番外編
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「先生!!篠原さんから聞きましたよ!!この病院をやめて、軍医になるんですよね……?あの、わたし」
「絶対に駄目だよ、麻子くんをあんなに危険なところに行かせられる訳がないじゃないか」
「うっ……まだ私何も言ってないのに……」
あの時意を決して彼女を寮に入れたことも、今となってはいい思い出だ。結論から言うと、彼女は私たちが考えたよりもずっと努力して、今ではすっかり優秀な看護師の卵である。病院でのアルバイトもすっかり様になり、もうそこらの新人看護師よりもずっと使える人材になった。
そんな彼女は、現在20歳になったばかりの大学生で、昔と比べると随分と大人っぽく可憐になってきて、正直悪い虫がつかないか心配なところだが、私にはその他に片付けなければならない問題があった。そう、今でも某国で続いている、第三次世界大戦のことだ。
私はその国での現状を知って衝撃を受け、このまま何もせずにはいられないと思い、戦場に赴くことを決めたのだ。それを、麻子くんに伝えれば絶対に一緒に行くと言い出すと思ったので、秘密にしておいたのだが、篠原さん伝いでバレてしまったらしい。まあ、それくらいは予想の範疇ではあるのだけれど。
首を捻って私を説得する方法を考えている様子の麻子くんに少し呆れ笑いしながらも、「久しぶりにうちに来たんだ、珈琲でもいるかい?」と彼女に声をかけた。すると彼女はハッと自分の世界から帰ってきて「いります!ありがとうございます」と答えた。
私は珈琲を淹れると、彼女専用のマグカップをソファの前のテーブルに置き、ソファに座っている彼女の正面の椅子に座る。すると「ありがとうございます、先生。いただきます……あちっ」といきなり飲んでしまい、小さく声を上げる彼女に愛おしさが込み上げてきてしまうが、私はこれから彼女のことを説得しなければならないのだ。
さて、どうしたものか。彼女はこう見えて頑固だ。どのように説得すれば、私について行くことを諦めてくれるだろう。うーんと頭を捻っていると、彼女から先に私の方へ身を乗り出し、強い口調で語りかけてきた。
「それだったら、そんな危険なところに先生も行くってことじゃないですか……私だって、先生のことが心配です」
「そう思ってくれるのは嬉しいけれど、やはり私は行かなければならないんだ。今も、怪我をして苦しんでいる患者たちが山ほどいる。その人たちを放っておくことは、私にはできない」
「……先生のその気持ちは、私にも痛いほど分かります。先生のその思いに、私も救われたわけですから。でも、それなら私が一緒に行ったっていいじゃないですか!」
「……厳しいことを言うようだけどね、麻子くん。戦場では色々な意味で、女性と男性ではどうしても力の差が生まれてしまうんだ。それに、確かに病院で働いてきた君の実力は認めるけど、君はまだ看護師の資格すら取れていない、ただの大学生だろう?」
最後の一言に、麻子くんはついに何も言えなくなって、ぐっと口を引き結んで項垂れた。うっすら見える、眉をひそめて唇を噛んだその表情が、まるで涙を堪えているような顔に見えて、つきりと胸が痛んだ。
私だって本当は、麻子くんに寂しい思いなどさせたくはない。しかしもう、あの国の戦線は本格的に広がり始めている。今行かなければ、より多くの死傷者が出ることは免れないし、手遅れになることだって有りうるかもしれないのだ。
私はそっと麻子くんの隣に座り、頭に優しく手を乗せてゆっくりと撫でる。すると彼女はこちらを見上げて、泣きそうな顔で、勢いよくこちらの腰に抱きついてきた。
「……おや、何だか今日は甘えただね」
「……もう、茶化さないで。……絶対に、帰ってきてくださいね。帰ってこなかったら……承知しませんからね……」
「……分かっているよ。『保護者』としての責任を、果たさないわけにはいかないからね」
胸元にある小さな頭の髪の毛をゆっくりと梳きながら答えると、彼女はぐりぐりと胸元に顔を押し付けて「ずっとずっと待ってますからね。香織さんと一緒に……ずっと」と不貞腐れたように言った。私はそれに小さく微笑みながら「うん……必ず、帰ってくるよ」と答えた。
私たちはそのまま、しばらく体をくっつけたままで過ごし、日が沈むと夜ご飯にパスタを一緒に作って食べた。久々の、穏やかで幸せな麻子くんとの時間だった。
それから数日後、私は篠原さんと麻子くんに見送られ、空港から某国へと飛び立った。聞いた話によると、麻子くんもこれを機に、篠原さんの元を離れて、中王区で一人暮らしを始めるらしい。あそこなら治安も安定しているし、麻子くんならきっと大丈夫だろう。そんなことを考えながら、私は夜の飛行機の窓の外を見て、遠く離れた大切な人たちのことを想ったのであった。
(ちなみにこの時寂雷先生31歳です)
「絶対に駄目だよ、麻子くんをあんなに危険なところに行かせられる訳がないじゃないか」
「うっ……まだ私何も言ってないのに……」
あの時意を決して彼女を寮に入れたことも、今となってはいい思い出だ。結論から言うと、彼女は私たちが考えたよりもずっと努力して、今ではすっかり優秀な看護師の卵である。病院でのアルバイトもすっかり様になり、もうそこらの新人看護師よりもずっと使える人材になった。
そんな彼女は、現在20歳になったばかりの大学生で、昔と比べると随分と大人っぽく可憐になってきて、正直悪い虫がつかないか心配なところだが、私にはその他に片付けなければならない問題があった。そう、今でも某国で続いている、第三次世界大戦のことだ。
私はその国での現状を知って衝撃を受け、このまま何もせずにはいられないと思い、戦場に赴くことを決めたのだ。それを、麻子くんに伝えれば絶対に一緒に行くと言い出すと思ったので、秘密にしておいたのだが、篠原さん伝いでバレてしまったらしい。まあ、それくらいは予想の範疇ではあるのだけれど。
首を捻って私を説得する方法を考えている様子の麻子くんに少し呆れ笑いしながらも、「久しぶりにうちに来たんだ、珈琲でもいるかい?」と彼女に声をかけた。すると彼女はハッと自分の世界から帰ってきて「いります!ありがとうございます」と答えた。
私は珈琲を淹れると、彼女専用のマグカップをソファの前のテーブルに置き、ソファに座っている彼女の正面の椅子に座る。すると「ありがとうございます、先生。いただきます……あちっ」といきなり飲んでしまい、小さく声を上げる彼女に愛おしさが込み上げてきてしまうが、私はこれから彼女のことを説得しなければならないのだ。
さて、どうしたものか。彼女はこう見えて頑固だ。どのように説得すれば、私について行くことを諦めてくれるだろう。うーんと頭を捻っていると、彼女から先に私の方へ身を乗り出し、強い口調で語りかけてきた。
「それだったら、そんな危険なところに先生も行くってことじゃないですか……私だって、先生のことが心配です」
「そう思ってくれるのは嬉しいけれど、やはり私は行かなければならないんだ。今も、怪我をして苦しんでいる患者たちが山ほどいる。その人たちを放っておくことは、私にはできない」
「……先生のその気持ちは、私にも痛いほど分かります。先生のその思いに、私も救われたわけですから。でも、それなら私が一緒に行ったっていいじゃないですか!」
「……厳しいことを言うようだけどね、麻子くん。戦場では色々な意味で、女性と男性ではどうしても力の差が生まれてしまうんだ。それに、確かに病院で働いてきた君の実力は認めるけど、君はまだ看護師の資格すら取れていない、ただの大学生だろう?」
最後の一言に、麻子くんはついに何も言えなくなって、ぐっと口を引き結んで項垂れた。うっすら見える、眉をひそめて唇を噛んだその表情が、まるで涙を堪えているような顔に見えて、つきりと胸が痛んだ。
私だって本当は、麻子くんに寂しい思いなどさせたくはない。しかしもう、あの国の戦線は本格的に広がり始めている。今行かなければ、より多くの死傷者が出ることは免れないし、手遅れになることだって有りうるかもしれないのだ。
私はそっと麻子くんの隣に座り、頭に優しく手を乗せてゆっくりと撫でる。すると彼女はこちらを見上げて、泣きそうな顔で、勢いよくこちらの腰に抱きついてきた。
「……おや、何だか今日は甘えただね」
「……もう、茶化さないで。……絶対に、帰ってきてくださいね。帰ってこなかったら……承知しませんからね……」
「……分かっているよ。『保護者』としての責任を、果たさないわけにはいかないからね」
胸元にある小さな頭の髪の毛をゆっくりと梳きながら答えると、彼女はぐりぐりと胸元に顔を押し付けて「ずっとずっと待ってますからね。香織さんと一緒に……ずっと」と不貞腐れたように言った。私はそれに小さく微笑みながら「うん……必ず、帰ってくるよ」と答えた。
私たちはそのまま、しばらく体をくっつけたままで過ごし、日が沈むと夜ご飯にパスタを一緒に作って食べた。久々の、穏やかで幸せな麻子くんとの時間だった。
それから数日後、私は篠原さんと麻子くんに見送られ、空港から某国へと飛び立った。聞いた話によると、麻子くんもこれを機に、篠原さんの元を離れて、中王区で一人暮らしを始めるらしい。あそこなら治安も安定しているし、麻子くんならきっと大丈夫だろう。そんなことを考えながら、私は夜の飛行機の窓の外を見て、遠く離れた大切な人たちのことを想ったのであった。
(ちなみにこの時寂雷先生31歳です)
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