部屋と雷【宮城】
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
『うわー、すごい雨!!』
バケツをひっくり返したような雨の中、コートで身を隠しながら走る。
最後に時計をみたときは、たしか23時をまわっていたはずだ。
繁華街の明かりだけを頼りにするが、足下は水たまりを跳ねてしまってびしょ濡れになる。
じんわりパンプスとストッキングの間に浸食してきて、気持ちが悪い。
冬のゲリラ豪雨なんて珍しい、と黒い空を見上げる。
「だから言ったろ?さっきコンビニで傘買ったほうがいいって!」
『だってすぐ止むと思ったんだもん!』
ホテルのロビーの入り口で咎めあう相手は、宮城リョータ。
彼は同期入社の同い年で、同じ営業部で働いている。
そしてわたしはこの度、リョータのもつ取引先を一部引き継ぐことになっていた。
そのための挨拶回りに、彼の県外出張に同行しているのだ。
もっとも、リョータとは仲のいい男友達という関係で、一緒に居るととても気楽だ。
今日も、二人で愚痴をいいながら居酒屋で飲み、宿泊先のホテルに戻ってきたのだが…。
店を出たときのポツポツ雨は、今やどしゃぶりになっていた。
途中のコンビニでビニール傘を買おうとするリョータに、荷物になるからいいよと言ったのはわたし。
まさかこんなに雨が強まるとは思わなかった。天気予報のアプリを恨む。
「じゃ、もうさっさと部屋で休もうぜ。」
二人とも頭から足の先までびしょ濡れだ。
傘代わりにしたコートはほとんど意味をなさなかった。
はやく部屋に入って、熱いシャワーに当たりたい。
いつものようにフロントで名前を書き、予約してあるはずの社名を告げる。
ここで2部屋分のカギをもらう予定だったのだが…。
わたしは思わず、声を荒げる。
『え、そんなはずないんですけど…。もう一度確認してもらえませんか?』
「はい…やはり、○○社様のご予約は、明日のお日付になっておりまして…。
ネットからのご予約ですので、おそらく間違えはないかと…。」
フロントの女性が申し訳なさそうな顔で頭を下げる。
彼女が言うには、うちの会社名義で予約できているのは、明日だというのだ。
そんなはずはない、と謎の根拠を持って再確認してもらったのだが、今日部屋が取れていないという事実は揺るがなかった。
「なに?美奈子。」
『あ、リョータ…。』
濡れた髪を気にしながら離れて立っていた彼が、様子を伺いに来る。
事情を話すと、
「じゃあ、急ですけど2部屋空き、あります?」
と聞き返した。
女性は少々お待ちください、と目を細めてパソコンを操作する。
なんだか嫌な予感がする。
「申し訳ありません、本日は満室でして…あ、ですが、ツインルームでしたら1部屋キャンセルが出てますね。」
『ええ…』
ツインルーム…。
1部屋で2つベッドがあるタイプの部屋だ。
よく友達と旅行に行くときに泊まる部屋が思い浮かんだ。
フロントの女性はもうこれで折れてほしい、という願いを含んだように眉尻を下げた。
(さすがにリョータと同じ部屋に泊まるっていうのは、やばいでしょ。)
別のホテルを探そうかと考えているとき、リョータが思いついたようにふと口を開く。
「今日、平日なのにいつもより混んでません?
なにかあるんすか?」
すると、女性は応え慣れた口調で、
「ええ、翌朝に近くのサッカースタジアムで試合があるので、遠方から来た方のご予約で埋まっているんです。」
と告げた。
なるほど…そういうパターンがあるのか。
地元のサッカースタジアムだし、このホテルからすればよくある話なのだろう。
もっとも、遠方から出張に来ているわたしたちには思ってもみない出来事だが。
現状に焦る反面、この雨じゃあ明日の試合はどうなるんだろう…といらぬ心配をしている自分がいる。
いや待て、思考を切り替えろ。
…とにかくそんなイベントが控えているのであれば、これから別のホテルに行っても断られることは、容易に想像できた。
自分たちの置かれた状況はどうだ。
濡れた服に、冬の雨で芯まで冷えた身体。
外はまだまだやみそうにない、雨。
わたしはリョータとしばし顔を見合わせたが、ベッドは2つあるということを念入りに確認し、ツインルームへの変更を受け入れた。
『この予約したのって総務部だよね?こんなミス、ありえる?!』
「まあいつも俺一人の出張だったからなあ…。」
『だからってこんな、たまたま満室の日に…。』
部屋に入るなり勢いよく発した声も、だんだんしぼんでいく。
今悪態をついたところで、状況はなにも変わらないのだから。
そうなれば今は一刻も早く身体を休めるべきだ。
明日も早いし、今日の商談の件でやることはまだ山積みだ。
濡れたコートをハンガーに掛け、とりあえずベッドに腰掛ける。
リョータはすぐにテレビをつけて、先ほど買った缶ビールを開けているところだった。
あれだけ飲んでまだ飲むのか、この男は。
「寒そうだから先にシャワー浴びろよ。」
『あ、そう?じゃお先に。』
「…お前なあ、紳士的な対応に感謝くらいしろよ…」
先にシャワーを譲ってくれるあたり、彼は優しいと思う。
言い方はぶっきらぼうだが、そういうさりげない気遣いがいいのだと、実は女子社員に人気なのを彼は気づいているのかどうなのか。
じろりと横目で睨むリョータに、バスタオルを投げつける。
リョータも同じく雨に濡れているのだから、身体を冷やしてほしくない。
『すぐ上がるから待ってて。』
そういってひらりと手を振った瞬間だった。
窓の外がカッと白く光ったかと思うと、ゴロゴロとけたたましい音が響き渡り、真上を大型のトラックが走ったのかというくらい天井が震えた。
これは雷だ、とすぐにわかった。
『きゃああああ!!!!!』
どこから出しているんだと自分でも思うような、漫画みたいな悲鳴をあげてしまった。
思わず耳をふさいで、その場にしゃがみ込む。
…そう、わたしは世界で一番、雷が嫌いなのだ。
雷に限らず大きい音が苦手で、電車の音や工事現場の音も怖い。
しかしそれらに比べても圧倒的に、この雷というヤツが嫌いなのだ。子どもの頃からずっと。
恐怖で鼓動は早くなり、呼吸が苦しい。年甲斐もなく涙も出てきた。
こんな失態を、ずっと営業成績で張り合ってきたリョータの前で見せることになるなんて…。
恐怖心と羞恥心でぐしゃぐしゃになりながら、呆れているだろうリョータの表情を見あげる。
しかし彼の顔は、驚くことにわたしと同じような涙目だった。
「美奈子…!!もしかして雷怖いのか?」
『…まさか、リョータも怖いの?』
「死ぬほど怖いわ、バカ!!!」
またも雷鳴が部屋中にとどろく。
「『ぎゃあああああ!!!』」
気づいたときには、窓際のベッドに座っていたリョータにしがみついていた。
薄いカーテンからは、締め切っているのに雷光が透けて見える。
これ以上光を遠ざける手段がないことを悟ると、それが一層恐怖心をかき立てた。
『なんでリョータも怖がってるわけ!?ここは男らしく堂々としててよバカ!』
「そりゃこっちのセリフだ!いっつも気が強い癖に雷なんか怖がりやがって!!」
『雷だけは例外なんだってば!雷だけは!なんで今日に限ってこんなことになるのよもう!』
いつものような罵り合いをしていても、たとえ相手がリョータであっても、人と触れあっているというだけで悔しいけど少し落ち着く。
しかし相手も同じように怖がっているので、その効果は半減だ。
こういうときに頼れる男の先輩がいたらなぁ、とまたもタラレバが思い浮かぶ。
さきほどの雨で張り付いたスーツのワイシャツが、乾いた布団の上ではちょっと心地悪い。
同じく濡れているリョータも、すこしだけ雨の匂いがした。
またも遠くで、ゴロゴロと小さくうなる音が聞こえる。
『ひえ、近づいてる…!』
とにかく少しでも音を遮断したい一心で、頭から布団を被る。
「ちょ、美奈子!息苦しい…」
『だってほかに方法がないじゃない…』
お互いにしがみついたまま布団を被ると、不思議と雷よりも、自分達の呼吸や心臓の音がよく聞こえる。
リョータの使っている整髪料かなにかの香りが微香をくすぐると、なんだか妙な気分になってくる。
ワイシャツの上から感じる彼の体温は、濡れた衣服を乾かしてしまいそうなほど熱く感じた。
最初は気休め程度に思っていた布団効果は、意外にもあった。
こういうとき効果的なのは、視覚情報を絶つことにあるのかもしれない。
しかし、さすがにずっと布団を被っているのも息苦しくなってくる。
だけど雷は怖いし…。
どうしようかと頭を悩ませていると、
「ああもうあっつい!」
と言いながらリョータが勢いよく布団をはねのけた。
『ああ、ちょっと!』
とっさに声を荒げるわたしに、さっきまでの涙目とは一転していたずらっぽく笑う彼の目が合う。
「なぁ、音…紛らわす良い方法考えたかも…。」
その瞬間、グイッと二の腕を掴まれたかと思うと、視界が暗転し、今度はリョータの背中越しに天井が見える。
自分がベッドに組み敷かれていると気づくまでに、すこし時間がかかった。
『ちょ、ふざけてる?』
「ふざけてないよ、結構マジ。」
表情は、いつもの冗談という感じではない。
というかこの体制を冗談でやっているのだとしたら、さすがに笑えない。
考えをまとめる暇もなく、ちゅ、と音を立てて首筋にキスが落とされる。
両腕は彼の手のひらに押さえられているため、身動きができず思わず腰をねじった。
「やっ りょ…た…。」
『美奈子も早く脱がないと、風邪引くよ?』
有無をいわさず、わたしのシャツのボタンをするすると外していく。
押さえられていた手が離れたので蹴飛ばして逃げることも出来るのに、わたしはなぜかそれができないでいる。
あっという間に服をはがされ、リョータも同じく濡れたシャツを脱ぎ捨てる。
学生の頃から今でもバスケットを続けているというリョータの身体は、引き締まっていて綺麗だ。
こんな彼を見せられて、目の前がくらくらする。
すっかり冷めたと思っていた酔いが戻ってきたみたいだ。
「こうすると暖かいし、雷も怖くない…でしょ?」
ニッと広角を上げて笑ってはいるが、瞳の奥は熱を宿していた。
今まで見たことのないリョータの表情に戸惑いつつも、わたしはやはり逃げることができない。
「嫌なら言ってよ?」
どんどんと、彼の手がわたしの身体に浸食する。
否定するなら今なのに。
否定すれば手を止めてくれるという確証も、彼になら十分あるのに。
『嫌…
…じゃない。』
自分でも驚くほど、素直にでた言葉だった。
…リョータの提案はかなり的を得ていたのかもしれない。
お互いがお互いに夢中になっていれば、雷の音なんて全然怖くなかった。
ただこの状況を楽しむためのBGMのように、心地よく脳裏に鳴り響いていたことだけは覚えている。
それよりもわたしは、あの溺れるような快感に自身を研ぎ澄ませることに必死だったのだ。
翌朝、罪悪感とともに朝日を浴び目覚める。
昨日のいきさつを回想すると、とても正気ではいられない。
(わたしはなんという事を…。
まさか、状況が状況とはいえ、リョータとヤッちゃうなんて…)
結局ひとつのベッドで寝てしまったらしい。
今まで同僚として、ライバルとしていい関係を築いてきたのに、ここにきて何をやってるんだろう。
つくづく自分の意志の弱さに呆れる。
わたしはそこまで性に奔放に生きてきたわけではないはずだ。
隣に眠るリョータの寝顔を見ると、さらにため息がでてくる。
起こさないように、ゆっくりと布団を出ようとすると、左手を掴まれ引き戻される。
「どこ行くの?美奈子。」
『どこって…準備しなきゃ…』
恥ずかしさから目を合わせられないでいると、彼はそんなわたしの心を見透かされたように言う。
「俺のこと、見て。」
『みみみ見られないよ!』
「俺のこと嫌いになった?…よな。」
かたくなに目を閉じていると、リョータは悲しげにつぶやく。
『嫌いって…
嫌いにはなってないけど…』
おそるおそる顔をみると、想像どおり悲しそうな顔をしている。
昨日の強引な表情とは一転し、子犬のようにしゅんとする姿に、いつものリョータを見ているようで少しだけ安心した。
「ごめん。こんな風になって言っても説得力ないんだけど…。
俺ずっと、お前のこと好きだったんだよ。」
『え?す、すき?わたしを?』
想像していなかった言葉に、驚きを隠せずおもわずよろめく。
わたしの左手をつかむ手が、少しだけ緩む。
掴んでいなくても、たしかに今わたしは立てそうにない。
「うん、だから今回の出張、美奈子と二人って聞いてすげー嬉しくて…。
本当はちゃんしたタイミングで、言おうと思ったんだけど…。
…先に美奈子に誘われたから、つい?」
『さ、誘ってないし!てか、ええ、突然すぎて何が何だか…。』
まだ朝ご飯を食べていないにも関わらず、おなかのあたりで消化不良を起こした気分だ。
彼との関係を維持するなら、ここは何か上手く返すべきなのだろうけど、頭は完全に思考がまわらない。
「だから順番、逆になっちゃったけど…。美奈子、俺と付き合ってほしい。」
『ちょ、まってよリョータ。えっと、わたしリョータのこと、今まで友達みたいに思ってて…。』
「でも、昨日は男として見てくれてた…よね?」
しどろもどろな返事しか出来ないわたしに、意外にも強引さを見せる。
瞬時にこういう切り返しができるところが、さすが営業部期待の星といわれるだけあるのかもしれない。つい素直に答えてしまう。
『まあ、そう…ですね。』
そう改めて口にすると、照れてしまうので思わず敬語になってしまった。
言葉にして認めるのも気恥ずかしいが、たしかにそれは本心だった。昨日わたしはリョータに目を奪われていたし、完全に男としてみていたと認めざるを得ない。
「んじゃ、これからアタックするのはいいでしょ?
美奈子に好きになってもらえるように、俺がんばるから。」
ね?と、いたずらっぽく笑うリョータに押され、もうわたしはこう答えるしかなかった。
『は、はい。それはどうぞご自由に…?』
ここでハッキリ否定しなかったのだから、暗に彼を受け入れたのと同然だということに、すぐには気づかなかった。
よしっとガッツポーズをして、バスルームに向かった彼の後ろ姿を見送りながら思った。
わたしがリョータを好きになってしまう日は、そう遠くないと…。
1/1ページ