ゆるやかに消えていくブルー【水戸】
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久しぶりの結婚式参加だった。
クリーニングに出しておいたロングスカートのドレスを身にまとい、会場へと向かう。
同窓会の時に穿いていた、まだ慣れないヒールのパンプス。
道ばたの側溝に引っかけないように、慎重に歩いていると、結婚式会場が目の前に現れる。
ヨーロッパ調の大聖堂が、遠くからでも目を引く式場は、いったいひとつ式を挙げるのにいくらかかるんだろうと邪推してしまう。
式場の数メートル手前で、紗希と共通の友達である数人と会い、一緒に歩いた。
みな口々に、主役であるふたりの思い出話をしている。
新郎新婦のどちらも顔見知りというのは、なかなかおもしろい。
受付を済ませ、待機スペースに入った時だった。
華やかなドレスやスーツ姿の人の中に、ひときわ見覚えのある後ろ姿を見つけた。
数人と談笑している彼は、見間違えるはずがない。
それは紛れもなく、水戸くんだった。
(…水戸くんと紗希の旦那さん、知り合いだったんだ。)
おもわぬ偶然に、わたしの心臓は強く脈打ちはじめる。
会いたくなかったと言えば、ウソになる。
だけど、会いたかったのかと言われれば…それも自分ではよく分からない。
同窓会のときよりもキッチリ後ろに流された前髪は、最後に会った時とは別人のような雰囲気を思わせた。
そこから目を離せないで居ると、その視線に気づいたのか、ゆっくりと彼が振り返る。
その瞬間がスローモーションのように感じられたのは、わたしだけの錯覚だろうか。
目を反らしたいのに、反らせないでいる。
案の定、水戸くんの少し驚いたような表情が目に映った。
「あれ?水戸くんじゃん。美奈子、覚えてる?」
隣にいた友人が水戸くんに気づいて、近寄っていく。
わたしも流れに逆らえず、おずおずとその後を追った。
友人達は、同窓会の日にわたしが水戸くんと途中抜けしたことは知らないので、当然の反応だ。
「水戸くん!久しぶり!この子、高橋美奈子よ。同じクラスだった。覚えてる?」
なんの悪気なく、まるで初対面かのように紹介する友人に、水戸くんは笑いかける。
そして、チラリとこちらを見たかと思うと、
「久しぶり、高橋サン。」
そう言って、あの日の出来事なんてすべて忘れてしまったかのように、軽い調子で片手を上げた。
わたしも、それに倣うように、片手を上げて挨拶する。
「…お久しぶりです。」
「なんだよ、畏まって。」
「元気だった?」
「まあ、ぼちぼちかな。」
いつかの会話を連想させるような、自然なやりとりに、少しだけ肩の荷が下りる。
軽く挨拶を交わしただけで、心臓が壊れそうだ。
水戸くんは、どう思ったんだろうか。
わたしは未だに、水戸くんを意識しないではいられないことに、今気づいてしまったところだ。
半年以上経っているのに、水戸くんと過ごしたあの短い時間が、いまだに忘れられずにいる。
だけど水戸くんは大人だから、きっとあの日のことはきれいに忘れて、先に進んでしまったんだろうなあ。
そのことが明るみになった気がして、わたしはすこしだけ落胆した。
水戸くんは新郎側、わたしは新婦側の招待で、披露宴では当然遠くの席だった。
余興で誰かがくだけたノリを披露する場面や、しんみり手紙を読んで涙する場面など、よくある結婚式の流れではあったけれど、紗希の幸せそうな姿を見ることが出来て胸が熱くなる。
最後はもらい泣きしてしまい、いい式だったなあと感想を漏らす。
そしてわたしはすっかり忘れていた。
二次会で紗希から、知り合いを紹介されるという事を…。
スローな雰囲気で始まった二次会もついにはお開きになり、それぞれが談笑する中、主役の紗希に呼び出された。
ドレス姿で大きく移動できない紗希のところまで行くと、そこには背の高い男性が一人、立っていた。
「彼がこの前話した、加々美さんだよ。わたしの職場の先輩なの。」
「あ、はじめまして…。」
ここにくるまで、すっかり紹介を受けることを忘れていたといったら、紗希は怒るだろうか。
聞いてすぐに忘れ去っていた名前は、加々美さんだったかと、今になって思い出した。
「はじめまして、加々美といいます。…美奈子ちゃん、だっけ?」
「はい。紗希とは高校の同級生で…。」
返事も上の空に、頭の中では水戸くんに見られたらどうしよう、なんて事ばかりを考えていた。
そんな心配はうぬぼれで、水戸くんは何の感情も抱かないかもしれない。
だけど、なによりわたし自身がイヤだった。
こんな風に出会いを求めるような行動を取る、自分を知られることが。
そんな戸惑いもお構いなしに、加々美さんはそっと肩を抱いてエスコートしてくる。
その仕草は、わたしなんかよりもよっぽどこういう場面に慣れているという印象だった。
「よかったら、うちの近くまで送るよ。俺、車で来てるから。」
「え?あの…」
初対面の人の車にいきなり乗るなんて、想像もしていない成り行きに、思わず紗希に助けを求める。
しかし彼女は何を勘違いしたのか、にかっと笑って小さく拳を握った。
…いやいや、そうじゃなくって…と言いたくても言えず、結局されるがままに出口へと誘導される。
「美奈子、来てくれてありがとうね!またゆっくり話そう!」
新郎新婦に見送られて断れず、あきらめて駐車場までの道を歩く。
歩きながら加々美さんと話して思ったことは、少し強引だなあということだった。
物腰は柔らかいけれど、質問が性急な気がして、会話のペースがつかめない。
紗希の話だと、結婚願望の強い人だと言っていたし、早くに結婚を望むなら、この人くらい強引に出会いを求めていなければならないのかなあ、とも思う。
お互いの年齢や仕事のこと、紗希との関係なんかを当たり障りなく話していると、車を止めてあるという駐車場に着いた。
悪い人ではないだろう、とは思う。
だけど、なんとなく気が乗らずに、車に乗るのを足踏みしてしまう。
「美奈子ちゃん…?どうしたの?」
「いえ、あの、少し緊張しちゃって。」
「いきなり家まで送るなんて、怖がらせちゃった?近くまで送るだけにするし、ただゆっくり話したいなって思っただけだから、大丈夫だよ。」
その口調は穏やかで、わたしの気持ちを汲んでくれているのが分かって、少しホッとする。
自然に助手席を開けてくれる動作に、いつかの水戸くんを思い出した。
今、ここで水戸くんが現れて、声を掛けてくれたら…。
わたしはどうするのだろうか。
…考えなくとも、答えは決まっている。
そんなドラマのような奇跡が起こるはずもなく、おとなしく彼の乗る外車のシートに収まった。
帰りの車内は、終始和やかな雰囲気だった。
最初ほど焦った印象もなくなっていたし、よく話をして、よく笑ってくれる人だなあと思った。
こういう人とお付き合いすれば、わたしは変わるのかな。
画家の夢を諦めて、きちんと家庭に入る。
それも悪くないのかもしれない、と思うほど、加々美さんとの時間は心穏やかに過ぎていった。
約束通り、家の手前で降ろしてくれた加々美さんと、電話番号を交換して別れた。
それはお互いに、また会うのだという暗黙の了解の元にあっただろうと思う。
ディスプレイに表示された、加々美さんの名前と番号。
指でなぞってぼんやり回想していると、いつの間にか眠りに落ちていた。