちらを見た。ふわりと広がる、ピンクとパープルの鮮やかな色の髪の毛。私の目を射抜いて離さない、宝石のような青い瞳。
その人は、私の目をじっと見つめたかと思うと、感極まったように青い瞳にうっすらと涙を溜め、勢いよく私の体にぎゅうと抱きついてきた。苦しくなるほどの強い力で、まるでもう一生離さない、とでも言いたげに。密着した体からはうっすらと汗の匂いがして、合わさった胸からは、ドクン、ドクン、と早く脈打つ心臓の鼓動が聞こえてきた。
「麻子……っ……会いたかった……麻子……」