cigarette girl【水戸】
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「わたしも連れて行ってほしい…。」
力なく俺の服をつかむ彼女を、何も言えないまま見下ろしていた。
夏。俺たちは、神奈川を遠く離れ、広島という地を訪れていた。
理由はひとつ。
俺たちのダチの花道が、バスケットのインターハイに出場するからだ。
こんなことでもなければ、この土地に来ることはなかったかもしれない。
新幹線に乗っている時間は想像以上に長くて、俺にそう思わせるには十分な距離だった。
昨日のうちに開会式があったらしく、花道たちはすでに広島で一泊している。
そして今日は朝から、バスに乗って行った先で試合だった。
大阪の豊玉という学校との試合は、暴動寸前になったり流川が怪我をしたりとヒヤヒヤしたが、湘北が勝利するところを見届けることができた。
今日の試合スケジュールが終わる。
花道たちバスケットボール部は、明日の試合に備えて、街から少し離れたところで宿泊することになっている。
が、俺たちは完全自費でやってきたため、自ら用意した宿泊先に泊まる。
広島駅の近くの安いビジネスホテルだ。
それにしても、こうやってバイト代をはたいて友達の応援にくるなんて、俺たちもいいヤツだよなあと自賛する。
花道はもっと俺たちに感謝したほうがいい、と、仲間内でひとしきり盛り上がった。
夜になり、高宮が言う。
「なあ、暇だし夜の街にでも繰り出そうぜ。」
なんだか歌の歌詞にでもでてきそうなフレーズだが、旅行先の知らない街いうシチュエーションが、俺たちのテンションを押し上げる。
「おお、いいねえ!」
「ナンパでもするか!」
口々にのった!という声があり、いつものメンバー4人で街へと足を進めた。
休日ということもあり、夜でも人が結構居たことに驚く。
飲み屋街とショッピングモール、商店街の小さな店が乱立する街は、地図でみていた時よりもよっぽど都会に見える。
昼間に電車から見えた原爆ドームの虚無感とは対照的に、高さのあるビル群はその街の再構を思わせた。
俺たちは照明の明るさにつられて、ゲームセンターに入る。
中も2階建てになっていて、まあまあ広い。
「ねえねえ、彼女たち、時間あったら俺らと遊ばない?」
女の子だけでいるグループを見つけては、声を掛ける。
「ごめんなさい、今日はもう帰るから…」
広島の子はみんな以外とガードが堅いのか、微笑んでは去っていく。
「ちぇ、つれないなー。お、あそこの子、どう?」
「いいねえ!よし、行くぞ!」
3人がまた目当ての子を見つけ、離れていく。
俺は少し疲れて、1人で喫煙所に向かった。
ゲームセンターのガチャガチャとした電子音を遠目に聞きながら、タバコに火を付ける。
嗅ぎ慣れた匂いは、見知らぬ所でも気持ちに落ち着きを与えてくれるから好きだ。
むせかえるような煙の中に、扉を開けて1人の女が入ってきた。
喫煙所には似つかわしい、童顔の女だ。
その女は俺の横に腰掛けると、慣れた手つきで火を付け、ため息のように煙を吐いた。
その一連の仕草になんとなく目を奪われていると、俺の視線に気づいた彼女が言う。
「なに?」
「あ、いや、スンマセン。
なんか…何歳くらいかなって思って。」
威圧されて、思わず謝ってしまう。
「そういうキミは何歳? 17歳くらいに見えるけど。」
「…ビンゴ。キミは15歳くらい?」
「ちょっと…!…同い年だよ、17歳。」
ぶっきらぼうに言う彼女は、思ったよりも年上だった。
「本当に?…こんなところでタメに合うとはな。」
「あんまり見ない顔だけど、どこの高校?」
その童顔は、俺を上から下まで見回し、警戒したように眉をひそめる。
「あ、俺、今日神奈川から来たんだよ。
友達のバスケの試合があるから、応援に。」
「え、神奈川?!」
にらむような目つきとは一転、急に警戒心が解かれたのがわかった。
矢継ぎ早に、いろいろと質問をしてくる。
「神奈川のどこ?」
「湘北だよ。」
「そうなの?じゃあ、○○駅の近くに住んでる?」
「ああ、ガッコ―いくのはその駅。
俺はちょっと離れたとこに住んでるけど…詳しいね。」
たじろいでいると、彼女は少し照れたようにおとなしくなり、
「わたし、3月まで神奈川に住んでたんだ。」
とつぶやいた。
その目は少しだけ、寂しそうに思えた。
彼女は高橋美奈子ちゃんといい、4月から親の都合で広島に引っ越してきたらしい。
しかしあまりこっちの学校になじめず、友達もいないため、こうして夜に街を出歩いてはひとりで遊んでいるそうだ。
彼女は長く綺麗な黒髪で、服装は明るめで少し子どもっぽい。
おまけに童顔なせいで、余計幼く見えるのだが、タバコとのアンバランスさが不思議な色気を感じさせていた。
「けど、夜に1人で遊ぶなんて危ないでしょ。
ヘンなオッサンに声かけられたりとか…。」
「ううん、こんなカッコだから明らかに子どもってわかるし、オジサンはわたしみたいなのは避けるんだ。
逆に補導されないように気をつけてる。」
なるほど、それであえてその格好か…と納得する。
「洋平くん、一人なの?
暇だったらわたしと遊ぼうよ。」
唐突な誘いに俺は、仲間達のことを思い出して少し戸惑ったが、彼女を一人にしておけずついて行くことにした。
ゲームセンターを出ると、彼女は慣れた足取りで裏路地にあるビルに向かった。
中にはダーツやビリヤード台が広がっている。
ビリヤードは、少しやったことはあるけど得意ではない。
「美奈子ちゃんビリヤード出来るの?」
「ううん、できないから…アレをやろう。」
マニキュアの爪先が指したのは、奥の方にこじんまりとある卓球台だった。
「卓球か…なんか温泉旅館にきた時を思い出すな。」
「へぇ、洋平くんも旅館とか泊まるんだ。家族旅行?」
「かなり昔だけどね。」
やろうと言い出した割には、美奈子は卓球がヘタだった。
首をかしげながら玉をひろう彼女に、吹き出しそうになるのをこらえる。
そんな俺に気づいたのか、少し怒ったようにこちらを睨む。
「ちょっと、笑ったでしょ。」
「笑ってないって。ただ、可愛いなって思っただけ。」
「可愛いって…。洋平くん、そーゆうの誰にでも言ってるんでしょ。」
ただ機嫌を取りたくていった言葉だったが、美奈子は本気で照れたようだ。
そんな彼女を、今度はほんとうに可愛いと思った。
ビリヤード場を出ると、今度はバッティングセンターへと手を引かれる。
街の中にあるからそんなに大きな施設ではないが、24時間営業しているのがウリらしい。
「今度はちゃんとできるんだよね?」
「あ、馬鹿にして!わたし中学まではソフトボール部だったんだからね。」
「へえ、そりゃ意外だ。」
言葉の通り、バッティングは上手だった。
俺もそんなに得意なわけではなかったが、何度かバッドを振っていると当たるようになってきて面白い。
空は真っ黒なのに、俺たちのいる場所は目がくらむほど照らされていて、なんだかヘンな気分だ。
遠くの空に、眠らぬ街のネオンがにじんで見える。
さすがに疲れて、休憩スペースのベンチに腰掛ける。
そこで彼女が買ってくれたコーヒーを飲みながら、いろいろな話をした。
彼女は神奈川に残りたいと言ったが、両親に猛反対されてしぶしぶ引っ越したこと。
彼女の親友は、俺の知ってる学校に進学したこと。
どこの制服がかわいかっただとか、高校生になったらバイトしたかったカフェの話だとか、そんなことだ。
俺も、地元の話や、学校の話、不良の友達がバスケを始めたこと、今日みた試合の話なんかをした。
彼女と話すのは本当に楽しくて、時間がたつのはあっという間だった。
俺は時計が目に入っていたが、わざと時間の話をしなかった。
彼女も同じなのか、そのことには触れない。
話がとぎれ、沈黙が続くと、彼女はこう切り出した。
「洋平くん、いつ帰るの?」
「うーん。全試合居たいトコだけど、旅費のこともあるし、明日には。」
すると、さっきまで明るかった表情が一点し、思い詰めたように静かに言った。
「洋平くん、わたしも連れて行ってほしい…。
一緒に、そっちに帰りたい。」
「美奈子ちゃん…。」
か細い声でうつむく彼女のつむじを、俺は何も言えずにただ見下ろしていた。
そんなことが出来ないことは、彼女が一番分かっているだろう。
そして俺にそれを叶えてやることの出来る力もないことを。
己の無力さを感じ、やりきれなくなる。
そんな感情を昇華させるように、そっと彼女を抱きしめた。驚かせないように、そっとだ。
彼女の身体は一瞬はねたが、すぐに力をぬいて俺にもたれる。
2人の別れが現実味を帯びてきて、急にさみしさがこみ上げてくる。
数時間前まではまったく知らなかった彼女にそんな事を思うなんてどうかしていると思うが、これが旅先なんかではなく地元での出会いだったとしたら、きっと、また会いたいと告げているはずだ。
それができないもどかしさを、俺も彼女の気持ちに重ねた。
そのままお互い言葉もなくバッティング場を出て、行き着いたのはホテルの一室だった。
おせじにも綺麗とはいえないような、古ぼけた部屋だったが、今の俺にとってはどうでもいい。
ドアを閉めた瞬間に彼女の唇にキスをする。
美奈子も、わかっていたというようにそれに応じ、俺の背中に手を回した。
硬いベッドの上に彼女を押し倒すと、透き通った瞳は俺だけをみつめていた。
長い黒髪ははらはらとシーツの上にばらけ、少しだけ美奈子の煙草のにおいがした。
「きて…。」
その言葉を聞いて、俺はすべてを忘れるように強く彼女を抱いた。
美奈子と過ごした楽しい時間も、明日にはもうこの場所にいないことも、おそらくもう会うこともないだろうということも…。
彼女の甘い声は、その悲しさを帯びているようで、俺の脳裏に強く焼き付いた。
ーーヘッドボードの照明が、手元だけを照らしている。
俺は床に散らかした服のポケットからタバコを取り出し、火を付けた。
眠っていると思っていた美奈子が、身体を起こして俺のタバコを奪う。
先端の火がジジっと赤く燃え、紫煙を吐く。
「ねえ、わたし高校卒業したら、そっちに戻るよ。」
「えっ。」
何かを悟ったような、軽やかな口調だった。
「決めたの、卒業まではここにいる。
だけど、就職するにしろ進学するにしろ、わたしはわたしの生きてきた場所に帰るよ。」
「…そっか、向こうで待ってるよ。」
―そしたらまた会ってくれる?
彼女の差し出した小指に、小指を絡める。
指切りなんていつぶりだろうか。
俺たちは小さな子どものように再会を約束をして、そして別れた。
別れ際にみた彼女は、ネオンの街なんかよりも太陽の下で笑っているほうが似合うと思った。
「おい洋平!!
昨日の夜、抜け駆けしてどこ行ってたんだよ!!」
「どうせ自分だけナンパして女と遊んでたんだろ!」
想像通り、アイツらは目尻をつり上げて俺を咎めた。
なんとなく、美奈子のことは話したくなくて、適当に話を合わせる。
「まあな。わりーなお前ら。」
「やっぱりな!せっかくかわいこちゃん誘って、朝までボーリング大会してたのによぉ。」
「なんだ、お前らも楽しんだんじゃねーか。」
わいわい言いながら、朝の少し静かな街の中、空を見上げる。
昨夜見た空とはちがい、空気は澄んでいて、青かった。
俺は少しだけ笑って、今日の試合会場へと急ぐ仲間の背中を追った。
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