裏切りのファーストテイク【桜木】
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
あの人の結婚の知らせを聞いたのは、あの人が大学を卒業した年の冬だった。
4年間、大学でバスケットボール部のマネージャーをしていた美奈子さんが、結婚する。
その祝いの席として設けられたのが、今日の集まりだった。
男だらけの席に、紅一点。
久しぶりに顔を見ることができた美奈子さんは、やっぱり可愛くて、愛おしくて、俺の胸は馬鹿みたいに高鳴った。
結婚を控えているのに、どうにもその事実を飲み込めないでいる。
「うう、飲みすぎた…。ちょっと、外の風あたってくる。」
彼女が席を立つと、周囲の奴らが心配そうに声を掛ける。
しかし誰も付き添う様子がないので、そわそわしていると、
「おい、桜木!お前、美奈子についてってやれよ!」
そう言って先輩たちにバシバシと背中を叩かれた。
「え?!オイ、なんで俺なんだよ!」
わざも嫌そうに反論してみるも、美奈子さんが心配なのは正直な気持ちで…しぶしぶ後を追った。
俺は大学に入ってからというもの、美奈子さんに片想いをしていて、この場にいる全員がソレを知っている。
美奈子さんが練習に顔をだせば、周りのヤツらに犬みてーだのとからかわれようと、無視して後をついて回ったし、美奈子さんがいてくれればキツい練習だって俄然やる気が出た。
だからって、この状況はキツくねぇか?
失恋した相手の介抱を、俺にさせるなんてよ…。
「ごめんねー、桜木くん。」
大学近くの飲み屋街。
店の外でうずくまる美奈子さんのつむじを見つめながら、俺はその背中をさすった。
「ダイジョーブっすか?主役だからって、調子乗りすぎっすよ。」
「…だからぁ、ごめんって。」
大学時代ずっと、社会人で年上の男と付き合っていた美奈子さん。
それを知っていたのに、ずっと美奈子さんを諦められずにいた俺。
いつか美奈子さんがフリーになったら、告白してやるって、そう思っていたのに。
そもそも卒業してすぐ結婚とか、早くねぇか?
まだ23とかそんなとこだろ?もっと遊んだりしろよ!と、心の中で吠える。
…いや、やっぱり遊んでもらっては困る…。
そうだ、俺と遊べばいいじゃねぇか。
こんなにも美奈子さんを慕ってるヤツが、ここにいるってのによ…。
気づくと唇を尖らせていた。
美奈子さんは、俺がうまくいかなくてイライラしてる時、こうして唇を尖らせるクセを、よく真似して笑っていた。
その顔が、また可愛いんだよなぁ。
その度に俺は、美奈子さんを抱きしめたくてたまらなくなる。
だけどそんな勇気があるはずもなくて…。
とうとうこんなところまできてまでも、ずるずると気持ちを引きずっている。
小さな背中を撫でていると、今まで一緒に過ごした時間が思い出されて、少しだけ目頭が熱くなった。
他の部員が物陰からおもしろおかしくのぞいているんじゃないか?と思ってあたりを見回してみたが、めずらしくその心配はなさそうでホッとした。
「ありがとね、きてくれて。」
しゃがんだまま上目遣いで、美奈子さんは言う。
俺に向けられる視線は、いつだって優しい。
「…いや、俺はアイツらに言われて出てきただけで。」
「じゃなくて、今日お祝いにきてくれて、ありがとう。」
美奈子さんは、先ほどまで悪酔いしていた風だったのに、夜風に当たって楽になったのか、幾分顔色がよさそうに思えた。
それをみて、俺もホッとする。
そして一応用意していたセリフを、言う。
さすがに顔は合わせていられなくて、反らしてしまったが。
「おめでとーございます。結婚。…まだ、ちゃんと言えてなかったから。」
「ありがとう。」
好きな人の結婚を祝うなんてのは、心臓に悪いと改めて知った。
今日一日で、結婚相手とのなれそめやら惚気話を、腐るほど聞かされたのだ。
いくら俺が失恋経験多いにしても、流石にこの仕打ちはひでえよ、神様!
あ、ダメだ。マジで泣きそう。
「あーあ、だけどわたしも、もうすぐ結婚かぁ!こういう集まりにもあんまり顔出せなくなるなぁ。」
「えー!?何でっすか!いつでも時間作って来ればいいじゃないですか。仕事は、続けるんッスよね?」
「続けるけど、まぁ色々あるじゃん?家のこととかさ。」
「そーだけど…。」
美奈子さんがもう会えなさそうな事を言うもんだから、俺はガキみたいに食いさがる。
必死な俺を、いつもの調子だといいたげな目で、面白そうに見つめている。
この人もこの人で、タチ悪りぃんだよな。絶対、俺で遊んでやがる。
「桜木くん、また口尖らせてる。」
ケタケタ笑いながら、俺をからかう。
「…もともとこういう顔なんすよ。」
「あはは、キミは不機嫌か、笑ってるかのどっちかだもんね。」
「俺だって、真面目な顔してる時くらいあるっすよ。」
ムッとする俺に、「じゃあしてみてよ、真面目な顔」と促す。
俺は美奈子さんをひと睨みすると、ひとつ咳払いをして、ありったけの無表情を作った。
彼女はそれをじぃっと眺めていたが、やはり3秒もしないうちに、吹き出して笑い始めた。
「あははは、桜木くんは本当にいつも、わたしのいうこと聞いてくれたよね!そういうところ、可愛いよ。」
俺の気持ちなんてこれっぽっちも考えずに、笑いに任せて肩をポンポン叩かれる。
俺も俺でそれを拒めないでいるから、ますます辛くなる。
心の中で、美奈子さんへの気持ちが暴れまわっているような、そんな感覚だ。
「じゃあさ、桜木くん。ちょっとキスしとこうか!」
「はぁ?!」
唐突に可笑しな事を言い出す美奈子さんは、酔いのせいか何なのか、赤い顔をしていた。
俺は今日イチのでかい声を、上げずにはいられなかった。
絶対に、酔ってるだけだ。
いつもの美奈子さんなら、こんなノリに任せたことを言うわけがねー。
「ちょ、…カレシに言いますよ。」
「彼のこと知らないクセに。…結婚したらもう、他の誰ともキスできないじゃん?だから今、桜木くんとするのを最後にしようかなあって。
桜木くんからのお祝いは、それでいいよ。」
そっぽを向く俺に、さあさあ、としつこく迫ってくる。
やっぱり酔っているのだろうか。
シャツの端っこを引っ張りながら、唇を近づける彼女が、横目にうつる。
最初はだんまりを決めて無視していたのだが、だんだん理性がそぎ落とされていく。
俺は半分ヤケクソになって、そのうるさい唇にキスしてやった。
…といっても、唇の先に少し感覚があっただけの、触れたか触れなかったかわからないくらいの、そんなキスだった。
それだけでも、俺にとっては天変地異の出来事だった。
俺も俺で、思いのほか酔いが回っていたのかもしれない。
だけど、酒の力に任せて美奈子さんとキスできるなら、それもいいかもしれないと思ったのだ。
「ふふ、ひよってるねぇ。」
「なっ!…んな訳ねーっすよ!」
意地悪そうに口の端をつりあげる美奈子さんが、今度はじりじりと顔を近づけてくる。
その顔が可愛すぎて、俺はもう一度、唇を押し当てた。
今度はもっとちゃんと、美奈子さんの唇の感覚を感じるくらい、深く。
それと同じくらいの強さで、美奈子さんからも反応が返ってきて、俺は店の前だと言うことも忘れて、そのキスに夢中になった。
お互いに小さく、吐息が漏れる。
肩を抱こうとして手を伸ばすと、そのタイミングで美奈子さんの気配が遠のいた。
唇が離れたかと思うと、そこには代わりに別の感覚がある。
その感覚を辿ると、彼女の指先が、もうこれ以上はダメだとでも言いたげにそっと添えられていた。
「…俺の気持ち、わかってましたよね?」
「…うん。」
「酷いっすよ、美奈子さん。」
「桜木くん、いい人見つけなよ。」
その表情は先ほどまでの酔いを感じさせないほど静かで、おだやかな微笑をたたえていた。
スッと立ち上がったその足先は、すでに店の入り口を向いている。
「そろそろ戻ろうか。」
「い、イヤ…ちょっと風にあたってから行きます。」
俺の返事に小さく頷くと、なんの余韻も残さないままに、騒がしい店内へと戻っていく。
その背中を見つめながら今度は俺が、彼女のいた場所にしゃがみ込んで、動けなくなった。
吐き出した息は、冷たい空気に抗うように、白く変化して昇っていく。
忘れさせるためにそうしたというなら、それはきっと逆効果だ。
これでまた、美奈子さんのことが脳裏に焼き付いて離れなくなる。
俺はこの先、彼女のことを忘れることが出来るのだろうか?
その自信が今の俺にあるわけもなくて、ただただ遠くに見える街明かりを、ぼんやりと眺めた。
4年間、大学でバスケットボール部のマネージャーをしていた美奈子さんが、結婚する。
その祝いの席として設けられたのが、今日の集まりだった。
男だらけの席に、紅一点。
久しぶりに顔を見ることができた美奈子さんは、やっぱり可愛くて、愛おしくて、俺の胸は馬鹿みたいに高鳴った。
結婚を控えているのに、どうにもその事実を飲み込めないでいる。
「うう、飲みすぎた…。ちょっと、外の風あたってくる。」
彼女が席を立つと、周囲の奴らが心配そうに声を掛ける。
しかし誰も付き添う様子がないので、そわそわしていると、
「おい、桜木!お前、美奈子についてってやれよ!」
そう言って先輩たちにバシバシと背中を叩かれた。
「え?!オイ、なんで俺なんだよ!」
わざも嫌そうに反論してみるも、美奈子さんが心配なのは正直な気持ちで…しぶしぶ後を追った。
俺は大学に入ってからというもの、美奈子さんに片想いをしていて、この場にいる全員がソレを知っている。
美奈子さんが練習に顔をだせば、周りのヤツらに犬みてーだのとからかわれようと、無視して後をついて回ったし、美奈子さんがいてくれればキツい練習だって俄然やる気が出た。
だからって、この状況はキツくねぇか?
失恋した相手の介抱を、俺にさせるなんてよ…。
「ごめんねー、桜木くん。」
大学近くの飲み屋街。
店の外でうずくまる美奈子さんのつむじを見つめながら、俺はその背中をさすった。
「ダイジョーブっすか?主役だからって、調子乗りすぎっすよ。」
「…だからぁ、ごめんって。」
大学時代ずっと、社会人で年上の男と付き合っていた美奈子さん。
それを知っていたのに、ずっと美奈子さんを諦められずにいた俺。
いつか美奈子さんがフリーになったら、告白してやるって、そう思っていたのに。
そもそも卒業してすぐ結婚とか、早くねぇか?
まだ23とかそんなとこだろ?もっと遊んだりしろよ!と、心の中で吠える。
…いや、やっぱり遊んでもらっては困る…。
そうだ、俺と遊べばいいじゃねぇか。
こんなにも美奈子さんを慕ってるヤツが、ここにいるってのによ…。
気づくと唇を尖らせていた。
美奈子さんは、俺がうまくいかなくてイライラしてる時、こうして唇を尖らせるクセを、よく真似して笑っていた。
その顔が、また可愛いんだよなぁ。
その度に俺は、美奈子さんを抱きしめたくてたまらなくなる。
だけどそんな勇気があるはずもなくて…。
とうとうこんなところまできてまでも、ずるずると気持ちを引きずっている。
小さな背中を撫でていると、今まで一緒に過ごした時間が思い出されて、少しだけ目頭が熱くなった。
他の部員が物陰からおもしろおかしくのぞいているんじゃないか?と思ってあたりを見回してみたが、めずらしくその心配はなさそうでホッとした。
「ありがとね、きてくれて。」
しゃがんだまま上目遣いで、美奈子さんは言う。
俺に向けられる視線は、いつだって優しい。
「…いや、俺はアイツらに言われて出てきただけで。」
「じゃなくて、今日お祝いにきてくれて、ありがとう。」
美奈子さんは、先ほどまで悪酔いしていた風だったのに、夜風に当たって楽になったのか、幾分顔色がよさそうに思えた。
それをみて、俺もホッとする。
そして一応用意していたセリフを、言う。
さすがに顔は合わせていられなくて、反らしてしまったが。
「おめでとーございます。結婚。…まだ、ちゃんと言えてなかったから。」
「ありがとう。」
好きな人の結婚を祝うなんてのは、心臓に悪いと改めて知った。
今日一日で、結婚相手とのなれそめやら惚気話を、腐るほど聞かされたのだ。
いくら俺が失恋経験多いにしても、流石にこの仕打ちはひでえよ、神様!
あ、ダメだ。マジで泣きそう。
「あーあ、だけどわたしも、もうすぐ結婚かぁ!こういう集まりにもあんまり顔出せなくなるなぁ。」
「えー!?何でっすか!いつでも時間作って来ればいいじゃないですか。仕事は、続けるんッスよね?」
「続けるけど、まぁ色々あるじゃん?家のこととかさ。」
「そーだけど…。」
美奈子さんがもう会えなさそうな事を言うもんだから、俺はガキみたいに食いさがる。
必死な俺を、いつもの調子だといいたげな目で、面白そうに見つめている。
この人もこの人で、タチ悪りぃんだよな。絶対、俺で遊んでやがる。
「桜木くん、また口尖らせてる。」
ケタケタ笑いながら、俺をからかう。
「…もともとこういう顔なんすよ。」
「あはは、キミは不機嫌か、笑ってるかのどっちかだもんね。」
「俺だって、真面目な顔してる時くらいあるっすよ。」
ムッとする俺に、「じゃあしてみてよ、真面目な顔」と促す。
俺は美奈子さんをひと睨みすると、ひとつ咳払いをして、ありったけの無表情を作った。
彼女はそれをじぃっと眺めていたが、やはり3秒もしないうちに、吹き出して笑い始めた。
「あははは、桜木くんは本当にいつも、わたしのいうこと聞いてくれたよね!そういうところ、可愛いよ。」
俺の気持ちなんてこれっぽっちも考えずに、笑いに任せて肩をポンポン叩かれる。
俺も俺でそれを拒めないでいるから、ますます辛くなる。
心の中で、美奈子さんへの気持ちが暴れまわっているような、そんな感覚だ。
「じゃあさ、桜木くん。ちょっとキスしとこうか!」
「はぁ?!」
唐突に可笑しな事を言い出す美奈子さんは、酔いのせいか何なのか、赤い顔をしていた。
俺は今日イチのでかい声を、上げずにはいられなかった。
絶対に、酔ってるだけだ。
いつもの美奈子さんなら、こんなノリに任せたことを言うわけがねー。
「ちょ、…カレシに言いますよ。」
「彼のこと知らないクセに。…結婚したらもう、他の誰ともキスできないじゃん?だから今、桜木くんとするのを最後にしようかなあって。
桜木くんからのお祝いは、それでいいよ。」
そっぽを向く俺に、さあさあ、としつこく迫ってくる。
やっぱり酔っているのだろうか。
シャツの端っこを引っ張りながら、唇を近づける彼女が、横目にうつる。
最初はだんまりを決めて無視していたのだが、だんだん理性がそぎ落とされていく。
俺は半分ヤケクソになって、そのうるさい唇にキスしてやった。
…といっても、唇の先に少し感覚があっただけの、触れたか触れなかったかわからないくらいの、そんなキスだった。
それだけでも、俺にとっては天変地異の出来事だった。
俺も俺で、思いのほか酔いが回っていたのかもしれない。
だけど、酒の力に任せて美奈子さんとキスできるなら、それもいいかもしれないと思ったのだ。
「ふふ、ひよってるねぇ。」
「なっ!…んな訳ねーっすよ!」
意地悪そうに口の端をつりあげる美奈子さんが、今度はじりじりと顔を近づけてくる。
その顔が可愛すぎて、俺はもう一度、唇を押し当てた。
今度はもっとちゃんと、美奈子さんの唇の感覚を感じるくらい、深く。
それと同じくらいの強さで、美奈子さんからも反応が返ってきて、俺は店の前だと言うことも忘れて、そのキスに夢中になった。
お互いに小さく、吐息が漏れる。
肩を抱こうとして手を伸ばすと、そのタイミングで美奈子さんの気配が遠のいた。
唇が離れたかと思うと、そこには代わりに別の感覚がある。
その感覚を辿ると、彼女の指先が、もうこれ以上はダメだとでも言いたげにそっと添えられていた。
「…俺の気持ち、わかってましたよね?」
「…うん。」
「酷いっすよ、美奈子さん。」
「桜木くん、いい人見つけなよ。」
その表情は先ほどまでの酔いを感じさせないほど静かで、おだやかな微笑をたたえていた。
スッと立ち上がったその足先は、すでに店の入り口を向いている。
「そろそろ戻ろうか。」
「い、イヤ…ちょっと風にあたってから行きます。」
俺の返事に小さく頷くと、なんの余韻も残さないままに、騒がしい店内へと戻っていく。
その背中を見つめながら今度は俺が、彼女のいた場所にしゃがみ込んで、動けなくなった。
吐き出した息は、冷たい空気に抗うように、白く変化して昇っていく。
忘れさせるためにそうしたというなら、それはきっと逆効果だ。
これでまた、美奈子さんのことが脳裏に焼き付いて離れなくなる。
俺はこの先、彼女のことを忘れることが出来るのだろうか?
その自信が今の俺にあるわけもなくて、ただただ遠くに見える街明かりを、ぼんやりと眺めた。
1/1ページ