結婚前夜【三井】
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『ねえ、寿の一番幸せだったときって、どんな時?』
二つのカップにコーヒーを入れ、そのひとつを彼女は俺の前に置いた。
夜も24時を回っただろうか。
なんとなくそわそわして眠れず、二人でいっそ起きておこうか?
なんて話になった。
こんな時間に口にするカフェインは、罪悪感を感じつつも、はやる気持ちを落ち着かせるのには不十分だった。
…高橋美奈子。
彼女とは会社の同僚で、付き合い始めてから2年が経っている。
仕事ではミスもするが、それでも一生懸命で、いつも誰にでも笑顔でいる彼女をみていると、俺も幸せな気持ちになれた。
その笑顔を、誰にも取られたくないと思ったんだ。
俺と二人きりのときも、彼女は屈託のない笑顔で接してくれる。
そんな彼女がとても愛おしい。
美奈子が頭を悩ませ、考えに考えて決めた、シンプルラインの白いドレス。
ブーケの色、会場の装飾の色までもが、彼女の好きなモノで包まれるはずだ。
その中で笑う美奈子を想像すると、とても眠る気持ちになんてなれない。
…明日、俺は彼女と結婚する。
【結婚前夜】
『ねえ、寿の一番幸せだったときって、どんな時?』
「そんなのわかってるだろ、その…今?」
こういう素直な言葉を口にするのは、美奈子の前でもまだ照れてしまう。
そんな俺の顔を意地悪そうにのぞき込みながら、美奈子は言う。
『そんなのわかってるよぅ。
わたしが聞きたいのはね、今以外!
あ、明日ってのもダメだよ。』
「ん…今以外、か…。」
こういう抽象的な質問は少し苦手だが、美奈子が喜々としているので一生懸命考えてみる。
今まで生きてきて、いろんなことがあったが…。
やっぱり俺のアタマにすぐ思い浮かぶのは、バスケのことだった。
「…俺、バスケやってただろ?」
『うん、そうらしいね。』
社会人になって出会った美奈子は、バスケをやっていた俺の姿は知らない。
今までもなぜか、積極的に話をしたことはないかもしれない。
「中3の時出た大会で、MVPを取った時…それから…」
少し目を閉じれば一瞬で、その会場の音、匂い、肌に感じた仲間の熱量を鮮明に思い出せる。
「高校で出た、インターハイの試合。かな。」
『ほうほう、それってやっぱりスゴいの?』
「そうだな…。
今思い返せば、ほんと夢みたいだったって思うよ。」
夏にインターハイに出場し、愛和学院に敗れたあと、俺以外の3年は引退した。
俺はバスケが続けたくて、冬の大会にも参加した。
例年の成績に比べれば良いところまで行ったが、やはり全国制覇というのは甘くなかった。
大学への推薦も期待したが、3年までバスケの世界から離れていたことも大きく、夢見てた強豪校への進学は叶わず…。
進学先でもバスケは続けたが、結局プロにつながるようなキャリアは築けなかった。
…俺は普通に一般企業に就職し、それを機にバスケからは離れていた。
それでも、なんとか日々追われる仕事に熱中し、今日に至る。
『いいなあ、そんな青春わたしもやってみたかったな。』
「美奈子は部活やってなかったんだっけ?」
『うん、わたしなんて勉強ばっかりやってた気がする。』
彼女は見た目どおり、真面目な学生生活を送っていたらしい。
俺とは真逆の人間だ。
「…俺は勉強もバスケも、なんもやってなかったけどな。」
思い出すと、つい自嘲気味なつぶやきが漏れる。
『バスケも?』
「あぁ。俺、1,2年はバスケ辞めてたから。」
自分の中では思い出したくもない記憶。
思い出すと、何度も後悔を繰り返してしまう、そんな記憶。
それは口に出すと、今の自分さえも否定してしまいそうで、怖くて美奈子にも話せていなかった。
「…怪我で、バスケができない時期があって…。
治ったんだけど、自信なくしちまって、バスケに戻れなくなったんだよ。
それで、学校サボって他校のやつをつるんだり、喧嘩したり…。
とにかく無駄な時間を過ごしちまってさ。」
バカだよな、と無理に笑って見せる。
美奈子は同情するでもなく、笑うでもなく、真剣な顔でうんうんとうなずいている。
3年でバスケ部に戻ってから何度も、俺は自責の念に駆られた。
仲間を裏切って、時に傷つけたことを。
そして自分自身さえも、長いあいだ傷つけていたことを―…。
もし俺が1,2年でもバスケを続けていたら、湘北の勝利にもっと貢献できたかもしれない。
赤木と木暮の夢も、一緒に叶えられたかもしれない。
なにより、自分自身のキャリアも開けたかもしれない。
「もし俺がグレずにバスケ続けてたら、今頃プロになれてたかもしれねーぜ。」
今度はつとめて明るい声色で言ってみるも、彼女は神妙な面持ちで言う。
『…うん、今、それを考えてたの。そうだよね、そんなにすごい選手なら…。今頃プロになってたかもしれないよね…。
それがすごく、怖くなったの。』
「怖い?」
『うん、だって…。
寿がずっとバスケ続けてたら、今ここにわたしとは居ないはずだよね。
同じ会社にも入社してないし、たぶん有名人になって、わたしとは出会うこともなかったんだよね…。』
「美奈子…。」
想像していなかった反応に、若干戸惑う。
今まで俺は、ずっと自分の人生を後悔してきた。
今の仕事はやりがいがあっても…。
あの時こうしていたら、こうしていれば…。
そんな考えが常につきまとってきた。
だけど…。
いま目の前で、困ったように眉を下げる彼女の顔をみていると、今まで感じることのなかった温かい気持ちが、胸に溢れてくる。
『寿には悪いけど、わたしは寿に出会えて良かったよ。バスケを一時中断していてくれた、当時の寿ありがとう。』
そういって俺に手をあわせ、仏壇の前のようにウンウンと祈る。
「おいおい。せめて同情するフリとかしてくれよな。」
『えへ、ごめん。この幸せを逃すわけにはいかなくって。』
ゆるんだ顔で笑う彼女をみて、俺も少しだけ笑った。
「美奈子、お前に会えて良かった。」
『わたしもだよ。』
「これからもずっと一緒にいてくれ。」
『もちろんです。』
恥ずかしそうに口元を隠す美奈子の左手には、俺が送ったエンゲージリングが光っていた。
『そろそろ、本当に寝ようか。
明日は高校時代の友達も来てくれるんだよね?
えっと、ノリちゃん、赤木さん、木暮さん…。
あと後輩くんも来てくれるんだよね?』
「ああ、久々だから変な感じだけどな。」
『…楽しみなくせに。』
美奈子は幸せそうに目を細めて、俺を見た。
…どんなに過去を悔いたとしても、これからの人生は、彼女の笑顔を守るために費やそう。
俺は明日の式よりも先に、心の中でひそかに誓った。
二つのカップにコーヒーを入れ、そのひとつを彼女は俺の前に置いた。
夜も24時を回っただろうか。
なんとなくそわそわして眠れず、二人でいっそ起きておこうか?
なんて話になった。
こんな時間に口にするカフェインは、罪悪感を感じつつも、はやる気持ちを落ち着かせるのには不十分だった。
…高橋美奈子。
彼女とは会社の同僚で、付き合い始めてから2年が経っている。
仕事ではミスもするが、それでも一生懸命で、いつも誰にでも笑顔でいる彼女をみていると、俺も幸せな気持ちになれた。
その笑顔を、誰にも取られたくないと思ったんだ。
俺と二人きりのときも、彼女は屈託のない笑顔で接してくれる。
そんな彼女がとても愛おしい。
美奈子が頭を悩ませ、考えに考えて決めた、シンプルラインの白いドレス。
ブーケの色、会場の装飾の色までもが、彼女の好きなモノで包まれるはずだ。
その中で笑う美奈子を想像すると、とても眠る気持ちになんてなれない。
…明日、俺は彼女と結婚する。
【結婚前夜】
『ねえ、寿の一番幸せだったときって、どんな時?』
「そんなのわかってるだろ、その…今?」
こういう素直な言葉を口にするのは、美奈子の前でもまだ照れてしまう。
そんな俺の顔を意地悪そうにのぞき込みながら、美奈子は言う。
『そんなのわかってるよぅ。
わたしが聞きたいのはね、今以外!
あ、明日ってのもダメだよ。』
「ん…今以外、か…。」
こういう抽象的な質問は少し苦手だが、美奈子が喜々としているので一生懸命考えてみる。
今まで生きてきて、いろんなことがあったが…。
やっぱり俺のアタマにすぐ思い浮かぶのは、バスケのことだった。
「…俺、バスケやってただろ?」
『うん、そうらしいね。』
社会人になって出会った美奈子は、バスケをやっていた俺の姿は知らない。
今までもなぜか、積極的に話をしたことはないかもしれない。
「中3の時出た大会で、MVPを取った時…それから…」
少し目を閉じれば一瞬で、その会場の音、匂い、肌に感じた仲間の熱量を鮮明に思い出せる。
「高校で出た、インターハイの試合。かな。」
『ほうほう、それってやっぱりスゴいの?』
「そうだな…。
今思い返せば、ほんと夢みたいだったって思うよ。」
夏にインターハイに出場し、愛和学院に敗れたあと、俺以外の3年は引退した。
俺はバスケが続けたくて、冬の大会にも参加した。
例年の成績に比べれば良いところまで行ったが、やはり全国制覇というのは甘くなかった。
大学への推薦も期待したが、3年までバスケの世界から離れていたことも大きく、夢見てた強豪校への進学は叶わず…。
進学先でもバスケは続けたが、結局プロにつながるようなキャリアは築けなかった。
…俺は普通に一般企業に就職し、それを機にバスケからは離れていた。
それでも、なんとか日々追われる仕事に熱中し、今日に至る。
『いいなあ、そんな青春わたしもやってみたかったな。』
「美奈子は部活やってなかったんだっけ?」
『うん、わたしなんて勉強ばっかりやってた気がする。』
彼女は見た目どおり、真面目な学生生活を送っていたらしい。
俺とは真逆の人間だ。
「…俺は勉強もバスケも、なんもやってなかったけどな。」
思い出すと、つい自嘲気味なつぶやきが漏れる。
『バスケも?』
「あぁ。俺、1,2年はバスケ辞めてたから。」
自分の中では思い出したくもない記憶。
思い出すと、何度も後悔を繰り返してしまう、そんな記憶。
それは口に出すと、今の自分さえも否定してしまいそうで、怖くて美奈子にも話せていなかった。
「…怪我で、バスケができない時期があって…。
治ったんだけど、自信なくしちまって、バスケに戻れなくなったんだよ。
それで、学校サボって他校のやつをつるんだり、喧嘩したり…。
とにかく無駄な時間を過ごしちまってさ。」
バカだよな、と無理に笑って見せる。
美奈子は同情するでもなく、笑うでもなく、真剣な顔でうんうんとうなずいている。
3年でバスケ部に戻ってから何度も、俺は自責の念に駆られた。
仲間を裏切って、時に傷つけたことを。
そして自分自身さえも、長いあいだ傷つけていたことを―…。
もし俺が1,2年でもバスケを続けていたら、湘北の勝利にもっと貢献できたかもしれない。
赤木と木暮の夢も、一緒に叶えられたかもしれない。
なにより、自分自身のキャリアも開けたかもしれない。
「もし俺がグレずにバスケ続けてたら、今頃プロになれてたかもしれねーぜ。」
今度はつとめて明るい声色で言ってみるも、彼女は神妙な面持ちで言う。
『…うん、今、それを考えてたの。そうだよね、そんなにすごい選手なら…。今頃プロになってたかもしれないよね…。
それがすごく、怖くなったの。』
「怖い?」
『うん、だって…。
寿がずっとバスケ続けてたら、今ここにわたしとは居ないはずだよね。
同じ会社にも入社してないし、たぶん有名人になって、わたしとは出会うこともなかったんだよね…。』
「美奈子…。」
想像していなかった反応に、若干戸惑う。
今まで俺は、ずっと自分の人生を後悔してきた。
今の仕事はやりがいがあっても…。
あの時こうしていたら、こうしていれば…。
そんな考えが常につきまとってきた。
だけど…。
いま目の前で、困ったように眉を下げる彼女の顔をみていると、今まで感じることのなかった温かい気持ちが、胸に溢れてくる。
『寿には悪いけど、わたしは寿に出会えて良かったよ。バスケを一時中断していてくれた、当時の寿ありがとう。』
そういって俺に手をあわせ、仏壇の前のようにウンウンと祈る。
「おいおい。せめて同情するフリとかしてくれよな。」
『えへ、ごめん。この幸せを逃すわけにはいかなくって。』
ゆるんだ顔で笑う彼女をみて、俺も少しだけ笑った。
「美奈子、お前に会えて良かった。」
『わたしもだよ。』
「これからもずっと一緒にいてくれ。」
『もちろんです。』
恥ずかしそうに口元を隠す美奈子の左手には、俺が送ったエンゲージリングが光っていた。
『そろそろ、本当に寝ようか。
明日は高校時代の友達も来てくれるんだよね?
えっと、ノリちゃん、赤木さん、木暮さん…。
あと後輩くんも来てくれるんだよね?』
「ああ、久々だから変な感じだけどな。」
『…楽しみなくせに。』
美奈子は幸せそうに目を細めて、俺を見た。
…どんなに過去を悔いたとしても、これからの人生は、彼女の笑顔を守るために費やそう。
俺は明日の式よりも先に、心の中でひそかに誓った。
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