long time no see!
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ーーー姉貴が初めて見に来てくれた試合。
俺は最後の最後で痛恨のミスをしてしまった。
得点ボードの示す残り時間は、10秒。
ゴリにつないだはずのパスは、海南の高砂に渡っていた。
あの逼迫した状況の中、俺は冷静に判断できなかった。
もしも俺がもっと前からバスケットをやっていて、経験さえあれば、あんなミスをしないで済んだのだろうか…。
チームの奴らやゴリが、並々ならぬ気持ちで挑んだことを思うと、俺はコート上で涙が止まらなかった。
誰にも合わせる顔がなくて、俺はチームよりも先に控え室を出た。
その後で姉貴やハルコさんが来てくれたかもしれないが、とにかく誰にも会いたくない気分だった。
翌日、月曜日。
目が覚めると、時計は正午を指していた。
「うぉ、ふつーに寝過ごした…」
独り言はいかにも寝起きというようにうわずった声だった。
「まあいいか、どうせ行ってもサボろうと思ってたし…」
乾いた喉を潤したくて、水道水を一杯飲み干す。
(部活…どうするかなぁ…)
不本意とはいえ、学校自体サボってしまったので、部活だけ行くのもはばかられる。
(あいつらに、どんな顔して会えばいいかも分からないしな…)
なにより自分のミスで負けたのに、何食わぬ顔で練習に参加するなんて、自分自身が許せなかった。
思えばバスケットを始めてから数ヶ月、コートに立たない日はほとんどなかったことに気づく。
一日中ふらふらと街を歩き、時計をみると20時を回っていた。
きっともう部活は終わっているだろう。
わかっていたが、もしかしてと思い学校へ足をのばす。
夜の空気は、いつだって不思議と自分を素直にさせる。
赴くままに任せていると、やはり湘北高校の体育館にたどり着いていた。
鉄の扉から明かりが漏れている。
キュッキュッというシューズ音。耳なじみのある、ドリブルの音。
「ルカワ…」
他にはもう誰もいないというのに、アイツは一人でボールを操っていた。
その目は、やはり昨日の試合の悔しさを秘めているようだった。
俺はどうしてもルカワと話したくて、更衣室で待つことにした。
どうせなら一発でも二発でも殴ってくれれば、気が晴れると思った。
それなのに、アイツは、
「自分のせいで負けたなんて、自惚れるな。」
なんて言いやがった。
それどころか、「自分のせいだ」とまで言いやがる。
想定外の回答に、少し調子が狂う。
だが、俺が一人で負っていると思っていたモノが、少し軽くなった気がした。
帰り道、まっすぐある場所に向かっていた。
今ではもう見慣れた、アンティーク調の古いアパート。
姉貴の家だった。
インターホンを押し、扉が開くのを待つ。
遠くから足音が近づいてきて、ゆっくりと姉貴が顔をのぞかせた。
「花…!」
「よぉ、」
目を丸くした姉貴は一瞬フリーズしていたが、すぐににっこり笑い、
「上がって!」と玄関チェーンを外してくれた。
「姉貴、昨日…」
「先に帰っちゃったでしょ?せっかく行ったのに、ひどいよ花ぁ。」
ごめん、と謝るつもりが、姉貴のおどけた声に遮られる。
「わたし、花にどうしても言いたいことがあったのに。」
「言いたいこと…?」
「花…試合での初ダンク成功、おめでとう!!」
「お?おぉ…」
そういえばすっかり忘れていた。
それくらい俺は、最後のミスのことで頭がいっぱいだったのだ。
「かっこよかったよ、本当に。花が4月からバスケを始めたなんて、正直信じられないくらい。」
よくやった、と髪をわしゃわしゃ撫でる。
頭を撫でるクセはいまだに直らないらしいが、姉貴に触られるのは嫌いじゃない。
「花が一生懸命練習したんだなってスゴく伝わったから…なんかそれ考えたらね、涙が出そうだった。
だから、もし試合の後で会ってたら、わたしみんなの前で号泣してたかもしんない。」
言いながら今も少し泣き出しそうな姉貴は、俺をなぐさめようとワザと言っているようには見えなかった。
たとえるならば、大事な弟分のがんばりを噛みしめる家族のような感情なのかもしれない。
「練習なんかしてねーっつうの。元々天才なんだよ俺は…」
今度は頭ポンポンされ、妙に気恥ずかしい。
「“天才とは、無限に努力できる能力のことである”…てね。」
「お、なんかわかんねーけどイイ言葉だなソレ。」
「でしょ?多分花は、自分が努力をしたと思ってないだけなのよ。
そう思わせてくれるほど、バスケが楽しくて仕方ないんだね。」
目を細めて、姉貴は笑った。
「あのさ…今日は姉貴にお願いがあって来た。」
照れくささから逃れるように、話を切り出す。
くずしていた足を正し、姉貴の正面に座りなおす。
「は、はい、なんでしょうか。」
姉貴も真剣な顔になり、正座する。
「俺のこの髪、姉貴が切ってくれ。」