おかえりと憎まれ口【宮城(the first)】
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「美奈子ちゃん、今ね、お兄ちゃん帰ってきてるんだ。」
重い鉄の扉からひょっこり顔を出したのは、隣の棟に住んでいるアンナちゃんだった。
隣の棟といっても、何世帯も住んでいるこの県営団地では、なかなか顔を合わせる機会はない。
久々に訪ねてきて、えらく大人っぽくなっていたので一瞬誰だかわからなかった。
「そうなんだ。」
「うん、だから久々に、うちに遊びにおいでよー。こんな機会でもないと、美奈子ちゃんとゆっくり会えないし。」
「…どうしようかなぁ。」
なんとなく、気が重い。
なぜなら、あの人に会うための気持ちの準備が、まだできていなかったからだ。
「えー、迷うならきてよ。」
「でも、せっかくの家族団欒だろうし。」
「お母さんまだ帰ってないよぉ。それにお兄ちゃんと二人だと、間がもたないの。」
「あはは、兄妹なのに。」
昔からこの子には、甘くしてしまう自分がいる。
本当に彼女は、甘え上手だ。
…兄とは違って。
半ば強引に手を引かれながら向かった先は、彼女のウチでもあり、同時に同級生のウチでもあった。
同じ県営住宅に住んでいる、中学のころの同級生。
宮城リョータが、アメリカから帰ってきている。
いつの間にか遠い存在になってしまったかつての同級生と、どんな会話をすればいいのかわからない。
ぐるぐると考えても答えの出ないまま、自分のウチと全く同じ塗装のされた扉を開くと、そこには懐かしい顔があった。
「げ、余計なやつ呼んできやがって。」
「私が会いたかったの。それにお兄ちゃんも会いたかったでしょー?」
「誰が。」
…ほら、やっぱりリョータは歓迎してくれるわけない。
期待なんてしていなかったけど、ぶっきらぼうなところは変わっていなくて、安心した。
「…元気そうじゃん。」
「おー。」
短く挨拶をかわして、4人掛けのテーブルに座る。
リョータを正面にして、わたしとアンナちゃんが隣り合わせ。
テーブルの隅には、神奈川に来る前に亡くなったと言うお兄さんの写真があった。
「ってか、お前まだここに住んでんのかよ。家出たいっていってなかった?」
「別にいいでしょ。大学近いんだから。」
「ふーん。で、どうなの。」
「別にフツー。」
面倒くさそうに頬杖をついているリョータとの会話は、すぐに目詰まりを起こしてしまう。
そんな微妙な空気を全く読まないアンナちゃんは、さも良いことを思いついたというような口調で、こう言った。
「わたし、お邪魔のようだから出かけてこようか!」
「「はぁ?!」」
思わずリョータと息を合わせてしまう。
この気まずすぎる状況で、2人きりになるなんて地獄すぎる。
アンナちゃんには何としても、ここにいてもらわなければならない。
「友達と用事があったのすっかり忘れてたぁ。」
「ちょ、ちょっと、わたしと話がしたかったんじゃないの?アンナちゃん!」
「ごめーん、美奈子ちゃん。大事な用事なの。」
ぺろりと舌を出して、可愛く微笑んで見せる。
そして流れるような動作で上着を手に取ると、じゃあね、と手を振って玄関を出ていってしまう。
…やっぱりあの子の口車に乗るんじゃなかった…。
「…あー、なんか悪ぃな、妹がムリヤリ連れてきたみてーで。」
「別に、無理やりってわけじゃ…」
「なんかさ。お前と会ったら何話そうって思ってたんだけど、意外と緊張しなかった。アイツのおかげかもな。」
「…うん、そうかもね。」
それを聞いて、同じようにリョータも気まずさを感じていたんだなぁと確信する。
あの日は、最悪の別れだった。
同じ団地に住んでいて、なんとなく顔を合わせれば話をする関係で、ちょっとは…いやかなり親しいのかなぁなんて思っていたリョータが、ある日いきなり切り出したアメリカ留学。
それを聞いてわたしはひどく傷ついた。
なぜなら、それを知らされたのが、アメリカに行く前日だったからだ。
家族でもなければ、彼女でもないのだから、別に一番に教えて欲しいとは思わなかった。
だけど前日に知らされるほど、リョータにとってわたしの存在はちっぽけなものだったんだと思い知らされて、ショックだった。
そして思いつく限りの悪態をついて、その場を立ち去ったのだ。
リョータは何も言わず、ただわたしの言葉を聞いていて…。
その時のリョータの悲しげな目が、リョータがアメリカに行った後もずっと頭を離れなかった。
わたしもわたしで家から大学に通い、もうすぐ卒業が迫っている。
そんな年の瀬に、リョータが帰ってきた。
こうして話をするのは、いつぶりになるんだろう。
「リョータ、背ぇ伸びた?」
「うるっせぇ。ちょっとは伸びたよ。」
「そうなんだ?でも、まぁ、なんか体格は良くなったかも。」
「トーゼン。これでも吹っ飛ばされねーんだぜ。向こうの奴らにも。」
そう言ってリョータは、片眉をつりあげて笑った。
変にアメリカに被れていたらどうしようかと思ったけど、全然そんなことはなくて、つられてこちらも笑ってしまう。
「あのさぁ。」
低い声で切り出したリョータが見つめているのは、さっきアンナちゃんが入れてくれたコーヒーだ。
私も思わず、それと同じ形をした、手元のマグカップに目を落とす。
「3年前…だっけ、あ、2年前か?最後に会った日」
「えっと、3年前…?」
「2年前だろ。まだ年明けてねーんだから。…ってどうでもいいんだよそんな事。とにかくオレが、アメリカ行くってお前に言った日。」
「うん、」
「悪かった。あんなギリギリなって言う事になって。」
まさかリョータからあの時のことを切り出されると思わなかったので、驚いてしまった。
リョータがアメリカ行きを黙っていたことよりも、それに対するわたしの罵詈雑言のほうが聞くに耐えなくて、先に謝られたことに罪悪感が湧いてくる。
謝るのは、どう考えてもわたしのほうだ。
「わたしこそ、ごめん。見送りもせず。リョータに酷いこと言った。」
「うん、さすがに傷ついた。特に去り際の、『彼女できないからってアメリカに逃げんのか!』やつは…」
「…ほんとにごめん。」
「ははっ、まぁ傷ついたってのは、ジョーダンだけど。」
そうは言っても、キチンと言葉まで覚えていると言うことは、本当に傷つけたんだろう。
そもそも、わたしがそんなに怒ったのは…
あとで何でだろうってよくよく考えて、気づいた。
わたしはリョータの、特別なんじゃないかって、思い上がっていたからだ。
彼女ではないけど限りなくそれに近い、そんな特別な関係。
だけどリョータにとってはそうじゃなかったという事実が、わたしをひどく傷つけた。
「流石に前日に言われるのはショックだったな。」
素直に口にしてみる。
リョータは目線だけこちらに向けて、続く言葉を待っている。
何でそんな反応?
だって、先に謝って来たのはリョータなのに。
「やっぱり美奈子が怒ったのって、それが理由?」
「へ?それしかないでしょ。前々から決まってたのに、わたしには黙ってた。」
「いや、あの時何で怒ったのか、イマイチわかんないままオマエが走っていって…。」
「怒るに決まってんじゃん。仲良いと思ってた友達に、前日まで内緒にされてたなんて。」
「だ、だよな。」
何か言いたげなリョータを注意深く観察してみると、目線は揺れながらテーブルをさまよっている。
そしてグッと肩に力が入ったかと思うと、いきなり私を見てこう言った。
「あの時、何でオレが留学のこと、お前に言えなかったかって言うとさ…!」
その瞬間、遠くの方から女の人の笑い声が聞こえた。
それに混じって、低く響く男の人の声。
その二つが、タンタンという足音と共に、ゆっくりと近づいてくる。
この団地に住んでいる人間にはわかる。
声の主が今、この部屋のドアの前まで迫っている。
誰だろう。女の人は、リョータのお母さんかアンナちゃんか…じゃあ男の人の声は?
そう考察している時だった。
「美奈子!ちょっとこっちきて!」
返事をする間もなく手をひかれ、奥にあるリョータの部屋に押し込まれる。
そして手でわたしの口を塞いで、じっと机の陰に隠れる体勢になった。
少し汗ばんだ手も、嫌いじゃない。
手も繋いだことのないリョータという存在をこれでもかと思い知らされて、少しクラクラする。
リョータは何も言わず、リビングの様子を伺っている。
鉄のドアの音がして、入って来たのはどうやらお母さんだ。
そして知らない男の人の声。2人は落ち着きのあるトーンで、和やかに談笑していた。
わたしはリョータの手をそっと払いのけて、小声で質問する。
「ちょっと、何で隠れる必要が?それにあの男の人は…。」
「しー!静かに!…アンナによると、最近できた母親のイイヒトらしい。オレもまだ会ったこと無ぇ。」
隠れていると言うせいもあって妙に近くにあるリョータの顔をながめながら、わたしはさらに声を潜めて続ける。
「じゃあ挨拶しなきゃじゃん。」
「バカ!お前。どこの馬の骨かもわかんねーやつに先制攻撃くらわせるつもりだったのに、オレが女といたら締まらないだろうが。」
「先制攻撃って…ぶふ。お母さんの彼氏と喧嘩する気?」
「この家のキャプテンはオレなんだから、オレがどんな男か見極めてやんねーと。」
大真面目に言ったかと思えば、少し照れくさそうに唇を尖らせた。
リョータはリョータなりに、妹と母親を守る立場だという使命感があるらしい。
普段はペラペラと自分のことを語るタイプじゃないけど、そう言うところがリョータのいいところで、好きなところだなぁと思う。
そうだ。わたしはリョータのことを、今も昔も好きらしい。
その事に、こんな狭い和室の狭くるしい机の陰で息を潜めながら、気がついた。
リョータはやっとこの距離の異常さに気がついたのか、意識して少しだけ体を離した。
そして相変わらず小声のまま、こう言った。
「まだお前に言いたい事あるのに。」
「あー、さっきの…」
「さっきの続き。好きなヤツに、留学の事言いだせなくて、結局前日まで黙ってたっていう、ヘタレ野郎の話。」
「へ?好きなって…マジで?」
言ったあとに唇をへの字に曲げたリョータが目の前にいる。
わたしはよく事情が飲み込めずに、いまだ置いてきぼりのままだ。
矢継ぎ早に聞き返したいのに、小声でいなければいけないという状況がもどかしい。
「お前、跳べる?」
「は?跳ぶって、どこに。」
「窓から。ちょっと高いけど。」
そう言って、部屋に一つだけある窓を指す。
たしかにここは一階で、窓を開ければ外に出られないこともないけど…。
「お前とはまだ話したいことがいろいろあるんだよ。」
言いながらリョータは、静かに窓を開けた。
そして振り返り、わたしを待つための手を差し出している。
わたしだって、リョータとは話したいことだらけだ。
アメリカでの暮らしはどうなのか、とか。
バスケのこととか、学校生活のこととか、寂しくないのかとか。
リョータに対する素直な気持ちだけが、わたしにその一歩を踏み出させた。
リョータが部屋にあった古いバッシュを差し出したので、それを履いて窓から外に出る。
リョータもアメリカから持って帰ってきたような、新しめのバッシュを履いて、外に出る。
多分並んで会話をするのは、最後に言葉を交わした、あのベンチだろう。
団地の敷地内に置かれている、ところどころ凹んだコンクリートのベンチ。
そこでわたしも、あの頃言えなかったことを伝えようと思う。
ついでに罵詈雑言はすべて本心ではないと言うことも。
本当の気持ちの、裏返しだったということも、今なら素直に言える気がした。
ㅡㅡㅡㅡㅡㅡㅡㅡㅡㅡㅡㅡㅡㅡ
勢いでかいたので雑ですみません。
リョタの家が一階だったというのは捏造です。
ハッキリ何階か覚えてないんですが、たぶん一階じゃないはず…!!
重い鉄の扉からひょっこり顔を出したのは、隣の棟に住んでいるアンナちゃんだった。
隣の棟といっても、何世帯も住んでいるこの県営団地では、なかなか顔を合わせる機会はない。
久々に訪ねてきて、えらく大人っぽくなっていたので一瞬誰だかわからなかった。
「そうなんだ。」
「うん、だから久々に、うちに遊びにおいでよー。こんな機会でもないと、美奈子ちゃんとゆっくり会えないし。」
「…どうしようかなぁ。」
なんとなく、気が重い。
なぜなら、あの人に会うための気持ちの準備が、まだできていなかったからだ。
「えー、迷うならきてよ。」
「でも、せっかくの家族団欒だろうし。」
「お母さんまだ帰ってないよぉ。それにお兄ちゃんと二人だと、間がもたないの。」
「あはは、兄妹なのに。」
昔からこの子には、甘くしてしまう自分がいる。
本当に彼女は、甘え上手だ。
…兄とは違って。
半ば強引に手を引かれながら向かった先は、彼女のウチでもあり、同時に同級生のウチでもあった。
同じ県営住宅に住んでいる、中学のころの同級生。
宮城リョータが、アメリカから帰ってきている。
いつの間にか遠い存在になってしまったかつての同級生と、どんな会話をすればいいのかわからない。
ぐるぐると考えても答えの出ないまま、自分のウチと全く同じ塗装のされた扉を開くと、そこには懐かしい顔があった。
「げ、余計なやつ呼んできやがって。」
「私が会いたかったの。それにお兄ちゃんも会いたかったでしょー?」
「誰が。」
…ほら、やっぱりリョータは歓迎してくれるわけない。
期待なんてしていなかったけど、ぶっきらぼうなところは変わっていなくて、安心した。
「…元気そうじゃん。」
「おー。」
短く挨拶をかわして、4人掛けのテーブルに座る。
リョータを正面にして、わたしとアンナちゃんが隣り合わせ。
テーブルの隅には、神奈川に来る前に亡くなったと言うお兄さんの写真があった。
「ってか、お前まだここに住んでんのかよ。家出たいっていってなかった?」
「別にいいでしょ。大学近いんだから。」
「ふーん。で、どうなの。」
「別にフツー。」
面倒くさそうに頬杖をついているリョータとの会話は、すぐに目詰まりを起こしてしまう。
そんな微妙な空気を全く読まないアンナちゃんは、さも良いことを思いついたというような口調で、こう言った。
「わたし、お邪魔のようだから出かけてこようか!」
「「はぁ?!」」
思わずリョータと息を合わせてしまう。
この気まずすぎる状況で、2人きりになるなんて地獄すぎる。
アンナちゃんには何としても、ここにいてもらわなければならない。
「友達と用事があったのすっかり忘れてたぁ。」
「ちょ、ちょっと、わたしと話がしたかったんじゃないの?アンナちゃん!」
「ごめーん、美奈子ちゃん。大事な用事なの。」
ぺろりと舌を出して、可愛く微笑んで見せる。
そして流れるような動作で上着を手に取ると、じゃあね、と手を振って玄関を出ていってしまう。
…やっぱりあの子の口車に乗るんじゃなかった…。
「…あー、なんか悪ぃな、妹がムリヤリ連れてきたみてーで。」
「別に、無理やりってわけじゃ…」
「なんかさ。お前と会ったら何話そうって思ってたんだけど、意外と緊張しなかった。アイツのおかげかもな。」
「…うん、そうかもね。」
それを聞いて、同じようにリョータも気まずさを感じていたんだなぁと確信する。
あの日は、最悪の別れだった。
同じ団地に住んでいて、なんとなく顔を合わせれば話をする関係で、ちょっとは…いやかなり親しいのかなぁなんて思っていたリョータが、ある日いきなり切り出したアメリカ留学。
それを聞いてわたしはひどく傷ついた。
なぜなら、それを知らされたのが、アメリカに行く前日だったからだ。
家族でもなければ、彼女でもないのだから、別に一番に教えて欲しいとは思わなかった。
だけど前日に知らされるほど、リョータにとってわたしの存在はちっぽけなものだったんだと思い知らされて、ショックだった。
そして思いつく限りの悪態をついて、その場を立ち去ったのだ。
リョータは何も言わず、ただわたしの言葉を聞いていて…。
その時のリョータの悲しげな目が、リョータがアメリカに行った後もずっと頭を離れなかった。
わたしもわたしで家から大学に通い、もうすぐ卒業が迫っている。
そんな年の瀬に、リョータが帰ってきた。
こうして話をするのは、いつぶりになるんだろう。
「リョータ、背ぇ伸びた?」
「うるっせぇ。ちょっとは伸びたよ。」
「そうなんだ?でも、まぁ、なんか体格は良くなったかも。」
「トーゼン。これでも吹っ飛ばされねーんだぜ。向こうの奴らにも。」
そう言ってリョータは、片眉をつりあげて笑った。
変にアメリカに被れていたらどうしようかと思ったけど、全然そんなことはなくて、つられてこちらも笑ってしまう。
「あのさぁ。」
低い声で切り出したリョータが見つめているのは、さっきアンナちゃんが入れてくれたコーヒーだ。
私も思わず、それと同じ形をした、手元のマグカップに目を落とす。
「3年前…だっけ、あ、2年前か?最後に会った日」
「えっと、3年前…?」
「2年前だろ。まだ年明けてねーんだから。…ってどうでもいいんだよそんな事。とにかくオレが、アメリカ行くってお前に言った日。」
「うん、」
「悪かった。あんなギリギリなって言う事になって。」
まさかリョータからあの時のことを切り出されると思わなかったので、驚いてしまった。
リョータがアメリカ行きを黙っていたことよりも、それに対するわたしの罵詈雑言のほうが聞くに耐えなくて、先に謝られたことに罪悪感が湧いてくる。
謝るのは、どう考えてもわたしのほうだ。
「わたしこそ、ごめん。見送りもせず。リョータに酷いこと言った。」
「うん、さすがに傷ついた。特に去り際の、『彼女できないからってアメリカに逃げんのか!』やつは…」
「…ほんとにごめん。」
「ははっ、まぁ傷ついたってのは、ジョーダンだけど。」
そうは言っても、キチンと言葉まで覚えていると言うことは、本当に傷つけたんだろう。
そもそも、わたしがそんなに怒ったのは…
あとで何でだろうってよくよく考えて、気づいた。
わたしはリョータの、特別なんじゃないかって、思い上がっていたからだ。
彼女ではないけど限りなくそれに近い、そんな特別な関係。
だけどリョータにとってはそうじゃなかったという事実が、わたしをひどく傷つけた。
「流石に前日に言われるのはショックだったな。」
素直に口にしてみる。
リョータは目線だけこちらに向けて、続く言葉を待っている。
何でそんな反応?
だって、先に謝って来たのはリョータなのに。
「やっぱり美奈子が怒ったのって、それが理由?」
「へ?それしかないでしょ。前々から決まってたのに、わたしには黙ってた。」
「いや、あの時何で怒ったのか、イマイチわかんないままオマエが走っていって…。」
「怒るに決まってんじゃん。仲良いと思ってた友達に、前日まで内緒にされてたなんて。」
「だ、だよな。」
何か言いたげなリョータを注意深く観察してみると、目線は揺れながらテーブルをさまよっている。
そしてグッと肩に力が入ったかと思うと、いきなり私を見てこう言った。
「あの時、何でオレが留学のこと、お前に言えなかったかって言うとさ…!」
その瞬間、遠くの方から女の人の笑い声が聞こえた。
それに混じって、低く響く男の人の声。
その二つが、タンタンという足音と共に、ゆっくりと近づいてくる。
この団地に住んでいる人間にはわかる。
声の主が今、この部屋のドアの前まで迫っている。
誰だろう。女の人は、リョータのお母さんかアンナちゃんか…じゃあ男の人の声は?
そう考察している時だった。
「美奈子!ちょっとこっちきて!」
返事をする間もなく手をひかれ、奥にあるリョータの部屋に押し込まれる。
そして手でわたしの口を塞いで、じっと机の陰に隠れる体勢になった。
少し汗ばんだ手も、嫌いじゃない。
手も繋いだことのないリョータという存在をこれでもかと思い知らされて、少しクラクラする。
リョータは何も言わず、リビングの様子を伺っている。
鉄のドアの音がして、入って来たのはどうやらお母さんだ。
そして知らない男の人の声。2人は落ち着きのあるトーンで、和やかに談笑していた。
わたしはリョータの手をそっと払いのけて、小声で質問する。
「ちょっと、何で隠れる必要が?それにあの男の人は…。」
「しー!静かに!…アンナによると、最近できた母親のイイヒトらしい。オレもまだ会ったこと無ぇ。」
隠れていると言うせいもあって妙に近くにあるリョータの顔をながめながら、わたしはさらに声を潜めて続ける。
「じゃあ挨拶しなきゃじゃん。」
「バカ!お前。どこの馬の骨かもわかんねーやつに先制攻撃くらわせるつもりだったのに、オレが女といたら締まらないだろうが。」
「先制攻撃って…ぶふ。お母さんの彼氏と喧嘩する気?」
「この家のキャプテンはオレなんだから、オレがどんな男か見極めてやんねーと。」
大真面目に言ったかと思えば、少し照れくさそうに唇を尖らせた。
リョータはリョータなりに、妹と母親を守る立場だという使命感があるらしい。
普段はペラペラと自分のことを語るタイプじゃないけど、そう言うところがリョータのいいところで、好きなところだなぁと思う。
そうだ。わたしはリョータのことを、今も昔も好きらしい。
その事に、こんな狭い和室の狭くるしい机の陰で息を潜めながら、気がついた。
リョータはやっとこの距離の異常さに気がついたのか、意識して少しだけ体を離した。
そして相変わらず小声のまま、こう言った。
「まだお前に言いたい事あるのに。」
「あー、さっきの…」
「さっきの続き。好きなヤツに、留学の事言いだせなくて、結局前日まで黙ってたっていう、ヘタレ野郎の話。」
「へ?好きなって…マジで?」
言ったあとに唇をへの字に曲げたリョータが目の前にいる。
わたしはよく事情が飲み込めずに、いまだ置いてきぼりのままだ。
矢継ぎ早に聞き返したいのに、小声でいなければいけないという状況がもどかしい。
「お前、跳べる?」
「は?跳ぶって、どこに。」
「窓から。ちょっと高いけど。」
そう言って、部屋に一つだけある窓を指す。
たしかにここは一階で、窓を開ければ外に出られないこともないけど…。
「お前とはまだ話したいことがいろいろあるんだよ。」
言いながらリョータは、静かに窓を開けた。
そして振り返り、わたしを待つための手を差し出している。
わたしだって、リョータとは話したいことだらけだ。
アメリカでの暮らしはどうなのか、とか。
バスケのこととか、学校生活のこととか、寂しくないのかとか。
リョータに対する素直な気持ちだけが、わたしにその一歩を踏み出させた。
リョータが部屋にあった古いバッシュを差し出したので、それを履いて窓から外に出る。
リョータもアメリカから持って帰ってきたような、新しめのバッシュを履いて、外に出る。
多分並んで会話をするのは、最後に言葉を交わした、あのベンチだろう。
団地の敷地内に置かれている、ところどころ凹んだコンクリートのベンチ。
そこでわたしも、あの頃言えなかったことを伝えようと思う。
ついでに罵詈雑言はすべて本心ではないと言うことも。
本当の気持ちの、裏返しだったということも、今なら素直に言える気がした。
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勢いでかいたので雑ですみません。
リョタの家が一階だったというのは捏造です。
ハッキリ何階か覚えてないんですが、たぶん一階じゃないはず…!!
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