2度目の恋【宮城】
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街のクリスマスキャロルも、綺麗に飾り付けされたツリーも、今年はぜんぶ見たくない。
よけいに今の状況が辛くなるだけだ。
そんな時メッセージをくれたのは、よく知った彼だった。
「美奈子、今コッチ帰ってきてるってホント?」
携帯の画面に映るメッセージをチラリと見るが、開かれなかったそれはしだいに消えていく。
しばらくすると、またも画面が点灯する。
「久々に会おーぜ。」
一瞬で引き戻される。
あのあどけない笑顔を思い出す。
放課後の教室で、前後の机に座って時間の許す限り恋の話をしたこと。
いつまでも振り向いてもらえない彼女の話を、延々と聞いてあげたこと。
そして、相談する側とされる側だった関係は、いつしか少しずつ変わっていったことも。
▽
宮城リョータはよく分からない男子だった。
クラスではちょっととっつきにくい存在。
よく授業はサボるし、部活で疲れているのか昼くらいまで寝ているところをよく見かけた。
真面目に部活をしているのかと思えば、いきなり上級生と喧嘩をして入院したり。
だけど誰かとつるむわけでもなく、気づけばいつも1人で居る。
何を考えているのかよくわからない、そんな男子だった。
リョータと仲良くなったのは突然だった。
忘れ物を取りに行った放課後の教室で、ひとり机につっぷして寝ていた。
とっくに部活も始まっているだろうに、どうしたんだろうと思ったわたしは、忘れ物を手にした後、つい彼に話しかけていた。
「あの、宮城くん…、部活始まってるけど大丈夫?」
そっと触れた肩の体温を、今でも鮮明に思い出せる。
「ん…あれ、高橋さん…?」
重そうなまぶたをこじあけると、目が合った。
話したことのない男子を起こすなんて、やっぱりやめた方がよかったかもしれない。
「ゴメン起こして。時間大丈夫なの?」
そう問いかけると、彼はへらっと笑って
「今日、部活休み。」
と言った。
ああ、やっぱりよけいなお世話だった、と瞬時に思う。
だけど思いのほか優しそうなリョータの対応に、いくぶんホッとしていたのは確かだ。
「体育祭の委員会会議って、もう終わった?」
「委員会会議…?そういえば、図書室でやってたよ。」
「あー、まだ終わってなかったか、よかった。」
突然体育祭の話になって驚くも、話を聞くと、その会議に参加している綾子のことを待っているのだという。
綾子は同じクラスの女子で、リョータと同じバスケットボール部のマネージャーだ。
その場の流れでリョータの前の席に座り、綾子への高1からの思いや、告白まがいのことをいっても受け流されていることなんかを延々聞かされた。
普通なら面倒に感じるところも、なぜかリョータにはそう感じなかった。
(宮城くんってこんなにしゃべるんだ。)
普段無口な彼が、好きな女の子のことをしゃべっているのを見て、意外な一面をみたという高揚感がわたしの心を占めた。
この日からなんとなく、リョータが部活に行くまでの数十分、ふたり教室に残って恋愛話をするのが日常になった。
わたしは当時、他校の男子と付き合っていて、その恋の悩み相談や、愚痴なんかをよく聞いてくれたし、
あいかわらず綾子にぞっこんなリョータに、綾子からそれとなく聞き出した情報(好きなタイプだとか、好きな食べ物だとか)を横流ししたりした。
いわばお互いに、Win-Winな関係だとも言えたと思う。
そうして季節は春から、冬になった。
バスケ部の主将になったリョータは忙しそうで、放課後の関係も週に1・2回になっていた頃だった。
その頃わたしは他校の彼と別れたことを引きずっていたし、リョータの綾子への想いも伝わらずじまいだった。
久しぶりに二人きりになった、少し肌寒い教室の隅。
わたしはつい、その可笑しな提案をしてしまった。
きっとクリスマスも近くて、それなのに彼と別れて1人ぼっちで、気が滅入っていたんだと思う。
「ねえリョータ、わたしたち付き合おうか。」
「へ?」
目の前のリョータが、頬杖から頭をがくりと滑り落とす。
その反応をみて、瞬時に我に返る。
わたしは、なにを言っているんだろう…。
リョータの綾子への思いこれだけ聞いておきながら。
気づけば怖くなって、返事が返ってくる前に自ら予防線を張っていた。
「なんてね、びっくりした?」
わざとらしくおどけてみせると、リョータが安堵したのがよくわかった。
「からかうのやめろって、びっくりするだろ。」
「だよね。あり得ないよね。」
「んー、まあ、あり得なくはないけど。」
「え?」
一瞬、胸が期待に跳ねるのが分かる。
しかしそれに続く言葉は、わたしの期待とは違っていた。
「美奈子はいいヤツだけど、オレにとってはもう戦友みたいなもんだから。」
そういって悪気なく笑うリョータを見つめながら、気づいてしまった。
わたしはちょっとだけ、この目の前の戦友を意識していたことを。
ただ放課後に話すだけの、ちょっと仲のいい男子に、いつしか淡い恋心を抱いてしまっていたことを。
だけど気づいた時には全部遅くて。
元々別の人を追いかけている彼だからこそ、わたしたちは友達になれたのだから。
そこからわたしは、リョータへの気持ちにはそっとフタをして、友達役に徹した。
そうして高校を卒業し、進学して、就職しても、リョータとの親交は続いた。
会えばいつかのように愚痴を言い合い、お互いを揶揄して笑い合ったり。
こんな風に自分をさらけ出せる人を、わたしは他に知らない。
わたしがリョータにだけ見せる顔も、リョータがわたしにだけ見せる顔も、たくさんあった。
社会人になるとリョータもさすがに綾子のことは諦めて、ほかの女の子とつきあったりしていた。
その話を聞いてやりながら、その彼女がわたしの存在を知ったらどうなるのかなあ、と意地の悪いことも考えたりした。
しかしそれはお互い様というやつで。
リョータとは友達のまま、わたしは別の彼と結婚した。
結婚してからはさすがに、リョータと2人で会うこともなくなった。
向こうが気をつかっていたのもわかったし、わたしも新しい生活を築くのに精一杯だったから。
そうして自然とリョータとは連絡もとらなくなっていき、メッセージアプリの名前だけが、その存在を知らせるものになっていた。
▽
だけど今日この日、その名前が画面に表示されるところを、わたしは久々に見たのだ。
「久々に会おーぜ。」
開く気のなかったメッセ―ジを開いてしまったことで、きっとリョータには既読のマークが表示されているだろう。
暖房器具のない部屋でかじかんでしまった指を動かし、返信をする。
「久々に呑もっか。」
何度かやりとりを繰り返したのち、この殺風景な部屋にやってきたのは、シャンメリーと馬鹿でかいケーキの箱を持ったリョータだった。
「ねぇ、呑もうっていったのになんでシャンメリー…。」
子供だましのボトルを手に、リョータを責める。
もうずいぶん会っていなかったのに、すぐに昔のような関係に戻れてしまう自分に驚く。
それもこれも、リョータが変わらなすぎるのが原因だ。
ほんとうに彼は、学生時代からずっと変わらず少年のようだった。
「オレ、今日車だもん。美奈子にだけ呑ませてたまるかよ。」
「ひっど。リョータ一体、ここに何しに来たわけ?」
「何って、遊びに来たんだろ。」
「ちょっとちょっと、慰めに来たんじゃないのー?」
グラスを2つ用意しながらおおげさなくらい笑うと、上着を脱ごうとするリョータの手がぴたり止まった。
わたしはなおも笑顔を崩さないまま、言う。
「誰かに聞いたんでしょ?わたしがこっちに帰ってきたって。」
「うん。」
「一人暮らしだって言っても、驚かなかったし。」
「…まあね。」
困り笑いを浮かべるリョータは、いつもよりぎこちなかった。
ごめんリョータ。
だけど、このことはハッキリ言っておかないと、中途半端に慰められるのは辛いからさ。
話題にしづらいことは、自分から言ってしまった方が楽になれることを、これまでの人生で学んできたから。
「…わたし、離婚した。…まあ、知ってると思うけど。」
普段よりもワンオクターブ高めの声で言うと、リョータはやはり知っていたという風に、目を細めて微笑んだ。
「おかえり。」
その返答に、わたしはおもいっきり口をへの字に曲げてみせる。
「…ってソレ、イヤミ。」
「イヤミじゃねーよ!…ああもう、なんでもネガティブに捉えやがる…。」
「帰ってもいいんだよー?ケーキだけ置いてってくれれば、立ち直れるから。」
「へえ、ほんとに帰ってもいいワケ?」
そう言ってリョータは、壁にひとつかけられたカレンダーを見る。
今日は12月24日。クリスマスイブ。
恋人や家族がいる人にとっては、大切すぎるイベント。
だけど、恋人も家族もいない人にとってみれば、ただの平日にすぎない。
「そういうリョータはいいの?」
きょとんとする彼に、続けて質問する。
「イブの日に彼女と過ごさなくてもイイの?…あ、奥さんとか?」
ここ数年まったく連絡を取っていなかったリョータが、今恋人がいるのか、はたまた結婚したのかどうかすら、わたしは知らない。
こうやって回答を聞く前に予防線をはりまくるのは、学生時代からのクセなのかもしれない。
するとリョータが、呆れたようにため息をつく。
「あのねぇ、さすがにカノジョがいたらイブの日に来ねーよ。…それと、オレ独身だから!」
だれに聞いたんだよ、結婚したなんて。
とブツブツ言っている彼を見ながら、ほっとしている自分がいた。
もしかしたら彼女との約束の前に、ちょっと顔を出しただけなんじゃないかと思っていたし、なんなら結婚して子どもがいてもおかしくないと思っていたから。
それほどまでにわたしたちは、大人になりすぎた。
顔を合わせていなかった数年間はあまりにも長くて、わたしはもうリョータの知っているような、朝までカラオケではしゃげるような女じゃない。
ハリのない目尻だって気になるし、ちょっとやそっと食事制限したくらいでは痩せない身体も気になる年頃だ。
それでも気後れせずに話していられるのは、彼も同じように年を重ねてきたからだろう。
「てかケーキ買ってきてくれたのはいいけど、ウチなにも無いんだよね。」
先ほどのぞいた冷蔵庫は、おもしろいくらい空っぽだった。
かろうじてある調味料に、腹の足しにもならない清涼飲料水のボトル。
離婚して、急いで引っ越してきたばかりのこのアパートには、おおよそ最低限生活していけるほどの物資しかそろっていなかった。
「じゃ、今日オレが来なかったら、どうするつもりだったの?」
「まあ、ピザでも取ろうかと…。」
「お、いいねピザ。取ろーぜ。」
わたしの了解もさておき、即座にアプリで予約を開始する姿を、ぼんやりと眺める。
本当に彼は変わらない。
あどけない仕草のひとつひとつが、まるっきり高校生のままだ。
なんだか一人だけ取り残されてしまったような気がして、リョータを遠くに感じる。
わたしとリョータを隔ててしまったものは、結局のところなんなのだろうか。
ピザが目の前に広げられると、殺風景な部屋にもすこしは彩りが与えられた気がした。
リョータとくだらない昔話や、アホすぎる失敗談なんかを話していると、つい時間を忘れてしまう。
こんな風に楽しいとおもったのは久しぶりだった。
ここ1年くらいは離婚するかしないかの話し合いばかりしていたし、離婚したらしたで、家具や家電をどう分けるか考えたり、財産分与の話だとか、なんだかもう疲れ切ってしまっていた。
だからこんな風に、気負いしないでいられるリョータとの関係は、わたしにとってはやはり、居心地のいいものだった。
「美奈子さあ…。」
空になりかけたピザの箱に視線をやったまま、リョータが尋ねる。
「今日なんで俺に会ってくれたの。」
先ほどまでの調子のいい態度とは一転、真剣な声色に身構える。
「なんでって…本当は無視しようかと思った。」
「ひでーなお前。」
笑って見せるも、冗談抜きで本当だった。
久々に彼に会ったとして、こんな落ち込んだ姿をみせることに、少し抵抗があったのだ。
「でも、会って良かった。」
「…そう?」
「ん。リョータが変わってなさ過ぎて、わたし安心しまくった。」
「美奈子もなんも変わってねーよ。昔のまんまだよ。」
そう言ったきり、唇をきゅっと噛みしめているリョータを、わたしは見る。
わたしがリョータを変わらないと思うのと同じように、リョータにはそう見えるのだろうか。
お世辞かもしれないその言葉は、今の自分にとってはなにより甘く染み渡った。
「あ、ケーキ食べよっか。シャンメリーも。」
照れくささから逃げようと、立ち上がる。
その手を条件反射のように掴んできたリョータによって、わたしの姿勢はまたも、中途半端な形で床に戻された。
「ゴメン。」
口ではそう言いながらも、手はまだわたしの手首を掴んだままだ。
「あの、ケーキ…。」
「そんなんいいから、聞いて。」
いつになく真剣に揺れる瞳に、目が離せなくなる。
掴まれている手首を伝って、体中の体温が上昇していく。
「オレ、美奈子が結婚するって聞いたとき、めっちゃ後悔した。」
「え?」
「えって思うのは分かるよ?それまでずっと美奈子の付き合ってるヤツの話聞いてたのもオレだし、応援してたのも本気だったし…。」
いつしか腕は外されていて、言葉を選ぶように宙をさまよう。
しかしわたしも逃げずに、その場に座り込んで聞く。
「だけどお前が誰か1人のモノになるって思った瞬間、なんつーの?急に焦った。」
「…つまりわたしのことが好きだと気づいたと?」
「っ…、お前、そういうのよく自分で言えるよな。」
だってそうじゃん、と胸の奥でつぶやく。
歯切れの悪いリョータがいいたいのはつまりは、そういうことだろう。
だけどわたしの中には、あの日、はっきりと「友達」だと言われた言葉が強く残っていて…。
「…リョータ、わたしのことフったじゃん。」
「いつ。」
「高校生の時。」
「あ~あれは…。ほんっと記憶力いいのな。」
わしゃわしゃとゆるく天然パーマのかかった髪をかき上げながら、困ったような顔をするリョータ。
わたしは反抗してやるという一心で、その姿をにらみつける。
「あん時はマジで友達だと思ってたんだよ。けど、お前だけだから。…卒業しても、就職しても、ずっとそばに居てくれたの。」
「気づくの遅いよ。」
「…ああ!だから後悔してんだよ!正直、お前が帰ってきて嬉しいって思った最低野郎だよ!それでも、それでもお前が好きなんだよバカ!!」
大きな声でまくし立てた後、少し涙目でこちらを睨むリョータに、我慢していたけどこらえきれず吹き出してしまう。
好きと言いたいのかキレてるのか、どちらかよくわからない告白は、短気なリョータらしいといえばリョータらしい。
「あははは、何その告白。ごめん、我慢できなかった…っはは」
「…お前さー…。」
唇をとがらせるリョータの虚を突いて、言ってやる。
「わたし、バツイチだよ?いろいろこじらせてるし、めんどくさいよ?」
「…知ってるよ。」
「それにデリカシーないし、自意識過剰だけど。」
「…それでもイイっつってんだろ。」
強引に腕を首の後ろにまわされ、ぐいっと引き寄せられる。
重なった唇は思った以上に熱っぽくて、ものすごく至近距離で、よく知ったリョータの匂いがする。
落ちてきたふわふわの髪の毛が、おでこにあたってくすぐったかった。
「おかえり美奈子。」
「…ただいま、リョータ。」
おかえりを言ってくれる人がいてよかった、と思う。
それと同時に、リョータが居てくれてよかった、とも。
あの時始まらなかった恋が、ここから動き出すのだと思うと、なんだか妙に照れくさくて、身もだえしたい気分だった。
よけいに今の状況が辛くなるだけだ。
そんな時メッセージをくれたのは、よく知った彼だった。
「美奈子、今コッチ帰ってきてるってホント?」
携帯の画面に映るメッセージをチラリと見るが、開かれなかったそれはしだいに消えていく。
しばらくすると、またも画面が点灯する。
「久々に会おーぜ。」
一瞬で引き戻される。
あのあどけない笑顔を思い出す。
放課後の教室で、前後の机に座って時間の許す限り恋の話をしたこと。
いつまでも振り向いてもらえない彼女の話を、延々と聞いてあげたこと。
そして、相談する側とされる側だった関係は、いつしか少しずつ変わっていったことも。
▽
宮城リョータはよく分からない男子だった。
クラスではちょっととっつきにくい存在。
よく授業はサボるし、部活で疲れているのか昼くらいまで寝ているところをよく見かけた。
真面目に部活をしているのかと思えば、いきなり上級生と喧嘩をして入院したり。
だけど誰かとつるむわけでもなく、気づけばいつも1人で居る。
何を考えているのかよくわからない、そんな男子だった。
リョータと仲良くなったのは突然だった。
忘れ物を取りに行った放課後の教室で、ひとり机につっぷして寝ていた。
とっくに部活も始まっているだろうに、どうしたんだろうと思ったわたしは、忘れ物を手にした後、つい彼に話しかけていた。
「あの、宮城くん…、部活始まってるけど大丈夫?」
そっと触れた肩の体温を、今でも鮮明に思い出せる。
「ん…あれ、高橋さん…?」
重そうなまぶたをこじあけると、目が合った。
話したことのない男子を起こすなんて、やっぱりやめた方がよかったかもしれない。
「ゴメン起こして。時間大丈夫なの?」
そう問いかけると、彼はへらっと笑って
「今日、部活休み。」
と言った。
ああ、やっぱりよけいなお世話だった、と瞬時に思う。
だけど思いのほか優しそうなリョータの対応に、いくぶんホッとしていたのは確かだ。
「体育祭の委員会会議って、もう終わった?」
「委員会会議…?そういえば、図書室でやってたよ。」
「あー、まだ終わってなかったか、よかった。」
突然体育祭の話になって驚くも、話を聞くと、その会議に参加している綾子のことを待っているのだという。
綾子は同じクラスの女子で、リョータと同じバスケットボール部のマネージャーだ。
その場の流れでリョータの前の席に座り、綾子への高1からの思いや、告白まがいのことをいっても受け流されていることなんかを延々聞かされた。
普通なら面倒に感じるところも、なぜかリョータにはそう感じなかった。
(宮城くんってこんなにしゃべるんだ。)
普段無口な彼が、好きな女の子のことをしゃべっているのを見て、意外な一面をみたという高揚感がわたしの心を占めた。
この日からなんとなく、リョータが部活に行くまでの数十分、ふたり教室に残って恋愛話をするのが日常になった。
わたしは当時、他校の男子と付き合っていて、その恋の悩み相談や、愚痴なんかをよく聞いてくれたし、
あいかわらず綾子にぞっこんなリョータに、綾子からそれとなく聞き出した情報(好きなタイプだとか、好きな食べ物だとか)を横流ししたりした。
いわばお互いに、Win-Winな関係だとも言えたと思う。
そうして季節は春から、冬になった。
バスケ部の主将になったリョータは忙しそうで、放課後の関係も週に1・2回になっていた頃だった。
その頃わたしは他校の彼と別れたことを引きずっていたし、リョータの綾子への想いも伝わらずじまいだった。
久しぶりに二人きりになった、少し肌寒い教室の隅。
わたしはつい、その可笑しな提案をしてしまった。
きっとクリスマスも近くて、それなのに彼と別れて1人ぼっちで、気が滅入っていたんだと思う。
「ねえリョータ、わたしたち付き合おうか。」
「へ?」
目の前のリョータが、頬杖から頭をがくりと滑り落とす。
その反応をみて、瞬時に我に返る。
わたしは、なにを言っているんだろう…。
リョータの綾子への思いこれだけ聞いておきながら。
気づけば怖くなって、返事が返ってくる前に自ら予防線を張っていた。
「なんてね、びっくりした?」
わざとらしくおどけてみせると、リョータが安堵したのがよくわかった。
「からかうのやめろって、びっくりするだろ。」
「だよね。あり得ないよね。」
「んー、まあ、あり得なくはないけど。」
「え?」
一瞬、胸が期待に跳ねるのが分かる。
しかしそれに続く言葉は、わたしの期待とは違っていた。
「美奈子はいいヤツだけど、オレにとってはもう戦友みたいなもんだから。」
そういって悪気なく笑うリョータを見つめながら、気づいてしまった。
わたしはちょっとだけ、この目の前の戦友を意識していたことを。
ただ放課後に話すだけの、ちょっと仲のいい男子に、いつしか淡い恋心を抱いてしまっていたことを。
だけど気づいた時には全部遅くて。
元々別の人を追いかけている彼だからこそ、わたしたちは友達になれたのだから。
そこからわたしは、リョータへの気持ちにはそっとフタをして、友達役に徹した。
そうして高校を卒業し、進学して、就職しても、リョータとの親交は続いた。
会えばいつかのように愚痴を言い合い、お互いを揶揄して笑い合ったり。
こんな風に自分をさらけ出せる人を、わたしは他に知らない。
わたしがリョータにだけ見せる顔も、リョータがわたしにだけ見せる顔も、たくさんあった。
社会人になるとリョータもさすがに綾子のことは諦めて、ほかの女の子とつきあったりしていた。
その話を聞いてやりながら、その彼女がわたしの存在を知ったらどうなるのかなあ、と意地の悪いことも考えたりした。
しかしそれはお互い様というやつで。
リョータとは友達のまま、わたしは別の彼と結婚した。
結婚してからはさすがに、リョータと2人で会うこともなくなった。
向こうが気をつかっていたのもわかったし、わたしも新しい生活を築くのに精一杯だったから。
そうして自然とリョータとは連絡もとらなくなっていき、メッセージアプリの名前だけが、その存在を知らせるものになっていた。
▽
だけど今日この日、その名前が画面に表示されるところを、わたしは久々に見たのだ。
「久々に会おーぜ。」
開く気のなかったメッセ―ジを開いてしまったことで、きっとリョータには既読のマークが表示されているだろう。
暖房器具のない部屋でかじかんでしまった指を動かし、返信をする。
「久々に呑もっか。」
何度かやりとりを繰り返したのち、この殺風景な部屋にやってきたのは、シャンメリーと馬鹿でかいケーキの箱を持ったリョータだった。
「ねぇ、呑もうっていったのになんでシャンメリー…。」
子供だましのボトルを手に、リョータを責める。
もうずいぶん会っていなかったのに、すぐに昔のような関係に戻れてしまう自分に驚く。
それもこれも、リョータが変わらなすぎるのが原因だ。
ほんとうに彼は、学生時代からずっと変わらず少年のようだった。
「オレ、今日車だもん。美奈子にだけ呑ませてたまるかよ。」
「ひっど。リョータ一体、ここに何しに来たわけ?」
「何って、遊びに来たんだろ。」
「ちょっとちょっと、慰めに来たんじゃないのー?」
グラスを2つ用意しながらおおげさなくらい笑うと、上着を脱ごうとするリョータの手がぴたり止まった。
わたしはなおも笑顔を崩さないまま、言う。
「誰かに聞いたんでしょ?わたしがこっちに帰ってきたって。」
「うん。」
「一人暮らしだって言っても、驚かなかったし。」
「…まあね。」
困り笑いを浮かべるリョータは、いつもよりぎこちなかった。
ごめんリョータ。
だけど、このことはハッキリ言っておかないと、中途半端に慰められるのは辛いからさ。
話題にしづらいことは、自分から言ってしまった方が楽になれることを、これまでの人生で学んできたから。
「…わたし、離婚した。…まあ、知ってると思うけど。」
普段よりもワンオクターブ高めの声で言うと、リョータはやはり知っていたという風に、目を細めて微笑んだ。
「おかえり。」
その返答に、わたしはおもいっきり口をへの字に曲げてみせる。
「…ってソレ、イヤミ。」
「イヤミじゃねーよ!…ああもう、なんでもネガティブに捉えやがる…。」
「帰ってもいいんだよー?ケーキだけ置いてってくれれば、立ち直れるから。」
「へえ、ほんとに帰ってもいいワケ?」
そう言ってリョータは、壁にひとつかけられたカレンダーを見る。
今日は12月24日。クリスマスイブ。
恋人や家族がいる人にとっては、大切すぎるイベント。
だけど、恋人も家族もいない人にとってみれば、ただの平日にすぎない。
「そういうリョータはいいの?」
きょとんとする彼に、続けて質問する。
「イブの日に彼女と過ごさなくてもイイの?…あ、奥さんとか?」
ここ数年まったく連絡を取っていなかったリョータが、今恋人がいるのか、はたまた結婚したのかどうかすら、わたしは知らない。
こうやって回答を聞く前に予防線をはりまくるのは、学生時代からのクセなのかもしれない。
するとリョータが、呆れたようにため息をつく。
「あのねぇ、さすがにカノジョがいたらイブの日に来ねーよ。…それと、オレ独身だから!」
だれに聞いたんだよ、結婚したなんて。
とブツブツ言っている彼を見ながら、ほっとしている自分がいた。
もしかしたら彼女との約束の前に、ちょっと顔を出しただけなんじゃないかと思っていたし、なんなら結婚して子どもがいてもおかしくないと思っていたから。
それほどまでにわたしたちは、大人になりすぎた。
顔を合わせていなかった数年間はあまりにも長くて、わたしはもうリョータの知っているような、朝までカラオケではしゃげるような女じゃない。
ハリのない目尻だって気になるし、ちょっとやそっと食事制限したくらいでは痩せない身体も気になる年頃だ。
それでも気後れせずに話していられるのは、彼も同じように年を重ねてきたからだろう。
「てかケーキ買ってきてくれたのはいいけど、ウチなにも無いんだよね。」
先ほどのぞいた冷蔵庫は、おもしろいくらい空っぽだった。
かろうじてある調味料に、腹の足しにもならない清涼飲料水のボトル。
離婚して、急いで引っ越してきたばかりのこのアパートには、おおよそ最低限生活していけるほどの物資しかそろっていなかった。
「じゃ、今日オレが来なかったら、どうするつもりだったの?」
「まあ、ピザでも取ろうかと…。」
「お、いいねピザ。取ろーぜ。」
わたしの了解もさておき、即座にアプリで予約を開始する姿を、ぼんやりと眺める。
本当に彼は変わらない。
あどけない仕草のひとつひとつが、まるっきり高校生のままだ。
なんだか一人だけ取り残されてしまったような気がして、リョータを遠くに感じる。
わたしとリョータを隔ててしまったものは、結局のところなんなのだろうか。
ピザが目の前に広げられると、殺風景な部屋にもすこしは彩りが与えられた気がした。
リョータとくだらない昔話や、アホすぎる失敗談なんかを話していると、つい時間を忘れてしまう。
こんな風に楽しいとおもったのは久しぶりだった。
ここ1年くらいは離婚するかしないかの話し合いばかりしていたし、離婚したらしたで、家具や家電をどう分けるか考えたり、財産分与の話だとか、なんだかもう疲れ切ってしまっていた。
だからこんな風に、気負いしないでいられるリョータとの関係は、わたしにとってはやはり、居心地のいいものだった。
「美奈子さあ…。」
空になりかけたピザの箱に視線をやったまま、リョータが尋ねる。
「今日なんで俺に会ってくれたの。」
先ほどまでの調子のいい態度とは一転、真剣な声色に身構える。
「なんでって…本当は無視しようかと思った。」
「ひでーなお前。」
笑って見せるも、冗談抜きで本当だった。
久々に彼に会ったとして、こんな落ち込んだ姿をみせることに、少し抵抗があったのだ。
「でも、会って良かった。」
「…そう?」
「ん。リョータが変わってなさ過ぎて、わたし安心しまくった。」
「美奈子もなんも変わってねーよ。昔のまんまだよ。」
そう言ったきり、唇をきゅっと噛みしめているリョータを、わたしは見る。
わたしがリョータを変わらないと思うのと同じように、リョータにはそう見えるのだろうか。
お世辞かもしれないその言葉は、今の自分にとってはなにより甘く染み渡った。
「あ、ケーキ食べよっか。シャンメリーも。」
照れくささから逃げようと、立ち上がる。
その手を条件反射のように掴んできたリョータによって、わたしの姿勢はまたも、中途半端な形で床に戻された。
「ゴメン。」
口ではそう言いながらも、手はまだわたしの手首を掴んだままだ。
「あの、ケーキ…。」
「そんなんいいから、聞いて。」
いつになく真剣に揺れる瞳に、目が離せなくなる。
掴まれている手首を伝って、体中の体温が上昇していく。
「オレ、美奈子が結婚するって聞いたとき、めっちゃ後悔した。」
「え?」
「えって思うのは分かるよ?それまでずっと美奈子の付き合ってるヤツの話聞いてたのもオレだし、応援してたのも本気だったし…。」
いつしか腕は外されていて、言葉を選ぶように宙をさまよう。
しかしわたしも逃げずに、その場に座り込んで聞く。
「だけどお前が誰か1人のモノになるって思った瞬間、なんつーの?急に焦った。」
「…つまりわたしのことが好きだと気づいたと?」
「っ…、お前、そういうのよく自分で言えるよな。」
だってそうじゃん、と胸の奥でつぶやく。
歯切れの悪いリョータがいいたいのはつまりは、そういうことだろう。
だけどわたしの中には、あの日、はっきりと「友達」だと言われた言葉が強く残っていて…。
「…リョータ、わたしのことフったじゃん。」
「いつ。」
「高校生の時。」
「あ~あれは…。ほんっと記憶力いいのな。」
わしゃわしゃとゆるく天然パーマのかかった髪をかき上げながら、困ったような顔をするリョータ。
わたしは反抗してやるという一心で、その姿をにらみつける。
「あん時はマジで友達だと思ってたんだよ。けど、お前だけだから。…卒業しても、就職しても、ずっとそばに居てくれたの。」
「気づくの遅いよ。」
「…ああ!だから後悔してんだよ!正直、お前が帰ってきて嬉しいって思った最低野郎だよ!それでも、それでもお前が好きなんだよバカ!!」
大きな声でまくし立てた後、少し涙目でこちらを睨むリョータに、我慢していたけどこらえきれず吹き出してしまう。
好きと言いたいのかキレてるのか、どちらかよくわからない告白は、短気なリョータらしいといえばリョータらしい。
「あははは、何その告白。ごめん、我慢できなかった…っはは」
「…お前さー…。」
唇をとがらせるリョータの虚を突いて、言ってやる。
「わたし、バツイチだよ?いろいろこじらせてるし、めんどくさいよ?」
「…知ってるよ。」
「それにデリカシーないし、自意識過剰だけど。」
「…それでもイイっつってんだろ。」
強引に腕を首の後ろにまわされ、ぐいっと引き寄せられる。
重なった唇は思った以上に熱っぽくて、ものすごく至近距離で、よく知ったリョータの匂いがする。
落ちてきたふわふわの髪の毛が、おでこにあたってくすぐったかった。
「おかえり美奈子。」
「…ただいま、リョータ。」
おかえりを言ってくれる人がいてよかった、と思う。
それと同時に、リョータが居てくれてよかった、とも。
あの時始まらなかった恋が、ここから動き出すのだと思うと、なんだか妙に照れくさくて、身もだえしたい気分だった。
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